第2章 歪む鏡の向こう側
6.アリスの冒険 034
アリスたちが階段を昇りきると、ちょうどやってきた高等部生組と合流した。小等部組が地下一階を調べ終えたように、高等部組は一階フロアの探索も終わり下に降りるつもりだったらしい。
「あ!」
「お前ら無事だったか」
レントがネスルやローロの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。ムースやギネカも全員の様子を眺めて怪我のないことを確認し、ほっとした顔になった。
「下はどうだった?」
「面白かったよ」
フートがテラスに尋ねると、にっこりと満面の笑みが返ってきた。小等部生に笑みを向けられて、何故かフートは顔を朱くする。
幸か不幸かそれを誰かが指摘する前に、カナールたちの補足が入った。彼女はアリスの背中に抱きつきながら、彼とテラスの顔を見比べ興奮気味に報告する。
「アリスちゃんとテラスくんがすごいの! 難しい仕掛けを二人でどんどん解いていくんだよ!」
「シャトンさんもですよ。この三人のおかげで出口がわかったんです」
「そんなことないわ。あなたたちが率先して仕掛けを動かしてくれたから、ゆっくり考えることができたのよ」
ローロが背後のシャトンを振り返りながら言うのに、シャトンも自然な微笑を口元に浮かべながら返した。
何気なくその様子を眺めていたアリスは、今日ここに来て良かったと思った。
遺跡の探索を通じ、お互いの性格や役割を多少なりと掴んだことで、シャトンも少しずつ子どもたちと打ち解けられた様子だ。
誘いに来てくれたカナールたちには感謝せねばならない。
「フートお兄さんたちの方はどうだった?」
「俺たちもまぁそこそこ。一応全部屋回ったけど、このフロアには目ぼしい物はなさそうだってことだけ」
「地下へのショートカットがあちこちにあるのを把握したのが収穫って感じだね」
それぞれ調べたフロアの地図を描いているということで、小休憩と情報の摺合せのために、一度遺跡の入り口に戻ることになった。
「そろそろお昼にしましょうか」
外を見れば太陽が高く昇り昼を回っている。元気に動き回っていた子どもたちも、育ち盛りの高等部生たちも、空腹を感じ始める頃だ。
「やったぁ」
それぞれ持参した昼食を広げ始めると、途端に探索というよりピクニックめいた雰囲気になる。
カナール、ネスル、ローロの三人は前日から準備をしていたというだけあって、親の手作り弁当を持参だ。テラスとフォリーも今日いきなり話を聞かされた割には意外とちゃんとした弁当を持ってきており、コンビニ食を侘しく食むのはアリスとシャトンだけである。
高等部生たちは全員が事前準備をしていたが、元々学院での昼食も購買で済ませる組が多いために、ほとんどがその辺で買ったものである。
「弁当とか懐かしいよなー、ほんと」
「ふふ」
和気藹々と食べるカナールたちを眺めて、フートやギネカが懐かしそうに微笑んだ。
「お兄さんもいる?」
「お? くれるの? ありがとな。んじゃ、このサンドイッチはそっちのみんなで分けてくれ」
「ありがとー」
なんだかんだでおかずやパンを交換し合い、和やかな様子で昼食は進む。
食後にまったりと一休みしているところに、遺跡の中から足音が聞こえてきた。
「お、お前らもお宝探しか?」
無精髭を生やしたくましい筋肉を持った中年の男が子どもたちに声をかけてくる。迷彩柄のズボンを穿き、丈夫なリュックを担いだ姿はいかにもなトレジャーハンターだ。
「おじさんも?」
「ああ」
「トレジャーハントに来る人って結構多いんですね!」
男は豪快に笑い、一番近くにいたネスルの頭をがしがしと撫でる。
近くにいたフートたち高等部生組に声をかけ、彼らが子どもたちの保護者代わりだと知って安心した顔になった。
陽気な男は同じ遺跡を探索しようとする子どもたちに気さくに話しかける。弁当を広げた子どもたちの横で食事をとりながら、まるで遠足だなと笑う。
人懐こいカナールやローロ、ネスルたちも本職のトレジャーハンターを前に、きらきらとした目で話を求めた。テラスやフォリーはそれを慣れた様子で見守っている。
「そかそか。お前らもあの特番を見てここの遺跡に来たのか」
「そうだぜ! 遺跡のお宝は俺たちが探し出す!」
「こりゃ、手強いライバルがいっぱいだなぁ」
「私たち、負けないからね!」
「ははは」
一頻り話をしたところで、彼らと同じく休憩をとった男は再び探索のために遺跡へ潜ろうとした。
「じゃ、俺はもうひとっ走り――」
しかし、それは急にばたばたと聞こえてきた大勢の乱暴な足音に阻まれる。
「なんだ? 騒がし――」
振り返った男とアリスたちは、神殿部分の入り口にやってきた集団の姿を見て言葉を失った。
顔の隠れるマスクをつけた連中の手には、黒光りする拳銃が握られている。
ドン!
天井に向けて発砲された一発。轟く銃声に彼らは動きを止めた。
「なっ――!」
「全員手を挙げろ!」
強盗団はそう言って、今度は彼らに向けて銃を向ける。
◆◆◆◆◆
ヴァイスとヴェルムのもとへも、武装した二人組の男たちがやってきた。
このぐらいの人数なら拳銃を持っていても――そう考えるヴァイスの抵抗は、次の言葉によって封じられた。
「博物館と遺跡の中の連中は俺たちが抑えている。観念しろ」
「くそ……!」
ヴェルムが舌打ちする。先程の銃声で半ば予測していたが、公園内、遺跡内にいた人々は皆人質とされてしまったらしい。
血痕と、恐らくその血の主であろう井戸の中の死体を見つけた時から嫌な予感はしていた。
この連中は恐らく、先週からニュースになっている逃亡中の銀行強盗だ。かなりの人数と武装を擁する集団が、まだ捕まっていなかった――。
いくら逃亡中とはいえ、まさかこんな場所に潜伏しているとは思わなかった。
この時期、博物館の見学者は少ない。しかし遺跡内には他でもない自分たちが連れてきてしまった小さな子どもたちも大勢いるのだ。
「失敗したな。子どもたちを連れてくるんじゃなかった」
唇をほとんど動かさず、囁くようにヴェルムは言う。
「いや、大丈夫だ」
「ヴァイス」
顔見知りの子どもたちを案ずるヴェルムに対し、ヴァイスは強盗団に向けて表向き大人しく従う様子を見せながらもこっそりと囁く。
「私の生徒たちを舐めるな。黙ってやられるような連中じゃないぞ。あいつらならきっと――」