Pinky Promise 045

第2章 歪む鏡の向こう側

8.鏡の向こう側 045

「さて、帰るか」
 警察を引き連れてきたヴァイスに促され、彼らは遺跡から出ることにした。一緒に降りて来なかったヴェルムについて尋ねると、事件の事後処理の件で警察と話中だと言う。
 彼らも後で事情聴取を受けなくてはいけないらしいが、さすがに十にも満たない子どもたちと高校生ばかりなので明日にしてもらったとのことだ。
 どうせお宝を見つけても自分たちのものにならないことは、皆、遺跡に入ってすぐのアリスやテラスたちの説明でわかっている。
 探索はもはや体験学習のようなものと割り切って、ジグラードの講師と生徒たちにネイヴを加えた十三人で遺跡から引き上げてきた。
 ちなみにトレジャーハンター三人はもう少し宝物庫を見ていたいというので、そこで別れた。警察に何か名刺らしきものを見せてやりとりしていたが、彼らも本当に変わった連中だ。
「ま、なんだかんだでお宝も見れたことだし、目的は一応達成できたな」
「フート、私たちこれに関しては何もしてないわよ」
「……まぁ、幽霊の方も見れたし」
「そうね。いっそ本物の幽霊だった方がどれだけ良かったか」
 フートとムースの幼馴染コンビがのほほんと言葉を交わすのを聞くともなしに聞きながら、ようやく日常が戻ってくるのを一行は感じる。
 結局、探偵としてヴェルムが呼ばれた幽霊騒動は、遺跡に潜んでいた銀行強盗団があちこちに残した痕跡だった。
「幽霊どころか……」
「ヴァイス? どうしたんだ?」
「いや、なんでもない」
 枯れ井戸の蓋を開けてばっちり死体まで目撃したヴァイスが人知れずげんなりした顔をしている。
 確かに死体や強盗に出くわすぐらいなら、本物の幽霊がいた方が余程マシだった。
 まぁ、仲間割れの際に殺されて、結果的にこの遺跡に強盗団を足止めする原因となった人物は今も幽霊として実はこの遺跡にいるのかもしれないが。
 それらの事情までは、今この場で彼らが知らなくていいことだ。
「なんだかんだで楽しかったよな」
「ネスルくん、僕たちは事件に巻き込まれたんですよ?」
「私だけの力で強盗さんを倒すのとか、正直ドキドキしちゃったよね!」
「カナちゃんまで……!」
 自分たちがどれだけ危ない目に遭った自覚を持っているのか、小等部の子どもたち――主にネスルとカナールは、怒涛の一日だったにも関わらずどこかはしゃいでいる。
「でも本当に楽しかったよ。アリスちゃんやテラスくんがすっごく頼りになるのがわかったし」
「ふん、こんな奴らより俺の方が役に立つってーの」
「いえ、ネスルくん、それはないです」
「なんだとローロ!」
「おいおい、喧嘩すんなよ……」
 三人の中では一番良識派のローロまでどうでもいいような争いに加わってしまうと止め役がいなくなる。程々にしておけよ、とアリスは釘を刺す。
 険悪三歩手前辺りの少年たちのやりとりは気にせず、カナールがシャトンに声をかけた。
「シャトンちゃんもだよ!」
「え?」
「仕掛けを解くのも強盗さんたちを倒すのも、シャトンちゃんが色々やってくれたから」
「そんな……私は、何も。テラス君やローロ君の力よ」
「そんなことありませんよ! シャトンさんの指示はいつも的確でしたし、難しい仕掛けも作戦も、僕らにわかりやすく説明してくれました。本当に頼りになります!」
 ネスルと言い合っていたローロも話題に入ってきて、子どもたちの視線がシャトンとカナールに集中した。
「これからもよろしくね、シャトンちゃん」
「……こちらこそ」
 シャトンはやわらかく微笑んだ。
 アリスはちらりとその横顔を眺める。これまでに見たこともない笑みだ。
 怒涛の一日だったが、子どもたちと絆を深めると言う意味ではシャトンにとって良い方向に働いたらしい。
「ほらほらお前ら、そろそろ出口だぞ」

 ◆◆◆◆◆

 彼らが遺跡から出る頃には、強盗たちが銃を乱射した現場にも警察が到着して諸々の処理が始まっていた。
 サイレンの音が遠ざかっていく。遺跡から離れる白い車を見て、彼らはダイナに説明を求めた。
「あの人は無事よ。念のため検査入院するらしいけど、たぶんそれだけで終わるだろうって」
「本当?!」
 撃たれたトレジャーハンターの男を念のため病院に送り、警察は事件現場となった遺跡の調査に乗り出すという。ヴェルムは強盗一味が潜んでいた緑地の中や、死体を発見したという井戸へ案内するために今日は警察に付き合うらしい。
「私たち……というか、主にあなたたちへの事情聴取は後日にしてもらったわ。みんな今日はもう疲れたでしょう? 車で送るわ」
 ダイナの気遣いに、一同はほっと息を吐く。子どもたちだけでなく、フートやギネカたち高等部生組もすでに疲れ切っていた。レントなんて歩いている最中にも半分瞼が閉じている。
 警察との話に区切りをつけたヴァイスが戻ってくる。子どもたちを送らねばならないからと、彼の事情聴取も明日に回してもらったのだ。
「……ところでルイツァーリさんでしたか、その人数で全員二台に乗る気ですか?」
 運転手はヴァイスとダイナ。小等部生が七人に高等部生が五人。
 警官が胡乱な目でヴァイスを見る。
「あ、俺は自分のバイクで来ているんでそれで帰りますから」
 ギネカの幼馴染、ネイヴはそう言った。もともと彼は別行動で来たために移動手段も自力だ。
「大人三人ずつ、子どもたちを三人と四人に分けて最大で七人か。ぎりぎりだな……」
「ワゴンを一台借りてきてよかったですね」
 とはいえ乗れないことはない。もともと帰りは子どもたちが疲れ切って歩けないことを予想してのダイナの迎えだ。
 ちょっと予定外の事件に巻き込まれたりもしたが、長い一日もそろそろ終わる。
 彼らは遺跡を後にした。

 ◆◆◆◆◆

「じゃーね! アリスちゃん、シャトンちゃん!」
「またな!」
「また明日!」
 カナール、ネスル、ローロの三人を送って、これで子どもたちは全員帰った。高等部生もフート、ムースとレントの三人はすでに自宅に送り終えた。
「あとはマギラスだけか」
「遅くまですみません」
「いや、こちらこそ子どもたちの面倒を見てくれて助かった。やはり学年三位は頼りになるな」
「それなら私よりフートの方が」
「マルティウスもそうだが、お前もだ、マギラス」
「ありがとうございます」
 アリスはうつらうつらとしながらその会話を聞いていた。
 いくら中身は十七歳とは言え、体は小等部生だ。集中力が切れると途端に糸が切れたように眠り込んでしまいそうになる。
 隣に座りこちらの肩にもたれているシャトンも似たような状況だった。カナールたちを送り終えるまでは興奮状態の彼らの元気さに付き合っていたのだが、あの三人が降りると途端に車の中が静かになってしまった。
 眠気が堪えられない。
「……それに、面白いことがわかりましたし」
 ギネカが小さく囁いた。
 ヴァイスはすでに運転へ集中していて、その声は聞こえていない。
 アリスは彼女の隣に座っていたので、その囁きがぎりぎり聞こえていた。
 でも意味はわからない。
 春の夜の肌寒さに人肌が暖かい。
 十七歳の「アリスト」は当然と言えば当然だが、ギネカとこんなに密着したことはなかった。
 今のように子どもの姿ならともかく、年頃の男女が並ぶとしては、あまりにも近すぎる距離だ。
 アリスは油断していた。
 十七歳のアリストに対しギネカがあまり触れて来なかった意味、対照的にアリスの姿になってから一度、意味もなく触れて来ようとした意味を。考えることを忘れていた。