罪人

04

 四つん這いの姿勢で獣のように床に伏せさせられ、腰だけを高く上げさせられて両脇を掴まれている。無理矢理に拡げられた後ろの孔には、腰を掴む男の肉塊がいっぱいに埋め込まれていた。
「……、……」
 はっ、という音にすらならない微かな吐息を、ロシンはひっきりなしに繰り返す。怪しい薬で痛めつけられた喉は、声を出そうとすると酷く痛むのだ。
 これまでも何度も、咄嗟に叫びを上げようとして自分で自分の喉を傷めつける羽目になってしまった。首を押さえ、声を出すどころか呼吸すら苦しい彼を、その状態に陥れた男たちは実に楽しそうに見物していた。
 風邪の時とは違い、いくら空咳を繰り返しても治らない喉にロシンの心は焦燥する。もともと腕力も権力もないに等しい無力な少年であったロシンだが、声を言葉を奪われたことによって、ますますその思いが強くなっている。
 革命軍の幹部たちの前で儀式のように凌辱された翌日、ロシンは部屋を移された。これまでよりも狭くて質素、しかし寝台が用意されて最低限籠もりきりの生活ができそうな部屋に、鎖で拘束されて押し込められたのだ。
 今もロシンの首には、庭で獣を飼う時のような鎖付きの首輪が取り付けられている。その鎖は寝台の上に身体を固定するのにちょうどよいもので、鍵は幹部たちの一人が持っているとのことだった。
 革命軍にとって、ロシンの扱いはいよいよ「最後の王族」から男たちの「奴隷」へと格下げされたようだ。何とか逃げようと試みたことがバレた翌日など、性器と尻をはっきりと露出した恥ずかしい格好のまま椅子の上に身体を縛りつけられ、文字通りの肉便器として扱われた。
「今日は随分ゆるゆるだな、王子様」
 後ろから自分を犯す男の名を、ロシンは知らない。知りたくもない。彼らに自分が名を持つ個人として扱われていないことを知っているからなおのこと。ロシンが顔と名前を一致させることのできる男はソルバとあと数名くらいのものだ。それは王子の今までの生活すべてが壊れた最初の日に覚えられた分で、輪姦ではなくこうして一対一で犯されるようになった今は、二人きりの相手は自分の名を大抵名乗らないので覚えられないのだ。彼らの方でも、自分の名をわざわざロシンに覚えさせようとは思っていないのだろう。――そんな物好きはソルバくらいのものだ。
「くっ……出る……っ!」
 男が呻き、ロシンの中に熱い白濁をぶちまけた。腹の中を満たすどろりとした液体の感覚にロシンは背筋を震わせる。はじめは感じられたおぞましさも、今では行為の余韻に浸食されていって麻痺してしまってきていた。何よりもそんな自分が忌々しく、ロシンは目の縁にひっそりと涙を浮かべる。
 男はロシンのそんな顔を見ることもなく、自分だけ満足するとさっさと部屋を出ていった。
 このようなことをもう何日も繰り返したというのに、ロシンはやはり全てが終わると放心状態になった。汚れた寝台の上に伏せ、涙の浮かんだ顔を枕に押し付ける。
 中途半端に昂ぶったものが股間で存在を主張しているが、自分で自分を慰める気にはならなかった。そんな風にしてしまえば、よりいっそう自分が惨めになるだけだとすでに理解していた。それにどうせ――。
「ああ。終わったみたいだな」
 部屋の扉が開き、聞きなれた声が降ってくる。
 何故か革命軍の中で最もロシンに近づいてくる男、ソルバだった。寝台の上に身体を投げ出したロシンの様子を眺め、にやにやとした軽薄そうな笑いを浮かべる。その視線は、ロシンの腹の下で立ち上がったものに向けられていた。
「あーあ。こんなにしちまって。ナフサは処理してくれなかったのか?」
 声の出ないロシンに答えられるはずがない。そもそも先程の男がナフサということも初めて知ったのだが、ソルバは本気でロシンの返事を期待しているわけではなかった。
「ふふ。かわいそうにな」
 嫌がるロシンの様子にも構わず、ソルバは少年の顎を捕らえると自分の方へと顔を向けさせる。涙の痕の残る顔を楽しげに眺めて、光る筋に舌を伸ばした。
 と同時に、ソルバの手がロシンのものを掴む。ロシンはびくりと身体を震わせたが、やはり声は出せなかった。
「……!」
 ソルバは巧みな手つきで、少年を高みへと追いやっていく。向かい合う彼の視線は、ソルバの指が与える刺激に頬を染め、喘ぐように薄く口を開いて反応するロシンの顔にずっと固定されていた。
 見られている。恥ずかしい部分ではなく、そこを隅々まで弄られる時の自分の反応自体を。咄嗟に腕を上げて顔を隠そうとしたロシンだが、華奢な少年の儚い抵抗は、ソルバがあっさりと彼の両手を一まとめにしたことで封じられた。
「もっと顔をよく見せてくれよ」
 鼠を甚振る猫のような性質の悪いにやにやとした笑みを浮かべながら、ソルバはロシンのものをしごく。先端を親指の腹でぐりぐりと強く刺激されると、ロシンはたまらず白い喉を仰け反らせた。
「ふぅん。ここか。ここがいいんだな。王子様」
 そう言いながら、ロシンの弱い場所を的確に攻めてくる。嬌声の代わりに吐息しながら、ロシンは自身の欲望をソルバの手のひらに吐きだした。
 汚れた手のひらを見つめながら何かを考えている様子のソルバの胸にしがみつきながら、ロシンは荒い息を整える。
 喋れなくなったことは辛い。思ったことを声に、言葉に変換できないことは、これまで父王を除けば誰に何を言っても許されてきたロシンにとっては本当に辛いことだ。
 けれどその一方で、王子はこうも思うのだ。声が出ないからこそ、必要以上の醜態を晒さないで済んでいる。男たちの手に弄ばれて与えられた快感に喘ぐこともなければ、焦らされて苦しい時に、自ら相手に慈悲を乞うような真似もしなくて済んでいる。
 もはや粉微塵に砕け散った矜持だけれど、だからこそこれ以上醜い姿を晒したくはなかった。奴隷として絶望的な毎日を繰り返しながら、ロシンの頭には、ようやく自分がこの国最後の王族なのだという思いがじわじわと染み込んできた。
 ロシンは今だって死にたくはないし、痛いにも苦しいのも嫌だ。けれどそれとは別の次元で、王族としてこれ以上の惨めな真似を晒せないとも思うのだ。
 そう考えるならば、本当はどんな手段を使ってでも自害するべきなのだろう。それもわかっている。いくら教科書から引きだして来た理屈で不穏当な言葉を並べても、躊躇いなくそれを実行できるほどには、少年の精神は円熟してはいない。
「後ろ、どろどろだな」
 ロシンの頭を胸に抱えたまま、ソルバが言った。彼の指にそっと入口を撫でられて、白濁がとろりと零れて来る。
「一体何人に出されたんだ? こんなんじゃそのうち妊娠しちまいそうだな」
 悪趣味な冗談を口にしながら薄く笑い、ソルバはその孔に指を差し込んだ。突然の刺激に、ロシンがソルバの胸から顔を離して身体を揺らす。
「どれどれ。掻きだしてやるよ」
 ソルバは指の先を鉤のように軽く曲げ、宣言通りにロシンの中に溜まった精液を掻きだしはじめた。
 長い指が内壁を探り、中を抉るようにあちこち動かされる。丹念で執拗なその指の動きに、ロシンは再び声なき声で喘ぎ始めた。
 青年が好意でこんなことをするはずはないと、当然ロシンにもわかっている。この男は要するに、他人の痕が残った身体に手をつけるのが嫌なのだ。
 いちいち身体を丸洗いさせるほどの潔癖症でないのが救いだが、だからといって接吻の痕を一つでも見つければその十倍の数は降らさねば気が済まないというのはロシンには理解しがたい。
 性欲処理でも、復讐でもなく。彼が何のためにそんなことをするのかわからない。
 ロシンを抱きにこの部屋へ来る男たちの中で最もロシンに言葉をかけるのはソルバだが、同時に最も理解しがたいのもこの男であった。
「気持ちよくなってきたみたいだな」
 特有の熱に瞳を潤ませ、頬を赤く染めたロシンの様子にソルバはそう声をかける。彼の指は白濁を掻きだすためとうそぶいては、何度も思わせぶりに内壁を擦りながら出し入れされている。一度処理されたロシン自身の欲望がまた頭をもたげたのを満足そうに見遣り、色男は少年の耳元で甘く囁いた。
「俺の子も産んでくれよ、お姫様」
 ふざけた言葉と共に、その存在自体が暴力的な肉棒が解された孔に押し入って来る。
 悲鳴も上げられないロシンは、ひたすら息を吐き出すことで最初の衝撃をやりすごした。体格の違いもあり、ソルバのモノを受け入れるのはロシンには少々どころでなく辛い。この男がいつもその日の一番最後にやってくるのは、それもあって十分に解れた孔を使いたいからなのだろうとロシンは推測した。
 これが終われば、今日は終わり。敷布を握りしめて衝撃に耐えながら窓にかけられた薄布の向こうの夜を睨み、ロシンはひたすら月が沈むのを待ち続けた。