Pinky Promise 044

第2章 歪む鏡の向こう側

8.鏡の向こう側 044

 宝物庫の扉が開く。
 部屋の四方に青い睡蓮の絵が描かれた部屋。正面最奥には祭壇らしきものがあるが、上には何も乗っていない。積もっているのは埃くらいのものだ。
 そして部屋のあちこちに、「お宝」と呼ぶべきものがある……のだが。
「なんだぁ、これ」
「これがお宝……なの?」
「ええと……」
 ネスルが、カナールが、ローロが。素直な子どもたちは疑問をそのまま口にする。
「お宝はお宝でも、考古学的な意味のお宝が大多数のようね」
 シャトンがくすりと笑いながら言った。
 金銀財宝を期待していた子どもたちの予想は外れ、古びた壺や皿、不気味な人形などが延々と並んでいる。
「……」
「……」
「ワースゴイねコレ」
 がっかりと落ち込む子どもたちの背後で、実は高等部生組もこのお宝の価値はよくわかっていなかった。
「うわぁ……!」
 一方で、目を輝かせたのはトレジャーハンター三人だ。
 ラーナが床に置かれた古壺の一つを手にとり、感極まった様子で口を開く。
「懐かしい……! これなんか千二百年くらい前のものですよ……!」
 他にも部屋のあちこちを巡っていちいち骨董品の様子を子細に観察しては、満足そうに頷いている。
 サマクもエイスもラーナほど顕著な反応ではないが普通に興味はあるようで、お宝の状態を一つ一つ丁寧に調べていた。
「ま、この様子だと普通に文化財として帝国の預かりになりそうね」
「そうだな」
「ええ~」
 シャトンの言葉に、子どもたちが一斉に不満の声を上げる。
 だが、遺跡の副葬品、出土する文化財などに詳しそうなトレジャーハンターたちの様子を見れば、これが自分たちに持ち帰れないものだということはわかった。
「せっかくだから、壊さないように少しだけ見ていくか?」
「そうね」
 フートの言葉にムースが頷いて、彼らはその場をちょろちょろとお宝見物に動くことになった。
 なんだかんだ言っていた子どもたちも、いざお許しが出たとなればすぐに興味の矛先を切り替えて、日常で触れることはない古びた品々を眺め出した。
「いやいや、でもなかなか侮れないよここのお宝。この箱とか、見るだけでも綺麗でしょ」
「本当だ。綺麗な絵が描いてある」
「でも持って帰れない」
「あう……」
 テラスやフォリーは無造作に手に取るが、ネスルやカナールには手を触れないようローロがしっかりと言い聞かせていた。
 テラスが手の中の箱を開いて、中身をみんなにゆっくりと見せてやる。
「ま、そのうち遺跡の外に併設されている博物館にでも埋蔵品としてきちんと並ぶんじゃないか? その時また見にくればいいさ」
「はーい……」
 宥めるアリスの言葉に、子どもたちはしゅんとしつつも頷いた。

 ◆◆◆◆◆

 高等部生組は高等部生組で、それなりに興味を持って宝を見て回っていた。
「ほわー。なんかすごいねー」
 皆、できるだけ手を触れず眺めるだけにとどめている中、この「宝探し」の発端であるネイヴだけはしっかりと鑑識のような白手袋をはめて目につく品の一つ一つに手を触れている。
 隣でまったく別の品を興味を持って観察しているように見せかけたギネカが、ネイヴにそっと問いかける。
「……で、目的のものは見つかったの?」
「ううん……それが、まったくひっかからなくてなぁ……」
 ネイヴは熱心にお宝を眺める振りで、「あるもの」を探す。
 わざわざ遺跡の探索をしてまで宝を見つけるのだから、彼には当然目的があった。だが。
「見つからない? 当てが外れたわけ?」
 財宝とは呼び難い後の重要文化財を虱潰しに探しながら、ネイヴは小さく首を捻る。
「そう言う感じじゃないな。これはむしろ」
「――まさか、横取り?」
「っぽい」
「嘘……」
 ギネカはこっそりと周囲を見回す。
 ほとんどが知り合いばかりだというこの場に、ネイヴの目的を邪魔する人間がいる?
 彼――怪盗ジャックの狙う“お宝”は、基本的に目には見えない物だ。
 だからと言って誰もがそれに気づかないわけではないらしい。視える人間には視えるのだという。
 それを察知できるのは、ネイヴと同じ条件の人間だけだ。
「まさか、あの人たち?」
 ギネカはトレジャーハンターの少年三人組を示す。ネイヴは緩く首を横に振る。
「違うな。確かに妙な気配は感じるが、あいつらは“アレ”じゃない」
「そう……」
 妙な気配とやらもわからないギネカには気になる言い方だが、ネイヴがそう言うのならば違うのだろう。
「ま、決まったわけじゃないな。俺が気づかなかっただけかもしれないし」
「でも」
「気にするな、ギネカ。ある意味好都合だろう? あの強盗連中のおかげで、ここにいる人間はすでにかなり限定されている」
「ネイヴ……」
 強盗団の介入によって、トレジャーハンターたちが彼らの知らぬ間にこの宝物庫を開ける隙はなかった。間違いなくここにいる人間が最初の到達者なら、ほとんどの人間の素性は知れている。
 自分の友人たちを疑うネイヴの発言に、ギネカは複雑な顔をする。彼女としては彼の願いも叶えてやりたいが、友人たちをそんな目で見たくはない。
 探しに来た品を横取りされた可能性があるにも関わらず、ネイヴはまったく動じずに告げる。
「盗られた物は、いずれ取り戻せばいいのさ」

 ◆◆◆◆◆

「で、どうなの?」
 ムースに問われ、フートは疲れた顔で返した。
「期待外れ……なのかな? 何も反応はない」
「……くたびれもうけ?」
「っぽい」
「悲しいわね……」
 彼らの目的は険しく果てしない。予想はしていたがやはりこの結果にはがっくりと肩を落としてしまう。
「おかしいなぁ。この部屋に入った時、確かにあれの反応を感じたと思ったんだけど」
「そうなの?」
「でも実際ないんだよなぁ。どこにも」
 見渡す限り古びたがらくた……もとい、文化財の山だ。その中のどれか一つに宿る、「とあるもの」をこの二人は先程からずっと探していた。
 正確にはムースはそれを視ることはできないので、探しているのはフート一人。ただ、普段はフートの目的を遂げるための協力者としてムースも活動しているので、便宜上「二人で探す」という言い回しになる。
 ここ鏡遺跡のように古代の神殿や墓所からは、フートの探している品が出土する割合が高い。古き時代の人々が封じた災いを、現在のフートは探し出そうとしている。
 それは彼にとっても災いであり、同時にたった一つの希望へと続く糸でもあるのだ。
 世界中に無数に散らばっているというそれを集めることが、フートが希望を手にする近道なのである。
 ――しかし残念ながらこの場所には、彼の目的の物はなさそうだった。
「仕方ない。また次を探すか」
「……そうね」
 内心の落胆を隠さぬよう、彼らは再び帝都の夜を翔ける算段を練る。

 ◆◆◆◆◆

 そして、探索は終わりを告げる。
 一体この中のどれだけの人間が、この長く刺激的な一日で本当の「収穫」を得られたのだろうか。
「結局目ぼしいものはなかったな」
「え? そうですか?! 色々学術的に価値のある物が詰まっているじゃないですか!」
「そうか……それは良かった……」
 トレジャーハンター三人組だけがほくほく顔だ。アリスたちからしてみればここの文化財が彼らの懐に入るわけでもなさそうなのだが、何がそんなに嬉しいのだろうか。
「お前ら、引き上げるぞ」
 しばらくしてヴァイスとヴェルムが遺跡の中に戻ってきた。背後に警察も引き連れているところを見ると、もう無理はできないらしい。
「「「はーい」」」
 様々な思惑と一緒に、良い子と良い子を装う返事が重なった。