Pinky Promise 102

第5章 パイ泥棒の言い分

17.ジャックの予告状 102

「それで、どうだったんですか? ツィノーバーロートの宝石展」
 日曜は学院の課題があるということで、高等部生たちは午前中だけ図書館に集まっていた。
 昨日集まったメンバーの中ではヴェイツェとフートが用事があると言って抜け、ギネカ、ムース、レント、エラフィに、ルルティスが加わっている。ルルティスの宝石展にも行けない程の用事は昨日でなんとか終わったのだろうか。
 基本的に成績優秀者が多い集まりなので課題は早くもまとめに入り、いつもの雑談が始まる。
 相談しながら行う課題だったので、図書館内ではあるが先日のエラフィ誘拐事件の時にも活用したブラウジングルームを利用している。喋っても問題はない。
「怪盗ジャックが出たぞ!」
「マジで?!」
 一行はその話題で盛り上がった。直接見に行けなかったルルティスに身振り手振りを交えながら説明する。
「いいなー、私も見に行きたかったです。怪盗ジャック」
 彼らが帝国立博物館に見に行ったのはあくまで宝石細工展であり、間違っても怪盗が展示されていた訳ではない。
「怪人マッドハッターは?」
「そっちは来なかったわ。さすがに打ち合わせした訳でもない怪盗同士が現場でかち合うこともそうないでしょ」
「……」
 と、怪盗ジャックの幼馴染であるギネカは言った。
 それを知らない怪人マッドハッターの幼馴染は、まさしく本人がその時その場にいたことを思って沈黙する。もちろん今日この時間にフートがここにいないのも、夜半の怪盗としての仕事の最終確認を行うためである。
「白黒二大怪盗の競演、さぞや絵になるでしょうねぇ」
「ところがどっこい」
 白と黒の二人の怪盗のツーショットを思い浮かべるルルティスに、エラフィが思わせぶりにペン先を突きつける。
「? なんです」
「怪盗ジャックの専任警部さんが、めちゃくちゃ格好良かったの!」
「え? ジャックに専任いたんですか? マッドハッター対策のモンストルム警部じゃなくて?」
「いたのよ! すごく若くて美形でモデルか俳優か王子様かって警部さんが!」
「エラフィ、盛り上がりすぎじゃね?」
 エラフィはすっかり怪盗より警部のファンのようだ。やはり男は顔なのか。
「ヴェルムって探偵として怪盗ジャックの犯行現場に何度か出入りしてるから、マレク警部とも面識あるのよね。いいなー、いいなー。今度幼馴染特権で現場について行っちゃおうかしら」
「エラフィ……あんたついこの前、ヴェルムの幼馴染だって理由で誘拐されたばっかでしょ」
 ギネカが呆れて溜息を吐く。もちろん怪盗ジャックことネイヴの仕事の邪魔をされたくないという気持ちはあるが、それ以上にこの友人に対する呆れが強いのも事実。
「怪盗ジャックを狙撃するつもりなら私は止めませんが」
「「「やめろ」」」
 ルルティスの言葉に、全員が制止の言葉をかけた。
「あ、そう言えば宝石の方はどうだったんです?」
「マッドハッターとジャックの獲物、『女神に捧ぐ首飾り』ね。……綺麗だったわよ」
「私もあんな宝石送ってくれる恋人が欲しい~」
「え」
 エラフィの言葉に、レントが思わず固まる。
「石油王でも落とすつもりですかエラフィさん……」
 首飾りの今の持ち主は大富豪だが、それでも軽々と恋人に贈れる値段ではないだろう。 それこそ富豪の息子であるレントも固まる程の金額である。
「でもそう言えばさ、マッドハッターもジャックもどうしてあの宝石を狙うんだろうね」
「え? 高価だからじゃないの?」
「盗んで売る気ならそうだろうけど、あの二人は、最終的に盗んだものを返しちゃうじゃない?」
 エラフィはたまたま手にしていた雑誌を振る。
 怪盗を遠目に捉えた写真が表紙だ。画質はそれ程良くないが、怪盗の貴重な映像だということでこの号はよく売れたらしい。
「そういえば。どうして返すんだろう?」
「怪盗絡みの番組や雑誌で特集を組まれては変な学者の胡散臭い推測が語られるだけで、本当の理由は誰もわからないのよね」
「……」
 友人たちの他愛ない疑問や推測を耳にしながら、ムースは以前、ポピー美術館でヴァイスから聞いた話を思い返していた。
 この世にはかつて世界中に無数の破片となって飛び散った背徳神の魂の欠片が宿る品々がある。それらは人の手に渡ると狂気を誘発し災いを招く。
 魂の欠片は人に宿ることもあり、フートの兄ザーイエッツは、その欠片の持ち主であった。彼は何を思ってか、彼と同じように魂の欠片を有し災いを招く美術品となっていた宝石や絵画などを盗む怪盗となった。
 そして十年前、怪盗の仕事に出かけたきり帰って来ない。
 彼が何を思って呪われた品々を盗んでは返す行為を繰り返していたのか、今では正確なことはわからない。ザーイエッツはここにはいない。
 けれどフートとムースは彼が生きていることを信じて、彼を探すために、かつての彼と同じ怪盗を演じるようになった。
「ねぇ、ムース。……ちょっと、聞いてる?」
「あ、すみません。少し考え事をしていて……どうかしました?」
 ムースが思考に耽っている間に、また話題が変わっていたらしい。
「そういえば今日、フート君とヴェイツェ君は?」
「フートはちょっと用事があって」
「ヴェイツェも何かやらなきゃいけないことがあるんだって」
 ルルティスの問いに、ムースとエラフィがそれぞれ答える。
「フートがムースと一緒じゃないなんて珍しいよな」
「そうですか? そんないつもべったりしてませんよ」
 最近のフートは怪盗稼業のことだけでなく、十歳も年下の少年テラス=モンストルムに夢中だ。
 彼はもう、兄と幼馴染であるムースだけを心の拠り所にしていた頃のフートではない。
 惹かれている相手が七歳の子どもであることには一抹の不安を覚えるものの、フートがようやく他の人間に心から興味を持ったこと自体は良い傾向だとムースは感じている。
 これまでずっと一緒に生きてきた幼馴染と、いつか道を別つ日が来ることを予感しながら、彼女は今日も、なんでもない顔で笑っていた。

 ◆◆◆◆◆

 課題が終わり、一行は無事に学院を後にする。
「なんか食べて行かない?」
 エラフィの誘いで昼食を摂ってから帰ろうということになり、道を歩いていた時だった。
「ねぇ、あれ。フートじゃない?」
「え? そんなはずは……」
 通りの向こうを指差したエラフィの言葉に、ムースはまず不審を感じた。
 現在フートは怪人マッドハッターの犯行準備のために、学院から何駅も離れた帝国立博物館の近くにいるはずだ。こんな場所で見かけるはずがない。
 けれど。
「そうね。あれはフートよね」
「おーい、フート!」
 ギネカとレントも頷き、手を振る。
 相手がこちらの呼びかけに気づいて振り返る。
(え?)
 振り返ったその顔に、ムースは驚き声を失った。
 フートらしき人物は笑顔で悪いとでも言うように手を振り返して、それでもこちらには寄らずに姿を消した。
「フートの奴、そんなに忙しいっての? ねぇ、ムース……ムース?」
 エラフィが振り返ると、ムースは顔を真っ白にしていた。
「違う、あれ、フートじゃない」
「フートじゃないって……あんなに良く似た人が他にいるわけ――」
「ザーイ!」
 ムースは怪訝な顔の友人たちを置いて駆け出した。
 ザーイ。あれはザーイだ。ザーイエッツ=マルティウス。
 行方不明中のフートの兄。
「ザーイ、待って!」
「あ、ちょっと」
 ムースは追いかけたが、人込みに紛れてわからなくなってしまう。
 切れた息を整えながらムースはようやく気付いた。
 違う。あれはザーイではない。
 ザーイエッツはフートの十歳年上の兄だ。生きていれば現在彼女たちの講師であるヴァイスと同じ、二十七歳のはずだ。十七歳の高等部生であるフートにそっくりな訳がない。
 けれど彼はフート……十七歳でいなくなった頃のザーイエッツにそっくりだった。フートがその頃の兄に似てきたということでもある。
「幽霊。いいえ、あれは確かに生きた人間だった……」
「どうしたのよ、ムース」
 追ってきたギネカやエラフィたちにも、ムースは上手く事情を話せなかった。

 ◆◆◆◆◆

 携帯にメールが入り、一応内容を確認したヴェルムはいきなりがっくりと肩を落とした。
「おい、どうしたんだね? エールーカ探偵」
「いえ……幼馴染がちょっと……」
 阿呆なので。とはさすがにこの場では言えなかったが、ヴェルムがエラフィからのメールで一気に脱力したのは確かだ。
 なんでも昨日帝国立博物館の宝石展――つまり次の怪人マッドハッターと怪盗ジャックの犯行予定現場で、ジャック専任のマレク警部と会ったらしい。
『紹介して!』というメールに『阿呆か!』とそのまま返し、ヴェルムは携帯を元通り懐にしまう。
 先程声をかけてきたシャフナー=イスプラクトル警部の要請により、現在ヴェルムは帝都を騒がす連続殺人事件の捜査に動いている。
 すなわち、殺人鬼ハンプティ・ダンプティを捕まえるための捜査だ。
 先日は何故かこれまでのパターンを無視して殺人を行わなかったハンプティ・ダンプティだが、彼の犯行はこれで終わったのか……?
 殺人鬼を野放しにしておくのは問題だが、それでもこれ以上の犠牲者が出ないのであれば――そんなヴェルムや警部たちの思いは、無情な一報に破られる。
「警部! またです! ウィンキー公園の敷地内で、ハンプティ・ダンプティのカードが……!」
 長い長い夜は、まだ終わらない。

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