063
帝国の支配者を呼びだしておきながらそこに何の用もないと言い切った変人に、ロゼウスは胡乱な目を向ける。
レンフィールドは常に仮面を貼りつけているかのように表情筋が動かないそのままで、平然と言った。
この男はその鉄面皮でいきなり冗談を繰り出してくるのが得意なので油断できない。
「強いて言うなら、用事がないというのが用事です」
「意味がわからん」
ひとまず落ち着いて話をしようと、応接室に通される。ロゼウスもそうだが、ルルティスとゼファードの困惑も酷い。
「おかしいぞ、ルルティス」
「ええ。あのレンフィールド殿下が、出会い頭にセクハラの一つもしないなんて……!」
「あなた方は私を一体なんだと思っているのですか」
「「セクハラ王子」」
相手が皇帝だろうと世界最強の王子だろうと平然と尻だの鎖骨だのうなじだのに触れ相手の美を褒め称えるレンフィールドは、本気で嫌われることこそ少ないものの多くの人に苦手とされている。それは破壊魔学者と勇者王子としても例外ではない。
「……おふざけはここまでにして、そろそろ本題に入りたいのだが」
ロゼウスが先を促して、ようやく四人は本題――レンフィールドがルミエスタに皇帝ロゼウスを招いた理由を詳細に聞くこととなった。
「今、ルミエスタではとある問題が持ち上がっております。なんだと思います? ゼファード王子」
「え、お、俺?!」
何かの試験の如く急に問われたゼファードはおたおたと焦り出す。
「えーと、ルミエスタと言えば……言えば……」
「……ゼファード、お前の隣国の話だぞ……」
なかなか次の言葉が出て来ない次期エヴェルシード王に、ロゼウスが危機感と共に突っ込みを入れる。
代わりに解答したのはルルティスだ。
「王位継承問題ですね。ルミエスタは代々王族の数が多く、後継者の数も他国とは段違い。そのため国王にまだ余力があるうちに王子たちを競わせて、最も相応しい人間を次の王に選び出す」
「その通りです」
ルルティスの言葉にレンフィールドは重々しく頷く。ただし彼はいつも重々しい無表情なのでつまりこれは平常運転である。
「レンフィールド、お前は確か最終候補に残っているな」
「ええ。ここ数か月でがっつり脱落者が増えて今現在の候補者は私とあともう一人だけです」
室内に緊迫した空気が流れ始めた。
レンフィールドが次の王になるためには、もう一人の候補者に何らかの面で「勝つ」必要がある。そのために彼は皇帝をルミエスタ国ではなく、レンフィールド王子自らの名で呼び寄せたのだ。
「あ……」
その時、ルルティスが何かに気づいたように小さく声を上げた。
だが、ここに来てようやく理解が追い付いたゼファードが話を進める。
「それで、ロゼウス――皇帝陛下との繋がりを見せつけて、最有力候補としての立場を確立しようとした?」
「ええ。“表向きには”そういうことにしてほしいのです」
「表向き?」
これで正解だと思ったのに、と。微妙に違う答を返されたゼファードがまた困惑する。
エヴェルシード王子ゼファードは、隣国ルミエスタの王子レンフィールドとの付き合いは長いが浅い。
「皇帝陛下が私の要請でこの国にやってきたことを全面に出して、表向き私が本気で王位を狙っているように見せかけて欲しいのです。私の後見者たちに」
「ってことは……」
ゼファードは唖然とする。
話の途中からレンフィールドの目的に察しがついていたロゼウスとルルティスはすでに全てを理解した顔だ。
この中では「王子」というよりも「学者」としての彼と一番付き合いが深いルルティスが代表してそれを問い質す。
「あなたは、次の王になる気がないのですね? レンフィールド=ルミエスタ」
レンフィールドが唇に薄らと笑みを佩く。普段何があっても表情筋を動かさないと言われる彼にしてはとても珍しい表情だ。
「私の本質は王族として過ごすよりも、学者の方が向いている。国王には向いていません」
「最終候補に残ったぐらいなのだから、やれる能力はあると思うが」
ロゼウスの指摘に返す言葉にも迷いがない。
「でしょうね。けれどそれはもう一人の候補者も同じこと。彼の方が王に向いている」
ゼファードとルルティスはお互いに顔を見合わせた。
ロゼウスは視線をレンフィールドから外さない。一切の虚言を許さぬ皇帝の眼差しがルミエスタの王子を射抜く。
「それはどういう判断だ? レンフィールド王子」
「言葉の通りです、皇帝陛下。私ともう一人の候補者では、彼の方が国王として相応しい人材。私は国王になるよりも、学者として大成する方がこの国の発展に貢献できます」
「逃避ではないと言うのだな」
「ええ」
ルルティスがおずおずと、レンフィールドの発言を補足する。
「差し出口ですが、殿下の仰ることは本当だと思います。医学者としてのレンフィールド=ルミエスタの才能は二百年に一人と謳われる程のもの。それを国王の責務などで潰されるのは世界の損失です」
「そうなの?!」
ゼファードが驚愕する。学者としてのレンフィールドの実力は同じ学者にしか通じないものがあるらしい。
「王子として生まれたことには感謝しています。私は王族でなければ、あれほど学問に打ちこむことはできませんでした。だからこそ、学者として最高の結果をこの国に還元したい。それが行く行くは国のためになると信じています」
「……なるほどな」
レンフィールドの説明する事情に、ロゼウスはひとまず一定の理解を示した。
「穏便に候補を降りるための選択肢に私を使うか」
「いけませんか?」
「いいや」
ロゼウスたちは、ルミエスタの王位継承問題が解決するまで当分の間、この国に滞在することを決めた。