Pinky Promise 159

第7章 黄金の午後に還る日まで

27.ハートの女王の命令 159

 ジグラード学院には教員や生徒の寮があるため、夜間でも人は残っている。
 世界の中心と呼ばれる巨大な学院に通うために親元を離れて寮に入る生徒もいれば、教員もいる。
 だが、もちろん深夜ともなれば本校舎の方に人は少ない。
 その静まり返った学院に、物騒な訪問者がやってきた。
 黒い車が数台連なって、学院の方へと近づいて来る。
 ご丁寧に駐車場に停めるなどと言うことをせず、中から黒服の男たちが武器を片手に次々に降りて来た。
 そしてそのまま、校舎へと向かい歩き出す――。

 ◆◆◆◆◆

 郊外の玩具工場。
 潜入ルートの確保に苦心する他のチームとは違って、一つだけ陽動部隊の動きが確認され次第真っ直ぐに目的地へと向かうチームがあった。
「途中の敵は?」
「なぎ倒して行きましょう」
「ま、本命に出会うまでは暇だしな」
 “処刑人”エイス、“赤の女王”ダイナ、“白の騎士”ヴァイスの三人、ハートの女王襲撃班である。
 エイスは魔導を使えないただの人間には攻撃ができないらしく、途中の通路で出くわした教団員たちの排除はダイナとヴァイスの二人に任された。
 二人は襲撃に気づいて武器を持ち飛び出してきた教団員に驚くこともなく、平然と言葉通りなぎ倒していく。
「相変わらず強いな、ダイナ」
「ルイツァーリ先生こそ」
 実力者と言う名の変人が集うジグラード学院においても、この二人の戦闘力は突出している。
 それが黒い星――背徳神の魂の欠片のためだとはわかっていたが、それに関してお互いが何を思っていたのかを知ったのはつい最近のことだ。
 それでも今まで過ごした時間の積み重ねのためか、ダイナとヴァイスの息はぴったりだった。
 ダイナたちの動きもある意味陽動なのだろう。正面入り口のジャックたちとこちらと、教団の対応は二手に分けられた。
 こちらに人手を割いた分、ヴェルムとギネカやアリスたちへの注意は逸れるはず。
「尤も、敵が最初から待ち構えていなければだけどな」
 深夜の工場、暗い廊下を三人は息を切らすこともなく駆けていく、
 ダイナは先日の邂逅でハートの女王ことレジーナに魔導の目印をつけた。その反応を追っているので、目的地に迷うことがない。
 やがて彼らは、敷地最奥の一つの部屋へとたどり着く。
 玩具工場の中核である製造室のようだ。
 広い広い空間で、ハートの女王たちは侵入者を待ち構えていた。
「やっぱり来たね」
 グリフォンと赤騎士の二人を従えて、ハートの女王はダイナを見据える。
「ようこそ、赤の女王。こんな時間にこんなところまで、一体何の御用かな?」
「あなたを止めに来たわ、レジーナ」
 友人の目を真っ直ぐに見据えて立ち、ダイナははっきりと呼びかけた。
「もう、こんなことはやめましょう」
「そういう訳にも行かないよ、ダイナ。君から見たら酷いことだろうけれど、僕にだって譲れない理由はある」
「理由?」
 ヴァイスが顔を顰める。
「うちの生徒たちを長年苦しめ、殺したことにどんな免罪を乞うような理由があると」
「免罪は乞わないよ、白騎士。僕は赦されようなんて思っていない。理由は、ただの理由だよ。君たちに勘弁してもらおうなんて思っていないさ。ただ、僕たちが戦いをやめない理由だ」
 ヴァイスの糾弾にも、ハートの女王はただ薄く笑って繰り返すばかりだ。
 横で聞いていたエイスが、もはや交渉は不可能だと一歩前に進み出る。
「これ以上の話し合いは無用のようだな」
「そうだね。無能な破壊神様」
 ハートの女王の嘲りにエイスはぴくりと眉を揺らすが、それだけだった。
「貴様の理由に興味はあるが、それを聞き出し斟酌するのも、この戦いを終わらせてからのこと。――“ハートの女王”レジーナ=セールツェ、神の名において貴様を断罪する」
「だから君たち『処刑人(ディミオス)』は愚かだと言うのさ」
 “処刑人”のコードネームを持つ者らしいエイスの宣告にも、ハートの女王はやはり気だるげな態度を返すばかりだ。
「僕の首を刎ねることなんて、ちっともできないくせに」
 まるでこの戦いには、最初から何の意味もないとでも言うように。
「なんでもいいから早くやろうぜ」
 他者の理由になどまったく興味のないグリフォンがそう言って銃を抜いた。
 正義について議論したり罪について弁明する気などまるでない戦闘屋は、ただ敵と戦い勝つことだけが仕事だ。
「そうだな」
 赤騎士がそれに同意して剣を抜く。
 例え何があったとしても、睡蓮教団が退くことはないのだから。
 ダイナとレジーナ、二人の女王もまたそれぞれ魔導の構成を準備する。
 ヴァイスとエイスもそれぞれのやり方で戦いの準備に入った。
 そして父を殺してまで睡蓮教団の教祖と言う地位を得た女が、不思議の国の女王の名に相応しい言葉で開幕を宣言する。
「では、僕も“ハートの女王”の名において命じよう。
“首を刎ねておしまい!”」

 ◆◆◆◆◆

 数々の罠を潜り抜け時には踏み倒し、アリスたちはついに睡蓮教団本部内にて、人々から盗んだ時間を保管している地下シェルターへと辿り着いた。
 そこで待ち受けていた人物の顔を見て、アリスはぎくりとする。
「白兎……!」
「やぁ、我らが“アリス”」
 よりによって、最悪の相手の片割れだ。
 アリスにとって因縁の敵が彼らを待ち構えていた。