Pinky Promise 080

第4章 いつか蝶になる夢

14.小鹿の忘れた名前 080

「 親愛なる地獄の探偵よ 私は帝都のある場所に巨大な爆弾を仕掛けた
 爆弾を解除し、帝都の多くの民を救いたければ、この文章から始まる旅をして我がもとへ辿り着け

“竜巻は大王の都の最も高い場所より始まる”

 旅の続きは君がその場所に辿り着いた際にまた示されるだろう 」

 脅迫状に比べて、暗号文の文面はとても簡素だった。
「犯人追跡ルートの暗号は、この一行だけか?」
 アリスはカードの表裏を矯めつ眇めつしてみるが、何の仕掛けもない。白いカードに黒い文字で書かれた文章は何の色も匂いもない。
「いくらなんでも、情報が少なすぎやしないか?」
 ヴァイスもコンビニのおにぎりを口に運びながら、たった一言の文章を睨んでいる。
「竜巻ってなんだ? 大王の都と言うのは? この国は帝国で、王制ではないぞ。都と呼ぶのはこの首都エメラルドくらいしかないが」
「……文面が簡素だということは、ヒントに気づきさえすればすぐにわかる内容だと言うことだろう。わかるはずなんだ、この文章の法則性――繰り返される『旅』という言葉、『竜巻』や『大王』などの単語、それらが示す土地の最も高い場所と言うなら……」
 ヴェルムが帝都の地図を開きながら条件を整理する中、シャトンが小さな声を上げる。
「……もしかして」
 それに一番先に気づいたのは、彼女だった。
「この暗号、『オズの魔法使い』を元に作られているんじゃないかしら」
「『オズの魔法使い』……!」
「あ!」
 ヴェルムが目を瞠る。読書の時間にシャトンが広げていた本を思い出し、アリスも声を上げた。
「そうだよ、シャトンが読んでたじゃないか。この帝都エメラルドの名前の元になった物語だって!」
 オズは『エメラルドの都』の大王。偉大なる支配者であり、魔法使い。
 しかしその実態は、人々を奇術で欺くペテン師だ。
「そう言えば、もう一つの道の暗号も」
 アリスは彼らではなく、ギネカたち学院組に解いてもらう予定だったもう一枚のカードを取り出す。
「『ペテン師』『脳』『心臓』『勇気』、なあシャトン、これ全部『オズの魔法使い』に出てくる言葉だよな」
「ええ、そうよ」
「確かにそうだな」
 本を読んでいたシャトンと彼女から話を聞いたアリス、知識としてそれを知っているヴェルムも二枚のカードに書かれた暗号を見比べて頷く。
「……『オズの魔法使い』とはどんな話だったかな」
 ヴァイスはピンと来ないらしく、まずはその物語がどういった筋立てなのかから尋ねている。
「『オズの魔法使い』はね、竜巻で家ごとオズの国に飛ばされてしまった少女ドロシーが、自分の元いたカンザスという土地に帰るため、魔法使いオズへ会いに行くための旅をする話よ」
 ドロシーはカンザスへ帰るために旅をする。エメラルドの都にいる偉大な魔法使いオズが、自分の願いを叶えてくれると信じて。その途中で藁でできたかかし、ブリキの木こり、臆病なライオンと出会い仲間になるのだ。
 かかしは知恵を生む脳みそを求め、木こりは優しい心を生み出す心臓を求め、ライオンは臆病さを払拭する勇気を求めてドロシーと共に旅をする。
 それが基本のストーリー。
「だがオズは魔法使いではなくペテン師なのだろう?」
「ええ、そうよ。だから彼らがオズの頼みを聞いて、西の悪い魔女を倒して戻ってきた際にも、かかしと木こり、ライオンに与えたものは本物の知恵と心と勇気ではなかった。けれど彼らはその旅で成長することによって、本当はもう自分の望みの物を手に入れていたの」
「……」
「でも、ドロシーに関しては、さすがにオズもペテンでどうにかすることはできなかったのね。ドロシーがカンザスに戻るためには、更に南の良い魔女を訪ねて旅をする必要があった」
「最終的にドロシーは南の魔女に家に帰してもらうんだっけ?」
「少なくともヒントはもらったわね」
 ドロシーが帰る為に必要だったのは、魔力の籠った銀の靴。それは元々東の悪い魔女が履いていたもので、ドロシーは物語の冒頭で竜巻に飛ばされた家ごと魔女を押し潰して倒し、銀の靴を手に入れていたのだ。
 ドロシーが家に帰る為に必要なその力は、ずっと彼女の足下にあった。そういう話である。
 ヴェルムの脳裏に、ジェナーの助言が過ぎる。彼女もつい最近『オズの魔法使い』を読んだところだったのだ。
 ――オズの作った街の美しさは全てぺてんかもしれないけれど、大切なものはいつも足下にあるのよ。
「なるほどな、竜巻に大王、そしてエメラルドの都と、作品に出てくるキーワードがちょうど揃っている訳か」
 ヴァイスも頷き、再び暗号に目を落とす。
「――で、肝心のこの暗号の意味は?」
 四人は『オズの魔法使い』の物語を思い浮かべながら、もう一度暗号解読に挑戦する。

 ◆◆◆◆◆

「これって、さっきシャトンちゃんが読んでたお話の」
「『オズの魔法使い』のことじゃありませんか?」
「絶対そうだって、シャトンが言ってたんだ。女の子とかかしと木こりとライオンが旅をするんだって!」
 カナール、ローロ、ネスルの言葉に、他の面々は顔を見合わせる。
「『オズの魔法使い』?」
「それって古典童話の……えーと、誰か詳しい話知ってる奴いる?」
「私、少しだけ聞いたことがあります」
「私も読んだことがあるわ」
「って言うかここ図書室! 借りて来ればいいじゃん! ……作者名は?」
「フランク・ボームだって」
 暗号解読に自信のないレントは、自ら図書室へと本を借りに行く。
「そうか……なるほど。この帝都は『オズの魔法使い』に出てくる大王の都にちなんでエメラルドと名付けられている。あやかってこの物語に出てくる単語がついた地名や店名、名所なんかも多い」
「あやか……って?」
 一人先に暗号の趣旨を理解したテラスが、不思議そうな顔をする子どもたちに説明する。カナールたちは暗号に出てくる単語を理解はできても、それがエラフィの居場所とどう繋がるのかまでは考えていないらしい。
「例えば『オズの魔法使い』に罌粟畑が出てくるから、ポピーって名前がつく場所がいっぱいあるだろう?」
「この前絵を観に行ったのは、ポピー美術館だったよ!」
「うん。そうやって『オズの魔法使い』関連の単語がつく何処かに、エラフィお姉さんがいるんだ」
「どこかってどこだよ」
「それをこれから暗号を解いて探すんだよ」
「三人とも、お手柄」
 テラスとフォリーに言われて、カナールたちが顔を輝かせた。携帯を弄っていたギネカも心持ち明るい表情で告げる。
「今のあなたたちの推理をアリスたちにも送ったわ。向こうも同じ結論よ。この暗号文を解くカギは『オズの魔法使い』にある」
「本借りてきたぞ!」
 何人もの子どもたちが読み古してぼろぼろになった図書館の本をレントが借りてくる。
 探偵組と学院組、それぞれが物語をヒントに暗号を解き始めた。
 そしてわかったことは、エラフィ救出ルートと犯人追跡ルートのスタート地点はどちらも同じ場所だと言うことだった。

 “ペテン師より脳と心臓と勇気を手に入れる旅路”

 これは、暗号文が『オズの魔法使い』にちなんでいることを示すヒント。

 “竜巻は大王の都の最も高い場所より始まる”
 “都より気球を降りて南へ迎え”

「高い場所」や「降りる」という言葉が含まれている以上、暗号の示す場所はどこか高層にあり、そこから出発することが察せられる。
 そして「大王の都」「都」という言葉が示すもの。それは帝都の名と同じくらい、「エメラルドの都」にちなんだ場所のはず。
「エメラルドの名にちなむ高層の場所、それは帝都の人間どころか帝国の人間だれもが知っている観光名所」
 テラスの言葉に、皆の脳裏に一つの場所が思い浮かぶ。

「「エメラルドタワー!」」

 帝都の地図の一点を指差して、子どもたちの声が重なった。