Pinky Promise 040

第2章 歪む鏡の向こう側

7.白騎士の発明 040

 ロープでぐるぐる巻きにした憐れな強盗たちを隠し部屋に放り込み、アリスたちはまた別の隠し通路の奥で合流した。
 フォリーを除く六人。アリス、シャトン、テラス、カナール、ローロ、ネスル。 子どもたちは狭い空間で文字通り額を突き合わせ、これからどうするかを考える。
 ここで性急に飛び出すのは迂闊だが、捕まえた強盗たちがいつ目を覚ますかを考えるともたもたしている時間もない。
「あとはこの状況を、上に伝えられたら完璧なんだけど」
 子どもたちが盗賊三人を抑えても、上でフートたちが残り四人を倒せなければ意味がなかった。だがアリスたちの方からは、上の高等部生組に、強盗団に気づかれず連絡をとる手段がない。それが今一番の問題だった。
「フート兄ちゃんたちなら勝てるんだろ? だったらもう俺たちが直接行って、あいつらを倒してくれー! って叫ぶんじゃ駄目なのか?」
「それだとあの男たちにも気づかれるわ」
「動作に移るのにかかる時間が同じなら、最初から武器を持っている強盗たちの方が早いだろう。そのやり方は危険だ」
 ネスルの真っ向勝負過ぎる提案に、シャトンとアリスは即座に突っ込みを入れる。
 怖いもの知らずの子どもたちは時に臆病な大人より頼もしいが、危険にも平然と首を突っ込むのはやはり止めねばならない。
「じゃあどうすんだよ!」
 提案を即座に却下されたネスルが不満そうに唇を尖らせる。
「ネスルくんのことはともかく、何かお兄さんたちだけに伝える方法を考えなければいけませんよね」
「でもここでのんびりしてたら、あの強盗さんたち起きちゃうかもよ?」
 ローロやカナールも頭を悩ませていた。ようやく生み出した空白の時間だが、異変に気付いた強盗たちが再び行動を始めてしまえばどう転ぶかわからない。
「なんとか強盗たちに気付かれず、フートたちだけに合図を送る手段がないものか……」
 探索用の地図や道具を全て床に並べて、アリスは思考する。
「この通信機を遠くからこっそり投げ込むとかは?」
 先程アリスとシャトンがやりとりしていたヴァイスお手製魔導通信機を指差して、今度はカナールが提案した。
「小石に紛れてか? でも俺たちの力じゃ相当近づかないと届かないぞ」
「それに、向こうが気づかなければ終わりよ。この通信機、相手が受信ボタンを押さないと反応しないもの」
「あ、そっか……」
 しかしやはりアリスとシャトンの二人に作戦の穴を指摘されて引き下がった。それに彼ら子どもの投擲力だとかなり近づく必要があるので、投げた際に強盗団に捕まる危険性もある。
「何か、いい方法はないものでしょうか……?」
「……」
 ローロが途方に暮れ、テラスも何事か考え込んでいる厳しい顔つきで黙り込む。
 その時、彼らのすぐ近くで物音がした。
 しかも壁一枚挟んだ廊下ではなく、この隠し通路の中だ。
「!」
 アリスとシャトン、テラスの三人が前に出て他の子どもたちを庇う。
 ここは遺跡の中でも、あちこちに通じている隠し通路の中。ただの隠し部屋だと万一見つかってしまった際に逃走先がなくなるのを恐れて通路に入ったのだが、まさかこの中に彼ら以外の誰かが入ってくるなんて――!
 しかし通路の奥からやってきた人物の顔を見て、アリスたちは肩の力を抜いた。
「あ、いたいた」
「無事のようだな」
 金髪、銀髪、薄紅色の髪の、トレジャーハンターの少年三人組だ。
「あの時のお兄さんたち!」
 そういえば遺跡に入る前に、この三人組の少年トレジャーハンターたちと出会ったのだった。ここまでのすったもんだで、すっかりこの三人の存在を忘れていた。
 恐らく彼らの存在についてはフートたち高等部生組も忘れているだろうし、強盗たちも知らないだろう。昼に話した中年のトレジャーハンターも彼らについては一言も触れなかった。遺跡の中でも出会わなかったのだろうか。
「上はどうなった?」
「は! そうなんだよ! 今大変なんだ!」
「というか、何かあったってどうして知ってるの?」
 まさか彼らも強盗たちとグルではないだろうなと警戒するシャトンの前で、少年たちがひょいと体をずらして脇道を開ける。
「この子から聞いたんだ」
「フォリー!」
「フォリーさん!」
「お前大丈夫だったのかよ!」
 少年たちの背後から現れたのは、子どもたちから一人はぐれていたフォリーだった。
 遺跡に潜行した彼女は、このトレジャーハンターの少年たちと合流していたのだ。
「強盗が出て大変ってところまでは聞いたんだけど」
 つまりある程度の事情はフォリーによって説明済みらしい。話が早くて助かることだ。
「なぁ、シャトン……彼らは」
「ええ、どうやら頼りになりそうね」
 アリスは傍らに立つシャトンにこっそりと囁きかけた。同じことを考えていたらしく、彼女も頷き返す。
 例によってトレジャーハンターなどしている彼らも腕に多少の覚えがあるのか、相手が拳銃を持った強盗団だと聞いても怯える素振りすら見せない。
 これはかなり「できる」奴の気配だと、アリスは理解した。彼らがここまで上がってきたのも、強盗たちをなんとかするためだろう。
 つまり彼らにはそれができるだけの実力があるのだ。
「今、上がどうなってるかわかるか?」
 銀髪の少年――サマク=カーデムが尋ねて来る。
「それはわからないけど、強盗さん三人倒したよ」
「へ?」
「俺たちもこれまでに色々とやってたんだ」
 子どもたちを代表して、アリスが少年たちにこれまでの経緯を説明した。
「へぇ。凄いじゃないか」
 金髪の、ラーナ=セルウィトルと名乗った少年が感心する。
「残りは四人か。それだけの人数なら十分対処できるな。この二人が」
「エイス様……」
 薄紅の髪の少年エイス=クラブが、サマクとラーナを指差す。エイス本人はやらないようだ。
「上の奴らにこのことを教えたいんだけど、手段がないんだ」
「ふむ。それなら多分大丈夫だ」
 今まさに問題となっていることを伝えると、エイスは事もなげに頷いた。
 アリスたちより先に遺跡を探索し尽した三人は、にやりと自信ありげな笑みを見せる――。

 ◆◆◆◆◆

 サマクたちトレジャーハンターの少年三人は子どもたちを連れ、遺跡の隠し通路を歩いた。
 三人はこの遺跡をかなり攻略済みで、各階の隠し部屋や隠し通路等の知識もアリスたち以上にあるらしい。
 彼らはその知識により、強盗団に知られずこっそりと入り口にまで戻った。
 フートたちの背後の壁の下方に空けられた、今は使われていない排水溝の中からそっと近づく。
 アリスたちが最初に来た時は気付かなかったが、こんなところにも隠し通路があったのだ。
「しっ――」
 気配に気づいたフートたちが振り返る。
「驚かないで。このまま話を聞いて」
 いきなり思いも寄らない場所から話しかけられた高等部生たちは、やはり驚愕していた。見開いた目を瞬かせ、なんとか落ち着きを取り戻そうとする。
 無言で息を呑み込む彼らが状況を理解したところで、サマクが話しかけた。
「助けに来たよ」
 子どもたちは少し奥で、声を出さないよう静かにやりとりを見守っていた。一番先頭のアリスがなんとか隙間から顔を見せて手を振り、高等部生組に自分たちの無事を知らせる。
「あんたたちは」
 もちろんフートたちも三人のトレジャーハンターのことはすっかり忘れていた。そういやこんな奴らもいたな、と今顔を見てようやく思い出す。
「事情は聞いた。下でおチビちゃんたちが遺跡の罠を使って三人ほど敵を倒したってよ。動くなら今だ」
「マジか」
 いつの間にか進んでいた事態に高等部組が驚く。だが長々と説明を聞いている暇はない。
 なまじ腕に自信のある者が多いだけに、方針が決まれば行動に移すのは早かった。ギネカとフートは一瞬だけ目を見交わし、ムースとレントも怪我をした男をさりげなく庇うように体の向きを調節する。
「さぁ、俺たちも反撃に移ろう」
 サマクの合図で一気に動き出した。