Pinky Promise 149

第7章 黄金の午後に還る日まで

25.赤の女王の夢 149

 日が暮れて月が昇り、夜が――彼らの時間がやってくる。
 闇の住人たちは、街の方々に配置している監視からの報告により、一人の女が教団のことを嗅ぎまわっていると聞かされた。
 女は教団の人間を探し回っている。それも、ただの下っ端などではなく、つい最近病死した教祖の後を継いだ、偉大なる“ハートの女王”をだ。
 女とハートの女王の繋がりを知らない彼らは、教団の被害者がまたぞろ復讐にでもやってきたのだと考えた。
 一般人が何らかの理由でたまたまコードネームを知るに至ったのだと。
 とにかく女を捕らえようと、一般人を装って声をかける。
 だが女はこちらの想定以上に教団のことに詳しかった。
 青い睡蓮のピンを見て彼らがすぐに教団の関係者だと気づき、何故か一瞬悲しそうな顔になる。
「そう。やっぱり……」
 そして憂いを取り払った時、そこにいるのはすでにか弱い女ではなく、彼らが知る教団幹部と同じ戦士の目をした人間だった。
「ハートの女王の居場所を教えなさい」
 女はハートの女王の居場所を話すよう迫り、彼らは当然断った。もともと不審な女を確保するよう命令を受けている。
 いざと言う時は殺害の許可も出ているが、万が一に備えて女の写真からその正体を今仲間たちが調査しているはずだ。
 女は彼らの意図に気づくと、平然と応戦し始めた。
 拳銃を持つ男たちに対し、女は魔導で対抗してきたのだ。ハートの女王を始め幹部の人間でも一部にしか使えない神秘の業だ。
 こちらの銃撃がまるで通じないのに相手は涼しい顔で当然のように何もない空間から炎や爆発を引き起こす。
 思いがけない強さに慌てて交渉を試みるも、相手は聞く耳を持たない。
「俺たちと来れば、ハートの女王陛下にも会える!」
「私はあなたたちと行く気はないわ。それよりも、あなたたちが彼女をここへ連れて来なさい」
 交渉は決裂し戦闘は余計に激しくなった。
 追っているのか、追われているのか。車を何台も潰す激しい追いかけっこの末に、彼らは街中から自然と場所を移し、舞台はいつしか採石場跡地となっていた。
 そこは帝都民には朝の特撮でもお馴染みの場所だ。つい数か月前、真夜中の不審火で小さな話題にもなった。
 人目を憚る必要もない場所に来て、女は手加減無用とばかりに更に容赦ない攻撃を仕掛けてくる。
 完全に誘き出された。救援をいくら呼ぼうと来た端から女に軽く捻られる。やはりこれは罠だ。
 彼らが気づいた頃にはもう遅い。
 戦いはあまりにも一方的だった。一般人から見れば銃弾が飛び交う地獄絵図も、目の前の女がたった一人で紡ぎだす魔導の爆炎に比べれば可愛いものだ。
 ――そして、女は男たちを片づけて、まだ意識のある一人に問いかける。
「もう一度聞くわ。私が知りたいのは“ハートの女王”の居場所よ。さぁ、そろそろ言う気になった?」
 教団の男は、今になっても信じられない。
 このほっそりとした美しい女一人に、数十人もの教団員たちが簡単に伸されてしまった。
「き、きさま……何者……」
「あなたがそれを知る必要はない」
 男は死を覚悟する。
 これほどの手練れだ。よっぽどやばい世界の人間に違いない。
 完全に顔を見られて、彼らを生きて帰す気はないだろう。
 そこに、そもそもの女の捜索対象が自ら堂々とやってきた。
「その子を離してやってよ」
「ハートの、女王陛下……!」
 女王陛下の身を守ることができないことを悔やんでいた男の意識が、次の瞬間真っ暗に途切れる。
 探す本人が出てきて用済みとなったために、ダイナが締め落としたのだ。
「彼らは何も知らないよ。僕が普段どこにいるのかも、僕らにとって大事な場所も」
「……レジーナ」
 そして、友人たちは再会する。

 ◆◆◆◆◆

「姉さん……?!」
「ダイナ?!」
「ダイナ先生……?!」
「……!」
 睡蓮教団の男たちと一人の女が交戦しているという現場に赴いたアリスたちは目を疑った。
 ここで教団に存在を掴まれるのはまずいと、白の王国が動けない代わりに、アリス、ヴァイス、シャトンの三人に加え今回は怪盗二人とその幼馴染が参加している。
 その全員が見知った相手が、睡蓮教団の男たちを軽々となぎ倒しているのだ。
「あの……彼女は一体……」
 弟と、同じ学院の同僚と生徒たちの衝撃は大きく、怪盗たちは知人ではあるものの普段付き合いがない分衝撃は薄い。
 ここ数日フートの代わりに学院に通うだけだったザーイエッツが、一番ダイナとの付き合いが短かった。ムースの協力を得ながらフートを演じる分馴れ馴れしく接してはいるが、ザーイエッツ自身にとっては顔と名前くらいしか知らない相手だ。
 一行は採石場の近くに身を隠しながら、とにかくまずは様子を窺った。
 助けるも何も、戦闘はどこからどう見ても、いっそ教団の男たちが可哀想になるぐらいダイナが優勢である。
「……確かにあの人なら、このぐらいできそうだけど」
 ネイヴは鏡遺跡でダイナが戦う姿を見る機会があり、エラフィ誘拐事件の際にも彼女がアリスとエラフィを庇った話を聞かされている。
 だからダイナの強さ自体には驚いていないのだが、それでもダイナが睡蓮教団と関わっていることには疑問を覚えた。
「ええと、誘拐事件の時に目をつけられたからそれでってこと?」
 ギネカがありそうなことを口にするが、すぐにネイヴが否定した。
「いや、それにしては、彼女の方から積極的に攻撃を食らわせている」
「あ、終わったな」
 ザーイエッツが口にする。
「まだ一人意識あるよ」
「尋問用に残したんだろ」
「尋問……?」
 ザーイエッツの読み通り、ダイナは残った一人の男に何か話しかけている。
 ヴァイスが舌打ちした。
「ここじゃ会話が聞こえん。もっと近づくぞ」
「うん!」
「あ、待って!」
「半数はここで待機。俺とムースとチェシャ猫が残る」
「了解」
 指示出しはザーイエッツが一番早くて的確だった。咄嗟にアリス、ヴァイス、ギネカ、ネイヴの四人が会話の聞こえる位置まで近づく。
「姉さん……!」
 不安がるアリスの耳にも、ダイナの声が聞こえる距離まで近づいた。
「もう一度聞くわ。私が知りたいのは“ハートの女王”の居場所よ。さぁ、そろそろ言う気になった?」
 そして自らの耳で聞いたものながら、まさに耳を疑うことになる。
 ――ダイナが、睡蓮教団のことを知っている? 一体何故……。
「ダイナはハートの女王とやらと、何か因縁があるのか?」
「ヴァイスは知らないのか? ハートの女王ってあの話のラスボスじゃないの?」
「知らんな。私が教団とやりあった頃は“赤の王”という男が首領……教祖だったはず」
 教団内部のことはいい。その辺りは後でシャトンやジェナーに聞けばわかるはず。
 問題は何故そのハートの女王をダイナが探しているかだ。
「あ、あの人」
「確かダイナの友人だとか言っていた……」
「セールツェさん」
 アリスたちとは別の方向からやってきた女が一人、ダイナに話しかける。
 美しい女だが、どこかエキセントリックな雰囲気の人物。ボーイッシュな短い髪によく似合う男装。確か前に会った時、彼女は一人称も少年のように「僕」と言っていた。
「彼らは何も知らないよ。僕が普段どこにいるのかも、僕らにとって大事な場所も」
「……レジーナ」
 そのレジーナ=セールツェがダイナを呼ぶ。

「久しぶりだね。――“赤の女王”よ」

 コードネームらしき言葉が零れ落ちて、アリスたちは思わず目を剥いた。