Pinky Promise 035

第2章 歪む鏡の向こう側

6.アリスの冒険 035

「大人しくしてろ! 刃向かう奴は撃ち殺すぞ!」
「きゃああああ!」
 拳銃を持った迷彩服の男たちが、彼らに銃を向ける。
「まさか、ニュースの――」
 ギネカの低く抑えた囁きに、アリスもハッと気づいた。彼らは先週からニュースになっていた銀行強盗だ。確か武装した十人前後の集団で、今も逃走中だったはずだ。
 どくりと音を立てる心臓を押さえながら、この場を占領した男たちの人数を確認する。……七人。
「フート、どうしようこれ」
「落ち着いて、ムース」
 ムースがフートに縋りつく。と、見せかけて彼女たちもアリスと同じように、お互い相手を支える振りで油断を誘いながら鋭い目つきで強盗たちの様子を窺っていた。
 全員が拳銃を持っている強盗団を相手に、迂闊に動くことはできない。だが相手の武装の規模が割れて相手を分担できれば、彼らにも勝機はある。フートやギネカはそう計算しているだろう。
 だがその時、トレジャーハンターの男が動いた。
「うぉおおおおお!」
「おじさん!」

 ドン!

「うぎゃあああ!」
 強盗の一人が躊躇う素振りも見せず発砲する!
 トレジャーハンターは、脇腹から血を吹き出しながら倒れた。
「きゃああ!」
「おじさん!?」
 子どもたちが悲鳴を上げる中、撃たれた男のもとにギネカとムースがすかさず駆け寄った。痛みにのたうつ体を抑え込み、傷口を縛り上げて応急処置を施す。
「くそっ……!」
 フートは小さく舌打ちする。
 怪我人という人質ができてしまったことで、彼らだけでこの場をなんとか処理するのは難しくなってしまった。
 男の行動は勇気あるものだが、結果的に足手まといが増えたとも言える。ただ、トレジャーハンターにああいう行動を起こさせたのは、こちらが子ども連れで余計な心配をかけたせいかも知れない。
 レントがこっそりと囁くようにフートに問いかける。
「フートでも、あいつらを倒すのは厳しい?」
「怪我人と子どもたち抱えてちゃきついな」
 怪我をしたトレジャーハンターがおらずとも、小等部の小さな子どもたちが七人もいるのだ。レントとムースも戦闘員としての実力は然程期待できない。
 下手に抵抗して失敗したら、今のように余計に事態が悪化する危険がある。相手が人質に向けて躊躇なく発砲する連中だとわかったのは一つの収穫だ。
「ギネカ」
「死にはしないと思うわ」
 魔導を使えるギネカが男の傷を塞ごうと治癒を試みるが、学院のひよっこ魔導師ができる程度の治癒術の効果など限られている。今は剣と魔法の時代ではないのだ。
 ギネカの手元を見て魔導だと気づかれることがないよう、レントとムースがさりげなく彼女と男の傷口を隠すように立つ。フートは強盗たちへの警戒を怠らない。
「せめて、ヴァイス先生たちが気づいてくれれば……!」
「駄目。どっちにしろ私たちの存在自体が先生たちにとっても人質と成りうる」
「そんな……!」
 一方、高等部組四人がこっそりと会話を交わしている間、小等部組もお互いに状況を確認し合っていた。
「あ、アリスちゃん。どうしよう……!」
 カナールが隣のアリスにしがみつく。アリスは青褪める少女をそっと支えながら、眉を潜めた。
 シャトンが小さく呟く。
「まずいわね」
「ああ。俺たちの存在が、フートたちの足枷になっている」
 フートとギネカの二人が揃っているなら、強盗犯七人程度なら魔導と格闘で倒すことは可能だ。だがいくら彼らでも、子どもたちと怪我人を庇いながら戦うのは難しい。
 今のアリスは肉体上は無力な子どもであり、戦力には数えられない。
 自分の無力さに歯噛みしながら、アリスは相棒に尋ねる。
「シャトンの魔術はどうだ?」
「無理よ。こんな狭い空間で、そんな緻密な術をこの体では制御できないわ。簡単な防壁くらいなら張れるけれど」
 頼みの綱のシャトンも、体が幼くなったせいで制御に自信がないという。
「……せめて僕たちだけでも、この場から離れるようにしよう」
「テラス」
 それまで黙って話を聞いていたテラスが口を開く。
「何言ってるんだよお前」
「みんなを置いて逃げるって言うんですか?」
 ネスルとローロが、子どもらしい正義感からテラスの言い分を非難する。しかしテラスは退かなかった。この緊急事態でも彼は冷静さを失っていない。
「僕らは足手まといなんだよ。僕らを庇いながらあの全員を倒すのはいくらフート=マルティウスでも無理だ」
「じゃあどうするの?」
 カナールが不安げに問いかける。
「子どもだからパニックでも起こした振りをして、とにかく走ってあいつらから離れるしかないね」
「でも、相手は銃を持っているのよ? これだけの人数がいるなら一人くらい殺しても構わないと見て撃ってくるかもしれない」
 短慮を起こしては逆に危険かもしれないと、慎重派のシャトンが警告する。撃つという言葉に反応して、子どもたちはさっと青褪めた。
「「ええ?!」」
「し! 静かに」
 慌てて窘めるが少しばかり遅い。強盗たちから苛立たしげな怒声が飛んでくる。
「ガキ共! 何をこそこそと話しているんだ!」
「ひえっ」
「……くっ」
 怯える振りでやり過ごすが、事態の解決は遠い。アリスとテラス、シャトンの三人は互いの目を見交わす。さてここからどうするべきか……。
 ぽつりと、小さく鋭い声が、子どもたちの耳に届いた。
「遺跡の中。使えそうな仕掛けがいっぱいある」
「フォリーさん」
「それだ!」
 フォリーの発言で閃き、アリスは子どもたちに指示を飛ばした。
「合図したら、全員遺跡の中に向かって走れ! さっきのショートカット部分までとにかく走るんだ!」
「アリス?!」
「俺が上で操作すればすぐに床を塞げるだろ? 大丈夫、あの穴、近くに自分が通るためのスペースあっただろ?」
 高等部生組が見つけた仕掛けの一つだ。隠し通路の一つだが、人一人が通るので限界の狭さ。
「……走り出すなら、みんなが先に行って。私は一番後ろで魔導防壁を張るから、銃弾は気にしなくていいわ」
「シャトン」
 それしか方法はないと、他の子どもたちも納得して頷いた。
「決まりだね。……任せたよ。アリス、シャトン」
「おう!」
「ええ」
 そして、テラスが合図を口にし、子どもたちは次々に叫びだした。
「うわーん!」
「怖いよう!」
「撃たないでー!」
「な、なんだこのガキ共!」
 突然走り出した子どもたちに対応できず、強盗たちはアリスたち七人を見送る。
「テラス君?! カナちゃん?!」
「待って! 駄目よ! あなたたち――」
 外に出るのではなく遺跡の中に向かって無鉄砲に走り出したように見える子どもたちに焦ったのは、何も聞かされていない高等部生組だ。
「待て! あれは魔導防壁だ!」
「え?」
 フートはシャトンが張った防壁を確認して、子どもたちを追いかけようとしたギネカを止めた。
 魔術はその効果を目視できるようにする場合もあれば、魔導師以外の目には不可視とすることもできる。恐らく強盗たちにはわからないだろうが、魔導師であるフートにはシャトンが張った魔導防壁が見えている。
 いくら比較的単純な術とはいえ、フートやギネカでも集中していなければ見逃してしまいそうな、恐ろしい程繊細な制御の魔導。七歳の子どもがあんな行動な魔導を使いこなすことも驚きだが、それ以上に気にかかるのは彼らの意図だ。
 わざとらしい程に幼気な演技の影で、ジグラード学院小等部一年生組は何かを企んでいるらしい。
「あいつら、一体何をやろうってんだ――?」
 子どもたちの賭けが始まる。