Pinky Promise 155

第7章 黄金の午後に還る日まで

26.歩兵は白の女王へ 155

 睡蓮教団の本拠地であるとある場所。その一室にて。
「で、どういうことだ? 女王陛下」
「ダイナは僕の旧友だ。この“赤の王国”の名付け親でもある」
 ダイナがアリスたちと白の王国と作戦会議をしている頃、ハートの女王ことレジーナもまた、部下たちに事情説明を求められていた。
「“赤の女王”は、そんなに強いのですか?」
「純粋に魔導の腕だけで言えば、彼女は僕より強いよ。ま、最後に勝つのは僕だけど」
 気負うでもなくただの事実だとハートの女王は説明し、ハートの王やニセウミガメなどはそれに頷く。
 グリフォンだけが一人、ダイナと彼女たちと一緒にいたアリスたちを警戒していた。
「その赤の女王と、あの白騎士が一緒にいたぜ」
「白騎士だと?」
 ハートの王たちが反応する。
「ヴァイス=ルイツァーリとダイナ=レーヌ。あの二人は、職場の同僚で隣人同士だ」
 赤騎士……ジグラード学院にはルルティス=ランシェットの名で潜入していたルーベル=リッターが告げた。
「赤騎士、何故それを今まで黙っていた」
「黙っているも何も、ダイナ=レーヌ教諭がそんなコードネーム持ちだなどと、今初めて知ったんだぞ?」
 これは赤騎士の本心だった。学院に潜入していたとはいえ、ダイナに関してはアリストの姉という以外では全くのノーマークだったのだ。
 かつて教団そのものと敵対した白騎士の方はともかく、ハートの女王とダイナに個人的な縁があるなど気づきようがない。
「……そうだったな。もっと早く知っていればこんな騒ぎを起こさずには済んだだろうに」
「悪かったね。僕の落ち度だ」
「ハートの女王陛下」
「さすがにダイナが今更正面切って敵対してくるとは……」
 思わなかった? 本当にそうだろうか。
 レジーナはどこかで、友人が自分を止めに来ることをちゃんとわかっていたような気がする。
「まぁ……この程度の妨害は予期されていたことです」
 今は責任を押し付け合っている場合ではない、とハートの王が女王に代わって話を進める。
「ハンプティ・ダンプティの正体がジグラード学院の生徒で、あの白騎士と面識がある時点で彼が動くだろうことは予想していました」
「敵が少し増えただけのこと」
「白騎士の背後には白の王国と呼ばれる組織もついている。奴らも動くと思うか?」
「動くだろうね。白騎士にダイナと、向こうの戦力は充分だ。ハンプティ・ダンプティや二人の怪盗もこの数年で世間を騒がせた。彼らが僕たちと決着をつけるなら、今しかないだろう」
 白騎士は一度教団を潰し損ねている。
 二度も取り逃がすような真似はすまい。
 これが最後の戦いだ――向こうにとっては。
 もちろん、教団側はここで終わるつもりはさらさらない。
 ハートの女王たちにとっても、目障りな邪魔者である白騎士とその協力者たちをここで潰せればそれが一番いい。
「彼らが狙って来るのはこの場所だろう」
「バレてるのか?」
「僕がダイナと接触した時点でバレたね」
「会いに行かない方が良かったのでは?」
「僕の居場所を吐くまで延々ダイナに叩きのめされる憐れな団員を増やせと?」
 現在の教祖であり赤の王の娘であるハートの女王が魔導士だということは広く知られているが、下っ端の団員たちには魂の欠片を持たない普通の人間も多い。普通の人間では本物の魔導士に太刀打ちできない。
 彼らを放っておくわけには行かなかった。それがハートの女王の主張だ。
 どちらにせよ騒ぎが大きくなればなるほど、疾しいところのある教団の方が不利になる。
「あの時ああすればなんて考えたって意味はないぞ。敵が来るなら迎え撃つだけだ」
「グリフォン……」
 宗教の性質上過去を憂える者の多い教団内には珍しく、グリフォンはただの仕事として教団内で戦闘を担当している。
 他の者のように、あれこれ後悔するのは嫌いだと彼は言う。
 グリフォンとは常に反目しているニセウミガメが顔を顰めた。
「奴らがこの場所にやって来るとして、どこを誰がどう守る?」
「とりあえず、ダイナの相手は僕だね」
「俺は普通の戦争はともかく魔導のことはわからん。任せた」
 赤の女王ダイナの相手は、ハートの女王レジーナが。
「では私は正面からやってくる者たちを」
「陽動と分かっていても、放置しては置けませんからね」
 ハートの王とニセウミガメは、部下を連れて侵入者の排除に対応する。
「奇襲の対応は? 迎撃か、守るポイントを決めるか」
「全体的に兵を散らすけれど、一カ所だけ完全に守る」
 ハートの女王はそう指示した。
「どこだ?」
「“時間”」
「ああ」
 この場所のほとんどは、本当にただの施設だ。見られて困る物のない場所は別にいい。
 けれど一カ所だけ、どんなことをしてでも守り抜かなければならない場所がある。
「向こうには帽子屋……“時間殺し”のマッドハッターがいるんだよ? これまで集めた人間たちの“時間”を奪われれば、また集めるのに何十年もかかるし、恐らく普通の人間の寿命じゃあ――生きているうちに我らの神の復活に立ち会うことは叶わなくなるだろうね」
「……!」
 ニセウミガメが息を呑む。
 彼女は恩師を生き返らせたくてここまでやってきたのだ。邪魔をすることは許さない。
「赤騎士と白兎、どっちが行く?」
「俺がやるよ」
「白兎か」
 これまで黙って話を聞いていた白兎こと、アルブス=ハーゼが立候補する。
「単純に魔導関係はルーベルより俺の方が詳しい。それにこれまで時間を集めてきた者としては、自分の成果をふいにされるのは気に食わないからね」
 白兎の脳裏に浮かぶのは、小さなアリスの姿だった。
 あの子どもは、絶対にやってくる。自らの盗まれた時間を取戻しにこの場所へ。
「赤騎士はどうする?」
「女王陛下の護衛でもしようか? どうせ向こうは最大戦力を叩きこんでくるだろう? 私一人ぐらい残った方が良くはないか?」
「俺の存在忘れてねーかお前」
「おっとそうだった」
 ハートの女王はダイナの相手。だが彼女も独りでやって来る訳ではないだろう。白騎士や白の王国の戦闘員を、ここぞとばかりに投入してくるはずだ。
 ハートの女王の両脇は、グリフォンと赤騎士で固めることになる。
「こんなものか。後は建物内の見張りを強化するように各部署に通達だね。いざと言う時は避難を優先するように」
「いいのか?」
「組織は結局人だからねぇ。仲間を何人も切り捨て殺してたら、結局誰も残らないじゃない? 父上のようにさ」
 かつての教団は赤の王の小さな王国だった。彼は教団の秘密を守ると言う名目で、裏切り者を次々に手にかけて行った。
「負ける気はないが、負けたら負けたで他の誰かが教団を再建するだろう。我らが神への信仰が途絶えぬ限り、教団が滅びることはないのさ。そのために死ぬなんて馬鹿らしいよ」
「……」
「と、言う訳で君たちも必ず生き残るように」
 ハートの女王は一見部下思いのような台詞を吐いた。
 だがそれは彼女に心酔していないグリフォンの耳には、とても薄っぺらく聞こえる。
 ――不穏の種はすでに撒かれている。
 教団などと言ったところで、結局はただの弱く愚かな人間の集まりには変わりない。
 それでも、戦いの日は待ってくれはしないのだ。

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