第7章 黄金の午後に還る日まで
28.物語の終わりに 167
アリストとギネカは睡蓮教団の残党やそれを逮捕する警察に見つからないように、慎重に帝都へと戻る。
「それにしても、ギネカがバイクを運転できるとは……」
帰り道は念のため山の麓に隠しておいたバイクに二人乗りだ。運転をしているのはギネカで、アリストは後ろに乗せてもらっていた。
「あら? 言ってなかったっけ? これでもジャックの相棒だったんだもの。脚の確保は重要よ」
道の別れた幼馴染に対し一瞬覗かせた切なさを、ギネカはすぐに笑顔で覆い隠す。
「俺も免許取ろうかな」
帝都の中心部に住んでいるので、交通で不便な思いをした覚えはない。だがこの数か月、様々な事件に巻き込まれて都のあちらこちらを行き来したことを考えると、何かしらの移動手段を持っておいても無駄ではないだろう。
「一人だと当分暇だろうし」
「……そうね」
その後は、二人共無言で、ただ家路を辿る。
「おかえり、アリス……いいえ、アリストお兄さん」
「ただいま、フォリー」
帝都でアリストたちを出迎えたのは、小さなフォリー一人だった。
ダイナもヴァイスもヴェルムやジャックたちも、みんな影の国に行ってしまった。
睡蓮教団関係の後始末は、これからこの三人と、イスプラクトル警部のような他の知り合いたちとでしていくことになる。
フォリーはテラスの遺産とも言える情報を伝えてアリストたちを手助けしてくれるのだが、あまり無理をさせる訳には行かない。
ジャバウォックであるテラスがそうだったように、いくら大人顔負けの知識があったとしても彼らの肉体は通常の子どもだ。無茶はできない。無理はさせられない。
フォリーは背徳神の魂の欠片を多く有している。
だからこそ睡蓮教団に目をつけられないよう、テラスは自分が生きている間はずっと、彼女が目立たぬよう背後に隠していた。
彼が死にフォリーはその遺志を継ぎ、アリストたちは二人の助力を得て睡蓮教団と対決した。
彼らのように魂の欠片を持つ者たちが安心して暮らせるようになるためにも、教団の脅威は完全に取り除かねばならない。
「やることはいっぱいあるわね」
「ああ。ま、姉さんたちが帰ってくるまでには終わるだろう」
今度のことで睡蓮教団は心の拠り所を失い、信者は離散して階級が上の方の者たちは警察に捕まるしかなくなった。
教団がこれまで犯した罪のそれぞれが明らかになれば、もう誰も睡蓮教団を信じなくなるだろう……。
本当に?
黒い流れ星の神話と睡蓮教、どちらの方が古かっただろうか。
人の欲望に終わりはない。
「それでも」
今この瞬間、大事な人たちが戻ってくる世界を平和にするためだけにでも、アリストはこの世界で戦い続けて行かねばならない。
◆◆◆◆◆
後始末の前に、アリストは少しだけ学院の友人たちの前に顔を見せることにした。
「エラフィ、レント」
「……アリスト?!」
「いつ帰ってきたんだよ?!」
「今だよ、今」
「「……お帰り!」」
アリストは飛びついてきた友人二人を受け止める。
「って言うか、アリスト~~」
「わかってるよ、レント。泣くな、泣くな」
アリストの顔を見るなりいきなり涙ぐみはじめたレントを慰める。
「お前がいない間、本当に色々なことがあったんだよ……」
「うん、そうなんだってな」
アリスであった時には受け止めることのできなかった友人の不安を、電話やメールではなく、直接聞くことがようやくできた。
ヴェイツェのこと、テラスのこと。
そして表立っては言えないが、フートのこと。
アリストとギネカはこうして無事に帰って来たが、フートの振りをしていたザーイエッツとムースの二人は、影の国での戦いが終わるまで当分この世界には戻ってこない。
チェシャ猫ことシャトンもだ。
ヴァイスとダイナも当分休職と言う形になる。
彼らがいつ戻って来るかは、まったくわからない。
詳しい事情を知らされていないレントたちにとってはテラスとヴェイツェの事件だけでも堪えたと言うのに、知人や友人が幾人も一度に消えてさぞかし混乱していることだろう。
それでも学院を教団の手から守ってくれたのは彼らだと言う。
本当のことは何も言えなかった。自分たちの戦いに巻き込みたくないと。
けれど友人たちは、一番大事な時に自ら武器を手に取ることを選び、自分たちの居場所や大切な人たちを守ってくれた。
「いつか、全部話すよ」
「……!」
心から信頼できる人になら、きっと伝えられるはずだ。
レントとエラフィが驚いた顔になる。アリストがそんなことを言うとは思っていなかったという顔でもあり、アリストがこれらの出来事の詳細について何を知っているのかと訝る様子でもある。
けれど二人は、その件で今すぐアリストを問い詰めるようなことはしなかった。
「ああ、待ってるよ」
また一つ、彼らは約束を交わす。
◆◆◆◆◆
高等部に寄ったその足で、アリストは小等部の子どもたちの前にも顔を出すことになった。仲介役にギネカとフォリーの二人も一緒だ。
話をするのはいつかの学院内でほんのささやかな事件が起きた時に使われた中庭で、今の季節は薔薇ももう終わりかけだった。
これまで同じ目線で話をしていた子どもたちが、十七歳の姿に戻って見ると随分と小さく幼い。
そんな当然のことに新鮮な感動と寂しさを覚える。アリストの事情を知っていたギネカたちからは、自分もこんな風に見えていたのだろうか。
一応は初めましてを装うようにし、けれどカナールの一言に凍りついた。
「……アリスちゃん?」
小さな唇から零れる声が不安気に揺れている。
「アリストお兄さんはアリスちゃんでしょ? ……シャトンちゃんはどうしたの?」
子どもの目は、時に大人よりも真実を見抜くのだ。