Pinky Promise 088

第4章 いつか蝶になる夢

15.イモムシの決断 088

 敵は睡蓮教団。暗号読解はまだ途中。
「こんなところで邪魔をされるわけには行かないのに……!」
 ギネカは唇を噛みしめ、フートは一行を庇うように前に出て男たちを睨み付けた。
「フート、ギネカ」
 ヴェイツェが小声で二人に相談する。
「最悪の場合、相手を殺してもいいなら僕たちが生き延びる術もあるけど」
 すでに魔導防壁の準備をしているヴェイツェが言った。
 向こうはこちらをただの子どもと侮っているかもしれないが、彼らはジグラード学院の生徒。特にヴァイスから魔導を習っている面々は、生半な相手に負ける気はしない。
 だがそれはいつ何時も準備なしに困難な事態を乗り切れるという訳ではない。
 魔導は万能ではないのだ。銃を持った成人男性十人以上を相手にするとなると、お互いに無傷という訳には行かないだろう。
「いやさすがにそれは」
「人殺しはまずいわよ」
 彼らはあくまでエラフィを助けに来たのであって、犯人に危害を加えに来たわけではない。
「でも、ならどうする?」
 ヴェイツェは焦るでも不満を告げるでもなく、不自然なまでに落ち着いた様子でただ淡々と問いかけてきた。
「――少なくとも僕は、こんなところで死ぬ訳には行かないんだ」
「ヴェイツェ」
 自分の意見こそ常にはっきりしているものの、普段はそれを激しく主張することはなく聞き役に回ることの多いヴェイツェには珍しい態度だ。
 しかし今のフートにもギネカにも、それを気にしている暇はない。
「一応魔導防壁の準備はできましたけど」
「隠れようにも、今回は場所が……」
 三人程戦闘能力の高くないムースとレントも不安気な顔で、子どもたちを庇いながらフートたちの様子を伺う。
「仕方ない。俺が戦う」
「私もよ。だからムースとレント、ヴェイツェで子どもたちをまず遺跡の中に」
「あの時と同じやり方か? でも」
 鏡遺跡で強盗団を躱した時と同じやり方をフートが提案するが、あの時とは条件が違う。
「ぐずぐず迷ってる暇はない。やるぞ!」
 男たちは銃を持って近づいてくる。さすがにいきなり乱射してきたりはしないだろうが、すでにエラフィという人質を得ている彼らにとって、フートたちを生かして捕らえる意義は薄い。
 睡蓮教団は組織的な殺人とその隠蔽をも行っている。一部の犯罪者たちのように、少しでも罪を軽くするために無関係な人間の被害を減らすことを考えてくれるとは思えない。
 フートとギネカが臨戦態勢に入り、男たちもその意志を読み取ったか顔つきを険しくして次々と懐から拳銃を取り出していく。
 そこに。
「ありゃ、先客?」
「……なぁ、気のせい? 何か非常に物騒な光景に見えるんだけど……」
 若い女性と少年の二人組が訪れた。遺跡を見に来た客だろうか。
 ただでさえほとんど訪れる者はいないと聞いた遺跡だったのに、今日に限って一般客が来るとは。しかも、こんな時間に。
「セブン様、あちらは――」
「仕方ねぇ。こんな時間にこんなところうろちょろしてる奴らが悪いんだ。まとめてやっちまえ」
「待て!」
 フートたちも自分たちのせいで、何の関係もない人物を巻き込む訳にはいかないと慌てだす。咄嗟に制止の言葉をかけるが、睡蓮教団の連中が聞いてくれるはずもない。
「あんたたち、逃げ――」
 この場面を目撃したがために標的とされてしまった二人の方へ注意を促す。しかしその忠告は、最後まで形にはならなかった。
「銃を持ってるからほぼ確定でいいと思うけど」
 この場面に遭遇した二人は、不自然な程に落ち着いていた。
 少年の方は先程から微動だにせず、ついでに表情の一つも動かない。
 女性の方は荷物を彼に預けると、黒服の男たちに恐れる様子もなく歩み寄っていく。
「もしも悪者じゃなかったら、その時はごめんなさいね」
 鮮やかな笑顔から始まったのは、一方的な蹂躙だった。

 ◆◆◆◆◆

「エイスたちの知り合いか!」
「そうよ。あなたたちの方も、うちの大将と面識あったのね」
 ブロンズ色の長い髪をポニーテールにした二十歳程の女性は、たった一人であっさりと黒服の男たちの大部分を伸してしまった。
 仲間が一人また一人と叩きのめされていくのを見て、残った数人は慌てて捨て台詞を吐きながら退却していった。
「何、あれ」
「えーと、強盗?」
 女性に聞かれて、彼らは戸惑いながらも当たり障りのない答を返す。
「何か盗られたの?」
「ううん」
「なら良かったわね。それにしても、モデルガンなんて持って物騒な連中だね」
「え……いや、あれは」
「ちょっと待った」
 ヴェイツェが仲間たちを引きとめて囁く。
「今ここで警察に連絡されたらまずいんだ。上手く誤解してくれたならそのままにしておこう」
「……そうか。それもそうだな」
「エラフィお姉さんの命がかかってるものね」
 彼らは事態を誤魔化すことにした。フートやギネカに関しては、例えここで通報したところで、警察が睡蓮教団を逮捕することは無理だろうこともわかっている。
 女性はフートやギネカも驚く程に荒事に慣れた手並みだった。礼を言いつつ後で素性を尋ねれば、トレジャーハンターという、何処かで聞いたような職種だ。
 最近は帝都に宝探しブームが来ている……と言う訳でもなく、なんと彼らは一行と面識のある少年三人組のトレジャーハンター、エイス・ラーナ・サマクの知人であるらしい。
 もう一人は、フートたち高等部生と同じぐらいの年代だった。人形のように綺麗であまり表情を変えない、黒髪に緑の瞳の少年である。
「エイスお兄さんたちなら今日エメラルドタワーで会ったよ!」
「ええ。確かに彼らは今日、いつものタワーの展望台に行くって言ってたけど……」
 少年の方が、不思議そうに学院の一行に問いかける。
「……あんたたちもエメラルドタワーに行ったなら、なんでこんな時間にここに? 普通こことタワーは一日で梯子するような観光名所ではないと思うんだけど」
「「「う」」」
「答えにくい質問のようね。いいよ、別に無理に言わなくても。ただ、私たちと目的が被ると困るから、お宝目当てなら先にそう言って欲しいんだけど」
「違うぞ! 俺たちはエラフィ姉ちゃんのいるところを知る為に、暗号の続きを探しに来たんだ!」
「暗号?」
 ネスルの正直すぎる言い方に周囲は慌てだすが、フリーゲ=カルッセルと名乗った女性は別の受け止め方をしたようだ。
「なあに? 帝都中使ってかくれんぼでもしてるの? あなたたちが鬼なのかしら?」
「えーとまぁ」
「そんな感じです」
 相手が勘違いしていてくれるならその方がいいだろうと、フートたちは頷いた。まさか初対面の人間に、友人が誘拐されたので救出するために動いていますとは言えない。
「でもこの遺跡、中は結構物騒だって言うぞ。あんたたちだけじゃ危ないんじゃ……」
 黒髪の少年――ペタルダ=パンブールが心配そうに顔を曇らせる。
 確かに小等部生五人も連れて遺跡探索など普通はやらない。いや、この五人は彼らがついていようがいまいが遺跡探索をしたければするのだろうが。
「じゃあ私たちと一緒に行動する? こっちはそう急いでないし」
「え? いいの?!」
 思いがけない申し出に、一行は二人組のトレジャーハンターをまじまじと見つめ返した。
「でもこれ以上ご迷惑をかける訳には……」
「ご迷惑っても、あのおっさんたちが一方的に襲ってきただけだよ。少なくとも私が一緒なら、あんな連中ぐらい楽勝。その代わり遺跡探索に知恵を貸してもらえると嬉しいんだけどね」
「俺たちは俺たちで、どうせ遺跡内部を網羅した地図を作る為に全部屋回らなきゃいけないから。エイスの命令で」
 エイスは一体何者なのだろうか。フリーゲよりは明らかに年下で、他の少年たちと比べても幼く見えるのに、あのトレジャーハンター集団の中で一番偉いのは彼らしい。
「そうと決まれば早速行きましょうよ。大丈夫、私たちの方は準備も万端だし」
「俺たちの方が準備不足なんですが……」
 フートたち一行は学院を出てきた際は遺跡探索のつもりなどなかったので、皆制服のままだ。
「この遺跡は元々は魔導士の住居として使われていたくらいだから大丈夫。ただ、埃や砂で汚れることは覚悟してくれ。転ばないよう気を付けて」
 二人は遺跡探索もまるで簡単なことのように、一行を促して遺跡に入ろうとする。
「どうしてこんなに手を貸してくれるの?」
「うちの大将が、元々そっちに世話になったんだろ?」
 あの時はフートたちもトレジャーハンター三人組に助けられたのだからお互い様、むしろこちらが世話になったくらいかも知れないのだが、二人は気にする様子はない。
「あの人、本気で手がかかるんだ。面識を持った人間に変な恨み買ったりしないように、恩を売れる時は売れるだけ売っておくわけ」
「……」
 本当にエイスは一体何者なのか。彼に従っている様子のこの二人や、ラーナやサマクはどんな立場なのか。
 フートやギネカは不思議に思うが、どうにも聞ける様子ではない。
 二人は巧みに話題を逸らし、それどころかフートたちの遺跡探索が終わるように手助けしてくれる。
「さぁ、黄金の帽子とやらを探しに行こうか」

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