Pinky Promise 038

第2章 歪む鏡の向こう側

7.白騎士の発明 038

 階段を降りて遺跡の地下に入った強盗たちは、逃げ出した子どもたちを探す。
「ちっ! いねぇな……」
 一週間前から潜んでいたとはいえ、彼らが使っていたのは主に緑地や博物館の施設だ。この遺跡の中の仕掛けにまでは詳しくない。
 当然彼らは、子どもたちが落とし穴式のショートカットを使って地下に降りたことは知らない。
 ようやく小学校に上がったばかりだろう小さな子どもの足などすぐに追いつく。その予想は外れ、男たちは子ども等を完全に見失った。
 遺跡の中の灯りはいつの間にか落とされ仄暗い。完全に視界が利かないわけではないが、夕方の街並みのように薄闇のヴェールがかかっている。
「もっと下の階に降りたんじゃないか?」
「そんな音したか?」
「わからねぇが……これだけ探しても見つからないってことはそうとしか考えられないだろ?」
「じゃあ俺たちも下に降りるか」
「まぁ、待て。まずはこの階をもっとよく探してからだ」
「結構広いしな。手分けして探そうぜ」

 ◆◆◆◆◆

 地下一階に降りて子どもたちを探しに来た強盗の一人は、一つの部屋の前で気配を感じた。
「来た!」
「しっ!」
 どこからか子どもたちの潜めた声が聞こえて来る。この部屋の中に隠れているのだろう。
 やはりガキだ。こちらの接近には気づいているようだが、自分の気配を隠せていない。
 わざとらしくあちらこちら大きな音を立てて探しながら、徐々に声の発生源に近づいていく。
 壁をよくよく見てみれば、小さな隠し扉らしきものがあるのがわかった。
 しかも――これ見よがしに隙間が開いている。
 こちらの様子を観察するためだろうが、迂闊としか言いようがない。
「見つけたぞガキ共!」
 男がバッと扉を開くと、そこには携帯電話が一つぽつんと置かれていた。
「何?!」
「えい!」
 そして背後から稚い掛け声とともに、隠し部屋の中に向かって突き飛ばされる。
「うおわっ!」
 男は物の見事に壁に頭をぶつけて失神した。
「やったよ! アリスちゃん!」
「よし! これで一人目!」
 カナールとネスルが歓声を上げる。単純な作戦だが、予想外に上手く行った。
 電波が通じていなくても、携帯電話の機能は生きている。あらかじめ自分たちの声を録音しておいた携帯を隠し部屋の一つに配置し、アリスたち三人はまた別の隠し部屋に潜んでいたのだ。
 鏡遺跡は隠し部屋や隠し通路が多く、しかもそのうちの幾つかはきちんと仕掛けを解かないと入れないようになっている。
 元々探索のつもりで来て、しっかりと地図を作り仕掛けの位置を描きこんでいたのが役立った。
 作戦は主にアリスとシャトン、テラスで考えたものだ。ヴァイス謹製通信機をフル活用して、お互いの持ち物なども確認することができた。
 相手は強盗をするだけあって腕っぷしにそれなりの自信を持つ大人であり、更に武器を持っている。アリスたちは強盗たちの動向を、遺跡内の仕掛けを使って慎重に探った。
 鏡遺跡と言うだけあって鏡だらけのこの遺跡は、隠し通路から鏡の反射で部屋の外の相手の様子も監視できるようになっているのだ。
 強盗たちが一人ずつに分かれるのをしっかり確認してから、アリスたちは行動に移る。
 そして子どもながらに万全を期して罠を仕掛けた部屋で、強盗たちを待ち構えていたのだ。
「このおっさん縛っておこうぜ」
「ああ」
 ネスルとアリスは二人がかりで、気絶した男を縛り上げる。ロープは探索用に持っていたものだが、結構な長さがあった。大人一人縛り上げるのにも十分だ。
 まさかこんなことに使うと思って持ってきたわけではなかったが。
「さて、シャトンたちの方はどうなったかな?」

 ◆◆◆◆◆

 小さな足音が廊下に反響するのを聞き取り、強盗の一人は走り出した。
 彼の腰ほどまでしかないような小さな影が、その姿を認識して慌てて逃げ出す。
「待て! ガキ共! 上の連中がどうなってもいいのか?!」
「きゃあああ!」
 子どもは錯乱しているのか、男の言葉にも聞く耳をもたない。面倒だと舌打ちしながら、男は子どもたちを追いかける。しかし。
「うおっ!」
 足元の床が突如として崩れた。
 一階にもあるショートカットだが、男は当然知るはずがない。下の階に落とされて困惑しているところに、間髪入れず追撃がやってきた。
「そぉれ!」
「ぐぇ!」
 シャトンとテラスの二人が、勢いをつけて男の上に飛び降りたのだ。テラスが銃を蹴り飛ばし、シャトンが男の首筋に魔導の雷を這わせた手を押し当てる。
 スタンガンのように電撃を浴びせられて、男は昏倒した。
 当てる前から気絶していたような気がするのは気のせいだ。気のせいということにしておこう。
「テラスくん! シャトンさん! 大丈夫ですか?!」
「ああ、すぐに戻るよ!」
 上で仕掛けの操作を任されたローロが心配そうに二人に声をかける。
 シャトンの魔導で確実に相手を気絶させる手段はあったのだが、どう相手に近づくかがそもそも問題だった。優位をとるために、彼らはこの遺跡の落とし穴を利用したのだ。
 男がいずれ目を覚ましても動けないよう、探索用に持参したロープでぐるぐる巻きにする。
 全てが終わるとシャトンは再び通信機を使ってアリスに連絡を入れた。位置的に彼らの方が入り口に近く、ここはもう地下二階へ降りる階段の傍だ。向こうの方が先に終わるだろうから今度はシャトンの方から連絡を入れることになっていた。
『よ、シャトン。無事だろうなー?』
 この状況でもどこか能天気なアリスの声に、シャトンもまた緊張を解いてほっとする。
 わざわざ言葉で確かめるまでもなく、どうやらあちらも無事のようだ。
「アリスたちの方も上手くいったそうよ」
「やったぁ!」
 ローロが喜んで両手を上げる。
 テラスは土のついた手を払いながら立ち上がると、顔色も変えずに口を開く。
「できればもう一人ぐらい片付けておきたいけれど」
 リスやシャトンのように魔導が使えるわけでもないらしいのに、まったく恐れを知らない子どもだ。しかしこういう場合はその冷静さがありがたい。
「二人も戻らなければ、もう一人ぐらい誰か追ってくるんじゃないかしら」
 シャトンも口元に指を当てながら考える。
「どうだろうな……一人ずつならなんとかなっても、数人がかりでこられるとさすがに子どもばかりの僕たちが不利だ」
 ピピッと音がなり、通信機から再びアリスの声が流れる。
 その内容を耳にして、シャトンとテラスは顔を見合わせて笑った。
 願った通りの展開だ。
「来たわよ、もう一人が」

 ◆◆◆◆◆

「ちっ、あいつら何を手間取ってやがんだ。相手はガキだぞ」
 遺跡の入り口で他の人質たちを見張っていた残りの強盗たちは苛立ち始める。
 内部に逃げ込んだ子どもたちを追って行ったはずの仲間が、先程から戻って来ないのだ。
「けど、確かあのガキ共結構な人数だっただろ? ばらばらに隠れてたら探すのだけでも時間がかかるんじゃないのか?」
「ったく、しょうがねぇな……」
 舌打ちする仲間の一人に、他の男がフォローを入れる。確かにいくら小さな子どもたちと言えど、七人も捕まえてくるのは二人だけだときついかもしれない。
 まだ警察が来る前だというのに、こんなところでかくれんぼに付き合っている暇はないのだ。
 銀行強盗の主犯となる男が、他の仲間に指示を出す。この状況で人数を割きすぎるのは問題だが、どうせこちらの人質も高校生が四人に怪我人が一人。いざとなれば拳銃ですぐに殺せる。
「お前も見に行け。ぐずぐずしてねーで逆らったら殺すとでもなんでも脅してさっさと連れて来い」
「了解」