Pinky Promise 125

第6章 真理の剣

21.赤の王の葬送 125

 怪盗ジャックとその相棒料理女は、睡蓮教団の起こした誘拐事件を解決するべく、文字通り帝都を奔走していた。
犯人を捕まえるのはともかく、人質だけは何としてでも助け出さねばならない。
「天気が悪くなりそうだな」
「そうね」
 バイクのハンドルを握りながらヘルメットの下で雲の増えてきた空を睨み、ネイヴは言った。
「今日中に片を付けるぞ、ギネカ」
「ええ。こっちだってそう何日も学院をサボれないわよ」
 彼の後ろに乗っているギネカも、一刻も早く事態を解決する意志を込めてそう口にした。
 これが例え誰かの仕掛けた罠だとしても、最後まで決して負けないように。

 ◆◆◆◆◆

 睡蓮教団の幹部たちは、最後の確認をとっていた。
「確かなのかい? 赤騎士」
「まぁ、違ってたならそれはそれでいいだろう。ファーストコンタクトは慎重にな」
 連続殺人鬼、それも教団の関係者を次々と殺害しているハンプティ・ダンプティ。調査をしていた赤騎士が、ついにそれらしき人物を見つけたのだ。
 その意外な正体に、一同は思わず目を瞠った。
 グリフォンが口笛を吹く。
「盲点だったな。俺たちみたいに後ろ暗い経歴の奴らからすると、そんな場所に連続殺人鬼がいるとは思わないだろ?」
「そうか? エリートコースから何かの拍子に転落する奴らは多いだろ?」
「今回はそれともまた別だろ。ちょっと殺人犯なだけだ」
「それだけ教団への恨みが深いと言うことか……」
 彼らは口々に勝手な感想を述べる。
 今日まで睡蓮教団を翻弄し続けた殺人鬼の正体。その素性さえ判明してしまえば、ハンプティ・ダンプティが教団を恨む理由も、どうやって構成員の情報を知ったのかもすぐにわかった。
 蓋を開けてみれば簡単な話だ。ハンプティ・ダンプティ自身が最初から教団に近い存在であった。それだけ。
「最初に殺されたこいつらのミスだな」
「だろうな。本当にこいつがハンプティ・ダンプティだとしたら、教団の構成員に接触する機会はそれしかないだろう」
 何重にも張られた紗幕が一枚一枚取り払われ、彼らは真実へと近づいて行く。
「まぁどちらにせよ」
 決断を下すのはハートの女王だ。
「会ってみればわかることさ」
 そしてきっと、それは最初で最後の邂逅になる――。

 ◆◆◆◆◆

 ――曇り空が広がっていた。
 まだ降りだす様子ではないが、空気はすでに雨の気配を含んでいる。
 いつもの帝都中心部から少し離れた街で、彼は地図を広げどこかに用事のある体を装い、前を行く標的の様子を慎重に窺っていた。
 今日の夜に手紙で呼びだした男は、今はまだ無防備な様子で街を歩いている。
 警察はまだ被害者たちの共通点が睡蓮教団の人間であることには気づいていないらしく、男の周囲に彼を警戒した監視や護衛役もついてはいなかった。
 誰にも気づかれるはずはない。
 そう思っていたのに。
「お兄さん」
「君は……」
 曲がり角の向こうから現れて、まるで最初から彼がそこにいることを知っていたように声をかけてきた小さな子どもの姿に、ぎくりと足を止めた。
 驚いたことに、その子どもは彼の顔見知りの人物だ。
「こんなところで会うなんて奇遇だね」
 テラス=モンストルムはにっこりと笑った。
「そう言えばみんなで遊びに行くのに、今日は予定があるって言ってたもんね」
「……テラス君こそ、みんなと一緒に行く予定だったんじゃないのか?」
「僕は僕で、今回用事が出来ちゃったから」
「そうか。……残念だったね。用事の方は終わったの?」
「ううん。まだこれから。僕今日は多分一日この辺りにいることになるよ」
「……そうか」
 今日の計画は中止せざるを得ないかもしれない。
 さすがに知人を巻き込む可能性があるのに、計画を実行はできない。
 彼がそう考えた時だった。
 テラスはまるで、その思考まで読んだかのように尋ねてくる。
「お兄さんの方は、今日はもう『中止』でしょ?」
「……?!」
「気を付けて帰ってね。この辺り、最近変質者が多いんだって」
「あ、ああ。って……それなら僕より、テラス君の方が危険だろう。どうしてこんなところに子ども一人で……」
「僕がそれに答えたら、お兄さんもここにいる理由を教えてくれるの?」
 見透かされている。
 彼は全てわかっている。
 直感的にそう理解するものの、声を上げて問い質す勇気はない。
「言えないよね。じゃあ僕も言えない。だから今日は、早く帰った方がいいよ」
「テラス君、君は……」
 何を知り、どうしてこんな行動をとるのか。
 喉元までこみ上げてきた言葉を彼が口にできないうちに、別れの言葉をテラスが口にする。
「さよなら、お兄さん」
 ――そして、彼が踵を返し去るのを見送ってから、テラスはくるりと振り返った。
「さてと」
 そのテラスを遠目に監視する目がある。
「――あのガキは何だ?」
 尾行して一部始終を確認していた睡蓮教団の幹部たちは、彼らがハンプティ・ダンプティと目する存在に接触してきた子どもに不審を覚えた。
 テラスもそれを理解した上で、教団をどう処理するか思考を巡らせる。
「僕もそろそろ動かないと、アリスに悪いからね」
 わざと監視者たちに見えるように手を振って駆け出し、教団を誘い込む。
 目指すは打ち捨てられた廃墟の住宅街だ。
 灰色の空の下、灰色の街並みの中。
 “姿なき情報屋ジャバウォック”こと、テラス=モンストルムの戦いが始まる。

PREV  |  作品目次  |  NEXT