epilogue
美しい調度、美しい内装。
けれど、漂う空気はどこまでも冷ややか。
「いいのか? 本当にこれで。死者の数がかつてないことになってるけど」
世界最高に豪奢で、同時に最も過酷と呼ばれるその執務室、従者の少年はこの世界の絶対の権力者に、そう尋ねた。
「いいんだよ。私の思惑通りだ」
「あれだけの被害を出して、あの子をここまで来させることがぁ?」
部下が主に利くにしては不遜な口調だが、彼の主はたいして気にもしていないらしい。
白銀の長い髪を自ら手櫛で整えながら、紅い瞳を細める。
「そうでもしなければ、達成感がないだろう? 簡単に得られるものに、人は重きを置かないもの」
「だからって、ここまでするか。あんな雨まで作り出して。全能の力の無駄遣いって言うんじゃないか? これ」
「何? 私のすることに文句でも?」
「まさか。僕はあの子と違って、本当の意味で卑怯者だからね。自分が良けりゃそれでいい。お前を怒らせたり、逆に期待させたりなんて怖い事はしないよ」
あっけらかんとそう言って、従者の少年は執務室を後にする。彼の主は気まぐれなせいで、雑務は限りなく多い。
「そうかい。それは懸命な判断だ」
生意気な従者の言葉にそう返し、一人残った主の方は黒檀のテーブルの上の水晶球に目を移した。そこには、先程この大地を訪れた二人の少年が映っている。
諸島をまたぐ橋からすぐ近く、やっと大陸の入り口というなんら面白みのない場所にいるというのに、金髪金瞳と紅髪紫瞳の二人の少年はやけに嬉しそうだ。透明な雨に濡れながら、紅い髪の少年が何かを大声で叫ぶ。
人とは比べ物にならないほど良い彼の耳は、それは水晶越しではなく、直に音として尖った耳で捉えていた。ついでに、従者の少年が仕事の山を持ってくる足音も聞きつける。
「どうしたの?」
自分のいない数分の間に主の機嫌が理由もなく上昇していたのが不思議らしい、少年が尋ねるのに、主は機嫌よく、けれそ不親切に返す。
「なんでもない」
「ああそうですか。それはよかったですね」
自分から尋ねておいてつれない態度の従者に腹を立てるでもなく、彼はここではない遠方の少年たちの姿を思い浮かべて微笑んだ。
皇帝領に辿り着いた瞬間に何故願いが叶ったかって? 当たり前だ。彼の願いを、自分はとうに知っている。
その覚悟も見せてもらった。ならば、叶えてやらない理由もないだろう。
「にしても、お前って本当に性格悪いよな」
「なんだ、急に」
「あんな純真な子たちをいいように操って」
「まあ。それが私の仕事だからな」
「ふぅん」
従者の少年はさもや胡散臭いものでも見るような顔をする。しかし次の瞬間には慣れたような溜め息を吐くと、こう言った。
「僕、神様と言う人が本当にいたら、お前のように残酷なんじゃないかと思うよ」
その言葉に彼は――皇帝はにっこりと笑う。
「まさか、私は神よりずっと優しいよ?」
ええそうですね。従者の少年は全く信じていない顔で無造作に頷く。だが彼としては本心だ。
何せ神と来たら、自分で出した課題に逃げ道を残さない。答のない問に向かい続けるくらいなら、仮でも結果が返る方が良いだろう。
「ま、そうやって答の出ないものに向かい続ける方が、本当は『生きる』っていうことなんろうけど」
独り言よりもさらにかそけし囁き。
「何か言ったか?」
「別に」
そうして彼は水晶に映っていた映像を消すと、窓の外でそろそろ雨の止んだ空を見つめて仄かな笑みを零すのだった。
《了》