薔薇の皇帝 07

032

 学院。
 薔薇皇帝ロゼウスは、数百年程前、市井の人々の教育のための機関を設立することを計画した。
 帝国では貴族の立場が強い。限られた私塾を除けば、学問とは基本的に貴族のためのものだった。領地の管理をする貴族は読み書き計算その他一通りできなければ話にならない。外交をするなら他国の地理や特産に通じている必要があるし、植物の生育に通じていなければ領地で良い作物を育てることもできない。
 しかし彼らが彼らに必要なことを学んでいるだけの状態では、帝国全体の様々な技術は発展しない。
医学を学ぶ貴族はほとんどいないが医者を育てることは重要で、薬草学や、医療品を作る技術なども学ぶ者がいたほうがいいに決まっている。種別を問わない様々な機械工学に通じるものは産業を豊かにするし、自然現象や災害の仕組みを解明すれば人々の安全な暮らしを保つことができる。
 王侯貴族が政治の実権を握るのが通常の帝国では職業は世襲制が基本だ。ただし家の仕事を継ぐ男が一人いれば他の男子は実家の家業に不要となる場合もあり、そういった者たちはまた自分たちで別の商売を始めるか何かして生計を立てる。しかし新しいことを始めると言っても様々な知識が必要で、それがない者は大抵下働きで一生を終える。帝国の生活には安定があるが、発展がない。
 技術の発展や知識の獲得が良いことばかりとは限らないが、少なくとも新しい知識や技術が増えれば、新たな産業が生まれ暮らしが潤っていく。そのために皇帝は、世界各国に学問所を設立することを決定した。
 決定したはいいものの、三十三代皇帝ロゼウスは「人にものを教える」ということに大変向いていない性格である。自分がなんでもできてしまう苦労知らずの天才型は、人にものを教えるのには向かない。その彼が「教育」という分野に一から十まで携わることはほぼ不可能であると言っていい。
 なのでロゼウスは、その問題を意欲ある者に投げた。
 世界各国で私塾を経営するなど教育に熱意のあった人材を集め、彼らに国単位の教育を可能とするような大学問所設立の権限を与えた。ロゼウスはそういった「人材集め」に優れていたので、任命された人々は皇帝の要請に見事応え、期待にたがわぬ立派な「学院」を設立し、帝国の教育の基礎を築きあげた。
 ……さて、ここまでが真面目な歴史書に書かれている史実の要旨である。
 そして歴史とは、大概後世の人々によって美しく整えられたり、大袈裟に脚色されたり、あるいはめためたにこき下ろされたりするものである。
 帝国を四千年治める《偉大な皇帝》ロゼウス、彼の治世の間、そしてその後もその例に漏れない。言いまわしがややこしくなったが、つまりはロゼウスの治世にも真実を知る者にとっては多くの「誤解だそれは!」と言いたくなるような脚色や美化がなされているのである。
「はい、ここまでが学院設立の歴史です。何かおかしいところはありましたか?」
 歴史学者ルルティス=ランシェットと話すようになった最近のロゼウスは、それをとみに感じていた。
「ああ、うん。間違っては……ないけど、ね……」
 というわけで事実に限りなく近い真実をここに述べる。
 各国を常にふらふらと歩きまわっている皇帝ロゼウス。彼はある日、その辺(帝国のあちらこちら)の街や村の子どもたちが、勉強に憧れていることを知った。子どもばかりでなく大人たちも、自分たちの普段の仕事とは違う仕事につけるようになりたいだの、どれそれを学びたいなどと言う欲求があることを知った。
 なので学問所なるものを作ろうとした。そしていつものように専門家に任せる。そこで喜んだのは命令を受けた本人たち――当時の私塾の経営者たちであり、学問に命を燃やすその後の《最初の学者》たちである。
 私塾を経営するくらいだから、私費を投じて実生活とは直接的には結び付かない高度過ぎることを文字通り命がけで学び、命懸けで人々に教える人々。国民に賢くなられては困ると貴族階級から睨まれてもあの手この手で逃げ続けて学問を布教し続けた学問の虫。
 そんな彼らは、皇帝からいざ学問所を作れと勅命を下されて、狂喜乱舞した。何せ私費を投じて学問を教えるくらい好きなのである。え? 学校作っていいの? しかも帝国の金で? ヒャッホウ! とばかりに気合に気合を入れて学問所――学院を作った。それはもう、喜び勇んで世界各地から貴重な文献を盗む勢いで集めまくり、優秀で知られる人間は拉致し、皇帝の名をたてに貴族連中と国庫から金を巻き上げて、高度な学問の研究所を作った。
 そこまで徹底的にやれとは言ってない(by皇帝)
 気が付いたら発案者のロゼウスもびっくりなほどに立派な、立派すぎるほどの学問所を彼らは作り上げていた。おかげで平民でも貴族でも金さえあれば高度な教育が受けられるようになり、帝国の教育は躍進した。 
 ……ただし、あまりにも超高度学問に力を入れ過ぎてしまったために、帝国平民階級に普通教育を浸透させる余力はなくなってしまった。ある程度段階的に学問所を増やす予定だったのだが、超一級の学院を各国に一か所ずつ作ったところで力、もとい資金が尽きた。
 学者とは暴走する生き物である。
 そんな学者たちが、更に最先端の学問を発表、検討、議論するために設けた「学者会議」とは……。
「世界各地でこの三年以内に功績を上げた学者が集まって議論するんですよ!」
生き生きとルルティスが語った。
今年の開催場所は偶然にも、ルルティスが学んだチェスアトールである。
 皇帝領の面々はジャスパーだけを留守番において、ほぼ全員でこの学者会議に詰めかけている。
「会議って何をするんです?」
 エチエンヌが尋ねた。ここまで来たはいいが、エチエンヌは学問にはまったく興味がない。四千年生きているので読み書きくらいはできる、その程度だ。
「それぞれの学問の最先端の論文の内容について話し合うんです。私はチェスアトール代表の歴史学者です。あと他に九人の学者がそれぞれの学院から代表としてやって来ます」
 ローラもリチャードも学問についての見識は似たようなものだ。リチャードは貴族としての「学」はあるが、執務に必要なことだけ知っていればいいので、ルルティスのように「学問」に秀でているのとは違う。ロゼウスも学院設立を提案したとはいえ、自らの意識はリチャードと似たようなものだ。
「はぁ。でも合計十人の、まったく別々の専門分野の学者が集まるんですよね? 専門外の学問のことなんてわかるんですか?」
「学院では自分の専門科目の他にあと四つの副専攻をとるんです。一つの分野にだけ秀でてそれに固執してしまうと、せっかくの知識を得ても狭い視野でしか物事を判断できませんからね! そのため学者は一見自分の専門とは何も関係なさそうな学問にも首を突っ込むのが大好きですよ!」
「そ、そう……ですか……」
 学者とはとにかく好奇心が旺盛で、行動力のある人間なのだ。学識ある人間というと机にかじりついて本の虫となっている人々を想像しそうなものだが、帝国の「学者」はただの勉強ができる人、とは一味違う。そこに知識があると知れば厳重な警備をぬって貴重書を盗んで来たり、罠だらけの遺跡の中にもぐりこんで古代の宝飾品を発見してきたり、未開の秘境に足を踏み入れて新種の薬草を摘んで来たりと、命懸けで無謀なことに挑戦する人間の集まりなのである。
 皇帝の勅命を受けて大喜びで当時の知者たちが咲かせた学者精神は、今もこうして受け継がれむしろ更に力強く、力強く、これでもかと強く咲き誇っている。
 ロゼウスがこの場に来たのは、皇帝だからというよりは、学院設立を提唱したからだという理由が大きい。世間では殺戮皇帝と恐れられるロゼウスも、学者たちからすれば知識の護り手、学問の救世主である。本人が学問をまったく知らずとも。
そして残りの面々はロゼウスの護衛である。普段は皇帝領に残って仕事をしているリチャードまでもがここにいるのは、先日のゼイルの事を警戒しているためだ。戦力としてならフェルザードだけで十分な気がするが、前回皇帝からちょっと目を離した隙にゼイルにロゼウスを攫われたのがよほど堪えたらしい。
 自身が会議の参加者であるルルティスを含めて、総勢六人もの大所帯となった。ルルティスは皇帝領に来た時と同じように列車に乗って旅をするのだと思っていたが、実際には皇帝領とチェスアトールを繋ぐ魔法陣があるために一瞬だった。皇帝陛下は下々のような苦労をしないものらしい。
 学院の歴史など話しながら青い線で模様が描かれた部屋の中に入ると、瞬く間に景色が変わる。皇帝は学院に顔を出すのが慣例のようになっているため、ロゼウスがハデスに作らせたものだ。
「これでもうチェスアトールなんですか?」
「ああ」
 魔法陣は皇帝専用の屋敷の一室に存在している。そこから屋敷所有の馬車で、会議場へ向かった。会議自体は三日間に分けて行われ、その間は参加者の宿泊施設も兼ねるために、なかなか大きな建物をこの期間だけ借り上げている。
「チェスアトール国立芸術劇場ですね」
「芸術?」
「各国を旅する有名な楽団が訪れた時などに劇場となる、大きなホールに宿泊施設がついた場所ですよ。チェスアトールで何か大きな催しがある時は、大抵ここを使いますね」
 チェスアトールはバロック大陸西部に存在する、帝国最大規模の王国だ。他の国々と違って、これといった特徴がないのが特徴という国である。その代わりに他国から技術にしろ文化にしろ学び受け入れることを惜しまないので、他国の優れた技術を吸収して大きくなった。
 民族ごとの容姿の差が大きいために同民族で閉鎖的になりがちな国家が多い中、他国からの移民も積極的に受け入れて多民族国家のような様相を呈している。様々な知識を得るのに一番環境が良い国として、学者たちの本拠として密かに人気がある。
 劇場は白くて綺麗な建物だった。芸術と名がつくだけあって、外観にも拘っている。この場所を建築した貴族はよほど芸術に興味があったのだろう。硝子のはめ込まれた扉と、花の咲く庭。柱に彫り込まれた彫刻。
「皇帝陛下、お待ちしておりました」
 中に入るとすぐに知らせが行き、本来役者たちの控室となっている部屋からやってきた学会の責任者がロゼウスを出迎える。前回の会議とは違う老人だった。
 開催国と学会の権力図は特に関係がないので、チェスアトールで開かれているという事情とはなんら関係なしに最高責任者、学長と呼ばれる人物はサジタリエン人だ。とはいってもチェスアトールの学院は他の国より特に民族の坩堝なので、チェスアトール学院出身の別民族学者かもしれない。
「今年からはお前が会長か。何と言ったかな……」
「コルネール=ゴットロープと申します。皇帝陛下」
 髭面の厳めしい、六十過ぎ程度の男性だ。一応お偉いさんと呼ばれる人物ではあるのだが、四千年も生きているロゼウスとしてはよほどのインパクトがないともはや人の顔も名前も覚えられない。この顔見た事あるなぁ、と思えただけで偉業である。
 簡単に事務的なやりとりを終えた後、会話が続かないのを見て取って、ロゼウスの後ろから顔を出したルルティスがゴットロープ老人に挨拶をした。
「こんにちは、ゴットロープ先生」
 学会の最高責任者は凍りついた。
「んなっ! ランシェット!」
「お久しぶりですー」
「何故お前が皇帝陛下のお傍にいらっしゃるのだ?!」
 どうやらルルティスは学長と顔見知りだったらしい。しかしゴットロープの反応は、なつかしい顔見知りと出会った時の様子とは思えない。
 蒼白になったその顔面は、ルルティスを恐れているかのようだ。
「今皇帝領でお世話になっているんです」
「がっ! ぐっ! ごわっ!」
 にこやかに話すルルティスとは対照的に、学長はもはや人語を話していない。
「よ、ヨアヒム! ヨアヒム=ライナー!」
「はい~なんですぅ、学長ぉ」
 ゴットロープの大音声での呼びかけに応じ、控室からもう一人学会の幹部らしき老学者が現れた。生真面目そうなゴットロープとは対照的な、真昼間から酒に酔って赤ら顔と千鳥足で歩くような人物だ。こちらはチェスアトール人のようだ。
「おおっ! ランシェット君やないか!」
「ライナー教授! お久しぶりです!」
 ぱっと顔を輝かせたルルティスが、酔っ払いに駆け寄る。
「相変わらず酒呑みですねぇ。もう歳なんだから呑み過ぎには注意してくださいよ」
「おおいおい、二年ぶりに会っていきなりお仕事はなしや。長寿の秘薬でワシはあと百年は生きるでぇ」
 がっはっはと笑いながらルルティスの肩を叩くヨアヒム。
「今回は頑張りなー。ここで上手い事やれば、学費いくらか返還してもらえるかもしれんでー」
「はい! もちろん頑張りますとも! 学費のことはなくとも、学会で論文を発表できるなんて、またとない機会ですから!」
「おうおう。ランシェット君は良い子やねェ」
「良い子なものかぁ!!」
 教授とルルティスののほほんとしたやりとりに、ゴットロープが耐えかねたように口を挟んだ。
 最初は蒼白だった顔色も、今では憤怒の表情と共に真っ赤に染まっている。
「ライナー! その破壊神の手綱をちゃんと握っていろと言っただろうがぁ! そ、その大量破壊最終兵器は、今恐れ多くも皇帝領でお世話になっていると言うのだぞ!」
 破壊神。
 大量破壊最終兵器。
 ……ルルティスは一体学生時代、学院で何をやっていたのだろう……。
「はぇ? 皇帝領? ランシェット君、きみ、今何しとんねん」
「皇帝陛下の伝記を書くために皇帝領で取材をしています」
「そうかそうか! そういえば現皇帝陛下の伝記はまだないもんなぁ! 君だったらどんなことも物おじせずに書けるやろうし、適任やなぁ!」
「どこがだっ!」
 ひたすらボケ続けるヨアヒムに、いちいち真っ赤な顔でツッコミを入れるゴットロープ。にこにこと、確信犯の笑みを浮かべ続けるルルティス。彼はきっと世界が滅びるその瞬間でさえ、自分が正しいと信じ続けているに違いない。
「ローラ、お茶」
「はい」
 怒りのあまり今にも倒れそうな老人を見て、ロゼウスは何か飲み物をもらってくるようローラに指示を出した。リチャードは荷物を置きに行き、エチエンヌとフェルザードが護衛のためにその場に残る。
 一応敬われ、誰よりも優先されるべき立場の皇帝だが、どうやら学院の問題児だったらしいルルティス・インパクトに負けて総スルー状態だった。もともと学者は知識を悪用されないよう権力に屈しないことが必要条件とされているが、皇帝をここまで無視するのも珍しい。
真面目そうなゴットロープでさえ皇帝を客室に案内することを忘れている。通りかかる人々も、この国でも珍しいはずのローゼンティア人皇帝より、チェスアトールでは珍しくもない容姿のルルティスについつい目が行くようだ。
 絶世の美形は目に入らなくても困りはしないが、その辺をうっかり爆破した前科のある大量破壊最終兵器が目に入らないと命に関わるためだろう、きっと。
「あー! ルルティスさんだぁ!」
 甲高い少女の声が背後から聞こえてきた。
「ガッティさん! お久しぶりです!」
 振り返ったルルティスが、今入り口をくぐったらしき少女に手を振る。蒼い髪を二つに結んだ、まだ幼いと言っていいような年齢のエヴェルシード人の少女だ。
「最近お話を聞かないからどうしたのかなぁって思ってたんです! 会えて嬉しい!」
「ガッティ=レミユ、君はランシェットと知り合いなのか?」
 横からフェルザードが口を挟んだ。学者は学院を卒業後に国の重職につくことが多いので、成績優秀な学者は王族にも顔を知られているものである。エヴェルシードで現在最高の成績を収める学者予備軍の少女のことは、もちろんエヴェルシードの王子であるフェルザードも知っている。
「フェルザード殿下! 殿下もいらしていたんですね!」
「当然だ。私の愛する皇帝陛下がこちらにいらっしゃるのだから。で、ランシェットとは親しいのか?」
「はい! 一緒に遺跡を探索したり、一緒に盗掘者をボコボコにしたり、一緒に密猟者をボコボコにしたり、一緒に犯罪者を解剖したりする仲ですぅ!」
「……そう」
 若干十二歳の学生とはいえ、エヴェルシード人であるガッティは強い。アクティヴで武芸者が多い学者の中でも、武の達人の筆頭と言っていいほどに強い。彼女はその強さでもって未開の秘境に入り込み、未知や未確認の生物を続々発見して功績を挙げている。
 そして彼女は、人体解剖の達人でもある。
「やはりこの目で見ないとわからないことは多いですからねぇ。ガッティさんとはよく一緒にエヴェルシード人の犯罪者を解剖させてもらってました。おかげで私の医学の成績は上がりましたよ」
 朗らかな笑顔でルルティスが言ったが、その内容にロゼウスとエチエンヌは若干引いた。ルルティスが体術に秀でているどころか、死体にも殺しにもまったく動じない訳がわかった。日常的に人を殺していたのだ、この少年は。
「学者って……」
 エチエンヌが溜息をついた。
「おおっ! ルルティスじゃないか! 元気にしていたか?」
「ランシェットさん! あなたも呼ばれていたんですね」
「あ、クレメンスさん。それにグウィンさんも!」
 今日到着する人間が多いらしく、次々に大荷物を抱えた旅人が入って来た。うち一人の顔には、ロゼウスやエチエンヌも見覚えがある。
「あ、フィルメリアの……」
 エチエンヌの声に気づき、皇帝の姿を視界に入れると相手はぎょっとしたように平伏しだした。
「こ、皇帝陛下! お久しぶりでございますです!」
 緊張のあまり敬語がおかしいのは、先日フィルメリアで騒ぎの中心にいたグウィン=マクミランだ。
「ああ。その後は何も問題はないか?」
「はい! 陛下とランシェットさんのおかげで、健やかに過ごしております!」
「いいから立ちなよ、グウィンさん。薔薇皇帝は作法とかそんな気にしないし、学者ってのは権力者に従わないんでしょ?」
「いえ、屈しないというのと従わない敬わないのは別だと思いますが……その、お言葉に甘えまして」
 エチエンヌの言葉を受けて立ち上がり服の埃を払うと、グウィンは改めて礼をした。彼の妹であるフィオナと、幼馴染のライスも一緒だ。
「先日はありがとうございました、皇帝陛下」
「どうも、大変お世話になりました」
「お前たちも元気そうだな」
 グウィンが微笑む。
「はい、バルフォア子爵様とも、無事に和解できました」
「それは良かった」
「何もかも陛下のおかげです」
 一通り挨拶が終わると、グウィンはルルティスに話しかけた。
「ランシェットさんも今回の参加メンバーなんですか?」
「そうですよ」
「嬉しいです! 俺ごときがランシェットさんと一緒の大会に参加できるなんて」
「ごときなんて、グウィンさんも今はフィルメリアの神学の第一人者なんでしょう?」
「はい、現在は対極の研究者であるバルフォア子爵様と協力して、新しい方向から過去の宗教解釈を試みています。それで……」
 グウィンたちの話が難しくなってきたため、エチエンヌは聞き耳を立てるのをそろそろやめた。これ以上聞いていても、頭がこんがらがるだけだ。
 正式な議論は明日からだというのに、劇場の中ではすでに顔を合わせた学者同士がそれぞれの専門的な話を始めている。ちなみにヨアヒム教授はまだゴットロープ学長に説教されていた。二人ともいい年をした老人だというのに、幾つになっても優等生と問題児は変わらないという見本のようだ。
「学者ってさ……」
「どうした、エチエンヌ」
 放置状態にされる中、エチエンヌが口を開いた。
「学者って、みんなルルティス先生みたいのなの?」
 ロゼウスとフェルザードは一瞬固まり、辺りを見回しながら最後に顔を合わせた。
「……そのようだ」
「ですね」
 始まる前からすでに疲れている権力者たちの姿がそこには存在した。