Pinky Promise 100

第5章 パイ泥棒の言い分

17.ジャックの予告状 100

 テラスは先程館内で父親より先にマレク警部に出会い、高等部と小等部の知人友人一同と来ていることを説明したらしい。それでマレク警部もアリスたちを見つけて話しかけて来たのだということがわかった。
 高等部生のギネカたちよりも、一見近くに保護者がいない状態で紛れ込んでいた小等部生二人の方が見つけやすかったようだ。
「テラス君にはこれまでも何度か怪盗ジャック対策に有用な助言をもらっている」
 マレク警部の言葉に、友人一同は呆気にとられてテラスを見る。
「警察への助言……って」
「テラス……お前本当何者?」
 モンストルム警部の仕事場をたまに訪れるテラスは、その縁でマレク警部とも面識を持った。
「たまたまだよ、たまたま適当言ったら当たっただけ。僕の子どもじみた発想よりも、そこからヒントを得て発展・改良し怪盗対策に反映するマレク警部の手腕だよ」
「テラス! いつも思ってたけど! その言葉選びと謙遜の様子がすでに七歳の態度じゃない!」
「アリス。それは君も一緒だ」
「ねぇねぇアリスちゃん、『けんそん』って何ー?」
「子どもじみたも何も、子どもでしょあんたら」
 袖を引くカナールたちに言葉の意味を説明するアリスを放って他の面々がマレク警部と話し始める。
「怪盗ジャック対策に関しては普段エールーカ探偵の助言を頂いていたが、今回は忙しいらしくてな」
「あー、ヴェルムは最近殺人事件の捜査で手一杯なんですよ」
「……そうか、君が彼の幼馴染の……」
 マレク警部は初対面の高等部生や小等部生がまとわりつくのを止める様子もない。
 警察なのに何故? という疑問を彼らが口にする前に、部下に呼ばれて行ってしまった。
 モンストルム警部と共に、明日の警備体制に関して博物館の館長と宝石の持ち主と共に話し合うようだ。
「マレク警部って綺麗だけど変わった人だな。あんまり刑事らしくないって言うか……」
「あの人はちょっと特別だから」
 特別とは一体何だろう。テラスはやはりモンストルム警部の息子と言うことで、父の同僚であるマレク警部の事情にも詳しいのだろうか。
「それより、今のうちに宝石の警備体制を観察しようよ」
「宝石じゃなくて、警備体制の観察なのか?」
 明日の夜にはこの『女神に捧ぐ首飾り』を狙って、怪人マッドハッターと怪盗ジャックが忍び込んでくるはずだ。
「もしかしたら、今から怪盗たちが獲物を盗むために仕掛けた色々なものが見つかるかもしれないよ」
「えー。さすがにそれは無理だろ」
 テラスに半分引っ張られるようにして、アリスは再び宝石の展示場所へと近づく。
 硝子ケースの周囲には人がいっぱいだ。
 怪人マッドハッターや怪盗ジャックは派手好きな劇場型の犯罪者でもあり、時には観客の目の前で厳重な警備を潜り抜けて目当ての獲物を盗むことがある。
 しかし今回の怪盗二人の犯行時刻は深夜。博物館はとっくに閉館した頃であり、観客はいなくなる。
 今回の犯行は、純粋に宝石を盗むためのものであり世間に何かを演出する必要はないということだ。それでも怪盗ジャックは元々予定されていた怪人マッドハッターの犯行のスケジュールに予定を被せてきた。
「怪盗ジャックは一体何を考えて、怪人マッドハッターと同じ獲物を盗むことにしたんだろう?」
アリスがほんの小さな疑問を口にしたその時だった。
「――何、ただの自己紹介ですよ」
「へ?」
 いつの間にか隣で宝石を眺めていた青年が話しかけてきた。
 まるで面識のない人物だ。どこにでもいそうな平凡な容姿と服装。けれど間違いなく会ったことはないと言える。ただの勘違いかと思ったが、彼の眼は真っ直ぐこちらに向けられている。
「前回は誘拐事件のせいで、ゆっくりお話しする暇もとれませんでしたから」
「え、あの、あんたまさか……」
 この場所で面識のない人物がこんな物言いをすると言うことは、その正体はたった一人ではないのか?
 怪盗が様々な人物に変装できるのは、『ルパン』以来の伝統だ。
「それにこの私を差し置いて、怪人マッドハッターを選ばれたのも癪ですしね。怪盗を始めて一年も経っていないような、あんなひよっこと一緒にされるのは」
「一年?」
 確か怪人マッドハッターは十年前にも世間を騒がせ、そして消えた人物だ。一年前に復活して再び帝都の夜を翔けることになったが、それならば怪盗歴は十年ではないのか?
 怪盗ジャックは五年ほど前から帝都に出没している。
 これまで二人の怪盗は交わらない存在としてお互いを気にせずに生きていた。だから周囲も彼らのうちどちらが怪盗として「ベテラン」などと、考えたこともなかった。
「ですから、手を組む前に一度私のことをあなたに十分知ってもらおうと思いまして」
「えーと……?」
 ちょっと何を言われているのか本当に意味がわからない。
「それにあの首飾りは、マッドハッターの獲物ではありますが私としても思い入れの深いものなのですよ」
「思い入れ?」
 ジャックはそれには答えずに、ぐるりと強化硝子の宝石展示ケースの周囲を見回した。
「展示ケースは強化硝子、手を触れれば頭上から鉄の檻が落ちてくる」
 アリスが思わず天井を仰ぐと、確かにそこには展示ケースの周囲を囲める大きさの檻がセットされていた。
 この展示室が、硝子のケースに触れられない位置までしか入れないのはこのためだったのか。
「しかもその檻には、一度閉じ込められれば中から下手な真似はできないよう高圧電流が流れる仕掛けが施されている」
「それ普通死ぬよな?」
 怪盗も怪盗だが、警察も警察だ。犯人が死にそうな罠を仕掛けるんじゃない。
 ……ところでこれはモンストルム警部とマレク警部、一体どっちの発案なのだろう。
「館内の出入り口の全ては警官によって固められ、予告時間には鼠一匹通すこともない。彼らの位置は常に防犯カメラと発信機によってモニタールームで二重にチェックされている」
「例え首飾りを盗んでも、博物館の外には出られない」
 怪盗ジャックの変装に騙され何度も煮え湯を飲まされている警察は、例え仲間うちであったとしてもお互いを疑って変装したジャックではないかと確認し合うのだと言う。
 そんな状況でどうやってお宝を盗み、また博物館の警備網から脱出するつもりなのか。
 この怪盗ジャック、そして怪人マッドハッターは。
「怪盗さんたちは随分下調べに余念がないね。パイ泥棒さんだけでなく、帽子屋さんももうこの空間にいるし」
「おや、君はモンストルム警部の息子さん」
 アリスの横からひょいと顔を覗かせたテラスが話に入り込む。
「あ、テラス。その、これは」
「別に気にしなくていいよ。うちの父さんの敵はあくまで怪人マッドハッターだし」
「それでいいのかテラス!」
 モンストルム警部の担当でなければ、怪盗ジャックには興味がないと言うのだろうか。
「……マッドハッターもすでにこの空間に?」
「あなたがいるんだからそうなんじゃない?」
 ジャックはテラスの言葉に反応し、一瞬だけ警戒を覗かせる。
 テラスの言葉を信じればすでに怪人マッドハッターもこの会場内にいるらしい。しかしそれはテラスの単なる推測なのか、何らかの確証があっての判断なのかは明言しない。
「でもこんな厳重な警備を、どうやって抜ける気なの?」
 対睡蓮教団の協力者として怪盗ジャックと手を組みたいアリスもここでジャックを通報するような真似はせず、怪盗の出方を見守ることにした。
「触れられない程に厳重な警備なら、直接触れなければいい」
「へ?」
「後ほど手紙をお送りしますよ。明日の夜、そこへと来てください」
 彼はあっさりと立ち入り禁止の柵を乗り越える。いつの間にか怪盗の姿だ。
「あ、ちょっと、そこには入らない――で?!」
 博物館の警備員が目を白黒させる間に、宝石の前に跪いて宣言する。
「麗しの月の女神に捧ぐため、明日の夜にお迎えに上がります」
 そして怪盗ジャックはぽん、と小さな煙の中に姿を消した。
「ちょっと! 今のまさか怪盗ジャック!?」
 たちまち騒然となる人込みの中で他の客に突き飛ばされたアリスは、床に転がりそうになる。
「アリス! 大丈夫?」
「ぎ、ギネカ……ありがとう」
 咄嗟に支えてくれた手が誰のものかを知って、アリスは人の多さにこの体では大変だと、改めてうんざりしながら体勢を直す。
「ねえ……背中に何かついてるわよ」
「え?」
 アリスの背にいつの間にか一枚のカードが貼られていたと、ギネカはそれを剥がす。そして文面を読み上げ、驚きの声を上げた。
「何これ?! 怪盗ジャックからのメッセージ?!」
「なにぃ?!」
 警備の打ち合わせから戻ってきたモンストルム警部が叫ぶ。
 マレク警部は険しい顔で、そのやりとりを見つめていた。