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「と、言う訳なんでまぁ陛下たちはのんびりとルミエスタ観光でもしていてください。あなた方がここにいるというその事実が重要なので」
「……わかった」
レンフィールド本人の思惑と、彼を王にと望む後見者たちの思惑までもが一致するとは限らない。不正に競争から降りたと判断されないよう、レンフィールドは表向き今も王位を狙っているように見せかける必要がある。
皇帝との繋がりはそれを演出するのに都合が良かった。
「いつかは人々も知るでしょう。権力者に阿ることでしか保てない優位性など無意味だと。けれどそれを知らせるのは今じゃなくていい」
「レンフィールド」
「さ、行きましょうか。ひとまず王城をご案内いたします」
一頻り城内を案内してもらったところで、ある人物に出会った。
「……おや、これはレンフィールド兄上」
「レクトリアス」
レンフィールドが相手の名を呼び、二人はじっと睨み合う。
「なんかこの手の反応する人覚えがあるんですけど」
「ハーラルト=ヒンツか」
ルルティスと仲の悪いカルマインの薬学者の名を挙げて、ロゼウスたち一行はルミエスタの王位を争う二人の王子のやり取りを見守った。
しばし慇懃無礼な口調で挨拶という名の口論を続けていた二人だったが、レンフィールドがロゼウスを紹介する流れになったらしい。二人でこちらへと向かってくる。
「皇帝陛下……?!」
「初めましてだな、ルミエスタの王子」
「ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます。私はレクトリアス=ルミエスタ。レンフィールドの異母弟です」
レクトリアスはとてもレンフィールドの弟とは思えない生真面目な性格の青年だった。冗談を言う時も真顔で感情の読めないレンフィールドと違い、平静を装った今でさえも眼差しが酷く険しい。
「しばらくルミエスタでゆっくりしていただこうと思ってね」
レンフィールドはロゼウスをこの国に呼んだ理由をそう説明した。
その説明は間違ってはいないし、レンフィールドにとってはそのまま本心なのだが、彼と敵対しているレクトリアス王子にはそうとられなかったらしい。
レンフィールドが皇帝の威光を使って次の玉座を得ようとしていると考え、ますます彼を見る目付きが鋭くなる。
ほぼ社交辞令で構成されたやりとりを一通り交わした後、レクトリアスは御付の者たちと共に去って行った。
「あのう……」
それまで口を挟める雰囲気ではなかったと、壁際で地蔵のように固まっていたルルティスがようやく声をあげる。
「レンフィールド殿下は、レクトリアス王子のこと……」
異母弟王子とやりとりする時だけ態度の変わるレンフィールド。いつもは真顔でセクハラをかます彼が、弟王子の前では極普通の青年のようだった。
「そうですよ」
レンフィールドは動揺する素振りも見せず、いつもの無表情で頷く。
「私は、彼が好きなんです」
◆◆◆◆◆
レンフィールド=ルミエスタは第二十四王子。レクトリアス=ルミエスタは第三十六王子である。
彼ら以外の候補者はすでに脱落者として王から継承権の放棄を命じられている。後継者に困らないルミエスタならではの習慣だ。
ルミエスタの王位継承権は原則的に男子優先だが、女子にも与えられることとなっている。本当に優れた人間に性別は関係ない、というのがルミエスタの信条らしい。
隣国であるエヴェルシードは王族の子種が少ない上、武人の国の性として戦死する国王が後を絶たない。しかも男尊女卑思考で基本的に男児のみに王位継承権を与えるようになっていて、頻繁に後継者問題に陥っている。
隣国でありながら、二つの国の性質は正反対であると言える。
「うちは基本的に王である父親が亡くなってから王子が後を継ぐことが多いからなぁ」
「うちからすればエヴェルシードは狂気の沙汰ですよ。ただでさえ王族の数が足りないのに戦死や後継者争いでますます減るんですから」
レンフィールドとゼファード、二つの国の玉座にそれぞれ最も近い王子たちが、今更それを話し合う。
「争いもせずに王位を手に入れた王なんて弱いじゃん」
「争うことは否定しませんよ。けれど選択肢が少なすぎやり方も過激すぎます。一人二人しか王子がいない状態での綱渡りみたいな後継者争いはやめて、うちみたいに数十人から百人以上の子をまず作って優れた王子を残せばいいじゃないですか」
「それができる絶倫国王がルミエスタ以外にどれだけいると思ってるんだ」
とんでもないことを簡単に言うレンフィールドに、ゼファードが半眼になる。
「それに、どうせそれら選ばれなかった王子って最期はろくな目に遭わないんですよね?」
「無能者はいらんというのがルミエスタの方針らしいからな。一見平穏に見えて権力者の暗殺・謀殺が最も多いのがこの国だ」
ルルティスとロゼウスも、ルミエスタ王家の仕組みには思わず突っ込まずにいられない。
レクトリアスと実際に顔を合わせたこと、彼に対してのレンフィールドの想いを知ったことで、ロゼウスたちはこの問題に俄かに興味を抱き始めたのだ。
「えー。私にらしくもない恋愛話をしろとでも言うのですか?」
「らしくない自覚はあるのだな、レンフィールド」
「殿下のそんな顔を拝見できただけで今回ルミエスタまで引きずられてきた甲斐がありますよ」
「さぁ、きりきり白状しろ!」
わくわくと瞳を輝かせる三人に、レンフィールドは一つ溜息をついてから話し始める。