Pinky Promise 028

第2章 歪む鏡の向こう側

5.ダイナの翻弄 028

 ジグラード学院高等部のとある教室。もう大多数の生徒が部活に出かけたり帰宅して人が少なくなった中、一つの集団だけが机を寄せて額を突き合わせてまだ残っていた。
 この春から二年生になった彼らは、始業式の日に休学届を出してそれっきりの友人アリスト=レーヌに関して心配していた。
「しっかし、アリストの奴の休学も長引きそうだなぁ」
 フート=マルティウスは柔らかな癖のある白銀髪に金の瞳を持ち、華やかな空気を身に纏う少年だ。
 ジグラード学院において学年総合成績一位。頭脳、身体能力共に他の追随を許さない天才と評価されている。しかしその分自分の能力に自信を持ちすぎている、と周囲から突っ込まれることもある。
「そうねぇ」
 フートに相槌を打つのは、彼の幼馴染であるムース=シュラーフェン。
 薄紅色の髪に濃灰色の瞳を持つ、ふんわりとした雰囲気の少女である。
 ただし、幼い頃から常に共にいたフートへの態度は気安い故に時折酷い。
「一応あれからメールは来たけど、結局まだ電話とか気軽にできない感じだしな」
 レント=ターイルは焦茶の髪に銀色の瞳を持つ少年。
 容姿も成績もこの場にいる中では一番平凡だが、それ故に普段から突拍子もないことをしがちなフートやアリストのストッパーとなることが多い。
「本当にどうしちゃったんだろ。そんなに大変なのかな」
 ヴェイツェ=アヴァールは鈍色の髪に緋色の瞳を持つ、静かな面差しの少年だ。
 フートやアリストのように学年トップとして即座に名前が挙がる程ではないが、彼も十分優秀な生徒の一人である。
「……」
 エラフィ=セルフは沈黙を守った。
 橙色の髪に藍色の瞳、外見は派手な美少女だが、性格はマイペースの権化である。
 彼女の幼馴染はヴェルム=エールーカ。帝都で名高い少年探偵だ。
 その幼馴染が、何故かアリストに変装して休学届を出しその不在を誤魔化していたという事実を知るエラフィとしては、この会話に下手に口を挟めない。
「……」
 そしてもう一人、ギネカ=マギラス。
 黄緑の髪に赤紫の瞳を持つ凛々しい少女。
 フート、アリストに次ぐ学年三位の成績を誇り、その二名の暴走をある程度抑えられる才色兼備の優等生。
 ギネカにはとある能力があり、そのために始業式の日に現れた「アリスト」が偽者であることを看破した。ただし彼女の能力に関してはここにいる面々にも秘密にしているため、それを口に出すわけにはいかない。
 アリスト=レーヌの不在に介して、友人たちはそれぞれがそれぞれの理由でその身を案じるものの、現在の彼の動向を正確に知る者はここには一人もいなかった。
「もしかしたらアリストの奴、俺たちに言わないだけで、こっちが考えているよりもっと大変な事態になってたりして……」
「え……そんな……」
 レントが心配のあまり悪い想像を働かせ、ムースも顔色が悪くなる。
「心配し過ぎだって!」
 重苦しく沈殿しそうな空気を、フートが明るく吹き飛ばす。
「アリストのことだから大丈夫なんじゃね?」
「あら、フート、やけに楽観的ね」
「アリストはこのジグラード学院で、俺に次ぐ成績の奴だぜ。何があったって無事に決まってるだろ?」
 ギネカが半ばげんなりした顔で要約する。
「……要するにフートは、少なくとも自分は“そう”だから、自分に次ぐ成績のアリストもそのくらいなら大丈夫だろうって言いたいわけね」
「そういうこと」
 自信満々なフートの様子に、友人一同から一斉にツッコミが入る。
「自信過剰」
「大言壮語」
「ナルシスト」
「自惚れ屋だね」
「そんなに駄目?!」
 ギネカ、レント、エラフィ、ヴェイツェの順で綺麗に並んだ台詞に、フートが唇を尖らせて抗議する。
「マギラスだってそうだろ?」
「まぁ、私もただの強盗程度なら苦労しないけど……」
 フートには冷たく言ったものの、アリストに次いで学年三位の成績を誇るギネカもその点は同意する。
 確かにフートも、彼に次ぐ実力のアリストもギネカも、魔導学で好成績を叩きだすだけあって並の高校生の危機対応力を超えている。
 銀行強盗に銃で撃たれそうになっても反撃できるし、通り魔に包丁で刺されそうになっても返り討ちにするし、冬眠明けの熊と対面しても格闘できるだろう。
「これだから不良優等生共は」
「まぁ、こいつらと同レベルのアリストなら……ってところはあるわよね」
 もちろん全ての生徒がそのレベルに達している訳ではない。レントやエラフィなどはフートたち程には近接戦闘に優れていないので普通に銃で撃たれるし包丁で刺される可能性の方が高い。
 とはいえ、アリストならばその程度の危機、確かに自分の力だけで乗り越えられるのは彼らも周知の事実だ。
「まぁ、瞬間的な命の危険だけがアクシデントじゃないしな。本人の言うとおり、今頃は逃げた泥棒追って延々と追いかけっこをしているかもしれないし」
「長期戦ってことはそうかもな」
「仕方ないわね。あいつも高等部二年生の青春放り出して、何やってんだか」
「アリスト君、早く戻って来れるといいですね」
 結局、本人から詳しい状況を聞くまではここで憶測を重ねても仕方ない。アリストに関しては本人からヘルプ要請が入るまでとりあえず放っておこうということになった。
「俺らも気分転換に、この週末みんなでどっか行くか? んでアリストが帰ってきたらお前がいない間こんなことしてたぜ! って自慢すんの」
「あら、いいわねそれ」
 土日のどちらがいいか、行き先はどこがいいかで盛り上がる一同から少し離れて、ギネカが控えめに手を挙げる。
「あ、ごめん。今週は私パス」
「ギネカ? 何か用あんの?」
 アウトドアへの付き合いはエラフィとヴェイツェはいまいちだが、それ以外の四人とアリストはいつも共に行動している印象だ。エラフィがギネカに不思議そうに問う。
「土曜にね、幼馴染に付き合ってちょっとトレジャーハント」
「「「トレジャーハント?」」」
 男女の幼馴染ならてっきりデートとでも言うのかと思えば、微妙に斜め下の回答だ。
「あの遺跡のニュース見た?」
「ああ、鏡遺跡のやつだろ? ってあれ……」
 フートの言葉を補足するように、ヴェイツェが詳しい内容を羅列する。
「確か、これまで見つからなかった地下への入り口がついに発見されたんだよね。そう言えば古代の副葬品や財宝が見つかるかもなんて特集番組でやってたけど」
「そういえば、トレジャーハンターが連日押しかけてるなんてニュースになってましたっけ」
 ムースやレントもニュースや特番を見ていたらしく、内容を思い返してはうんうんと頷き合っている。
「そ。それで、付き合わされるってわけ」
「っていうかマギラス、お前の幼馴染は何者よ」
 いくら帝都広しと言えど、週末の趣味がトレジャーハントという高校生が一体どのくらいいるのだろうか。
「ギネカさんの幼馴染って、話にはよく聞きますけど謎ですよね」
「結局どういう奴なんだ?」
「断片的な情報は結構上がってくる割に総合的なイメージがどうもいまいち抽象的よねー」
「……ただの馬鹿よ。今回もお宝探しで一攫千金は男の浪漫! って叫んでたわ」
 ギネカの幼馴染はそれこそフートに負けないくらいの天才だが、何故か帝都一の教育機関であるジグラード学院ではなく、普通高のヌメニアに通っている変わり者だ。
 もちろん彼には彼の理由があるのだが、ギネカがそれをここで言うはずもない。
 まぁ、ギネカとしては、幼馴染のネイヴはそれを差し引いても頭はいいのに阿呆だとは常々思っているが。
「なぁ、だったらさ。俺たちも一緒に行っていいか?」
「え?」
「別にお宝横取りしようとかそういうわけじゃないぜ。ほら、鏡遺跡と言えば、最近もう一つ噂があるじゃん」
 別にギネカたちの邪魔をするというわけでもなかろうが、フートがその思惑に割り込む形で新たな話を持ちだした。
 ギネカは幼馴染の「仕事」の手伝いのために集めた資料の記憶の中から、フートが興味を引きそうな答を弾き出す。
「幽霊が出るとかいうやつ?」
「それ! 気になるだろ? いや、実は俺も近々行ってみようと思ってたんだよな」
「道理で熱心に調べていると思ったら……」
 目を輝かせるフートとは対照的に、その様子を傍で見ていたらしいムースが呆れ顔をしている。
 問題のミラーズ遺跡、通称鏡遺跡はここ最近二つの噂で盛り上がっていた。
 一つはギネカがトレジャーハントに行く通り、未発見の階層発見による財宝発掘の期待。
 もう一つは、遺跡が暴かれたことにより地下から幽霊が出てきたという怪談。遺跡の管理人が真夜中に怪しい人影を見たと言う……。
「フートは肝試しでもしたいの?」
「面白そうじゃん」
「まぁ、あんだけ広くて暗くてしかも今回かなり深いことが判明した遺跡なら、幽霊の一人や二人出てもおかしくはないと思うけど」
 ギネカの予定に合わせる形で、結局フートたちも目的は多少違えど同じ時間に鏡遺跡へ訪れることをさっくり決めてしまった。
 いつもの如くレントとムースはそこに参加する形だ。
「セルフとヴェイツェは?」
「私はパス」
「僕もその日は用事がある」
 エラフィとヴェイツェの二人は今回も辞退した。
「っていうか、あんたたちみたいな人外連中のアウトドアになんかついて行けないわよ。こちとら普通の人間なんだから」
「おいコラ誰が人外だ」
 ヴェイツェはまだマシだが、エラフィの身体能力はフート、ギネカにかなり劣る。この二人(と、アリスト)が本気の体力勝負を行うような場面にはついて行けない。
 フートの幼馴染であるムースとなんだかんだで付き合いの良いレントはそれでも頑張ってついて行くのだろうが、エラフィはそこまでする気はない。
 元よりエラフィとヴェイツェは学内でこそ他の面々とも仲が良いものの、放課後や休日の遠出への付き合いはそこそこにしている。
 この二人は団体行動より個人主義を重んじるタイプで、マイペース故にお互い相手の邪魔をしない関係を心地よく思っている。
「ま、決まりだな」
 アリストがいない以外はいつもの面々で話がついたところで、フートは決定事項をさくさくとまとめていく。
「んじゃ、今度の土曜は宝探し兼肝試しってことで」
「鬼が出るか蛇が出るか」
 元より乗り気と言う訳ではなく単に幼馴染に付き合わされた程度の感覚であったギネカが溜息をつく。
「楽しみだな!」