Pinky Promise 081

第4章 いつか蝶になる夢

14.小鹿の忘れた名前 081

 こうなってみると、ヴァイスが適当に掴んできた帝都中心部のガイドマップはかなり役立ってくる。
「帝国は広いし、この都も相当な規模だからな。中心部だけで一日二日では回りきれない程の観光場所がある。だからこういう専門のガイドブックがあるんだ」
「正直知らなかった」
「地元民なんて案外そんなものでしょ。観光地と言っても由緒ある神殿なんかとはちょっと違うし」
「……とにかく、まずはエメラルドタワーに行ってみよう」
「「「了解」」」
 探偵組はこのままヴァイスの車で、学院組も電車で目的の場所へ向かうと言う。
 ――エメラルドタワーは、帝都エメラルドの象徴的な建物だ。
 地上七百メートルの超高層タワーは四百メートルと五百メートルにそれぞれ展望台を設置し、天空に一番近い塔と呼ばれている。
 また、エメラルドタワーの周辺には、タワーを中心として三百以上の店舗が連なる商業施設や、様々なエンターテインメント施設が集結している。
 しかし今は帝都一番の観光スポットをじっくり堪能する暇はない。
「“最も高い場所”って言うことは……」
「展望台だろうな。地上五百メートル」
 四人は当日券を買い、エレベーターで一気に二つ目の展望台まで昇る。
 何も知らず平和な午後を楽しむ人々に交じりながら、とりあえずフロアを一周してみた。
「……うーん」
「ここからどうすればいいのかしら」
 とりあえず暗号の一文が示す場所に来ては見たものの、何をすればいいのかがわからない。
「“旅の続きは君がその場所に辿り着いた際にまた示されるだろう”……と言うことは、この場所のどこかに、次の場所を示す何かがあるはずだ」
「また暗号? それともこの塔みたいに見ればわかるレベルのものかしら」
「……それもわからない」
 行き詰まり頭を抱える三人から離れ、ヴェルムはタワーのパンフレットとガイドブックの情報、そして現在地であるこの展望台を見比べる。
「竜巻……始まる……竜巻?」
 展望台の内部は広く、硝子の壁は帝都が一望出来て酷く見晴らしが良い。
「風……目に映らない風の始まり――……ッ!」
「ヴェルム?」
 何かに気づいた様子で歩き出したヴェルムをアリスたちは追った。
 タワーの展望台には、硝子でできた床のコーナーがある。
 もちろん透明な硝子の床と言うことは、そこから五百メートル下の地上の光景が見えると言うことだ。高所恐怖症の人間は間違っても昇ってはいけない場所である。
 ヴェルムはそこに立つ――のではなく跪き、何かを探し始めた。
「何? 床になんかあるの?」
「可能性はある。竜巻に運ばれたドロシーの気持ちになれるのはここだけだろう」
「私たちも手伝いましょう」
 結局アリスやシャトンも手伝って、三人は這いつくばって床に何か残されていないか探し始めた。ヴァイスはさりげなく彼らの前に立って他の客に誤って踏まれないよう壁の役割をしている。
「あった!」
「何? なになに次の暗号?!」
 透明な床に透明なシールが貼ってあり、そこに白い文字で何か書かれていた。
「いや……これは……」
 “×××ー×××ー××××”
「これだけ? 何かの番号?」
「あら? この番号って、ここのサービスカウンターの番号じゃない?」
 数字を携帯で検索したシャトンがそう告げると、ヴェルムは迷わずタワーのサービスカウンターへと向かった。
 彼らと入れ替わりで硝子床を訪れた数人組とすれ違い、アリスやシャトンもヴェルムを追いかける。
「すみません、ちょっといいですか? ……もしかしてここに――」
 ヴェルムが犯人の名、そして自分の名を告げると、受付係はにこやかな笑顔で対応してくれた。
「はい、お預かりしております。こちらの封筒ですね」
 推測が当たり、その中に入れられていたカードには、次の暗号文らしきものが書かれている。

 ◆◆◆◆◆

「……ん?」
「どうかしたのか?」
 エメラルドタワーの展望台。ようやく人が空いた硝子床へと昇った途端、ラーナが何かに気づいた様子で今すれ違った一団を振り返る。
「リュー……いえ、エイス様。今の子たち、どこかで見たことがある気がするんですけれど」
「は? 我らに子どもの知り合いなどいるわけ……確かに以前に見た顔だな」
 エイスは金髪と茶髪の少女二人――否、一人は女顔の少年だと知っている――の姿を見て、自分もまた頷いた。
「って言うか、以前遺跡探索で出会った一行じゃないか。白騎士とイモムシがいましたよ」
 サマクは子どもたちの保護者二人らしき姿を確認する。しかし今日はその四人以外の姿は見えない。
 と、思ったところで今度は展望台にちょうど到着したエレベーターの中から、またしても見知った顔が出てくる。
「よし! ここで次の暗号を――あれ?」
「あ、鏡遺跡の時の!」
「トレジャーハンターの兄ちゃんたちじゃん」
「君たちまで」
 カナール、ローロ、ネスルの三人は、ちょうど正面にいた彼らに気づいてすぐに歩み寄ってくる。
 彼らの保護者もまたあの時の高等部生らしく、同じようにエイスたちに気づいてやってくる。
「こんなところでまたお会いできるとは、奇遇ですね」
「その節はどうもお世話に……」
「いえいえ、お互い様ですよ。こっちも色々な修羅場を越えてきたつもりですが、あなた方の胆力には負けました」
 ラーナが率先して和やかな会話を始めるが、内容は以前に遺跡の中で銃を持った強盗団相手に共闘したという穏やかならざる話題である。
 その隣で、エイスは子どもたちに先程見た光景の理由を尋ねた。
「なぁ、あの時お前たちと一緒にいた残り二人の子どもと、保護者の教師と探偵とさっきすれ違ったんだが、今日は別行動なのか?」
「え? アリスちゃんたちもここにいたの?」
「ほんのついさっきまでな」
「目的地が同じなのはわかってたもんな。入れ違いだったか」
 レントが思わず溜息を吐くが、フートは慰めにもならない言葉をかける。
「どうせ見張られてるんだ、顔を合わせたところで話はできない。だからといって無視すれば不自然だし、丁度良かったんだろ」
「……何か、穏やかならざる状況にいるようだな」
「あの……もしかしてまた事件ですか?」
「え、いやまぁ、その……」
 男子高生二人の会話に、エイスたちは不穏当なものを感じて頬を引きつらせた。
 ギネカがフォローしているのかいないのか、笑顔でばっさりと断言する。
「いつものことよ」
 幼馴染が怪盗だったり友人が十年分若返ったり、強盗団と戦ったり友人が誘拐されたりするのが最近のギネカの身の回りの出来事である。
「そっちは初めて見る顔だな」
「彼らの友人でジグラード学院高等部二年、ヴェイツェ=アヴァールです。お話は伺っています。みんなが遺跡でお世話になったトレジャーハンターさんたちですね」
 エイスたちも初対面のヴェイツェに対して軽く自己紹介を終え、改めて本題に入る。
「ところで何をしに来たんだ? その手に持っているのはパンフレットではないようだが」
「いや、それは!」
「あのねー」
「俺たち、この暗号を解いてたんだよ!」
 慌てる高等部生たちの気も知らず、子どもたちはエラフィ誘拐犯の突きつけてきた暗号を無邪気にエイスたちへ渡してしまう。
 多機能携帯に映した画像で一応脅迫状の文面は別にしてある。だから驚かれることはなかったが、それでもフートたちにはできない芸当である。
「うん? この“気球”って、もしかして五階にあるショップのことじゃない?」
「そうだな」
 ラーナとサマクの言葉に、彼らは注目する。
「ショップ?」
「エメラルドタワー関連の土産物を売っている店だよ。この帝都エメラルドの名前の元ネタである『オズの魔法使い』にちなんで“オズの気球”って名前の」
「「「それだ!!」」」
 子どもたちが声を揃えた。
「じゃあそのお店に行ってみれば、何かわかるかもしれませんね!」
「お兄さんたち、ありがとう!」
「ど、どういたしまして?」
 子どもたちのテンションについて行けず、ラーナたちは呆気にとられた。
 展望台まで上がってきたばかりだというのに、何もせずにまた五階へ降りていく一行を呆然と見送る。
「……本当に何しに来たんだ、あいつら」
「……まぁ、いいじゃないですか。タワーの最上階に昇る理由なんてなんでも」
「俺たちだって人のこと言えませんし」
 彼らの動向は色々と気になるところだが、あの勢いに無理をして首を突っ込む気にもならない。
「そうだな。いつもの奴を始めるか」
 彼らの目的は宝探し。そのために何年も何年も、こうして他者から見れば意味のわからない行動を積み重ねてきたのだ。
 エイスは深くため息を吐いた。

 ◆◆◆◆◆

 軽やかにベルを鳴らし、ダイナはその喫茶店へと足を踏み入れる。案内のために奥から出てきたウェイターと二言三言交わすと、こちらを見て軽く手を挙げた待ち人の席へと、真っ直ぐに向かった。
「お待たせ」
「遅かったじゃないか。何? また教師の仕事」
「そうよ。試験が近いから」
 彼女が今日会う友人は、学生時代からの付き合いだ。社会人になってからはお互い多忙でこうして顔を合わせることも少なくなったが、いざ会えばまるで昨日別れたばかりのように会話できる気の置けない間柄。
「元気そうだね」
 その友人に向けて、ダイナは微笑む。
「あなたもね。レジーナ」