嫌悪、永遠の嫌悪*
そこにあるのは嫌悪、ただの永遠の嫌悪。
「お前の行動がこの結果に何をもたらしたか、よく考えるがいいさ」
純白を身にまとう皇帝は、黒の少年に言った。少年は後ろ手で枷を嵌められ、皇帝が座るような椅子ではなく、床に直接座らされている。膝をついて足首の上に尻を置くその体勢は、首を斬られるのを待つ罪人の姿勢によく似ていた。
二人の間には因縁があった。皇帝にとって少年は罪人だった。そして、皇帝自身も。
二人で一人の男を殺したのだ。皇帝はその男を恋人として愛していた。少年は、男を友人として好きだった。
「お前の?」
皇帝の言葉に少年は笑う。
「僕“たち“のだろう、――」
僕の罪。僕とお前の罪。
帝国という名の世界そのものを滑る帝の名を呼び捨てにして、黒の少年は皇帝を見上げながら嘲笑う。
座る場所が人格を決めるわけではない。座る地位が人格を決めるわけではない。
少年は今皇帝が座る玉座を狙っていた。少年の元の身分はそれを可能とするほどに皇帝に近くあった。だが、そんなもの何の意味もないのだと知った。それは、友人であった男が死んだから。
彼は至尊の座など必要ともせず、いつでも堂々としていた。彼は皇帝ではなくその配下の王であったけれど、玉座に坐して王と呼ばれるのではなく、彼の座る椅子がたとえ粗末な木の箱でも、それを玉座だと周囲に思わせることができるような人物だった。
彼が仕えた皇帝は少年の姉だ。少年と男はその縁で友人になった。
皇帝は世襲制ではない。相応しい者は神によって選ばれる。だから少年ではなく、今目の前にはかつて男の恋人であった、純白を身に纏う者が皇帝として存在している。
だがそんなこと、今の両者には何の意味もないのだ。最も大切な存在は失われた。その深い悲哀と後悔に、地位は何の慰めにも癒しにもならない。
「後悔」。その感情だけは、絢爛豪華な衣服を纏い堂々とした玉座に座る白の少年にとっても、擦り切れた襤褸を着せられ床で罪人のような格好で座らされている黒の少年にとっても平等であった。そしてそれが一番強い感情であるから、両者はある意味平等なのだ。
けれど今「皇帝」と呼ばれる白の少年は平等になどなりたくないから、黒の少年を貶めることでなんとか己の心の平衡を保とうとしている。
くだらない、本当に下らない茶番。
生き残ったのが何故こんなに、心の弱い者たちばかりなのか。おかしいではないか。神よ。
「さっさと僕を殺せよ。お前は僕が嫌いなんだろう? だったらさっさと殺して放り出せ。そしてとっとと僕を忘れればいい」
殺せば相手の存在そのものがなくなるわけではないが、ある種の人種にとってはそれは最も単純な感情の処理方法だった。嫌い、だから殺す。殺すという最大の攻撃と屈辱を与えたのだから、自分は相手に勝った。それまでにいろいろと不都合な目に遭わせられても、殺したからこれでいいやとおしまいにするための作業。本当の憎しみならば、相手を殺したくらいでその感情が消えるわけではないのだが。
彼らはお互いがお互いにとって、触れるのも嫌な存在。だから、生かしておく意味ももうない存在など、さっさと殺しておしまいにすればいい。
しかし皇帝の思惑は少年とは違うところにあったようだ。
「そうだよ。俺はお前なんて触るのも嫌だ。だからさ――」
皇帝がぱちりと指を鳴らすと、ほっそりとした手が黒髪の少年の体を背後から羽交い締めにして拘束した。彼を拘束しているのは、皇帝とよく似た顔をしたその弟だ。人形のように無表情で、皇帝の命じたままに動く。
「何すんだよ!」
暴れて喚く少年を無視し、皇帝は弟に命じる。命令は簡単にただの一言だった。
「犯せ」
人形のような弟に拘束されながらもこちらを睨む少年を冷ややかにみおろして皇帝は言う。
「殺すなんて生温い。お前には生きたまま、永遠に絶望をしてもらう」
◆◆◆◆◆
「ん、うぅ……ふ、ぅ……」
ちゅぷちゅぷと淫らな音を立て、少年が少年を攻め立てる。上半身を後ろ手に荒縄で縛られ、四つん這いの代わりに肩をついたような不自由な体勢で後ろの穴を犯される黒の少年は、ひっきりなしに荒い息をついていた。一応敷物の敷かれた床に頬をつけ、真っ赤な顔で床を睨んでいる。
「ああっ、そ、そこはっ」
奥に入り込んだ指が良いところを刺激したようで、荒縄で縛られた肩がびくりと震える。少しでも身動きすると縄が食い込み赤い痕を作るのでじっとしていたのだが、あまりの刺激に耐えきることができなかったようだ。
皇帝は長椅子に優雅に頬杖をついて寝そべりながら、その様子を眺めている。与えられる刺激に反応して動くたびに擦れる縄の苦痛に顔を歪めるのを見て、楽しんでいる。美しい口元には酷薄な笑みを浮かべていた。
次はあれをやれ、こうしてみろと、皇帝は弟に指示を出す。そのたびにまるで人間としての感情をどこかに置いてきたかのような少年が、何の思いもこもっていない動作で罪人の身を弄んだ。攻める方の少年は、皇帝の求めで革の拘束的な下着を身につけていた。性器は堂々と露出させたまま、フリルの使われたコルセットと袖の長い手袋とブーツ、それから首輪を身につけている。これで鞭でも持っていれば完璧な女王様だ。
「塗り込んだ媚薬の味はどうだ? 人間の身体にはきついだろう?」
とろりとした液体を絡ませて後ろの穴を弄っていた指を引き抜かせる。
「くっ……」
「縄で縛られたところが、そのうちむず痒くてたまらなくなるぞ。前も後ろも胸も」
皇帝は長椅子から立ち上がり、床に頬をつけて不自由な体勢で彼を睨む少年の目の前に、ブーツを履いた足を差し出した。
「俺の靴を舐めて赦しを請うたら、もう少しは優しくしてやるけど?」
にっこりとわざとらしいほどに綺麗な笑みで言う皇帝を、少年は睨みつけた。
「誰がそんなことするもんか」
「あ、そう」
返事を聞くや否や、皇帝は少年の顔をそのまま蹴り飛ばす。
「!? がはっ……!」
予期せぬ衝撃に、少年は何の身構えもできなかった。本気ではないとはいえ優しくもない力で蹴られた頬がみるみる腫れていく。
「ジャスパー」
「はい、お兄様」
名を呼ばれただけでしもべの少年は自らの行動を心得ているかのように動き出した。自分の眼前にある尻を平手で叩く。
「なっ……」
もともとは身分の高い貴族、そんな屈辱的な仕打ちを受けるのは初めてだと、罪人の顔色が変わる。しかし初めの方は羞恥と怒りでいっぱいだった表情も、平手打ちの回数を重ねるごとに苦痛が勝ってくる。
「ああっ……うあ……、ヒァ……!」
滑らかで柔らかく白く肉づきの薄かった尻は、何十回と叩かれるごとに腫れあがって赤くなっていった。熱をもちじんじんと痺れるような痛みを伝えてくる尻は、しかし信じられないことに苦痛だけを訴えるのではない。
「恥ずかしくて気持ちいい? ふふ、それは良かった。お前もたいがい被虐趣味だな」
「ちがう……僕は……」
「ここまで来たら、奴隷として堕ちてしまう方が楽になれるぞ?」
「い……やだ!」
「……では永遠の苦痛を味わうがいい」
「ヒィッ!」
また一度、尻を強く叩かれる。皇帝とその弟と罪人とされた少年は人種が違うので、これだけ叩いても叩く方の少年の手は疲れも腫れもしなければ、その表情も変わらない。
「そっちだけじゃ満足できないだろう? 前も弄ってやるといい」
「はい」
皇帝の言葉にその弟は少年の身体を無造作にひっくり返す。後ろ手に縛られた箇所と腫れた尻が敷物に擦れて痛んだ。だが真の苦しみはここからだ。
無造作に晒された局部に、ブーツの足が置かれた。そのまま、硬い靴底で少年自身を踏みつける。
「いっ……!」
苦痛の叫びを、彼は唇を噛んで堪えた。強すぎる冷たい刺激に、口を開けば悲鳴が溢れそうになるからだ。性器を靴で踏みつけられるなど、その構図自体が噴飯物以外の何物でもない。
攻め手の少年は繊細な力加減を心得ているらしく、無慈悲な靴底で男のモノを尊厳ともども踏みにじりながら、その行為に痛みだけでなく快感まで引き起こさせる。
「……もう、いや。いやだ! 殺せ! 殺せよ!」
「そう言われて殺してやるほどのお人好しじゃないさ」
弟の代わりに皇帝が答え、そのままくすくすと彼の無様な姿を嘲笑った。靴でぐりぐりと踏まれながらも大きくなっているものの姿が、その目からも明らかだ。
「靴が汚れてしまったな。ジャスパー」
「……そうですね」
媚薬のせいで正直になりすぎた体は踏みつけられながらもとろとろと先走りを零していた。そのせいで、攻め手の靴が濡れている。
「舐めて綺麗にしてもらうといい」
皇帝の言葉に、彼は少年の前に靴を差し出した。柔らかい唇を先程少年自身の性器を踏みにじっていた靴で踏みつけ、舐め清めるよう強要する。
「ふざ、けるな!」
しかし少年は縄で拘束されている身をよじってまでそれから逃れようとした。やはり生まれが生まれだと矜持も無駄に高い。
「ふむ、仕方がない」
言う皇帝はそれほど残念そうではなかった。
「自分で出したものを清める気がないなら、余計なものを垂れ流すのは遠慮してもらおうか」
そして、弟にリボンを一本放り投げる。受け取った方は、それをさっさと少年の濡れた欲望の先に結び付けてしまった。
「あ……」
射精を封じられ、少年は紅潮していた頬を一気に青ざめさせた。すでに限界まで昂ぶっているのに、こんなところで。
「い、いやだ……! こんなの! はずせよ!」
「それこそいやだね」
皇帝は言うと、今度は先程のリボンより大きな布を渡した。
「うるさい口も封じてしまおう。お前の声は耳障りだ」
原始的な猿轡を噛まされて、罪人の少年にはもうまともな発言が許されなくなる。
「さて」
皇帝は嗜虐的な笑みを浮かべながらその様子を見下ろした。上半身は荒縄で縛られ、口には猿轡を噛まされている。尻穴は最初に弄られ、性器は靴底で踏みにじられた上にリボンで先端を結ばれてしまったあられもない姿。あと責苦を与えていないのはどこだろう。
「目は……どうしようか。抉り取ってしまおうか」
「!」
「ああ、でも。暗闇の与える恐怖というのは捨てがたいが、それよりも自分を犯す人間の姿をじっくり見つめさせた方がいい」
少年は再びうつ伏せの姿勢に戻された。腕が縛られているので、体を支えることすらできない。尻だけを高く上げさせられる。
いつの間にか皇帝の手には、不気味としか言いようがない巨大な張り型が握られていた。明らかに大きさが人間のものではない。
「できれば本物の馬を使おうかと思ったけれど、加減を間違えれば死んでしまうから」
人間は脆いな、と彼は呟いた。あっさりと死んでしまった彼の男も人間だった。
「だから、ね」
病んだ目で皇帝は弟に手にしたものを渡した。
「簡単に殺さないというのも結構大変なんだ」
先程解された場所に、しかし尋常でない質量のものが押しあてられた。そこを使うのに慣れ切った少年の身体でも、さすがにその大きさは初めてだった。
「ん、んんっ、ん、んん、ん――!!」
猿轡に阻まれて言葉にならないながらも絶叫する。中が切れたのだろう、血が一筋伝った。
攻め手はそれに何を感じることもなく、馬のモノ並の張り型を容赦なく少年の中に打ち込み続けた。少し動かすだけで内臓が全てまくれ上がりそうな感覚を覚えるのだ。快感以前の衝撃が大きすぎて言葉にならない。まさしく蹂躙されているのだという感覚。少年の黒い瞳が限界まで見開かれる。
その先には絶望と――そしてこの状況を作り出した純白の皇帝の姿が映し出されていた。
「ん、んん、ん――ッ」
先端を結ばれたせいで欲望を解放することもできない少年は、それからもいいように身体を弄ばれ続けてた。
◆◆◆◆◆
長い時間が過ぎた。
意識を失い、体液にまみれて床に倒れている少年を見下ろしたまま皇帝はやはり冷たい表情を崩さない。
弟は部屋の片づけのために、いろいろと準備をしに行っている。この部屋にいるのは絶対の支配者と、その哀れな虜囚が二人きり。
彼が死にたいと思っていることは知っている。
自分が彼を殺したいと思っていることも。
だが駄目だ。まだ早い。もっともっと苦しんで苦しんで、苦しんで生きてもらわなければ何の意味もない。
自分と一緒に幸せに生きてほしかったはずの人の命はもう永遠に失われたのだ。この先果てなく思えるほど長い地獄を、自分一人だけが生きて味わうなどまっぴらだ。
だからお前も、不幸になればいい。
これは嫌悪。そして永遠の憎悪だ。
憎み続ける限り彼を生かしておく。
もうこれ以上知り合いである人間を誰ひとり失うことに耐えられない弱い皇帝は、憎しみという鎖で永遠に相手を縛りつけるしか方法を知らなかった。
《了》