第2章 歪む鏡の向こう側
8.鏡の向こう側 043
昏倒させた強盗を引き渡し、警察への対応をヴェルムたちに任せ、アリスたちは再び遺跡の探索を始めた。
本来なら彼らも警察の事情聴取に付き合わねばならないのだろうが、どうしてもその前にこの遺跡に来た目的を果たしておきたいと主張する人物が何人かいたためだ。
警察への対応はヴァイスとヴェルム、治療はされたものの元怪我人である中年のトレジャーハンターをダイナに任せ、学生たちとエイスたち三人で再び地下に潜る。
と言っても、今更探すようなところはほとんどない。地下二階以降はエイスたちの手によってすでに調査が終わっている。
すっかり遺跡を知り尽くしたトレジャーハンター三人組の手に寄り、内部の明るさも思いのままだ。全員が歩きやすいように、再びラーナが仕掛けを動かした。
「宝物庫に当たる部屋は地下五階だ」
エイスたちによれば、この遺跡は特に捻りのないとてもシンプルな作りだという。
隠し通路や各部屋の諸所の仕掛けはともかく、建物自体の構造が上から下まで全て同じで、移動のための階段も決まった位置にあるからだそうだ。
「まぁ、別に遺跡だからって必ず迷宮じみた作りにしなきゃいけないってわけでもないしな」
この地下遺跡は、元々は地上の神殿を基盤とした魔術師たちの棲家だという。
「……? あれ? ちょっと待って、神殿と魔導士の存在って両立するの?」
アリスは首を傾げた。
白兎に禁呪をかけられてこの姿になってから、学院の妖怪講師ゲルトナーに辰砂にまつわる神話の講義を受けた。今は人並以上に神話に対して詳しくなっている。
――昔、一人の魔術師が神々に反逆して創造神の名を奪い封印したことから、魔術師は神に背く者として扱われるようになった。
神殿と魔術師は対立する存在だ。
今は魔術師を魔導士と呼び、魔術はただの魔導という学問の一環となった。それでも魔導士と神職は基本的に両立しない。
「君、ちっちゃいのによくそんなこと知ってるなぁ」
「え、ま、まぁね!」
あえて子どもらしく胸を張ってみたアリスに抱きつきながら、カナールが自分のことのように誇らしげに言う。
「アリスちゃん凄いんだよ! なんでもよく知ってるの!」
「アリス……? 君、アリスって言うの?」
台詞の内容よりもその中に交じる名に興味を引かれた様子で、ラーナが立ち止まりアリスの顔を覗き込む。
「う、うん」
内心を見透かそうとするかのようなその眼差しにアリスがどきりとしていると、子どもたちの無邪気な声が続いた。
「こんな見た目と名前だけど男だぞ!」
「今日も遺跡の仕掛けを解くのに、テラス君と一緒に大活躍でした」
「こんな見た目は余計だ」
ネスルの台詞に拗ねて見せながら、ラーナの様子をさりげなく窺う。サマクとエイスも特に顔色を変える様子はないが、さりげなくこちらの出方を窺っているようにも見える。
何秒もその状態が続いたように思えたが、後から考えればきっとほんの一瞬のこと。その緊張はふいに消えた。
「そうなんだ。……ごめんね、てっきり女の子だと思って」
自分自身も十分女顔の少年であるラーナはそう言った。
しかし後半の台詞は本心ではあるが、本当に思いついたことを隠すためにとってつけたような言葉だと思う。
「おーい、それでここからどうするんだ?」
そうこうしているうちに、一行は宝物庫の扉に辿り着いた。
レントやフートが早速扉に近づいて手をかける。危険があればサマクたちが忠告してくれるだろう。だが。
「ふんぎっぎぎぎ!」
「レントお兄さん?」
「何をやってんの?」
「開かねー!」
……辿り着きはしたのだが、扉がどうにも開かないらしい。
「何か仕掛けがあるらしくて、それがまだ解けてないんだ」
サマクが扉を睨みながら告げる。彼ら三人はもう嫌になるほどこの扉の開閉に挑戦したらしく、何をやっても開かない扉にげんなりしている様子だ。
「これじゃないか?」
ギネカの幼馴染であるネイヴが周辺を見回して、壁の模様の一角から並びが違う場所を発見する。そしてそのまま何かを並び替えるように弄った。
ガコン。
「お、何か動いたぞ」
「どこかでね」
目の前の扉に目に見えるような変化はないが、確かにこの近くの何処かで何かの仕掛けが動いた音がした。
「ネイヴお兄さん、あんな小さな模様によく気づいたねー」
「ふふん。凄いだろう。遠慮なく崇め奉ってくれてかまわんよ、子どもたち」
「で、本音は?」
すでに呆れた目をしたギネカがネイヴに問いかける。
「たまたま目の高さにあったので気づいただけです。お約束として適当に押してみました」
「なーんだ」
「なぁ、あがめたてまつるってなんだ?」
一瞬前まで目をキラキラと輝かせていた子どもたちは、すぐに彼に興味をなくしたようだった。ネイヴはたははと軽やかに笑い飛ばす。
「ってことは、もしかしてこっちにも」
フートはネイヴが探していたのとは逆側の壁を触り、同じ模様の変化を発見すると、同じように操作する。
ガコン。
「よし、やったー! ……って、あれ?」
「鏡が出てきただけね」
両方の仕掛けを作動し終えると、扉の正面の壁の一部が回転し、その場所に鏡が現れた。
鏡の中央には、蓮の花に似た紋様が描かれている。一行はこの遺跡の外の沼に咲いていた睡蓮を連想した。
しかしそこからが問題だ。
「この鏡を……どうするの?」
背伸びをして鏡を覗きこもうとする子どもたちを横目に、高等部生組とトレジャーハンターたちは新たな仕掛けの意味を考える。
「そう言えばこの扉の模様……」
鏡の正面に存在する扉の模様を改めて眺めていたギネカが、滑らかに曲線を描く紋様の一部の空間が不自然に空いていることに気づく。
「この扉の模様とそこの睡蓮の絵を合わせれば、ぴったり完成しそうね」
「これは……もしかして何かの魔法陣?」
シャトンがギネカの視線を追って、扉の横から二枚の紋様を見比べる。
上手く脳内で重ね合わせようとするのだが、距離も大きさもあるのでどうしてもうまく行かない。
「鏡に描かれた紋様か。王道なら、どこかに光を当てろってことか?」
ネイヴがいち早く仕掛けの仕組みに気づいて呟く。
「王道って何の王道?」
「え? いやその、ゲームとかでよくあるじゃん?」
「へぇー。でもこんなに早く気づくなんてすごいや」
「ま、まーね。それ程でも!」
ネイヴはレントの問いにおどけて答えた。すかさずギネカがきつい口を挟む。
「ただ毎日遊びほうけているだけでしょ」
先程からこの遺跡の仕掛けを破るきっかけに気づくのはいつもネイヴだった。
一方で、熱心に鏡を眺めていた子どもたち。アリスは皆を代表し、遺跡の壁のくぼみに足をかけて器用によじ登ると、鏡に手をついて何か仕掛けはないかと探り出す。
「うわ!」
「アリスちゃん?!」
「アリス?!」
体勢を安定させるためアリスが体重をかけようとすると、鏡がぐるんと回転した。驚いたアリスはそのままぽてりと床に落ちる。
「ねぇ、もしかしてあれじゃない?」
鏡が回転することを知って、その「高さ」の延長線上にあるものを探したテラスは、廊下の隅にある別の鏡に気づいて指をさした。
「あれ?」
「鏡を使うってことか?」
これが鏡の紋様を反射させる仕組みであることまではわかった。だが並みの光量では動かないらしく、懐中電灯の光を反射させたくらいでは遺跡の扉は無反応だ。
「ちょっと待って。この遺跡が造られたのはそもそも大分前よね。そんな時代に懐中電灯なんてないわ」
ギネカの台詞に、フートも頷く。
「文明の利器がなくても、何か光を届ける仕掛けが最初からあったはずってことだな」
鏡の反射を利用して地下五階の宝物庫に光を届ける。そこまではいい。だが。
「一体どこからこの神殿に光を入れるの?」
「あ……!」
その時、アリスの脳裏に天上から光を採りいれる硝子張りの天井が過ぎった。
「あのショートカット!」
「単なる落とし穴じゃなかったのか!」
アリスと同じように、神殿の一階をじっくり通ってきたジグラード学院の一行は頷いた。
とりあえず一度全員で戻り、全階層の落とし穴を開いていく。
「神殿の天井が硝子でできている。ここから光が入るようになっているのね」
「でも、このままじゃ宝物庫まで光が届かないよ」
「きっとどこかにまた、光を反射する用の鏡があるんだ」
「手分けして動かしていくぞ」
鏡を動かすこと自体は大した労力を必要としない。子どもの力でも可能だ。
フートたち高等部生組、アリスたち小等部生組、三人組のトレジャーハンターとネイヴ、全員が手分けして遺跡の機構を動かしていく。
最後の鏡が届けられた光を反射して扉に当てると、光と影の紋様が重なり合って魔法陣となり、宝物庫の扉が開いた。
「やったあ!」
ついに、お宝とのご対面だ。