罪人

05

「でさぁ、その時の顔がまた、餌をもらった犬みたいに気持ちよさそうで……」
「可愛いよな。下手に逆らったら何されるかわからないってんで、いちいちびくびくして人の顔色うかがって」
 もとは王城と呼ばれていた場所の食堂で、男たちが昼食を手にしながら猥談に興じる。
「まったく、あれが仮にも一国の王子の姿とはね」
「今じゃ娼婦も顔負けの淫乱っぷりを見せてるがな」
「いつまでも大人しくしてるなら、あのまま飼ってやっててもいいな」
 それを聞きながら、一人の男が今、苦い顔を見せていた。

 ◆◆◆◆◆

 その日も部屋の戸が叩かれて、ロシンは寝台の上から顔を上げた。昼夜を問わずやってくる男たちの相手は、彼にとってこの城で与えられた唯一の仕事だった。毎日勉強をすることもなければ、華やかな式典や夜会に出席する義務もない。ただこれまでとは違う意味で身綺麗にし、いつでも男を受け入れることができるようにする必要がある。
 戸を叩くのは来室を知らせる合図。しかしそれはロシンのためのものではなく、誰かが少年を抱きに来ているかどうか、男たちがお互いに確かめるための行動だった。
 だが、その日ロシンの監禁されている部屋に顔を見せた男は、元王子を娼婦代わりに抱きに来たわけではなかった。
 殺気だった視線に、ロシンは思わずびくりと震える。これまでは権力という力が盾になって鈍感でいられた敵意や悪意にも、今のロシンは誰より敏感だ。
 無言で部屋に入ってきた男の顔に、ロシンは見覚えがあった。王城が反乱軍――解放軍に落とされたあの日、ロシンに激しい敵意をぶつけてきた男。
 カロブは憎々しげにロシンを睨み付ける。
 ずかずかと大股に歩み寄ってきて、縮こまるロシンの顔面をいきなり殴り飛ばした。
「……ァ!」
 ロシンの潰れた喉から掠れた悲鳴が上がる。声ならぬ声が苦痛を訴えた。
 腫れた頬で呆然と男を見上げた元王子は、しかし相手の目に容赦や呵責がまったくないということを知ることになる。カロブの表情はひたすら冷たく、ロシンに対しどんな扱いをしても、それを酷いと思う様子はない。
 むしろ男の冷たい目は、幼い王子がそのように扱われるのは当然だと訴えていた。
「お前を抱きに来る連中をずいぶんたらしこんでるみたいだな、この淫乱な仔豚が」
 男の足が無造作に動いた。ソルバの隊の一人として始終戦いに明け暮れていたカロブの動きは例え彼自身がそう意識しておらずとも洗練されていて、的確に痛みを与えてくる。
「……ゥァア!」
 脇腹を蹴られたロシンは、傷ついた喉を引き裂くのにも構わず悲鳴を上げた。裸の体にみるみる赤黒い痣が浮かぶ。更にカロブはロシンのやわらかな髪を思いきり引き掴んだ。そうして無理矢理浮かび上がらせた頬をまた殴る。
 壁際まで吹き飛んだロシンは、痛む体を引きずって必死で部屋の隅にまで逃げた。男の与える殺意は尋常ではなく、体の痛みを相まって本当に殺されるかと思う。
 先程の悲鳴のせい喉に負担がかかっており、咳き込んだ拍子に血が零れる。ロシンの両目は恐怖に大きく見開かれ、全身ががくがくと震えていた。
「お前が男どもの気を引くから、奴らはお前を生かそうとなんて考えてる。だがそんなことは許さない! お前たち王族は何人も何人も殺してきたくせに、自分だけのうのうと生きながらえるなんて……!」
 妻を殺されたという男の目には、ロシンだけでなくこの国全体へ向ける激しい怒りと憎しみがある。国が滅びてもなお消えぬその強い怒りが、はけ口としてまだ壊せるものを求め、王族最後の生き残りである少年に向けられた。
 恐らくカロブもわかっているのだ。死んだ者が生き返ってこない以上、彼の怒りは溶けることはない。例えここでロシンを殺してもそれで彼の怒りが収まるわけではないのだろう。だがそれでも、彼は壊すものを求めずにはいられない。
 壁際に逃げ込んだロシンを引きずり倒す。白い肩には指の赤い痕がついた。
 先程殴られて真っ赤に晴れた頬を、更にはたく。ロシンは口の中が切れて血の味が滲むのを感じた。
 血と涙でぐしゃぐしゃになった少年の顔を見て、カロブは荒い息をついた。それでも彼の内側で、まだ熱い塊が蠢いている。
 暴力衝動と性的欲求は紙一重だという。
 カロブはロシンの両足を開かせると、連日酷使されて多少慣れているとはいえ、まだ濡らしてもいない個所にいきり立った彼自身を突き入れた。
「――ッ!!」
 無茶をされて、ロシンは絶望の表情で声ならぬ悲鳴を上げた。乱暴な挿入に内壁が裂けて血が流れる。それを潤滑油代わりに、カロブは何度も激しくロシンを突いた。
「はっ、はははっ、ははっ。どうだ、思い知ったか。これが今までお前たちがしてきたことだ。……お前らルグラントは、こんな風に俺の妻を殺したんだ!」
 焼けた棒で腹の中をかき回されるような痛みに、ロシンはさっさと気絶してしまいたかった。だがカロブがそれを許さない。彼はロシンの奥をゴリゴリと抉りながら、少年が気を失いそうになると腹の下で痛みに萎えてしまった小さな男の象徴を強く握りしめるのだ。
 前と後ろ、中と外、両方から与えられる刺激に、ロシンは気が狂いそうだった。床の上でがくがくと揺さぶられて、背中までもが擦り切れていく。絶叫できるものならそうして痛みをやわらげたいが、声はどうやっても出ない。
 それに、助けは来ない。例え声が出たとしても。どれほど叫んでも。
 男の憎しみを暴力として一身に受けながら死を覚悟した少年の耳に、これまで聞いたことのない声が届く。
「――何やってんの? カロブ。そのままだと、その子死んじゃうけど」
「トワル!」
「それって例の王子様でしょ。僕の実験にちょっと付き合ってもらいたくて来たんだけど……いいの?」
 トワルと呼ばれたのは、カロブやソルバよりもいくつか若く見える、少年と青年の境といった年頃の若者だった。彼は無感情な瞳を顔を腫らし体にいくつも痣を作ったロシンに向け、ついでカロブに向ける。
「娼婦よりも安上がりで従順な王子を共用便所にすることで褒賞の一部を担ってるって聞いたけど?」
「トワル……お前こそ何しに来たんだ」
「だから、実験だってば。でもその様子じゃ無理そうだね」
 青年が来たとき一瞬、彼がこの状況から救い出してくれるのではないかと期待したロシンは、その言葉にまたも絶望した。今のロシンの惨状がトワルの実験とやらに不適格だと判断されれば、見捨てられるだろうと思ったのだ。
 しかし次にトワルが発した言葉がロシンの意識を再び浮上させた。
「その子は僕が預かるよ。だから君はここで引いてよ」
「なんだと?」
 まだ欲望をロシンの中に埋めている状態のカロブは、その言葉に顔をどす黒く染めて怒りを露わにした。
「もともと君のは命令違反だろ? 僕はちゃんとソルバの許可も他の長たちの許可ももらってるよ。第二書庫の開け方を調べるために王族が必要なんだから」
「書庫? そんなもん何に使うんだ」
「そんなことどうだっていいだろ。で、渡すの? 渡さないの?」
 トワルの威圧に、カロブは苦々しげに顔を歪めて舌打ちした。ロシンを突き飛ばすようにして、乱暴に放れる。
「さて、と……。初めまして、ロシン王子。僕はトワル。古代魔法研究者のトワル」
 口元に薄く笑みをはいたトワルは、怯えるロシンを面白そうに見下ろしたのだった。