Pinky Promise 082

第4章 いつか蝶になる夢

14.小鹿の忘れた名前 082

 “東の魔女を倒し銀の靴を手に入れよ”

 タワーのサービスカウンターで受け取った封筒の中には白いカードが一枚。そこにはたった一言こう書かれていた。
「……これだけ?」
 最初の暗号を見た時と同じような感想をアリスは口にする。
「とりあえず暗号解読の方向性が間違っていないことはわかったわけだ」
 ヴァイスはもう一度帝都のガイドマップを取り出す。
 四人は再び車の中へと戻っていた。他の場所では、それこそどこでどんな方法で犯人側に見張られているかわからないからだ。
「これも『オズの魔法使い』絡みだとすると、この東の魔女をどうやって倒すかというのが気になるな」
「ええと、実は物語の冒頭ですでに竜巻に運ばれてきたドロシーの家に押し潰されて倒されているのよ、東の魔女って」
「圧死か……」
「え? そこがポイントなの?」
 重々しい顔で頷くヴァイスに、アリスがげんなりとした顔を向ける。
 別に本当に魔女を倒す訳ではない。これも物語になぞらえた何かを示す符号だと見た方が妥当だろう。
「それに、この“銀の靴”が何を示すのかもわからないと」
「銀の靴ねぇ……」
 そんな足に悪そうな靴を売っている場所があるとも思えない。
「最初の暗号の“最も高い場所”が、帝都の観光名所、エメラルドタワーの一番高い展望台。なら、これもそのまんまの何かが帝都にあるのかもしれないよ」
「検索してみましょうか」
「ならば私たちはガイドブックの方を見る」
 ギネカたちと連絡をとるのを誤魔化す意味でも、携帯を弄るのは先程からアリスとシャトンの担当となっている。
 ヴァイスとヴェルムは帝都の様々なものへの知識を総動員しながら、一つずつ照らし合わせるようにガイドブックをめくっていく。
「さすがに何時間も辿り着けない距離に次の暗号を隠すとは思えないから、ここから行けるところなんだろうけど」
「徒歩とは言わないけどタクシーぐらい使えば十分移動可能な範囲と言うと……」
「あったわよ。“銀の靴”」
「「「マジで?!」」」
 シャトンの検索に、早速一件の店が引っかかって来たのだと言う。ちょうど店舗の写真を開いたところで、皆が一斉に彼女の携帯を覗き込む。
「「「……」」」
 そして言葉を失った。
「これは……確かに魔女が押し潰されてるな」
「作った奴のセンス!」
「何も知らない人が見たら絶対に驚くわよね」
「いくら『オズの魔法使い』にちなむと言っても限度があるんじゃ……」
 その店舗は、『オズの魔法使い』に登場する場面を正確に再現したらしい。一見粗末な小屋に見せかけた店舗と地面の間、にょっきりと銅像の足が生えていてそれが銀の靴を履いているというとてもシュールな外観だ。
 確かに東の悪い魔女は倒されている。元ネタを知らなければこの足だけで相手が東の悪い魔女と判別するのは不可能だが。
「って言うか、これは一体何の店?」
「銀細工専門店」
「靴は?! ねえ靴は?!」
「“店のウィンドゥに店名の由来となった銀細工の靴が飾られています”だって」
 アリスとシャトンのやりとりをよそに、ヴァイスは早速目的地が決まったと車を動かす。
「確かに車だとここからすぐだな」
「ああ」
 東の悪い魔女が倒されたシーンを模した外観の、銀細工専門店。行けば“銀の靴”が具体的に何かもわかるだろう。
 ――そして。
「ああ、“銀の靴”でしたらこちらです」
「え」
 意を決して店に入り店員に話しかけると、あっさりとそう答えられた。
「こちらが銀の靴ネックレス、銀の靴ピアス、銀の靴キーホルダーもございます。ピアスはイヤリングへの交換も承っておりますので、お気軽にお申し付け下さい」
 どうやらこの店のポピュラーな定番商品のようだ。
「えーと、これをどうするんだろう? 買うの?」
「……さすがに銀製品だけあっていいお値段だな」
 ヴァイスが苦虫を噛み潰したような顔になる。一方、シャトンは興味深そうに、彼女の目線には少し高いショーケースの中を背伸びしながら眺め回していた。
「シルバーアクセサリーだもの。綺麗よねー」
「まさか欲しいなんて言わないだろうな、シャトン」
「ただの感想よ。第一今の私の見かけで似合う訳ないじゃない。比較的若者向けのデザインが多いけど、こういうのはもっと大人の女性じゃないと」
 他愛ないやりとりの中に出てきたシャトンの言葉に、ヴェルムは一つの面影を思い返していた。
 長い髪の合間に見える銀の光。高価だが高価過ぎるとは感じさせない上品なデザインのアクセサリー。シルバーのピアス。
 死者を悼むクロスのペンダント。
「そうか……それで……」
「ヴェルム? 何かわかったのか? 暗号解けた?」
「あ、いや……違うんだ。すまない」
“あの人を喪った我が痛みを思い知れ”
 もう一枚のカードに書かれていた文章を思い出しただけだ。
“彼女”は銀のアクセサリーを好んでいた。この店が御用達だったのかもしれない。
「ヴェルム……様? もしかして、ヴェルム=エールーカ探偵……?」
 商品に案内してくれた店員の女性が、ヴェルムの名を聞いて何かに気づいた顔になる。
「そうですが、何か」
「これは失礼いたしました。本日エールーカ探偵がお越しになった際にお渡しするよう、当店に預けられている品がございます」
「!」
 すでにここにも犯人の綿密な仕掛けが施されていたと言う訳か。
「確かに俺がヴェルム=エールーカです」
「お預かりの品はこちらになります」
 そして店員はカウンターから小さな箱を取り出し、ヴェルムへと渡した。
 礼を言って受け取り、少しばかり心苦しいが何も買わずに店を後にする。
 四人は爆発物などを警戒し、念のため車の「外」でその箱を開けることにした。
「……鍵?」
 箱の中から出てきたものは、先程も店内で見た銀の靴キーホルダー……が、つけられた一つの鍵だった。
「何の鍵だ?」
「わからないが、これを手に入れろと言うからにはこの先必要になって来るんだろう」
「ヴェルム! リボンの裏にまた次の暗号が書いてある!」
 アリスは青いリボンに白いペンで書かれていた暗号をヴェルムに見せる。
「この“旅”はまだまだ終わらなさそうだな」

 ◆◆◆◆◆

 “都より気球を降りて南へ向かえ”という暗号の答を探すエラフィ救出ルートの一行は、偶然再会したトレジャーハンターたちの助言を受けてエメラルドタワーの中に展開されている土産物屋、「オズの気球」を訪れていた。
「……で、どこに向かえばいいんだ?」
「南……南って?」
 この暗号の答が示す場所に行けば、次の暗号が見つかるはずなのだ。が、今のところどこにもそんな気配はない。
「テラス君、どうしよう」
「……この文章からすると、この暗号の到達地点は“南”と示される場所なんだろうね。ただそれが単純な方角だけを指しているわけではないみたい」
 カナールに尋ねられたテラスは、とにかく暗号の内容を整理する。
「『オズの魔法使い』において、南は良い魔女グリンダが治める国だね。でも今はそれは置いといて……」
 この暗号に示される“南”を見つけなければいけない。
「ちょっと待った、この暗号、“南”の前に、“気球を降りて”ってあるよな」
 フートがそのことに気づき、彼らはもう一度暗号文を見直す。
「降りるってことは、もしかして目的地はここじゃなくて、更に下のフロア?」
「皆さん、見てくださいこれ!」
 ここはエメラルドタワー内の五回だ。パンフレットを確認したムースが、皆の前にそれを広げる。
「このお店、一階のここと構造が同じなんです」
「一階……南口か!」
「行ってみよ!」
 結局展望台に引き続き土産物屋も入り口を通っただけで何も見ずに、一行はまたエレベーターで下の階まで降りる。
「駐車場……成程ね。ここなら頻繁な清掃もないし、多少汚れてても誰も気にしないわけだ」
「次の暗号見つけました!」
 南口の周辺を手分けしてあちこち探し回り、ついに彼らはそれを見つけた。
 知らない人間が見ればただの不気味な落書きでしかない文章が、入り口の壁面右脇に刻まれている。