薔薇の皇帝 03

017*

 そもそもルルティス=ランシェット。彼の経歴は特殊だった。
 ――皇帝陛下、あなたを見つめるために、御前に参上いたしました。
 一月前のフィルメリアの事件に便乗して、ちゃっかりと皇帝領に滞在する約束を取り付けたルルティス。彼は簡単プロフィールとして、まず自分は「天涯孤独」なのだと説明していた。
 ――帰る場所はありません。待っていてくれる人も。
 私は人に好かれる性質ではありませんからね、当然のようにそう口にした少年。
 十五歳ですでに学院を卒業し、《チェスアトールの奇才》とも呼ばれる天才学者である彼の実力は確かだ。ルルティスが積極的に自分を売り込むつもりならどこぞの王宮にさえ雇ってもらえるだろう。けれどルルティスに関して、その類の野心はなかったようだ。彼にあるのはただ一つ、ロゼウスに関する伝記を記す野望。
 ――ご存じでしょうか? 皇帝陛下。
 ――何だ?
 ――あなたの治世はこれで四千年以上、だけどこの世界に、他の皇帝のことを書き記した書物は数あれど、あなたのことを綴った歴史書というものはまだ存在しないのです。
 薔薇の皇帝ロゼウス。それは最も長い期間世界を統治した支配者でありながら、この世で最も恐れられている存在でもある。 
 その過去に触れる事は、禁忌。
 ――私は、その先駆者となる栄誉にあやかりたい。あなたが生きているうちから、あなたという人物を書き記す。
 そしてルルティス=ランシェットはその禁忌に触れようとした。
 ――生きているうち、か。それはまた光栄な表現だ。
 ――生き物はいつか必ず死にますよ。それはあなただって例外ではありません。すでにあなたが気が狂うほど永い時を生きてきたって。
 ――……お前が書くという、その書物の題は、何とする?

 ――そうですね……

《薔薇皇帝記》 でどうでしょう?

 物怖じという言葉を知らないような、見方によってはあまりにもふてぶてしい態度の少年だった。今思えば初対面で皇帝の顔をふんづけたくらいで(いやそれは相当なことだが)卒倒したのが不思議なほどだ。
 けれどその行動力と激しい熱意は、永い永い時の停滞に倦む皇帝領に一陣の新しい風をもたらした。だから。
 ――ルルティス……。
 ――ま、マンフレート君!? どうして君がここに!?
 少しだけ、ほんの少しだけロゼウスは知りたかった。彼の目に映る自分。彼の言葉で描かれる自分を。名実ともにこの世の支配者となって四千余年、ロゼウスを止められる人間などこの世にはいない。
 それでも主観だけで行動する存在はろくなものではないから。これまでの他の誰とも違う視点でロゼウスを見たのだろうルルティスに、小さな期待をかけていた。分厚い硝子の向こうの、あの珍しくも懐かしい朱金の瞳に。
 けれどルルティスには、ちゃんと彼を迎えに来てくれる人間がいた。
 ――この……っ、連絡の一つくらい寄越せよ! この馬鹿!
 気が強いように振る舞いながら、泣きそうな顔で叫んだあの少年は恐らくルルティスのことを大事に思っているのだろう。天涯孤独と名乗ったルルティスの経歴に嘘はなく確かに彼は家族に縁のない孤児だったが、ああして危険を承知でこの皇帝領に迎えに来てくれる人がいるならば、それは立派な家族と言っていいのだろう。
 帰る家があるなら、帰るべきだろう。
 皇帝はルルティスを見送った。彼を引き留めなかった。
 ……別に引き留めんでもその気になれば周囲をまた押し切って皇帝領にリターンしてきそうだと思ったのは事実であるが。
 それを差し引いても、あれが今生の別れとなっても、引き留めることはなかったと思う。
 迎えてくれる家族のある人を、《頸木》に巻き込むわけにはいかないから。

 ――呪われよ薔薇の王子、忌まわしき食人鬼め。
 ――永遠に赦しはしない。

 わかっているよ、クルス。
 ロゼウス=ローゼンティアは人を不幸にする。
 そのくらいはすでに、わかっている……。

 ――とにかく、こんなところにお前をいさせるわけにはいかない。俺と一緒にチェスアトールに帰るぞ!
 ――え、ちょ、待ってよマンフレート君、僕まだここで……。
 ルルティスを迎えにきたマンフレートの姿に感じたものは感謝と安堵。それは嘘ではない。
 ただ少し、寂しさが残るだけで。

 ◆◆◆◆◆

 ルルティスがかつての教え子に連れられて強制送還されたため、皇帝領は急に火が消えたように寂しくなった。
「皇帝陛下。今夜の警護は拙めが」
 とはいえ、今はフェルザードも戻ってきたし、新入りという意味でなら騎士志願のゼイルもいる。皇帝周辺の騒がしさは格段に減ったようだが、それでも周囲に人がいないわけではない。
「いや、いいよ。ゼイル。今はフェルザードがいる。エヴェルシード最強の王子に敵う人間はこの世にはいないから」
 夜間は室内での不眠番を務めると言ったゼイルを断り、ロゼウスは久々に愛人と顔を合わせた。フェルザードとはかれこれ二ヶ月近く会っていなかった。十年もの付き合いになるので慣れっこは慣れっこなのだが、フェルザードとしては彼以外にも愛人を複数抱える(弟とかローラとか)ロゼウスと長期間離れているのは苦痛なようで、まず皇帝領に戻ってくると何をするよりも真っ先にロゼウスの顔を見にくる。
「ああ、陛下! お会いしたかった!」
 本日も図書室に用事があったにも関わらず皇帝への帰還報告だけは欠かさなかった彼である。夜になって公然と二人きりでいられる時間を確保すると、遠慮もなくロゼウスを腕の中に抱き締めた。
「フェザー……」
 自分よりも相当年下だが、体格では勝る相手にロゼウスは困ったような声をあげる。
 少年と言うよりも少女に見られることの多い外見であるロゼウスは、その印象通りに華奢だ。身長も低すぎるということはないが帝国において決して高い方ではなく、十分に成長した少年の腕の中にすっぽりと抱きすくめられてしまう。
 皇帝として玉座に座っている際はそれでも帝としての迫力が彼を大きく見せていたが、一歩謁見の間を出て気を緩めればそこにいるのは普通よりも細身で折れそうに儚げな印象の少女じみた少年。
 フェルザードにとってロゼウスは自分よりも先を行く偉大な存在であり、そして永久に腕の中に閉じ込めておきたいような存在でもある。
 それは叶わない夢だと知っているけれど。
「陛下……」
 華奢な背に回した腕の力を緩める。それは拘束を解く目的というよりも、他の目的を優先したために解かれた腕。フェルザードの指はロゼウスの顎をとらえ軽く上向かせる。唇を重ねた。
「ん……」
 滑り込んだ舌と舌を深く絡ませ、ロゼウスが恍惚とした表情を浮かべる。陶磁器人形のような美貌が今は仄かに紅く染まり、情欲に濡れる。
 長い間お互いの口腔を貪り、溢れた唾液が口の端を伝う頃になってようやくフェルザードは唇を離す。
 ロゼウスの手を引き、寝台へと連れ込んだ。優しくさりげなくしかも着々と相手と自分の夜着を脱がしていく。
 仰向けになったロゼウスの両手首を捕らえ、上から見下ろしながら睦言を囁く。
「お会いできない間、陛下のことばかり考えておりました」
「そこは大人しく仕事しておけよ……」
「酷いです。そんな意地悪を言われると、こうですよ?」
 くす、と穏やかに微笑んだフェルザードが次の瞬間、ロゼウスの耳に噛みついていた。もちろん力は入れず、耳たぶを唇で食みその輪郭を舌でなぞる。人間とは違い先端の尖った吸血鬼の耳だが、基本的な機能は人と同じだ。ぴちゃぴちゃと中で響かせるように、音をたてて舐める。
「ん……ちょ……っ!」
 しかしロゼウスは一瞬息を荒げたものの、僅かに顔をしかめたくらいでそれほど激しい反応を見せてはくれなかった。四千年も生きていて男も女も人外も知り尽くしている彼にそんな初心な生娘のような反応を期待しても無駄である。
 そのことを知っているフェルザードにしても、これは遊びだ。ロゼウス自体は犬に噛まれた程度だと思っている行為から、だんだんと抜け出せない深みに彼を落としこんでいくための準備段階。
 もっともっと深く、フェルザード=エヴェルシードを求めずにはいられなくなるように。
 駆け引きは必要だ。人生経験で勝てないからと言って、生来の性格を軽視してもらっては困る。
 もっとも、フェルザードとて人生においてロゼウスと出会わなければここまでにはならなかっただろうが。
「ああ、失礼しました」
 真上から微笑みかける。
 この《顔》の持つ意味を十二分に承知した上で。
 十年も一緒にいて大分慣れただろうに、それでもロゼウスが一瞬怯む。掴んだ腕を離してやらないまま、今度は首筋に甘く噛みついた。
「陛下が弱いのは、こちらでしたよね?」
「あっ、ん……んん!」
 細い首に舌を這わせると、ロゼウスは自由にならない身体をもぞもぞと動かそうとする。たまらず動かした脚の間にフェルザードは自分の膝をぐっと滑り込ませ、下半身の抵抗を封じた。
「はぁ……! あぁ、や……ッ」
 顔を埋めた白銀の髪から香る、淡い薔薇の香り。それが、汗でしっとりと濡れていく。
 帝国成立以前より古い伝承においては人間の首筋を噛んで血を吸うと言われている吸血鬼は、己の首を攻められると弱いのか。力を込めれば折れそうに細い首に、フェルザードは次々と紅い花を咲かせていく。
 気の済むまで所有印にならない所有印を付けた後、軽く涙を浮かべてこちらを見上げているロゼウスの顔を見ているだけで下半身に熱が集まる。
 けれど自分の方の余裕の無さはおくびにも出さず、あくまでも腕の中に捕らえた人の情欲を煽った。
 股間に押し付けた膝を、更に進める。腕を抑えられたままのロゼウスが、びくりと大きく身体を震わせた。
「あ……フェザー……」
 熱と欲に濡れた声が間違いなく自分の名前を呼ぶのを聞きながら、フェルザードは再びやわらかく微笑んだ。
「ここ、こんなになってますよ。ほら」
「あっ……やぁ!」
 膝に接するものが熱を持っているのを無視し、わざと白い胸の中、存在を主張するようにぷっくりと膨らんだ紅い飾りを舌でねぶった。
「ヒァ、ぁ、アア……」
 上ずって掠れる小さな悲鳴を聞きながら、フェルザードはようやくロゼウスの手首を戒めていた己の手を外す。自由になったロゼウスの腕は紅い指の跡がくっきりと残っていた。その手が白い敷布をきつく掴んで、乳首を執拗に弄られる感覚に耐える。
「も、やぁ……」
「いや? でも」
 顔をあげたフェルザードが、涙を浮かべるロゼウスの顔を見つめながらその下腹部を人差し指でツツ…、となぞった。この場面では意地悪にしかならない優しさで、熱を持って昂ったそれに指を這わせる。
「あ、あぁ!」
「ここはそうは言ってませんよね。ああ、こんなにとろとろ蜜をたらして……。ふふ、そんなに気持ち良かったんですか?」
 人差し指の、それも爪の先で自身をなぞられる焦れったい感覚にロゼウスは気が狂いそうになる。けれどフェルザードはそんなロゼウスに気付いていながら肝心な刺激を与えてはくれない。
「や、やめ……」
「やめて? 陛下にそう仰られたら、臣はその通りにせざるを得ませんね」
「あぁ! だ、ダメ……その……もっと、……して……」
 恥じらうように語尾が消え入る。
「ああ、フェザー……」
 とろとろと先走りを零す先端を爪でちくちくと責めていたフェルザードは、名を呼ばれて身体を起こした。
 彼の愛する皇帝は今、まさに虜の状態だった。細い手は敷布をきつく握りしめて快感に耐え、脚を広げて彼が次に与えるものを待っている。抵抗する様子もなければフェルザードを責める様子もなく、躾けられた奴隷のように無防備に横たわっている。あれをしろこれをしろと指図するわけでもなく、ただ従順に。
 ロゼウスがもともと攻められる方が好きというマゾヒストだというのは誰の情報だったか。これで一応女も抱くし弟のジャスパー相手には抱く方であるはずだが、今フェルザードの前で瞳を潤ませて横たわっている姿からは知らぬ者は想像できないだろう。
 ちなみに女相手のことはともかく、何故フェルザードがジャスパー相手のロゼウスの立場まで知っているのか? それはロゼウスが一度、フェルザードを加えて三人で……と持ちかけたからだ。
 ロゼウスとジャスパーの間にはフェルザードも詳しくは聞かされていない因縁があるらしく、いつもは愛想の欠片もない鉄面皮の選定者があの時は半恐慌状態だった。あの時初めて、フェルザードはロゼウスが嫌がる相手を殴りつけてでも犯す男だと知った。
 恐らく普通の兄弟関係ではないのだろう。フェルザード自身は、自分の弟相手にあんなことをしようとは思わない。というより、そんな場面に出くわしたら相手が誰であろうと殺す。それが皇帝であっても間違いなく殴る。
 それはともかく、今のロゼウスは平素の状態が嘘のように従順だ。
 フェルザードの一挙一動に翻弄されながら、瞳にどこか期待の光を浮かべ上ずった吐息を漏らす姿がたまらなくいやらしい。
 少女めいた風貌に似合わない、そそり立つそれをぎゅっと掴んだ。
「あ!」
 待ち望んだ刺激に、ロゼウスが高い声を上げる。とろとろと半透明の先走りを零すそれをしごきながら、フェルザードは己の中で残酷な獣が目を覚ますのを感じる。
 人は誰しも、その内側に魔物を孕んでいるものだと思う。今目の前に食いちぎられるのを待つ無力な兎のように転がっているひとが、相手によっては酷く乱暴で傲慢な態度をとるように。
 けれどそれは、フェルザードにとって何ら失望には繋がらない。むしろ儚げな風情と高慢な君主としての印象の落差に、ぞくりとした色香を感じる。
 彼がむしろ許せないのは、もっと別のことだ。
「あぁ……は、ぁ……うぅ、」
「陛下……」
 はちきれんばかりになったそこから指を離し、先走りに濡れたそれを別の場所へと持っていく。
「あっ」
 ずぷ、とはじめは多少強引に後ろに指を捻じ込むと、ロゼウスの喉から今までとは違う声が漏れた。中をほぐすために、フェルザードは更に深く指を沈める。
「あ……ん、ぅ……」
 この二カ月、後ろはしばらく使っていないのか、内壁がきつく指を締め付ける。そのたびにロゼウス自身フェルザードの指の熱さを感じるようで、薄い胸をびくびくと跳ねさせた。
「はぁ……、ん、ぁあ、あ……!」
 中を行き来する指は、次第にその動きを速めていく。二本に増え、三本に増え、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて穴を広げた。
「あ……も、もう……」
 たまらないと言った様子で、ロゼウスが首を振る。さらさらと敷布に零れた髪が、微かな明かりを反射してきらきらと輝いた。白い肌には汗が浮かんでいる。
「ちょっと意味が違いますけど、相変わらずの名器ですね……熱くて、きつくて……」
 フェルザード自身ももう限界だ。早くこの熱を解放してしまいたい。
 ぐちゅ、と音を立てながら指を引き抜く。栓を失ってとろりと液を零す場所のその様子は、酷く淫らだ。
 それまでロゼウスの中をかきまわしていた、自らの濡れた指を舐める。使ったのはロゼウス自身の先走りだ。それを口に含むことに躊躇いはない。
「指だけではもう物足りないでしょう? ここ、私のものが欲しいって、ひくひくしてますよ」
「お、お願い……も、もう……挿れて」
 涙を浮かべた瞳に懇願され、フェルザードは心が動く。
 口元に緩やかな、それでいて皮肉な笑みを浮かべた。
 自制しなければふらふらと言われるがままにしてしまいそうな熱を抑え込み、ロゼウスの顔の両脇に手をついて視界を覆い、凄絶な囁きを聞かせる。
「だったら、私の名前を呼んでください。陛下、間違えずに」
 顔を覗き込みながら言うと、ロゼウスの喉がひくりと震え、言葉に詰まった。
「私のものが欲しいと。これで中を突いて、掻きまわして、ぐちゃぐちゃに、気が狂うまで犯してほしいって……そう、はしたなくおねだりしてください。私の名を呼びながら」
 ここ十年、ほぼ毎回これをやっている二人である。その理由は、初めて身体を重ねた時にまで遡る。
 フェルザードと正面から抱きあって身体を繋げながら、ロゼウスはある名前を呼んだ。それがフェルザードの名ならともかく、まったく別の男の名前だったことが問題だ。
 迫ったのはフェルザードの方だとは言え、合意の上で身体を重ねたはずなのに寝台の上で別の男の名を呼ばれるほど屈辱なことはない。見目麗しく才能に溢れ、人に拒まれた覚えなどないフェルザードからしてみれば尚更それは矜持を打ち砕いた。
 ちなみにロゼウス、四千年前も寝台の中で相手とは別の男の名を呼んで頬を張られたことがある。四千年経っても学習しない男だ。
 そんな経緯があって、フェルザードはほぼ問答無用でロゼウスの過去について聞くことになったのである。そして知ったのだ。
 かつてロゼウスが愛したという、フェルザードに瓜二つの顔をした男のことを。
 エヴェルシード人らしいフェルザードの蒼い髪と橙色の瞳。その色彩をほんの少し違えただけの男。その男が今もロゼウスの心を縛り付けてやまない。
 けれど今、彼を抱いているのは自分だ。
 この、フェルザード=エヴェルシードだ。
 《シェリダン》ではなく。
「あ……ああ、フェザー……フェルザード」
 弱弱しく儚い声で、ロゼウスがフェルザードの名を呼ぶ。
 一瞬、フェルザードはこれまでとは違う笑みを浮かべた。どこか胸の痛みを堪えるような。
 どんな淫らな痴態よりも、彼が自分の名を呼ぶこの声にこそ、胸が疼く。ぞくりと、早くも背筋を快感が駆け抜ける。
 その裏側にある意味は今は考えないまま、ただロゼウスの「おねだり」と嬌声にだけ耳を傾けた。
「お願い……フェザー、挿れて。お前のが……欲しい。それで、俺を好きにして。中、えぐって」
 フェルザードはかつての「誰か」とは違い、ロゼウスが寝台の上で別の男の名を呼んだからと言って殴るようなことはしない。その代わりにこうしていつも、本番の前には名前を呼ばせて相手を確認させる。正しく自分を呼ばなければ、望むものは与えない。焦らしに焦らして、それで終わらせるようなこともある。
 呼んでもらえないなら、覚えてもらうまで徹底的に仕込むだけだ
 フェルザードを見上げ、その背中に腕を回しながらロゼウスがそうねだった。
「……ええ、陛下」
 すでに硬く立ち上がったものを、ぐ、と入口に押し込む。
「お望みどおりに……私の皇帝陛下」
 言って、フェルザードはロゼウスの足を折り曲げさせて肩の上に乗せると、己のものを先程ほぐした穴に容赦なく沈めた。ずぷずぷと肉壁を犯していく。
「はぁ……!」
 挿入の感覚に、ロゼウスが熱い息を吐く。紅潮した頬。紅い瞳は恍惚とした色を浮かべている。
「動きますよ」
 根元まで沈めた己のものを確認すると、一言だけ簡単に宣言して動きだした。
「ああ、あ、あ――!」
 がくがくと揺さぶられて、ロゼウスはフェルザードの背中に爪を立てた。快感を貪欲にむさぼろうと、自然と腰が揺れる。
「お、ねが……もっと、乱暴にして、壊れるくらい……ん――」
 朦朧と訴える台詞の最後の方は、フェルザードの口付けに奪われた。苦しい息を逃がせないまま、深く中をえぐられ、突きあげられる。
「ん、ふぅ……」
「陛下……!」
 唇を離したフェルザードが、熱のこもった声で呟く。
 極まった熱が、白く濁って弾けた。

 ◆◆◆◆◆

 あの燃えるような朱金の瞳を見たときに、胸を占めたのは何だったのだろう。
 皇帝領にやってきた学者の噂は、エヴェルシードでも聞き及んでいた。けれどチェスアトールの奇才と呼ばれるその相手が、まさかあんな子どもだとは思っていなかった。
 それにあの顔、あの瞳。
 事後の気だるさを味わいながら、フェルザードは寝台に横たわったまま腕の中のロゼウスに話しかける。
「ところで陛下、ランシェットは《頸木》に引き込むんですか?」
 問いかけると、こちらの胸に顔を寄せていたロゼウスが身じろぎして視線をあげた。意表を衝かれたという顔をしている。
「頸木も何も……ルルティスは帰っただろう。教え子に連れられて」
 フェルザードなど会って数時間後にはお別れだった。マンフレートは皇帝領から強引にルルティスを引きずっていった。
「彼は帰ってくると思いますよ。他人の言いなりになるような可愛らしい性格の方に、陛下が毎日逃げ回る羽目になるとは思いませんが? あのメイフェール侯爵のように」
 メイフェール侯爵ジュスティーヌもまた、ロゼウスの熱烈なファンもといストーカーだ。どうもロゼウスの周りには一筋縄でいかないような連中ばかりが集まる。
「それは……でも」
「戻ってくるでしょうね、彼は。……ねぇ、陛下。あの子の瞳、朱金でしたね」
「……!」
「私の弟と……ゼファードと同じです。そして」
 あの燃えるような朱金の瞳を見たときに、胸を占めたこの想いは何だったのだろう。
「貴方が愛したシェリダン=エヴェルシードと」
 ロゼウスは本当は、フェルザードではなく弟のゼファードを愛人にしたかったのだ。彼が彼らの父親であるエヴェルシード王に打診したのはそういうことだった。
 けれど十年前、当時七歳のゼファードはロゼウスの元に侍るのを嫌がった。どちらからも詳しい話を聞いたことはないが、どうやらロゼウスが何かをして、ゼファードを怒らせたらしい。
 そしてフェルザードはむしろ積極的に、ロゼウスの元へ行きたいと願った。
 フェルザードはシェリダン=エヴェルシードというその人物に生き写しなのだという。ゼファードは造作自体はそれほど似ていないが、髪と瞳がそっくりだと。
 それを聞いた時、初めて弟に嫉妬した。フェルザードの持っていないものを持っているゼファードに。
 初めて寝台に呼ばれて、そこで自分のものではない名前を呼ばれた。あの時の感情を何と呼べばいいのだろう。
 この胸をかき乱すのは、いつもあなただ。
「ランシェットの瞳はあの方と同じ……それに顔立ちも、少し似ていましたね。組みこむのでしょう、頸木に」
「フェザー」
「いいんじゃないですか? あの子だって、陛下のお傍にいたいからここまでやってきたのでしょう?」
「ルルティスは、そんなんじゃないよ。あれはただの、好奇心旺盛な学者で……」
 《頸木》とは、エチエンヌやローラたちのような、ロゼウスの周囲で彼の命絶える前で半不老不死として仕えるノスフェラトゥたちのことを言う。
 世界と、時代と交わらず、ただロゼウスのためだけに存在する生きた死者。
 その境界は曖昧で、ロゼウスとローラの娘であるアルジャンティアは血縁でありながら頸木には属さない。一方赤の他人のフェルザードは、仮契約という形だがロゼウスの傍にいることを許されている。
「欲しくはないのですか? 彼が」
「フェルザード」
 子どもを嗜めるような声で名を呼ばれても止めずに、フェルザードは言う。
「欲しかったのでしょう、あの瞳が」
 ルルティスの、ゼファードと、そしてシェリダンと同じ朱金の瞳が。
「あの子ならわざわざ瞳を抉らなくても、そのまま飾っておけるのだから――」
「フェザー!」
 ロゼウスが声を荒げた。
「……失礼、口が過ぎました」
「いや……」
 口を滑らしたフェルザードより、むしろロゼウスの方が罰の悪そうな顔をして黙りこんでしまう。
 懐かしい朱金の瞳。彼そのものの瞳。
 その瞳を、抉ってしまおうと考えたことがないわけではない。今ではなく、ルルティス相手にではなく、十年前の――そう、フェルザードとゼファード兄弟と出会った時に。
 フェルザードの顔立ちはあまりにもシェリダンに似ていた。ゼファードの髪と瞳は彼そのものだった。
 あの頃、ロゼウスは考えてはいけないことを考えた。
 だから今になっても、フェルザードはこんな風に意趣返しをせざるを得ない。何より彼自身、あの《凍土で燃える劫火の瞳》の出現に戸惑っているのだ。
「陛下」
 フェルザードとシェリダンを分けるのに、決定的な区切りが一つだけある。髪や瞳の色よりも、性格の違いよりも、尚決定的なものが。
 フェルザードにとって、ロゼウスは「陛下」だ。この世界の皇帝だ。いつまでも。これからも。
「お慕いしております」
「……ああ」
 それ以上の会話を封じ込めるように、ロゼウスはフェルザードの唇に口づけた。