Pinky Promise 089

第4章 いつか蝶になる夢

15.イモムシの決断 089

“黄金の帽子の力で空飛ぶ猿に命ぜよ”

「わぁ! なんか面白ーい!」
「これ本当に鏡遺跡と同じ遺跡なのかよ!」
「この遺跡そのものが、まるでさっきまでいた博物館みたいですね!」
 昔の魔法使いの住処は、遺跡と言う名の絡繰り屋敷だ。
 ローロの言うとおり、一般住宅としては大きすぎるが、遺跡というには現代的な生活感も存在する作りは博物館や美術館のそれに近い。
 入り口から入ってすぐの広間とも言うべき空間に、真正面と両側の壁の中央にその先の部屋や廊下へ続く入り口があり、部屋の四隅には大小様々な彫刻が並べられていた。
「迂闊にその辺のものに触らない方がいいぞ。どんな仕掛けがあるかわからないし」
「おわあ!」
 ペタルダの忠告を無視したネスルがさっそく悲鳴を上げる。
「おい、大丈夫か?!」
「だ、大丈夫」
「ここの壁を触ったら、これが……」
 カナールが指差す先で壁の一部が開いて不気味な人形が飛びだしているだけなのを見て、フートは溜息を吐いた。
「脅かすな」
「悪かったよ~」
 ネスルがしゅんと頭を垂れ、カナールとローロに慰められている。
「でも、このぐらいの仕掛けなら命にかかわるものはなさそうだね」
「そんなのまだわからないわよ」
 一行は一応気をつけながら屋敷の中を探ることにする。
「ところで、その暗号ってのはどんな?」
「これなの!」
「……何これ」
「黄金の帽子? 空飛ぶ猿?」
「『オズの魔法使い』を元ネタにした暗号なのよ」
「へぇ~」
 フリーゲとペタルダは、差し出された暗号文に見入る。
「この暗号からすると、まずは“黄金の帽子”を見つけれいいのね」
「とりあえず、屋敷の中を一つ一つ当たってみるか?」
「手分けして探す? それともこのまま?」
「小さい子が多いし、大人でも遺跡内じゃ何があるかわからないし、全員一緒でいいんじゃないか?」
 一行はトレジャーハンター二人の先導で、遺跡の中を“黄金の帽子”求めて歩き出した。

 ◆◆◆◆◆

「……これで部屋全部回ったぞ」
「ええ?!」
 フリーゲたちのおかげで実にスムーズに遺跡内を探索できた一行だったが、それでも肝心の“黄金の帽子”も“空飛ぶ猿”も見つけられなかった。
「おかしいわね」
「と言うか、私たちも何か見落としているのよね、絶対。この暗号を作った人間は少なくとも黄金の帽子やそれに類する物を遺跡の中に隠した、あるいは最初から存在していることを知っていて暗号を作った訳だから」
「……手を組んで良かったな。それが早めにわかっただけでも、俺たちにとっては収穫だ」
 ペタルダの言葉に、フリーゲも頷く。
「もう一度暗号を考え直してみるか」
 “黄金の帽子の力で空飛ぶ猿に命ぜよ”
 帝国立博物館の土産物屋で手に入れた暗号だ。
「『オズの魔法使い』の原作を確認してみるか? この辺りって、具体的にどういうエピソードだったっけ」
「ええと……」
 レントが借りた本を開き、子どもたちはシャトンから聞いた話を思い返す。
「南の良い魔女が治めるクワドリングの国に向かう途中難儀したドロシーたちが、黄金の帽子を使って空飛ぶ猿たちに色々と命令してそれを解決する……って話だけど」
「なんで黄金の帽子で命令できるの?」
「ドロシーの銀の靴と同じように、帽子自体に三回だけ空飛ぶ猿を呼びだして命令をすることができる魔法がかけられているんだ。元は西の悪い魔女の持ち主だった帽子だ。西の悪い魔女を倒した時に手に入れたんだって」
 ギネカがレントの手元を覗き込みながら確認する。
「確かその帽子の力に関して、ドロシーたちは野ネズミから教えてもらうのよね?」
「ああ、旅の前半で仲良くなった野ネズミとその女王な」
「と言うことは、“黄金の帽子”や“空飛ぶ猿”に辿りつくために、まずは野ネズミを探さなければいけないんじゃないか?」
 ヴェイツェの言葉に、全員がハッと息を呑んだ。
「あ! 私さっき見かけたよネズミさん!」
「僕もです!」
「俺も!」
 そして子どもたちが顔を見合わせると、勢いよく手を挙げる。
「え? そんなのあったか?」
 カナールたち三人に比べ、高等部生たちはこの屋敷の中で特にネズミらしいものを見た覚えがなくて困惑する。
「あったよ! 一番最初に入った部屋!」
「……入り口のホールか!」
「もしかして、彫像の足下?」
 フートたち高等部生は人間大の彫像は気にしていたが、その足元にちょこちょこと置かれていた像まで注目していなかった。恐らく何かの飾りだろうと判断して、それが野ネズミの形になっていたことには気づかなかったのだ。
「よし、じゃあ入り口まで戻るわよ!」
「「「おう!」」」
 フリーゲの号令で、一行は再び遺跡の入り口に戻る。正面と両側の壁には通路に続く入り口があって、四隅に様々な動物たちの彫像が置かれた部屋に。
「ほら、あったよネズミさん!」
「本当だ!」
 大きな熊や虎の足下に、ちょこりと小さなネズミの像が立っている。
「こっちにもありましたよ!」
「こっちもだぞ!」
「……こっちも」
「え?」
 最初に発見したカナールだけではない。ローロやネスル、フォリーまでもがそれぞれ別の場所で別のネズミ像を発見していた。
「……で、どれが正解?」
 四つの像をそれぞれ見て回り、彼らはまた頭を抱えた。
「とりあえず全部弄ってみる? どこかにスイッチがあるかも!」
 フリーゲの提案で子どもたちは一斉にぺたぺたとネズミの像を触ってみるが、何も見つからない。
「手が真っ黒になったよー!」
「あ、ごめん」
 四人の掌が砂と埃で汚れただけである。
 皆が唸っている中、不意にこれまで黙り気味だったテラスが口を開いた。
「……この像、一つの像が次の像に顔を向けてるんじゃない?」
「へ?」
「ほら。遺跡の入り口から部屋の奥の像に向かうにつれて、ネズミたちは次の像を見てるんだ」
 テラスの言うとおり、野ネズミの像の視線は自分の次に部屋の奥にいるネズミを追っているようである。
「よくこんなことに気づいたわね」
「周囲の彫像との違和感。他の動物たちはそれぞれの向きが極自然に調和しているのに、このネズミたちの位置だけ何かそぐわない感じがしたから」
「テラス君って、観察力あるなぁ」
 七歳児にきゅんきゅんしているフートは放って、皆は暗号を解くためにもう一度野ネズミの像を観察し直す。
「でも、この像にはやっぱりスイッチも暗号も何もないよ」
「……それに、この最後のネズミだけ何もない壁側を向いている」
「壁には何かない?」
「調べて見るわね」
 像の傍らに立っていたフォリーを下がらせ、フリーゲが近くの壁を探る。だが秘密のスイッチや抜け穴どころか、最初のようにくだらない玩具の仕掛けすら仕込まれていない。
「ふむ……部屋やこの向こうの廊下の構造からしても、壁に仕掛けはなさそうね」
 そもそも厚さからして、この壁では何かを隠すには足りないと言う。
「……仕掛けが壁にないとしたら、あとは……」
 テラスは自分でも四隅全てのネズミ像を確認し、言った。
「この像、動くんじゃない?」
「え?」
 先程壁を調べた傍のネズミ像だ。
「本当だわ!」
 フリーゲが力を込めると、ネズミの像はごりごりと重そうな音を立てながら左右に回転する。
「試しに、一番最初の女王ネズミの像の方向でも向けてみる?」
「了~解」
 ネズミ像が一周して最初の像の方を向くようにした時だった。
 ガコン!
「隠し階段!」
「入り口がこの床の模様でカムフラージュされてたのか」
 部屋の中央に空いた入り口から、一行はその中の階段を降りていく。すると、小さな秘密の書斎じみた小部屋に辿り着いた。
「うわー、これまた“庭師”たちが喜びそうな魔導士の遺産だねぇ」
トレイシーの言葉に、ギネカはふと何かが意識を過ぎった。
「庭師……」
「私たちの知り合いよ」
 けれどそれが何かこの場ですぐには思い浮かべられなかった。それよりも今はまず、エラフィの救出を急がねばならない。
「金色の帽子」
 机の上には、埃にまみれた黄金の帽子。だがこれも本物ではなく金箔の貼られた置物らしい。
「部屋の主が『オズの魔法使い』好きだったようね」
「次の暗号、見つかったよ!」
 ここまで手をかけさせられた分か、今度は捻りも何もなくストレートに黄金の帽子の置物にその紙が貼られていた。
 その内容に目を通して、エラフィ救出を望む一同は歓声を上げる。
「もしかして……これで最後か!」

 “クワドリングの国にて『南の魔女』が待つ”

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