第4章 いつか蝶になる夢
15.イモムシの決断 087
“壊れやすい国を越え、百獣の王とならん”
「えーと、えーと、ライオンが百獣の王になる前に通ったのは」
カナールが必死で暗号の意味を考えようと、最初の疑問点を口にする。
「せとものの国だね。目次の並び的に」
レントが図書室から借りた本を開いて内容を確かめた。
「あ。じゃあもしかして」
ムースがガイドブックの一部分を指し示す。
「帝国立博物館の、せとものコーナーじゃありませんか?」
「ありえるわね。帝都で有名なせとものの話題と言えばここだし」
ギネカもムースの持つ観光ガイドを横から覗きこんで確かめる。
エメラルドタワーの駐車場南口で手に入れた暗号を解読し、学院のエラフィ救出班は帝国立博物館へと向かった。
ヴァイスのように車を出してくれる人間もいなければ、人数も多いので移動は全て電車である。更に、エメラルドタワーもこれから行く博物館も、入場料をとられるのである。
子どもたちの交通費を立て替えている高等部生たちは、この費用は後で別の人間から請求しようと皆心に誓っていた。
それはさておき、ギネカ、フート、ムース、レント、ヴェイツェの五人の高等部生と、カナール、ローロ、ネスル、テラス、フォリーの五人の小等部生、合わせて総勢十名にもなる集団が、博物館へと辿り着いた。
帝国立博物館は、国内でも最大級の総合博物館だ。
広い敷地内は幾つかのブロックに分かれ、帝国全土のみならず、別大陸をも含めた世界中の学術的資料、重要文化財、美術品などが収められている。
「そう言えば前にみんなで行ったミラーズ遺跡、あそこで発掘したものもここに預けたんだったよね」
テラスがふいに思い出して言う。
「え、じゃあ今見られるの?」
「まだ調査中の資料扱いだろうから、展示はやってないと思うよ」
「なんだー」
わくわくしていた子どもたちは、途端につまらなそうな顔になる。
「はいはい、そっちはまた今度の楽しみにしましょう。今は暗号が先よ」
高等部生たちは見学等で何度も訪れたことのある博物館だ。常設展示の配置も慣れたもので、迷わずに陶器のコーナーを目指す。
古代生物の化石も過去の偉人の彫刻も滅びた民族の衣装や生活用品も、今は用のないものである。
「でもこの“百獣の王とならん”って?」
「『オズの魔法使い』にライオンが出て来るよ」
「せとものコーナーで、ライオンを探せってこと?」
動物好きの子どもたちのおかげで、ライオンの姿はすぐに見つかった。
鮮やかな色も褪せ古びた味のある陶器の動物の置物たち。それらが並んで、森の中にいるという光景だった。
「……で、これからどうするの?」
目的のものを見つけたはいいものの、ここからどうすればいいのかがわからない。
「駐車場の時は刻んであった暗号を見つければ良かったけど」
「まさかあのライオンに何かしてる訳はないよね……」
博物館の展示物だ。いくら誘拐犯と言えどこんなところに細工はできないはず。
「でも、他に陶器のライオンなんてある?」
「いや、待って。目的のものは陶器とは限らないよ」
「ヴェイツェ」
暗号文を読み直したヴェイツェが指摘する。
「“壊れやすい国を越え、百獣の王とならん”ってことは、百獣の王は壊れやすい国……この陶器コーナーの向こうにあるってことじゃないか?」
「この向こうは土産物屋くらいしか……」
エメラルドタワーで「オズの気球」と言う名の土産物屋に寄ったが、結局あれも関係なかったことを思い出す。
「あ、でも……展示物と違って、土産物屋なら客でも店内を触れるはずだ」
「行ってみよう!」
子どもたちが率先して、土産物屋に走った。
どこでも買えるような物もあれば、ここでしか買えないオリジナル商品も並んでいる。
「あ、陶器のコーナーがあるよ!」
「何?!」
先程展示場で見かけた陶器の動物コーナーを模した、可愛らしいストラップのコーナーがあった。
「これを買うの?」
「いや、俺たちやヴェルムがどの商品を買うのかなんてわからないのに、一々全部に暗号なんて仕込んでられないだろう」
「と言うかそもそも、商品に仕込むなんて……」
「ねぇ、これは?」
テラスが棚に括りつけられたサンプル品のパッケージを裏返した。
そこには小さなシールが貼ってあり、何か文章が刻まれている。
「これだ!」
「なるほど、サンプルなら普通の客は購入しないし、店の人も普段から裏側までは気にしないってわけね」
だからって店の商品に悪戯するなよ……と全員が思いつつも、とにかく次の暗号を手に入れることに成功した。
◆◆◆◆◆
「あ、私この場所知ってるよ」
「俺もだぞ」
「この前特番やってましたよね」
面白いことと冒険が大好きな子どもたちが、テレビで見たという情報を口ぐちに話す。
「遺跡?」
今度の暗号では、向かう場所が直接指示されていた。
「少し遠いな。急ごう」
「みんな大丈夫? 疲れてない?」
次の目的地は鏡遺跡の時のように新たな発見があったわけではない、ごく普通の遺跡だ。
以前のようにトレジャーハンターで賑わうということも考えづらく、普段は寂れて放置されているようにしか見えないらしい。
しかし彼らにとっては、この犯人が用意したお宝こと次の暗号や何かが仕込まれている可能性がある。
「大丈夫! 早くエラフィお姉さんを助けなきゃ!」
もう空も暗くなり始め小等部生が動き回るには大分遅い時間となっている。カナールたちだけでなく高等部生にだって疲労が溜まっている。
「まぁここで帰れっても聞かないだろ?」
それでも健気な子どもたちの意志を尊重し、彼らはそのまままたモノレールで移動し、次に指定された場所へと向かうことにした。
「ここね」
そこは地下に絡繰りが仕込まれている旧時代の遺跡の一つ。
「かつて偉大な魔法使いが住んだとされる場所」
帝国の中心部は今も昔も世界の中心だった。かつてこの地に存在した学術都市オリゾンダスが、現在の帝都エメラルドの前身である。
オリゾンダスにはありとあらゆる地域から魔導や学問をする者たちが集まってきていて、中央大陸の文化や技術の発展を担うと共に、過去の知識や遺跡などの保護にも努めた。
この屋敷に住んでいた魔法使いと言うのも、そうして魔導技術を保護していたうちの一人なのかもしれない。
「この遺跡の中を探索しろってことなんだろうな」
彼らがまずは遺跡の外観から確認していた時だった。
「そこまでだ」
「へ?」
突然かけられた険しい声に、一行は驚いて振り返る。黒服の襟元に青いピンをつけた男たちが、十人以上の集団で現れた!
「へ? な、何?!」
「まさか」
「ルール違反だろ? お子様たち。探偵の手伝いをするなんて」
「! ……ついにバレたか!」
怖がってしがみ付く子どもたちを庇いながら、フートやギネカは黒服の一団を睨み付ける。
“帽子屋”にも“料理女”にも、彼らの格好からその正体に推測がついた。同時にこの事件が、思った以上に厄介な代物だということにも察しがついてしまった。
何とか切り抜けたいが、今の状況はまずい。
この場で男たちと戦えそうなのは、フートとギネカ、ヴェイツェの三人だけだ。今回は強盗団を相手にした時と違ってヴェイツェはいるが、ヴァイスがいない。助けを呼ぶ暇や当てもない。
子どもの姿になってはいるが本当は子どもではないアリスとシャトンもいない。あの二人がいれば最低限子どもたちの世話を任せられるのだが、今いる子どもたちは全員、自分で自分の身を守るのも難しいただの小等部生だ。
「お前らみたいなガキに何かできるとは思えねーが、実際にあの暗号を解いてここまで来ちまったことだしな。余計なことされる前に、悪いがここで死んでもらうぜ」
睡蓮教団からの刺客が、彼らに銃を向ける。