Pinky Promise 029

第2章 歪む鏡の向こう側

5.ダイナの翻弄 029

 週末の土曜。休日の朝っぱらから、机の上に並べられた細かな部品や工具。ヴァイスは精密ドライバーを握って、小さな部品の螺子を締めている。
「ヴァイス、何作ってんだ?」
「ん? これか。これはお前たちのためにな」
「俺らの?」
「私たちの?」
 興味を惹かれたのかやってきたシャトンもきょとんと目を丸くし、二人で顔を見合わせた。
「見よ! 魔導万能小型通信機だ!」
「魔導、万能……」
「小型通信機?」
 ヴァイスが掲げて見せたのは、手のひらサイズの何かだった。よくよく見ると裏側に幾つかボタンやスピーカーがついている。
「お前たちの立場上、時には周囲を誤魔化して二人だけで内密の話をする必要もあるだろう。そのために二人だけで話ができるような装置があれば便利だと――」
「あのー、ヴァイス、先生……」
 いつもならつけない敬称をなんとなく口にしながら、アリスとシャトンは一度顔を見合わせるとおもむろに懐から携帯電話を取り出した。
「別にそんなものなくても、今の時代これで十分じゃね?」
「二人だけこそこそ専用装置なんかで話をしていたら、逆に怪しいと思うのだけど」
「――」
 ヴァイスががくりと肩を落とす。
「せっかく作ったのに……」
 ヴァイスの趣味は発明だ。特に本人の専門である魔導の知識を工学分野で活かし、様々な発明をすることに心血を注いでいる。
 ただし『鏡の国のアリス』に登場する白の騎士がそうであるように、その発明の多くは実用的でないどころか、目的とは真反対の結果を生み出すような失敗作である。
 アリスとシャトンはぎこちない笑みを浮かべると、慌ててフォローに入った。
「まぁ、今の俺たちは子どもだし、そういう秘密道具ぐらい持っててもおかしくは思われないかもな!」
「そうね。玩具のトランシーバーとかあるし」
「何かの役に立つかもな!」
「……まぁいい。とりあえず持って行け」
 気を取り直したヴァイスが、通信機をそれぞれの手のひらに落とした。
「その通信機は中に入っている魔導石に込められた力により動く。何もせずとも三日程度で魔力切れを起こすから、小まめに充電ならぬ、充魔力するといい」
「充魔力……」
 何やら新しい言葉まで作りつつ、ヴァイスは道具の特性を簡単に解説した。
ふむふむと見た目子どもの二人がそれを聞いていると、軽やかなチャイムの音が響く。
「休日とはいえこんな朝っぱらから……ああ、なんだヴェルムか」
この反応からすると、ヴァイスは最初からヴェルムと約束していたらしい。鍵を開けてすぐに、少年探偵が上がってくる。
 かと思えば、またすぐにチャイムが鳴った。
「今度は誰だ?」
「あら、あの子たち……」
 次はアリスとシャトンの現在の同級生、小等部一年の子どもたちだ。
「何しに来たんだ、あいつら」
「私はヴェルムと奴の受けた依頼に関して話すことがある。小等部連中の相手はお前たちに任せるぞ」
 立て続けの来客たちは、すでに今日も一日騒がしくなることを予感させていた。

 ◆◆◆◆◆

「宝探し?」
 大勢で押しかけてきた子どもたちは、目を輝かせて来訪の目的を明かす。
「そうなの!」
「テレビでやってたんです! 鏡遺跡にまだ発掘されていない地下があったって!」
「お宝あるかもしれないってよ!」
 今日も元気な三人組にまくしたてられて、アリスとシャトンは目を白黒させた。
 彼らの拙くも熱心な誘いについて、一緒に来ていたテラスが補足する。
「ここ最近ずっとニュースでやっているだろう? 鏡遺跡の地下新階層を発見したって。特集番組でそこから古代の副葬品や財宝が見つかる可能性と、それを狙ってすでに何人ものトレジャーハンターが遺跡に入り込んでいるってことも言っていたんだ。僕たちも一緒に行こうって連れて来られた」
「……連れてかれた」
 フォリーがいつもの無表情のまま小さく頷く。
「宝探しなぁ……。でも、鏡遺跡って結構距離あるだろ? それに遺跡の発掘なんてどれだけの装備が必要だと」
「大丈夫!」
 カナール、ローロ、ネスルの三人は自らの背負っていたリュックを下ろし、中身を逐一見せる。
 軍手にスコップ、丈夫なロープ、ノートと筆記用具、タオル、ビニール袋、簡易治療キット、スポーツ飲料、携帯保存食、その他諸々。
 普通の小等部一年生の子どもが「探検ごっこ」の道具として準備するには、あまりにも周到な装備だ。
「これは……」
「テラス君が教えてくれたんだよ! 遺跡を探検するならせめてこれぐらい持って行った方がいいって」
「服も長袖に長ズボンがいいって言われました!」
「だから今日はカナールさんもズボンなのね」
「うん!」
「俺たち準備万端だぞ! アリスとシャトンも早く支度しろよ!」
「え? もう俺たちの参加は決定事項なの?」
 子どもたちはすぐにでも遺跡へ行く気満々だ。
「でも、子どもたちだけで行くの? 行きも帰りもそれなりの距離があるし、遺跡の中なんて何があるのかわからないのよ?」
 シャトンは自分たちはまだしも他五人が小さな子どもであることを気にして、遠回しに保護者の存在の必要性を説く。
 それを予測していたように、テラスが家主の都合を尋ねた。
「ヴァイス先生は?」
 アリスは先程ヴェルムが訪ねてきたこと、用件が仕事の打ち合わせらしいことを思い返して告げる。
「今日は探偵のお兄さんが来てるから、俺たちについてきてもらうのは無理だと思うよ」
「「「ええ~?!」」」
 子どもたちから一斉に不服の声が上がった。完全にヴァイスを頼りに押しかけてきたらしい。
「なんだ、騒がしいぞお前ら」
「あ、ヴァイス先生!」
「おはよーございまーす」
 ヴェルムを伴って隣の部屋から出てきたヴァイスに、子どもたちが良い子の態度で朝の挨拶をする。
 そして先程アリスに否定されたのに諦め悪く、ヴァイスに遺跡探検について来てほしい旨を口ぐちに伝えた。
 どうせ無駄だろうとアリスとシャトンは傍観するが、意外にもヴァイスは行き先を聞いて反応する。
「鏡遺跡だと?」
「俺たちも今からそこに行くんだけど」
「え? ヴェルム……お兄さん、本当に?」
「ああ」
 別室でヴァイスと何やら打ち合わせをしていたはずのヴェルムの言葉に、アリスは目を瞬かせた。
 ヴェルム=エールーカは探偵であって考古学者でも遺跡発掘人でもなければ、トレジャーハンターでもない。一体何をしに行くと言うのか。
 アリスがヴェルムと話していると、見慣れぬ少年に興味を持った子どもたちが次々に彼の下へ集まってきた。
「そう言えばお兄さんだぁれ?」
「なんかどっかで見た顔だぞ?」
「あ、知ってます! 名探偵のヴェルム=エールーカさんですよね!」
 ローロに名を呼ばれてヴェルムはにっこりと頷く。
「その通り。初めまして。ヴァイスの友人で探偵のヴェルム=エールーカだよ」
「わぁ、本物の探偵さんだ……!」
「君たちの名前も教えてくれるかい?」
 しばらく子どもたちの自己紹介が続き、ある人物のところでヴェルムは怪訝な顔をした。
「モンストルム? ってもしかして」
「ええ。帝都警察捜査三課、コルウス=モンストルム警部の息子です」
 コルウス=モンストルム警部は“怪人マッドハッター”専任の警部だ。
「テラスの父親ってあの警部なのか!」
 マッドハッター関連のニュースや特番でよく顔を出す中年の警部を思い出して、アリスは思わず声を上げた。
 モンストルム警部と言えば、怪盗ジャック専任のマレク警部と共に、帝都二大名物刑事のうちの一人である。犯罪者ながら大胆華麗で神秘的な怪人マッドハッターと怪盗ジャックは、帝都で非常な人気がある。それを捕まえることを悲願とする刑事たちもまた、帝都民に広く顔を知られていた。
「そうだよ。知らなかった?」
「気づかなかった……あの人、テラスのお父さんなんだ……」
「モンストルム警部の息子さんか……。そう言えば何度か警視庁内で見かけた気も」
「ふふ。探偵さんは怪盗ジャックの捕り物には参加するのに、マッドハッターの方には来てくれないんだもの。次は是非ともうちのお父さんと協力して、あのコソ泥をけちょんけちょんにして欲しいな」
「ええと」
 可愛い笑顔でさらりと凄いことを言うテラスに、ヴェルムもどういう反応をしたものかと迷う様子だ。
「ところでお前ら、鏡遺跡には何をしに行くんだ?」
 助け舟を出すというわけでもないだろうが、そろそろ時間も押してきたと、ヴァイスが話を本題に戻す。
「そうそう、遺跡探検!」
「お宝探すんだぞ!」
「僕たちも連れて行ってください!」
 子どもたちの懇願を聞いて、ヴァイスがふむ、と顎を撫でる。
「あー……そっちか。宝探しな」
「そっちって?」
「俺が遺跡の管理者から受けた依頼は、幽霊退治の方なんだ」
「「「「幽霊?」」」」
 ヴェルムの思わぬ発言に、子どもたちは先程とは別の意味で目を輝かせた。
子どもはお化けを怖がるくせに、そういった不可思議な話が大好きなのだ。否、子どもだけではないかもしれない。
 ちゃっかりアリスもカナールたちに混じって幽霊話に耳を傾ける。
 ちなみにシャトンとフォリーはこっそりとあくびを噛み殺していた。
「最近ミラーズ遺跡の内部や周辺で不思議なことがよく起こるんだと。誰もいない真夜中に大きな音がしたとか、白い影を見たとか。管理人さんたちが怖がって、真相の究明を俺に依頼してきたんだ」
「……探偵ってそんなことまでやる仕事だっけ?」
 一般的には浮気調査とか素行調査とかそういうことばかりしているイメージだ。それからコミックやアニメだと行く先々で死体に出くわして殺人事件を解決するパターンもあったりする。
「さぁな。ま、エールーカ探偵事務所は『不可思議な事件お待ちしています』がモットーなので」
 ヴェルムは両親の事件を解決するために、睡蓮教団が関わる殺人のような、真犯人の影も形もない迷宮入りとされるような事件こそを探し求めている。
 今回の幽霊騒動は教団とは関係なさそうだが、依頼者が本当に困っている様子だったので引き受けたのだという。
「ただでさえ最近新階層発見のニュースで賑わっているっていうのに、何かあったら困るだろ?」
「でもさー、その場合本当に誰かが遺跡に不法侵入して怪しいことしてるだけとかじゃないの?」
 『幽霊の正体見たり枯れ尾花』というのはよくあることだ。人影を見たなら例えそこに本来人がいるはずなくとも、何らかの理由で侵入した本物の人影である可能性が高いだろう。
「それならそれでいいんだよ。わからないことをそのままにしておくよりマシだし」
「――それで、結局どうするんだ?」
 行き先が同じと知った子どもたちが期待に目を輝かせる。
 そしてすったもんだの末に、講師と探偵と子どもたちは、ぞろぞろと連れだって共に鏡遺跡へと赴くこととなった。

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