第2章 歪む鏡の向こう側
7.白騎士の発明 042
ヴァイスに頼まれて子どもたちを車で迎えに来たダイナは、ハンドルを握りながら首を傾げた。今日はやけにパトカーのサイレンが多い。遺跡の駐車場に車を停めながら考える。
この場所から博物館と遺跡の入り口まではもう少し歩かねばならない。その間に敷地内の空気が変に緊張していることに気づく。
管理事務所の近くを通ると、どこか物々しい。博物館の前に置いてあるベンチに座っている男女も、疲れたようにぐったりと肩をもたれあっていた。
「何かあったのかしら……?」
けれど今現在は何処にもそれらしい問題は見当たらず、人々は疲れた顔をしているが普通に過ごしているように見える。
すでに「何か」があって、今はそれが終わった……と言うことだろうか。
きょろきょろ辺りを見回してヴァイスたちの姿を探しているうちに、別の知り合いの姿を見つけた。
「探偵さん?」
「あれ? あなたは……」
管理事務所の前で作業員らしき制服姿の男たちと話をしている金髪の少年は、現在帝都を離れている弟の捜索を依頼した探偵だ。
「ヴェルム、向こうは終わったぞ」
二人が口を開きかけたところでちょうど声をかけたのは、何やら離れたところで作業をしていたらしいヴァイスだった。
「ルイツァーリ先生」
「ダイナ! よく来てくれたな!」
ヴァイスがダイナの姿を目にし、いつも通り喜色を浮かべる。この反応に慣れているダイナは特に気にもせず、隣人として同僚として付き合いの長い彼に状況を尋ねようとした。
「あの、これは一体――」
その時、遺跡の方で乾いた銃声が弾けた。
◆◆◆◆◆
強盗を全員倒し、怪我人の傷も癒えた。全員が油断していた。
微かな人の気配に、フートが遺跡内部へと続く道を振り返る。よろめきながらこちらに歩いてくる人影を見つけた。
その手にはしっかりと銃が握られている。
「伏せろ!」
彼の叫びとほぼ同時に、パァン! と空気の弾ける音がした。
「きゃー!!」
子どもたちは近くにいたフートやトレジャーハンターたちに庇われて身を伏せる。
「目が覚めちまったのか!」
アリスたちが最初に倒した強盗の一人だ。頭をぶつけて昏倒したが、意外と早いお目覚めだった。
拘束していたはずのロープが解けている。
しっかり縛ったつもりだったのに、やはり子どもの腕力では甘かったのか。アリスは思わず舌打ちした。
強盗が手にしていた銃は回収して、一見そうとはわからぬよう遺跡の隠し部屋に厳重に仕舞ってきたはず。まさか、まだ隠し持っていたとは。
詰めが甘かった。だがここで反省している暇はない。あの男をなんとかしないと!
激昂した男が再び銃を構える。
「てめぇら! 舐めた真似しやがって!」
一度目の銃弾は幸い誰にも当たらず遺跡の壁にぶつかった。元々の射撃の腕もあるだろうが、男が万全の状態でも冷静でもないという理由もあるだろう。
けれど子どもたちにしてやられた怒りが収まらないらしく、戦意も敵意も失う様子は見えない。
男は続けて二発目――近くにいたカナールに狙いを定める。
「危ない!」
咄嗟にギネカがその前に身を乗り出してカナールを庇った。男が引き金を引く。
ギネカは魔導防壁を張ろうと手を差し出すが、間に合わない――。
ギン!
ぎりぎりのところで、小さな影が銃弾の前に飛びこんだ。
「いったた!」
「アリス君?!」
術の展開が間に合い、二人の前に魔導防壁を張ったアリスの体が反動を受けてころころと転がる。
子どもの力では弾丸を受け止めた衝撃を完全には殺しきれず、魔導の盾を支えている腕に痺れが走った。
ギネカが蒼白な顔でアリスの無事を確かめようと、肩を掴み問い質す。
「撃たれたの?! 怪我は……!?」
「だ、大丈夫だよ」
アリスに弾は当たってない。危ないところだったが、弾丸そのものは防壁で防ぎきった。
「てめぇ!」
フートが男に向かっていく。しかし、遺跡の床に転がる仲間たちの姿にもう後がないと知った男は、更に二丁目の拳銃を取り出してやたらめったらに乱射し始めた。
フートたち高等部生組もアリスとシャトンも、エイスたちトレジャーハンター組も、流れ弾に備えて仲間と自分の身を守る防壁を咄嗟に張るので精一杯だ。
魔導で弾丸を防ぐことができるからと言って、彼らは銃弾に当たっても大丈夫という化物ではない。魔力の盾を張る位置が少しずれたら死ぬかも知れないのだ。
「くそっ!」
フートが苛立たしげな声を上げた時だった。
目にも留まらぬ速さで飛び込んだ二つの影が、両側から男に攻撃を仕掛ける。
「がっ! ぐはっ!」
銃弾の尽きるタイミングをきっちり見計らって攻撃を仕掛けたのは、彼らもよく知る人物たちだ。
「人の幼馴染になんてことしやがるてめー」
「ネイヴ!」
「みんな、大丈夫?!」
「姉さん?!」
「ダイナ先生?!」
一人はダイナ。ヴァイスの隣人でアリスト=レーヌの姉。ジグラード学院の教師でもあり、ここにいるジグラードの生徒たちにとっては顔馴染みだ。
もう一人はネイヴ。ギネカの幼馴染。ヌメニア学院の高等部二年生だ。
そして彼らの後から更に二人、大慌てで飛び込んでくる。
「みんな! 大丈夫か?!」
「お前たち、今銃声が――」
「ヴァイス先生!」
ヴェルムとヴァイスも銃声を聞いて血相を変え、すぐさま駆けつけてきたらしい。
「この二人のおかげで何とかなったよ」
ぐるりと周囲を見回して皆の状態を確認したアリスはひとまずそれを伝える。血の気の引く思いは味わったが、何とか全員無事だ。
この場にはお互い驚いたことに、魔導に長けた人物が予想外に多かったらしい。
ジグラード学院の生徒である高等部生組はともかく、まさかトレジャーハンターの三人まで自力で難局を乗り切るとは思わなかった。
彼らに防壁を張る技術がなければ先程の拳銃乱射で怪我人の一人くらいは増えていたかもしれない。
「すまない。俺の注意が足りなかったせいだ」
子どもたちが倒したと言った相手を、きちんと確認しておかなかった自分のミスだとヴェルムは告げる。
「ヴェルムが気にすることじゃないよ」
「そうね。探偵さんのせいじゃないわ。アリスがちゃんとあの男を菱縄縛りで拘束しておかないから」
「そんなマニアックな縛り方知ってるわけねーだろ!」
七歳はもちろん十七歳でも普通そんなこと知るわけない。知りたくもない。そもそも自分たちの今の見た目を考えてくれと、アリスはシャトンをじとりと睨み付けた。
しかしシャトンの悪趣味な冗談のおかげで、場の緊張はほぐれていく。
「お前らさっきから何言ってるんだ?」
「アリスちゃん、どうしたの?」
「なんでもない! 本当気にしなくていいから! いろんな意味で!」
今のやりとりは忘れろと、アリスは子どもたち諸共ヴェルムの反論を封殺した。
「っていうか、君ら本当に小等部?」
「なんか今いかがわしい単語が聞こえたような……」
ああもう、子どもたちどころか、高等部生組の一部まできょとんとしている。
「お前ら、その辺は後にするぞ。今度こそこのバカ共を徹底的にふんじばる」
彼らがごちゃごちゃやっている間に、ヴァイスは魔導で眠りの術をかけて、きっちりと強盗たちにトドメを刺していた。流石にこういう場合のヴァイスはぬかりなく、見る者が見れば惚れ惚れするほどえげつない魔導の重ねがけらしい。
「いっそ拳銃借りてくか? 目に見える武器があった方が投降させやすいだろう」
そして、さらりと言って強盗たちの手元から拳銃を回収するヴェルムである。
「銃刀法違反じゃね……?」
アリスの突っ込みはさらりと流され、ヴェルムとシャトンの間でどう考えてもおかしい会話が交わされていた。
「菱縄縛りじゃなくてすまんな」
「十分だと思うわよ?」
ヴェルムはヴァイスが眠らせた強盗たちを亀甲縛りで念入りに縛り上げている。 何故そんな縛り方を知っているのだ、探偵。
「……まぁ、とにかく」
誰もがほぅと息を吐き、今度こそ本当に全てが終わったと肩の力を抜く中でテラスが一言言い放つ。
「これでようやく、遺跡探索の本題に入れそうだね」
「「「あ」」」