薔薇の皇帝 14

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「お父様!」
「アルジャンティア。どうしてお前がここに?」
「お母様が、そろそろ終わるだろうから迎えに行ってって」
「そうか。エチエンヌ経由の情報で……わかった。女将、清算を頼む」
 そしてロゼ――ロゼウスは小麦亭を後にする。
 大陸を移動する魔法陣を使うには、遮蔽物のない開けた場所が相応しい。待ち合わせの丘の上に辿り着くと、もうすでに部下二人は集まっていた。
「ロゼウス様」
「終わったよロゼウス」
「二人とも御苦労」
 エチエンヌは軽く手を振り、リチャードは微笑んで頭を下げる。
「皇帝の存在をあまり表に出さず、肝心な部分を村人たちが自分で解決しようとしていたのは良かったですね」
「でもさぁ、舐められすぎじゃない? リチャードさんのこと、最初から皇帝領の使者だって知ってるのに誤魔化せるとか本気で思っているんだよ?」
「――皇帝の威光も地に落ちたということか」
 さらりと自虐を口にしたロゼウスに、誰も言葉を返せなかった。
「……」
「ま、それでいいんじゃないか? 絶対の支配者に心まで支配されているような世界は必要ない」
 そこに重苦しいものはなく、むしろロゼウスは、彼が滅多にしない清々しい表情を見せる。
「――自分の人生は、自分の意志で」
「その通り」
 リチャードが今回感銘を受けた言葉を口にすると、ロゼウスもまた頷いた。咄嗟にエリネが口にした台詞を、あの場ではないどこかでロゼウスも聞いていたらしい。
 具体的に何をどう行ったのかまではリチャードは知らない。そのような細かいことを考えるのが無駄であるほどに、皇帝の力とは本来強大なものなのだ。
 だがそもそもこの世界は、一人の皇帝が全てを支配するような強大な力など本当に必要としているのだろうか?
 今を生きる人々一人一人が己自身の支配者たるために強く意志を以て生きることができるのなら――。
 本当はもうこの世界に、皇帝という存在など必要ではないのかもしれない。
「さて、皇帝領に戻るか」
「きっと書類が山積みなんでしょうね」
「あんまり事情を話さず抜け出して来たから、ルルティスが怒っているだろうなぁ」
 移動用の魔法陣の上に立ち、皇帝領の空を眺めたロゼウスはそっと溜息を落とした。

 そして今日も、彼らは世界を守り続ける。
 それが誰かの手によって形作られた、造花の楽園だと知っていても。

 ――彼ら自身が、自らを縛る「皇帝」という名の呪縛を解かれるその日まで。

 《続く》