薔薇の皇帝 07

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 皇暦七〇〇七年学者会議参加者名簿

・ グウィン=マクミラン(フィルメリア学院代表 神学)
・ レンフィールド==ミュゼ・クレーバト=ド=ルミエスタ(ルミエスタ学院代表 医学)
・ ロスヴィータ=ネーデ=ノスフェル(ローゼンティア学院代表 美術学)
・ ハーラルト=ヒンツ(カルマイン学院代表 薬草学)
・ メラニー=ロークディル(ビリジオラート学院代表 経済学)
・ クレメンス=ゼノワ(ユラクナー学院代表 物理学)
・ ガッティ=レミユ(エヴェルシード学院代表 生物学)
・ レノーレ=アニエスト(セラ=ジーネ学院代表 考古学) 
・ フィロメーラ=リシリス(ネクロシア学院代表 魔法学)
・ ルルティス=ランシェット(チェスアトール学院代表 歴史学)

 以上の十名が、今回の会議の参加者となる。
「今年は学会本部からは私、コルネール=ゴットロープが会議の責任者を務める。補佐としてはチェスアトール学院教授のヨアヒム=ライナーが……ライナー! 寝るな!」
 ゴットロープは学者たちをホールに集めてこんな言葉を聞かせていた。彼の横に無理矢理引っ張ってこられたヨアヒムは、酒瓶を抱え込んですでに寝ている。
「せんせーい、何で今そんなこと演説しているんですかー?」
 今現在会議の開催場所であるチェスアトールの劇場には十人の学者中、レンフィールド==ミュゼ・クレーバト=ド=ルミエスタ、 ハーラルト=ヒンツ、ロスヴィータ=ネーデ=ノスフェルの三名を除く七名が集まっている。
 会議、性質的には会議と言うよりも大会に近いのだが、学者会議と呼ばれている。その会議の正式な開会は明日である。お決まりの「偉い人の演説」でゴットロープが喋るのは明日のはずなのだが、まだ参加者が全員揃ってもいないのに彼は学者たちを集めていた。
「それはな、ガッティ=レミユ……お前たちのような問題児が、今年は異様に多いからだ!」
 ゴットロープは困っていた。額に青筋を立て、首をから上を真っ赤にし、拳をぎりぎりと握り込みながら困っていた。
 ありていに言って、彼は怒っていた。
 今回の会議の参加者を選定した学会の幹部連中に。事前に名簿を見てわかっていた面子だとはいえ、実際に皇帝と共に登場したルルティス=ランシェット、その彼といきなり外部に漏らしたくはない学院の内情を暴露しまくったガッティ=レミユ。残りの面々もまともとは言いがたいが、特にこの二人は酷い。ルルティスとガッティのどちらか一人だけでも手に余るというのに、なんでこの二人を両方含み、更に彼らと相性の悪い人間を詰め込んだかのような名簿を作るのか。ゴットロープは真剣に頭が痛い。
 そしてまだ来ていない三人。レンフィールド=ルミエスタとロスヴィータ=ノスフェル、そしてハーラルト=ヒンツも学長である彼にしてみれば頭が痛い面々だった。
 レンフィールドはその名からわかる通り、ルミエスタの王子である。ロスヴィータはローゼンティアの名家ノスフェル家の娘だ。この二人も厄介、特にレンフィールドの方が奇行の王子として有名だが、彼らはまだいい。
 カルマインのハーラルト=ヒンツは、貴族のパトロンを得て学業に励んでいる青年だ。しかしこの青年は攻撃的な性格で、特に今いる人間たちと相性が悪い。彼がまだ来ないうちに、せめて今いる七人にだけでも、大人しくするよう言い聞かせなければならない。今日はハーラルトのパトロンである貴族もやってくる予定なので、彼と争うのは得策ではない。
 学院が作られたとはいえ、学問をするためのその費用は高額。学院内部での貴族勢力は弱くはない。学者は権力者に屈しないことを信条としているが、当人が生まれついて貴族階級であることを禁じる法などもちろんない。知識の前では人は平等なのだ。
 ヨアヒムは言うまでもないだろうが、ゴットロープも平民階級だ。他に何人か学会の幹部がこの場にやってきているが、彼らもみな平民階級だ。
 今回は王族(レンフィールド)とそれに次ぐ名家(ロスヴィータ)の人間が二人も参加するという異例の会議なので、下手に貴族である学者の幹部たちは、参加を嫌がったのだ。平民よりも貴族の方が貴族間権力に負けて不平等な対応をとってしまう恐れがあるためである。
 ゴットロープは貧乏くじを引いたのだ。いくら学者が扱いづらい生き物だとしても、ここまで始める前から前途多難な組み合わせもそうそうない。
 そして学者たちの会議と言えば、王族も見学に来るほどの一大行事だ。今回見学に来るのは自国から学者が参加しているユラクナー、ビリジオラート、フィルメリアの三国だ。それとは関係なく、皇帝の関係者としてエヴェルシードで最も恐れられている王子、フェルザード=エヴェルシードが来ている。
 王族も参加し、国王夫妻が見学に来るような会議だというのに、今年は特に問題を起こしそうな面々が揃っている。その上副学長であるライナー教授は頼りにならない。ゴットロープはすでに残り少ない寿命ががりがりと削られていく思いだ。
「くっ! 本当に何事もなく今年の会議を終えることができるのかっ?!」
 学生上がりの若い学者たちに注意を言い聞かせながら、ゴットロープは頭を抱える。一人四十代の男も混じっているが、ゴットロープからしてみれば二十近く若い。
「まぁまぁ」 
 その様子を傍から見ていたロゼウスが口を挟んだ。
「一応本当にまずいことがあったらよく計らってやるから」
「皇帝陛下! ですが陛下のお手を煩わせるわけには!」
「そのための皇帝だから気にするな」
 なまじ今回は王族が多いために、王族同士のぶつかり合いが起きた場合、皇帝でもなければ仲裁できないだろう。
 フェルザードもエヴェルシードの王子として皇帝の愛人として強力な力を持つ立場だが、彼に仲裁など頼んだ日には余計問題が大きくなるので却下だ。
 話をしていると、劇場の入口の方が騒がしくなった。
「また誰か来たようですわよ」
 ローラが言った。ロゼウスは聴覚に優れているが、視力はローラやエチエンヌの方が良い。とはいえロゼウスの視力が悪いわけではない。ヴァンピルは基本的に人間よりはるかに身体能力が優れているのだから。
それよりも更にローラの目がいいということだ。ロゼウスの耳にはざわめきが届くが、ローラの目には開け放った扉の向こうの人々の姿が見えている。
「あっ!」
 そのローラが声をあげた。それと同時に、ロゼウスの耳にもよく聞き覚えのある声が届く。
「お父様ぁー! お母様ぁー!」
 したたたたたっと何かが勢いよくホールに駆け込んできてロゼウスに突撃した。
「お父様! お久しぶりです!」
「アルジャンティア! どうしてお前がここに?」
「メイフェール侯爵が連れてきてくださったんです!」
 護衛のエチエンヌもリチャードもフェルザードも気を抜いて彼女を見送った。ロゼウスは突撃してきた娘の腰を掴んで軽く抱きあげる。見た目的には抱きしめているが、実際はそうやって衝撃を殺していると言う方が正しい。
「おとうさま?」
 ルルティスが首を傾げて二人を見比べた。
 アルジャンティアと呼ばれた少女は、淡い金色がかった、真珠のような綺麗な色の白髪だ。瞳の色は光の加減で真紅から緑へとくるくる変わっている。年の頃はルルティスと同じか、少し幼いくらいだ。
 そして顔立ちは、文句なしの美人だった。まだ幼さすら残るというのに大輪の花のようなその美貌は、確かにロゼウスにも似ている。
 ルルティスの呟きを聞きとめたロゼウスが言った。
「俺とローラの娘、アルジャンティア=スピエルドルフ=ローゼンティアだ。アルジャンティア。あちらはルルティス=ランシェット。チェスアトールの学者だ」
「初めまして! あなたのことはお手紙で伺っているわ!」
 黙って立っていれば物静かで幽鬼かと見紛うような印象を与えるロゼウスとは違い、アルジャンティアははきはきとした、生気に溢れる少女だ。ルルティスの方を見てぱっと顔を輝かせると、にっこり笑って挨拶をした。
「私はアルジャンティア=スピエルドルフ=ローゼンティア。皇帝陛下とローラ=スピエルドルフの娘です。今はカルマインに留学していますの!」
 アルジャンティアは父親と母親に抱きつき、一通り一同に挨拶を終えると、物珍しそうに劇場の中をきょろきょろと見回している。
「アルジャンティア様、あなたがここにいらっしゃるということは、メイフェール侯爵も……」
「あ。置いてきてしまいましたわ」
 リチャードに連れのことを尋ねられて、アルジャンティアは慌てて口元を抑える。
「……まぁ、ジュスティーヌたちはゆっくり来るだろう。あの子は身体が弱いし」
「来たみたいですよ」
 ローラが再び入り口の方を指さす。そこには、どんなに目の悪い人間でもあああそこに何かある、と気づくほど派手派手な馬車が止まっていた。カルマイン人は真紅の髪を持つ民族だが、その中でも特に彼女は赤が好きだ。
「へーいかーぁ、皇帝陛下ぁ~!」
 真っ赤なドレスの女性がこちらへとやってくる。
「相変わらず派手ですねぇ」
 どこか不機嫌そうな声で、フェルザードが近付いて来る女性を眺めながら言った。彼にとっては天敵の一人とも言える相手である。
「陛下! ああ! お会いしたかったですわ! わたくしの愛しい皇帝陛下!」
 アルジャンティアの突撃から大分時間をかけて、ついにその人物はやってきた。
 カルマイン人特有の黒みがかった紅い髪、藍色の瞳。
 その顔には何故か、道化師のようなどぎつく珍妙な化粧をしている。白粉で真っ白な顔の中、瞳の周りは仮面をつけているかのように赤く塗られ、唇も同じ赤で塗られていた。服装からすれば貴族のようなのに、この化粧はどう見てもおかしい。奇抜を通り越して、ただの変だ。
 もちろん化粧にそこまでかける人物の衣装が手抜きなどありえない。ドレスはドレスで、他者から見ればどのようなコンセプトで作られているのかまったく謎のデザインだった。赤と黒と白の布地がまったく無規則に入り乱れ、フリルとレースがどう考えても余計だと思えるほどふんだんに使われている。レースの手袋をはめ、赤いパラソルを下げている。
「ああ、ジュスティーヌ。お前も元気そ……」
 ロゼウスが言葉を終える前にメイフェール侯爵こと、ジュスティーヌ=アリオット=メイフェールは血を吐いた。
「うわぁー!! ジュスティーヌ!」
 ロゼウスが慌てて侯爵の体を抱きとめる。
「ふ、ふふ。陛下……あなたにこうして、抱きとめてもらえるよろこび……」
 こんな場合だというのに、血を吐きながらジュスティーヌは笑顔だ。元からの化粧が凄いので、普通の人間には近寄りがたい大変な絵面である。
「言ってる場合じゃないだろう! 誰か、医者、医者ぁ――!」
「お退き下さい、皇帝陛下」
「ええ。閣下のこれはいつものことですので」
 そこにもう二人ほどこちらにようやく到着した人物が声をかけた。一人はジュスティーヌと共にやって来た学者の一人でカルマイン人。もう一人はルミエスタ人。
「げっ」
「ちっ」
 フェルザードがそちらを見て呻き、ルルティスが舌打ちする中、青年二人はてきぱきとジュスティーヌの処置をしていく。
「まったく、いくら皇帝陛下のお姿を見かけた喜びのあまりとはいえ、長旅の後に馬車から下りていきなり駆けだしたりしないでください、閣下。そろそろ本当に死にますよ」
 カルマイン人の青年の方がジュスティーヌに声をかける。
「大丈夫だと思ったのよ。ヒンツ」
 彼の名はハーラルト=ヒンツ。カルマイン出身の薬草学者だ。体の弱いジュスティーヌは彼に資金援助をする代わりに、薬草学者の彼に最新の薬を処方してもらっているのである。
「誰か、閣下を運んでくれ」
「はい、ヒンツ様」
 ジュスティーヌのお付きの者たちがぞろぞろと馬車から下りてきて、手慣れた様子で主を客室へと運んで行く。
「ああ、陛下ぁ~あとでゆっくりおはなしをぉ~」
「してやるから、今は休めよジュスティーヌ」
 ロゼウスは引きつり笑いを浮かべながら、未練がましくロゼウスへと手を振っているジュスティーヌを見送った。
「馬車の中ではお元気そうでしたのに」
 アルジャンティアが小首を傾げて呟くのに、フェルザードが憎々しそうに言った。
「ちっ。病人は大人しくベッドに寝ていればいいのに。あの女っ!」
「フェザー様ってば、そんなこと言うものではありませんわ。いくらジュスティーヌ様がお嫌いだからって」
「私は誰であろうと、皇帝陛下に近づくような相手は男であろうと女であろうと嫌いです」
「その言葉、私もあなたに返しましてよ」
 これまでジュスティーヌの方へと視線を向けていたアルジャンティアとフェルザードが、お互いに顔を合わせてあくまでもにこやかな表情を保ったままばちばちと火花を散らし合う。
 フェルザードはロゼウスの愛人だ。だから世間的にはロゼウスの正妻のように見られているローラが気に食わない。彼女自身は皇帝に対して冷たいのでそれほど気にならないが、彼女とロゼウスの間の娘であるアルジャンティアは父親の愛人であるフェルザードを敵視しているので、彼も彼女が嫌いだ。
 一方、こちらはこちらで舌戦が始まっていた。
「おや、体で学位を買った不届き者がこんなところに混じっているとは」
 あからさまな嫌味を投げ付けてきたのは、先程到着したばかりのハーラルト。彼の視線が向く先は――ルルティスだ。
「これは異なことを仰いますねヒンツさん。私の存在など名簿を見ればすぐにわかるというのに。自分の興味のないことは全く覚えない狭視野はご健在のようで」
 もちろんルルティスは嫌味の一つ二つに負けるような性格ではない。にこにこ笑顔であっさりと悪口を口にする。
「お前は、相変わらず不愉快な人間だな。周りに合わせる気もないくせに、有力な他人に媚びて自分を優位に持っていく。聞いたぞ。今は皇帝領に寄生しているとか」
「あなたのお噂もかねがね。相変わらずメイフェール侯爵のもとに一途にいらっしゃるようで。ええ。その忠誠心には頭が下がりますよ。前回の論文を発表してから二年間、まったくカルマインから出なかったようで!」
 暗に活躍しなかったと言われ、ハーラルトの頬が盛大に引きつる。紅い髪に藍色の瞳の強烈な印象を与える容姿の上に、目鼻立ちの鋭いきつい顔立ちの青年は、何もかもがルルティスと対照的だ。
「ふん……今回はいい機会だ。同等の立場で貴様を言い負かすことができる」
「ええ。素晴らしいですよねー。あなたより五年遅く学院に入った私が、あなたと同等の立場で議論できるんですから」
 にこにこ、にこにこ。
 ルルティスはひたすら笑顔だ。それはもう、いい作りものの笑顔だ。
 ハーラルトの顔はそれとは逆にどんどん引きつっていく。こめかみにぴきぴきと青筋が浮かぶ。
「まぁまぁ」
 そこに第三者の声が割って入った。
「可愛い男の子とかっこいい美青年がそんな風に言い争ってはもったいないよ。君たちどうせなら横に並べばみんな目の保養だというのに」
「ひゃぁああ!」
 さりげなく背後から抱きしめられ服の中に手を入れられて、ルルティスが悲鳴をあげた。慌てて相手から距離をとる。
「ちょ! 何すんですかやめてくださいよ! レンフィールド殿下!」
「久しぶりだルーティ君」
 すちゃっと右手を挙げて挨拶したのは、ルミエスタ王子レンフィールド。第二十四王子ともなればかなりの勝手が許されていて、すっかり市井の生活に馴染んだ変わりものの王子である。
 ちなみに市井の生活に馴染んでいても王族としての生活を放棄したわけではない。なので
「おお、これはフェルザード=エヴェルシード殿下」
エヴェルシードの第一王子、フェルザードとも知り合いである。
なにせエヴェルシードとルミエスタは隣同士だ。付き合い自体は皇帝とよりも余程長い。
「……久しぶりですね、レンフィールド=ルミエスタ。できればもう二十年くらい会わないでいたかったものですが」
「そんなつれないことを仰らないで下さい。あなたの美しい臀部がこの先二十年も見られないなんて、わたくしはとても悲しくて死にそうです」
 周囲の一帯が固まり、フェルザードが遠い目をした。
「美しいと言われることには慣れているつもりでしたが、さすがの私も尻が美しいと褒められたのは初めてですよ、このセクハラ王子」
「フェルザード王子はもちろんお顔も美しいですよ。さらには腰骨の形が素晴らしい。上腕二頭筋の美しさにおいては、帝国一でしょう」
「それはどうも」
 レンフィールドの何が恐ろしいって、これらの台詞を本人は真顔で言っていることだ。いつでも無表情の鉄面皮で、仮面か何かを被っているのかと思うほど表情が動かない。せめて笑顔で言われればバカにされているのかと怒れるような台詞も、彼はしごく真剣で大真面目な顔で(顔だけだと言われることもあるが)口にするのである。
「ルーティ君も相変わらず素晴らしい身体だ。心のままにぶっちゃけると、もうたまらない」
「いちいち顔を合わせるたびに人の体を撫でまわすのはやめてください!!」
 ルルティスが叫んだ。どんな嫌味も怒号も涼しい笑顔で流し皮肉を倍返しするのが常のルルティスには珍しい。
「そう、ハーラルト=ヒンツ君。君も素晴らしい」
「な、何がですか?!」
 ルルティスには嫌味を言えたハーラルトも、王族のレンフィールドには強く出られない。例えレンフィールドが王族でなかったとしても、性格はともかく感性はまともなハーラルトにこの奇人の相手はできなかっただろうが。
「そんな襟の詰まった、つまらない服を着ないでくれ。そう、わたくしのために君の華麗なる鎖骨を世間に晒し出すんだ。さぁ、さぁ」
「僕がどんな服を着ようとも僕の勝手ではありませんかっ?!」
 油断すると詰め寄られ服を肌蹴させられるのを警戒し、ハーラルトが襟元を両手で押さえながらじりじりと後退する。
 そしてついにフェルザードからセクハラ王子と呼ばれたレンフィールドの魔の手は、その場にいた帝国の最強権力者にも伸びた。
「これはこれは、麗しの皇帝陛下」
「……久しぶり、レンフィールド」
 レンフィールドは大真面目だった。いつも通り。
「いつも変わらず美しい、匂い立つような清らで可憐なうなじです」
「……ありがとう」
 ロゼウスは目を逸らした。
「あとわたくしは陛下の儚げなくるぶしがたまらなく好きです。萌えます。今回はそちらを拝見する機会に恵まれるでしょうか」
「いやない、ないからそれは」
「そうですか。それは残念なことです。その麗しき御くるぶしを拝見できる機会にはぜひこのわたくしめもお呼びいただきたい」
 くるぶしに御とかつけるな。
「……そうだね……わかったよ……」
 恐らくそんな機会はこの先もないと思われる。
 部屋の隅の方で、男たちのバカ騒ぎを冷たい目で見ていた女学者たちの会話が聞こえてくる。
「あれが有名なルミエスタの奇行と暴走の王子」
 クールなレノーレが言い、
「ルミエスタの学院で、後輩の小さな男の子の服を剥いで『素晴らしい! 君の乳首は完璧だ! まさしく生きた芸術!』って叫んだって噂、本当なんでしょうか?」
無邪気なガッティが首を傾げ、
「ある意味、楽なお方だけれどね。気さくだし。今回の参加者はあの三馬鹿と生真面目神学者と妻子持ちだけだから、変な心配だけはしなくていいから楽なんだけれどね」
美女フィロメーラが溜息をつき、
「がっはっは。今回は面白い奴らが揃ったなぁ。新しいもん生み出すにゃあ、『変』は必要不可欠な要素じゃ!」
大らかなメラニーが気楽に大笑いして締めた。
「~~~~~~っ!」
 ゴットロープがついに頭を抱えて蹲る。ローラがそっとお茶を差し出した。
「申し訳ない……」
「いえいえ。大変ですわね」
 ルミエスタの王子はハーラルトのようにいきなり人に喧嘩を吹っ掛けたりはしない上にそれまでの空気を変える力もあるが、それを差し引いてもとにかく問題だらけの変人だった。
 あのルルティスを怯えさせフェルザードを黙らせるだけである意味偉大だが、彼らを管理する側からしてみれば問題児が一名増えたとしか言いようがない。
 そろそろ見学の王族たちも続々到着しているというのにこの騒ぎ。もはや言葉で制止できる状態でもない。学者の権威、象牙の塔の権威も何もあったものではない。
 まさしく前途多難。
「神よ、どうか今年の会議を平穏無事に何事もなく終わらせたまえ……」
 すぐそこに神の代行者たる皇帝がいるのにもかかわらず思わずゴットロープは祈った。人は時に現人神を目の前にしようとも、天を仰ぎたくなるものらしい。
 かくして、受難の学者会議が幕を開ける。