Pinky Promise 130

第6章 真理の剣

22.怪物の正体 130

 ついに探偵は手段を選ばず、真実に挑むことを選んだ。
「とにかく、犯人が誰かさえ分かれば殺害方法にも推測がつけられる」
「強引だな。探偵がそんなことでいいのか?」
「現場の捜査なんて案外そんなものだ。疑わしい人間、動機のある人間を挙げてからそれらの人々に犯行が可能かどうか、アリバイを調べて絞っていく」
 現場を見れば犯行手順全てに推測がついて関係者の名前を羅列するだけで犯人を見つけ出すことができるなんてのは、推理小説の中の探偵だけだ。
「だから俺も、まずは犯行動機がある人間を絞った」
「……絞った?」
 ヴェルムによって見せられた資料にずらりと並ぶ何百もの名前を見て、ヴァイスは思わず胡乱な目付きになる。
 これで絞ったと言うのなら、最初の候補者は何人いたと言うのだ?
「最大のヒントはお前たちがもたらしてくれた。被害者は睡蓮教団の人間だと」
 すでにうんざりとした顔のヴァイスには構わず、ヴェルムは資料をめくりながら続けた。
「だから、この帝都で睡蓮教団が引き起こした事件の被害者から調べることにした」
 ハンプティ・ダンプティの目的が教団への復讐なら、教団に強い恨みを持っているはず。
 教団絡みの特に死亡事故や事件を中心に、復讐者を探し出す。
「しかし、その事件全てを教団が起こしたと確定することは――」
「ジェナーがいる」
「!」
「警察に参考人として呼び出す訳にはいかないけどな」
 ヴェルムが保護している教団関係者の女性、“公爵夫人”ことジェナー=ヘルツォーク。
 彼女の言により、ヴェルムが当たりをつけた事件や事故の、どれが教団絡みでどれがそうでないかを知ることができたと言う。
 ずっと禁呪の開発をしていたシャトンよりも、ジェナーの方がこう言った情報には詳しいのだ。
「その中から更に、魔導に関わりそうな人間をピックアップした」
 そして作り上げたリストを、ヴェルムは一つの覚悟と共にヴァイスへと差し出した。
「お前にはこの中から、更に絞り込んでほしい」
 リストを眺めたヴァイスはある名前を見つけたところで視線を止める。
「これは……」
「俺は、彼かもしれないと思っている」
 ヴェルムがまだ辿り着いていないもう一つの要素から、ヴァイスもついにそれを確信した。
「……アヴァール。お前なのか……?」

 ◆◆◆◆◆

 ギネカとネイヴは、怪盗ジャックとその相棒料理女の姿のまま、誘拐事件の解決に励んでいた。
「あと少しで辿り着ける」
「でも、なんとなく嫌な予感がしない?」
「まるで誘い込まれているような?」
「ええ」
 二人共が。この状況に同じような不安を抱いていた。
 誘拐事件自体はきっと解決できる。けれどその間に大切なものを失ってしまうような、そんな不安を。
「この事件そのものが怪盗ジャックを誘き寄せるために睡蓮教団の起こした罠だとすれば、あの誘拐された子どもだって、本当に被害者かどうかはわからないわよ?」
 もしかしたら誘拐自体が教団の人間を使った狂言かもしれないのだ。
「その可能性は充分にあるな。でもま、見過ごす訳にも行かないだろ」
 罠の可能性は高い。だが同時に、全く無関係な人間を巻き込む可能性が高いのも睡蓮教団だ。
 そしてこれが無関係な人間を巻き込んだ事件だった場合、ネイヴにもギネカにも見過ごせる訳はなかったのだ。
「それに誘拐嫌疑をかけられたままじゃ、どの道警察に追われるんだ。とっとと解決しちまおう」
「……わかったわよ。できれば私が読めればいいんだけどね」
 ギネカの接触感応能力で誘拐された子どもや犯人に直接触れることができれば、事情がわかるかもしれない。
「頼りにしてるぜ」
「はいはい」
「何か嫌な予感がするのよね」
 崩れ始めた天気を眺め、ギネカは小さく呟いた。

 ◆◆◆◆◆

 暗雲立ちこめる空の下、もう一人の怪盗であるフートはバイクを引っ張り出していた。
「行くの?」
「ああ。じっとしてられないからな」
「でも、その辺を警察がうろついているかもしれないのに」
 ムースが案じるが、フートは平気だと言って笑う。こちらはジャックたちと違い、今日は共に行動しない。
「俺のことなんて誰も気にしちゃいないよ」
「フート」
「だってそうだろう? 怪人マッドハッターの正体は、誰にも知られていないんだから」
 マッドハッターの秘密を知っているのは、本物のマッドハッターだけだ。
 今自分たちの傍にいないザーイエッツだけだ。彼ならばフートがマッドハッターを継いだことに気づくだろう。
「俺はどうしても知りたいんだ。ザーイエッツの安否を」
 エラフィたちが見た人物が、ただの人違いならそれでいい。
 けれど、それがもしもザーイエッツなら、会わない訳には行かない。
「行って来るよ」
 それが運命の選択になるだなんて、フート自身も思っていなかった。

 ◆◆◆◆◆

 逃げた子ども二人のうち、テラスをニセウミガメが追うのは自然なことだった。
 彼女はハンプティ・ダンプティことヴェイツェに一度不意打ちを食らっているし、戦闘に関しグリフォンとの力量差は歴然だ。そこそこ体格の出来上がった男子高生と見るからに小さな子どもなら、子どもを狙うに決まっている。
「出て来なさい、坊や。無駄な抵抗はよすのよ」
 小さな足音を追って、ニセウミガメはテラスを廃ビルの一室に追い詰める。
 建物の構造は把握している。この先は確実に行き止まりだ。
「あなたは一体何者なの? 誰の命令でこんなことをしているの?」
『命令? 僕に命令できる奴なんていないよ』
 声はどこからともなく響いてきた。
『僕は、全て僕の意志で行動する』
「……」
 ニセウミガメは警戒を強めた。
 この相手はただの子どもではない。ようやく彼女にもそれがわかったのだ。
『コードネーム“ニセウミガメ”、本名は――か。あなたこそ、一体いつまでこんなことをするんだい?』
「……!」
 突然、コードネームどころか本名まで言い当てられ、激しく動揺する。
 何故そんなこと知っている?!
『あなたも可哀想な人だ。睡蓮教団に騙されているんだよ。彼らの望む通り背徳神の魂の欠片を集めたところで、あなたの恩師は生き返らない』
「なっ……」
『だって当然だろう? 背徳神は秩序神に殺された自分の民を生き返らせることができなかったから、その死を悲しみ狂ったんだ。背徳神が蘇ったところで、死者を生き返らせることはできないよ』
 それは彼女の根底を否定する言葉だった。
 睡蓮教団に入り、人を傷つけ殺してまでも目的を遂げる。
 全ては、彼女自身の望みのために。教団でなければ叶えられない奇跡のために。
 けれど。
『あなただって、本当はわかっているんだろう?』
「……黙れ!」
 ニセウミガメは扉を開く。内側に仕掛けられた罠は所詮子供騙しだ。あっさりと躱し、拳銃を抜き放つ!
「貴様は何者だ! 一体何故そんなことを知って――」
 しかし、彼女の意識はそこで途切れた。
 入り口脇に移動させた棚の上にいたテラスが、そのまま死角から飛び降りてニセウミガメを気絶させたのだ。本日二度目の昏倒である。
 全てを知るジャバウォックならではの下調べと準備、そして小さな子どもの体だからこそできた芸当だ。
「ここまでは予定通り……」
 敵を倒したにもかかわらず、テラスの表情はどこか沈んだままだった。