Pinky Promise 161

第7章 黄金の午後に還る日まで

27.ハートの女王の命令 161

 襲撃者たちが、次々に車から降りてくる。
 彼らは遠くからそれを見張っていた。
 口元に魔導の通信機を当てて話し合う。
「あー、こちら“小鹿”。そろそろよ。みんな、準備はいい?」
「“アヒル”、準備オッケー」
「“オウム”、大丈夫です」
「“仔ワシ”、ばっちしだぜ」
「こちら“ドードー”。みんなは絶対あのラインを踏み越えちゃ駄目だよ」
「「「はーい」」」
 良い子たちの良い返事を聞いて、二人は銃に弾を込めた。
「……来る」
 “バンダースナッチ”、フォリーの声で、彼らは戦闘を開始する。
 武器を校舎の窓硝子に向けた一人に対し、エラフィは別棟の屋上から、その足元に魔導ライフルを撃ちこんだ。
「?!」
 騒ぐ睡蓮教団員に拡声器で呼びかける。
『もう今日の授業はぜーんぶ終わってるわよ! あんたたち、こんな時間にうちの学校に何の用?!』
 ライフルをかついで、エラフィはこれでもかと怒鳴った。
 魔導の武器は普段は何の変哲もない紙切れ、いわゆる呪符の形をしている。魔力を通した時だけ具現化するので、持ち運びには大変便利な代物だ。
 そんな便利なものを持っていない黒服の男たちが別の武器を取りに戻ろうとしたところで、今度はレントの弾が彼らの車のトランクを撃ち抜いた。
 中に火器が入っていたのか、車は勢いよく爆発炎上する。
 そこへ更に、別の棟の屋上から子どもたちが次々に手に持った品を落とした。
 それは手製の魔導爆弾だ。
 爆弾と言っても本当に爆発するのではなく、地面や障害物にぶつかると炸裂して中に入った胡椒をまき散らす仕組みになっている。
 作ったのはギネカだが、それを持ちだしたのはフォリーの指示で行動するエラフィとレントだった。
 彼らは亡きテラスからの手紙により、今日この日に学院を黒服の男たちから守って欲しいと頼まれていたのだ。
 何をどうすればいいのかまで細かく指示してあり、後のことはフォリーに任せると。
 エラフィとレント、それにフォリーやカナール、ローロ、ネスルたち小等部の生徒は、そういう理由で今日だけはこの時間に学校に待機していたのだ。
 テラスは手紙で簡単に説明してくれた。自分たちよりもっと頼りになるはずのアリストやギネカたちがいないのは、彼らは別の場所で戦っているからだと。
「この場所は私たちが守るから」
「絶対にみんな、無事で帰って来いよ!」
 彼らが帰る場所を守るために、子どもたちは今武器を手に取る。
 しばらくすると、早々に通報が入ったのかパトカーのサイレンがやってきて、教団員たちは撤退した。
「奴らを追え! 一人も逃がすな!」
「ねぇ、あれって……」
 パトカーから降りて指示を出す刑事たちに目を留めてエラフィたちは驚く。
 それはヴェルムと旧知の仲であるシャフナー=イスプラクトル警部と、テラスの父コルウス=モンストルム警部。
 警察側から教団に対抗することを選んだ、“車掌”と“鴉”のコードネームを持つ二人だった。

 ◆◆◆◆◆

「襲撃失敗……?!」
 さしもの白兎も、その報告には驚かされた。
 無防備な学院を狙う。ハートの女王のその案に彼らも反対しなかった。
 潜入捜査とはいえ一時はあの学院に通った赤騎士さえも。
 けれど今、銃火器を持たせた部下たちから失敗の報告を受け取り、白兎は目を丸くする。
 その様子を横目にしながら、同じことをシャトンはフォリー側から聞いてアリスたちにも伝える。
「学院は大丈夫ですって。テラス君が手紙で、みんなで学院を守るよう指示したらしいの」
「みんなが……?!」
 アリスたちは驚きのままに顔を見合わせる。
 みんなと言えばみんな、エラフィやレント、カナールにローロにネスルということだろうか。
「あいつら……!」
 エラフィとレントは、誘拐事件でも活躍した魔導狙撃の技術がある。
 カナールたちは小さな子どもだが、下準備さえ完璧ならテラスやフォリーを信頼してその指示に従うだろう。そしてテラスは、死してなお盤上を支配する姿なき情報屋ジャバウォックなのだ。
 睡蓮教団の構成員とはいえ、下っ端の団員たちは普通の人間だ。相手の行動を読んで準備万端待ち構えていたエラフィやレントたちの迎撃を受けてはひとたまりもない。
 友人たちを危険に巻き込みたくはなかった。
 けれど、今、彼らが学院を守っていると聞いてこれ程心強いと思ったことはない。
「テラス君は信じていたのね。あなただけでなく、本当に全員を」
 そしてアリスは、もう一人の友人との約束を思い返す。

 ――アリスト……お前は、自分の時を取り戻して……。
 ――夢から醒めなければ、現実での救いは得られないから――……。

 アリスが自分の姿を取り戻すことは、もはや自分だけの願いではない。
 それを願ったヴェイツェと、帰ると誓ったダイナとの約束だ。
「シャトン! ザーイ!」
 アリスはここまで共にやってきた二人の名を呼んだ。
 二人もその呼び声に応え、同じ魔導を三人同時に展開した。
「何をするつもりだ」
 アリスたちはただ白兎から距離を取って、魔導防壁を張る。
 攻撃を仕掛けるでもなくいきなり堅固な防壁を築き上げたアリスたちの不審な行動に、いまだ動揺中の白兎は咄嗟に対処を計りかねている様子だった。
 これもまた誘いか。何かの罠か? 迂闊に攻撃を仕掛ければ何が返って来るかわからない。
 そしてアリスはもちろん、その問いにただ笑うだけで答えない。代わりに独りごちる。
「最初はとにかくこの術を完璧に覚えろって言ってた。ヴァイスの教えは正しかったな」
 三人がかりの盾で完全に全身を包み込み、襲い来る衝撃に備える。
 あとは、勝利へと繋がるスイッチを押すだけだ。
「これは……?!」
 白兎の驚きの声と共に、次の瞬間、遠くで小さな爆発が起き地下シェルターに大量の水が流れ込んだ。

 ◆◆◆◆◆

 どこか遠くで小さな爆発音がした。続いて激しい衝撃が建物全体に響いた。
 轟音。そして地震ともまた違う小刻みな振動が足下から伝わってくる。
「なんだ?」
 訝るハートの女王たちに対し、ヴァイスたちや白の王国は冷静だった。
「アリスたちがやったな」
「当然だ」
 彼らがずっと待っていたのはこの時だ。
「まさか――」
 建物の地下から放出され、盗まれた時間が星のように飛び散った。
「アリスト!」
 地下に眩い光が広がった。