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「――さて、これで『禍の娘』の話は終わりだ」
色恋沙汰ではないが興味を惹かれた女性の話、としてかつて出会った少女について語り終える。
すっかり聞き入っていたジュスティーヌがほぅと深く溜息をついた。
「凄いお話でしたわ……」
自らの美貌に関する自信に満ち溢れ、復讐相手を容赦なく追い詰めていくその手腕に、ジュスティーヌは関心する。
単に己の美貌に自信があるだけならばフェルザードにも通じるところはあるが、彼は美貌だけの人間ではない。どんな相手が敵として打ちかかってきても返り討ちにする実力がある。だからこそ彼は何も恐れることがない。
しかし「禍の娘」は、今聞いた話の中で判断するのであればその美しさ以外本当に普通の人間のはずだ。
剣で斬られればあっさりと現世とお別れしてしまうただの脆弱な人間の一人。いくら腕の立つ護衛を連れているとはいえ、自分より腕力や権力と言った面で優れている相手に立ち向かうのは怖くはなかったのだろうか。
「ディアドラはその辺りぶっとんでいたからな。すでに失うものはないという姿勢だったのだろうが、その態度がまた彼女の美しさを引き立てていた」
決して臆して引き返すことのない姿勢。憎しみを糧に前だけを見つめ、どこまでも歩いていく。その後ろ姿に、下僕となるセスも魅せられた。
「しかし陛下、最初から気になってはいたのですが、『ディアドラ』と言うのはまさか……」
「そうだ。お前も知る、あの歌手のディアドラだ」
「やはりそうでしたか」
ルルティスの参加した学者会議事件でも顔を合わせた美しき歌い手ディアドラ。あの彼女の少女時代が、そんなにも過酷で過激なものだったとはさすがにジュスティーヌも知らなかった。
ただロゼウスから聞いた話をジュスティーヌも知るディアドラに当てはめることは酷く容易かった。
復讐相手を失って憎悪の矛を収めても、やはりディアドラはディアドラなのだ。彼女はその身に抜き身の剣でも隠しているかのように強靭で、きっと今でも本質的なそれは変わってはいない。
「くっ……下手な女の話などしようものならここぞと難癖つける気でいましたのに、あのディアドラを引き合いに出されてはさすがのわたくしも沈黙するしかありません!」
「おいおい」
ロゼウスに近づく愛人や愛人志願をひたすら敵視しているジュスティーヌは、もちろんロゼウスの語る過去の愛人たちにも嫉妬を向けている。
しかし今回の話はなまじ相手が知己の歌手であるだけあって、そういった負の感情をぶつけにくい。
「――まぁ、これでお前の望み通り昔話を聞かせてやったんだ。今日はこの辺にしてくれよ」
「あ、陛下!」
そろそろ付き合いきれないと、ロゼウスはジュスティーヌを置いて執務を口実に部屋を去ってしまう。
一人残されたジュスティーヌは、かつての少女の頃のようにドレスの裾を両手でぎゅっと握りしめると、頼りなく唇を噛みしめる。
「やはりあなたの御心に残るには、生半可な女では駄目なのですね」
毒々しい口紅の色で誤魔化された紫色の唇に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「ならば、それこそどんなことをしてでも、あなたの心に残る女となりましょう」
禍を呼ぶ娘など生温い、例え自らの意志で、自らの手を親しき者の血に染めることになっても。
――その心に残り続けることだけが、もはやこの身に残された唯一の願いなのだから。