第2章 歪む鏡の向こう側
6.アリスの冒険 031
幽霊退治の選択が消えた以上、彼らの目的は一つに絞られる。
「お宝探し!」
「きんぎんざいほう見つけるぞ!」
子どもたちはリュックサックを背負い直すと、気合十分に歩き出す。彼らの心はすでにまだ見ぬお宝へと飛んでいた。
しかしここで一つ、あまりにも根本的な疑問が浮かび上がる。
「そう言えば、遺跡ってお宝を見つけても勝手に持ち帰っていいの?」
「どうなんでしょう?」
「それは――」
口を挟もうとしたフートを知らず遮って、アリスの台詞が続く。
「基本的には、落し物扱いらしいよ?」
「落し物? お宝なのにか?」
「ああ」
アリスは不満そうなネスルに頷くと、更に詳しい説明を加える。
「遺跡の出土品は、誰のものかわからない。だから落し物として扱われる。そして落し物は、勝手に持ち帰ってはいけない」
「出土品のことは知らないけれど、道端の落し物やゴミ捨て場のゴミを持ち帰って自分のものにする行為は遺失物等横領罪、占有離脱物横領罪になるわね」
シャトンが補足する。
遺失物や漂流物等、所持者の占有を離れた品――誰のものかわからない拾い物を自分のものにしてしまう行為は、横領罪の一種なのだ。
「い、いしつぶ……せんゆ……」
「じゃあ、もしここでお宝を発見したら交番に届けるの?」
「そうだよ」
「「「ええー?!」」」
子どもたちから不満の声が上がる。
アリスの説明の後を引き取って、今度はテラスが埋蔵品を届け出る具体的な手続きの話を始める。
「ただし、発見した遺跡の埋蔵品を遺失物法に基づいて警察署に届け出ても、警察も何がなんだかよくわからない土くれだらけの埋蔵品を預かってはくれないよ」
「……交番で財布の落し物の隣に土偶だの埴輪だの並んでいても困る」
シュールな光景を想像したのか、フォリーが淡々とツッコミをいれる。
「そう。だから、『埋蔵物発見届』という書類を提出するんだ。これを出すと遺失物を届け出たという扱いになる」
「その後はどうなるんですか?」
「普通の落し物と同じように、持ち主が現れるのを一定期間待つよ」
「でも落とした財布じゃあるまいし、埋蔵品の持ち主が現れるとは思えないのですけど」
「そう言う場合は、町の帰属物になるそうだよ?」
「?」
「国の機関が発見した場合はその機関のもの。そうでない場合は、例えばこの帝国内なら、エメラルドならエメラルド、隣県のアラヴァストロならアラヴァストロのものになるってことだな?」
「そういうこと」
アリスの解釈にテラスも頷く。
「じゃあ結局お宝は手に入らないのか?」
「そうなるね」
「そんな~」
財宝発掘だとはりきっていたネスルが途端にがっかりと肩を落とす。
「まぁまぁ、いいじゃないですかネスル君」
「お宝見つけるだけでも夢があるじゃない!」
ローロとカナールの二人は財宝そのものよりも探索や発掘そのものが楽しいらしく、落ち込むネスルを宥めにかかる。
「その後のことになるけど、学術上の整理のために博物館や埋蔵文化財センターなんかが埋蔵品を預かることが認められているよ。出土文化財保管証を施設の責任者が、県の教育委員会に提出するんだってさ。警察にもさっきの埋蔵物発見届とこれの写しを一緒に提出」
「なるほど。基本的に遺失物として警察に届けられた埋蔵品はその後、教育委員会が調査・認定をこなすってわけだな」
「ちなみに、所有者がいた場合は?」
シャトンの問いにも、テラスは淀みなく答える。
「証明は大変だろうけど、基本的には所有者のものになるみたい。代々伝わる土地の先祖伝来の埋蔵金とか。発見者にも権利が発生する」
「「「おお!」」」
「……ただ、そういった品は文化財認定されることもあるから、その場合にはすんなり土地の所有者のものにはならないって」
「「「ええー」」」
帰ったら早速先祖伝来の土地を掘り返そうとでもいった顔の子どもたちが、その言葉に今度は三人揃ってがっくり肩を落とす。
「ま、人生そんなにうまくはいかないわよね」
シャトンの一言が、テラスの説明に一喜一憂していた子どもたちの心情を端的にまとめた。
博識な年長者としての出番をすっかり奪われた高等部生組は力なく笑う。
「……ひょっとしてこれ、俺たちいらなくね?」
「正直俺より凄い」
へらりと笑み崩れるフートと、真剣に関心するレント。呆気にとられたムースと、子どもらしくない子どもたちに胡乱な目を向けるギネカ。
「あ、その、ヴァイス先生が教えてくれたんだ!」
疑惑と感心の入り混じる注目に気づき、アリスは慌ててそれらのトリビアを相手の年齢構わず入れ知恵しそうな変人講師の名を出す。
ジグラード学院においてヴァイス=ルイツァーリの名はもはや御老公の印籠である。主に悪い意味で。
「前日にお宝探しをするって聞いてたから調べたんだよ」
小等部一年生とも思えぬ優等生的答を返したのはテラスだ。ジグラード学院は確かに帝都最高学府だが、それは主に高等部以上の話。
小等部に通う生徒たちは基本的には普通の小学生である。ジグラード学院の小等部に有名進学校のような受験制度は存在しない。
……はずなのだが、どうにもテラスの頭の良さは一般的な子どものレベルを超越しているように周囲には見える。
「その割にはしっかり頭に入っててすごいな。っていうかお前ら、本当に小等部かよ」
レントの発言に、思わずぎくりとするアリスとシャトン。しかしその発言に、より強く反応したのは他の子どもたちだった。
「あ、ひどーい。テラス君は本当に頭がいいだけなのに!」
「え? いや、そんなつもりじゃ……」
普通なら異質な存在として周囲から疑問を持たれそうなアリスやシャトンの言動も、彼らと同じレベルで話ができるテラスのおかげでそれほど不審がられない。
そしてアリスたちに関してはともかく、テラスは身元がはっきりしている正真正銘の子どもなので過去の実績やこれまでの人間関係から話を広げることができる。
「学校でもたびたび驚かれますけれど、テラス君はいつもこうですよ。先生たちも知らないようなことをいっぱい知っているんです」
「なぁ、そう言えばさ、ここ何年か噂になってた、ポピー区ですごく頭のいい奴がいるっての、テラスのことじゃね?」
ネスルによると、彼らと同じくらいの年頃でとても賢い幼児がいると、幼稚園や保育園の近い一定の区域ではすでにここ数年で噂が広まっていたらしい。
公園や道で困っている人がいたら、すぐに解決法を見出して教えてくれる不思議な子どもがいるとの噂だった。
「あ、それなら私も聞いたことあるかも……確か、その子の父親が」
噂の内容を聞いて、ギネカが心当たりに思い至ったという顔になる。
「うん。僕のお父さんが刑事だから、困ってる人を見かけたら助けてあげる人になりなさいってよく言われてるんだ」
「モンストルム君って言ってたよね? モンストルムって」
朝方ヴェルムにもしたのと同じ説明をテラスは繰り返した。
「うん。怪人マッドハッター専任、コルウス=モンストルム警部だよ」
「!」
テラスの言葉に、フートが反応する。
「やっぱり! だからあの時に見かけ……」
「あの時?」
突然大声を出したフートに、皆が一斉に不思議そうな顔を向ける。
「あ、いやその……」
思わぬ注目を集めてしまい言葉に詰まるフートの鳩尾に、隣を歩くムースの肘が鋭く突き刺さった。
「ごふっ!!」
「あ、ごめんフート! ここ道狭いからぶつかっちゃって!」
「ムース、ここの横幅、大人三人が並んで歩けるわよ?」
「今完全にいい位置に全力でいれたよな?」
また幼馴染コンビが何か始めた、とギネカとレントは慣れた様子でツッコミを入れる。このノリに慣れていないカナールたちは目を丸くしていた。
そうこうするうちに、遺跡の一階部分の廊下も随分歩いた。
そろそろこの廊下が終わり、正面に何かの部屋の扉が見えるというところでそれは起きた。
「みんな、それより前を見ないと危な――」
ガコン。
言いかけた当人であるレントが壁に手を突いた際、何かの仕掛けが動くような音がした。
「え?」
「へ?」
彼らが歩いていた廊下の、足元の床が抜け落ちる。後ろをのんびり歩いていた高等部生組は何とか免れたが、意気揚々と一歩を踏み出していた子どもたちは引き返せない距離だ。
「きゃー!」
「うわぁああああ!」
「みんな! 大丈……夫?」
悲鳴を上げて落下していく子どもたち。
青褪めて穴の縁に駆けつけ、すぐさま下を覗き込んだギネカの言葉が中途で止まる。
「あ、なんだ一階分落ちただけか」
最悪の可能性を裏切って、意外と近くに姿が見えていたアリスたちを確認しフートがほっと息を吐いた。
落とし穴は、一階下の通路に落とすだけのものだったらしい。
「ご丁寧にスイッチがあるってことは、ショートカットを兼ねてたのかもな」
「遺跡の機構を知っている人間にしか使いこなせない仕組みね」
フートとギネカはさっそくスイッチ周辺を調べてそう結論付ける。先程抜けたと思った床は穴の両脇に垂れ下がり、穴の横の壁に隠されていた仕掛けを動かすと元通りの通路へと戻った。
子どもたちを引き上げようと、梯子などが収納されていないか探してみるがどうやらそういったものはないらしい。
「ショートカットがあるってことは結構深いよな」
「もしかしたら下の階にもあるのかも」
「上るのが大変そうですね……」
結局梯子を見つけられなかった高等部生組は、下の階に落ちた子どもたちへ呼びかける。
穴、もとい一フロアの高さは彼らのような高等部生組だったら肩車でなんとかよじ登れそうだが、小等部一年生には無理だ。
「みんなー! 大丈夫ー?」
「大丈夫!」
「全員無事だよー!」
埃を払って起き上がり、手早く全員の無事を確認したアリスとテラスが報告する。幸か不幸かやんちゃな子どもたちなので、遺跡の落とし穴に落ちたくらいで驚いて泣き出したりはしない。
「どうしよう? 私たちも降ります?」
ここで子どもたちと別れて行動するのは危険ではないかと、ムースが提案する。それをギネカが否定した。
「でももしも下の階から上がってくる手段がないとしたら、引き上げる人間が必要じゃない? フートやレントが下に行っちゃったら、ヴァイス先生たちが来るまで皆を引き上げることができないわよ」
「そうですね……」
下の階から無事に上の階に戻れる手段が見つかればいいば、そうでない最悪の場合について考えてみる。探索道具としてロープを持ってきている人間が多いので子どもたちを引き上げること自体は可能だが、女性の力では難しい。
「でも、じゃあ子どもたちだけで行かせるのか?」
「私たちが降りてもいいけど……」
それでもヴァイスから面倒を頼まれた以上はきちんと目視できる距離で同行するべきではないかと、高等部生組は頭を悩ませる。
「大丈夫! 俺たちは俺たちで上に上がる階段探すから!」
「アリス君」
迷っている高等部生たちよりも、小等部生組の決断の方が早かった。彼らはさっさと行動予定を組み、動き出そうとしている。
「もし、どうしても駄目そうだったらロープで引き上げて欲しいな。探索時間を決めて時間になったらもう一度ここに集合するのはどう?」
「そうだな。テラス君の言うとおりにしようか」
ここで慌てているだけのレントやムースよりも、アリスやテラス、シャトンやフォリーたちの方がよほど落ち着いている。
カナール、ローロ、ネスルに関しても、最初の衝撃さえ去ればいよいよ探索が始まったとわくわくしているようだ。タフな子どもたちである。
――結局、アリスやテラスの発案通りにすることになった。
高等部生組は現在地である一階から下に降りる正規のルートを探し、小等部生組は地下一階を回って昇り階段を目指す。
「じゃあ何も見つからなかったら、十二時にはここに集合ってことで!」
「「「はーい」」」
良い子の返事は出発の合図。なし崩しに探索が始まった。