WALTZ―悪魔と踊れ―

6.バッドエンドの舞台裏

 マルジャーナを王太子の花嫁としてガイアードに送り出したシャロン王国は、今日も平和だった。今日も、ということは昨日も平和であり、明日もきっと平和に違いない。
 ガイアードは東の隣国をゼルヴェックに接しているため常に不安を抱えているが、シャロンは平和だ。北も南も西もそれぞれと友好関係を保っている。後はゼルヴェックと睨み合うガイアードともそれなりの友好と支援関係を維持できれば文句はない。
 そのシャロンに、マルジャーナたちが旅立ったガイアードから書簡が届けられた。娘を愛する父であるシャロン王はその書簡を開き、目を通し、一度首を傾げ、もう一度読み直し、そして人目を憚る余裕もなく仰天し叫んだ。
「王太子がマルジャーナを捨てた!?」
 只事ならぬ王の叫びに、周囲で様子を見守っていた者たちも一斉にその書簡を覗き込む。本来ならありえない無礼な行動なのだがその書簡の内容がもっとありえないことであるために黙殺された。つまり、非常事態だ。
「向こうの王子が姫ではなくその侍女に惚れたために婚約解消、そんな馬鹿な! しかもその後……姫が王子を刺したぁ!?」
 会議室に集っていた大臣たちの一人がとても信じられないその事実を読み上げると、王がふらりと倒れ掛かった。慌てて別の大臣が国王を支えに走る。
「陛下、しっかりなさってください!」
「だ、だが、わしは……」
 何処の世界に娘が人を刺したと聞いて平静でおられよう父親がいるのか。
 そして書簡を持った大臣は続きを読む。
「王太子が見初めた侍女の名はアマンダ……って」
 続けられたその内容に、国王よりも顔色を悪くした人がいる。
「わー!! リズアー宰相!」
 宰相がぱったりと倒れた。

 ◆◆◆◆◆

 ガイアード王宮中が一つの話題で持ちきりとなっていた。
「シャロンから来た姫が、王子を刺したんだって!」
「美人の侍女に王子を取られて、姫様もついに焼きが回っちまったのか?」
 使用人たちが無責任な、正確な情報が伝わってこないだけに憶測だらけの噂を無節操に交わす廊下をエヴァトは歩く。シャロンから来た姫と言えばマルジャーナしかいない。そして彼女が、何の理由もなくヴィルダーシュを刺すとは思えない。理由があってもそんなことをする少女には見えなかったが。
 これまで王子が自分という婚約者を捨てて侍女と情を交わしても許したような姫だ。むしろ彼女の口ぶりでは、王子を射止めたことで立場が難しくなったその侍女を庇うようだった。その彼女が軽はずみなことをするとはとても思えない。そして、もしも噂が本当だったとしても、エヴァトとしてはそんなことで彼女を牢獄や、ましてや処刑台送りになどしたくはないのだ。
「国王陛下!」
 挨拶もなく王の居室の扉を押し開き、顔色悪く王妃と話し合っていたアキレアスを見るなりエヴァトは口を開く。
「エヴァト=ノール、改めエヴァンス=ノールド、五年前の約束を、果たしていただきに参りました」
「エヴァンス、今はそれどころではないのだ、後に――」
「マルジャーナ姫のことでしょう。関係あるから今言っているのですよ」
 国王にすら好きに口を開かせず、エヴァトは強引とも無礼とも言える態度で取引を持ちかける。
「今すぐ俺に伯爵でも侯爵でもなんでもいいんで、今よりもっと適度に立派な爵位と、相当の資産を下さい、そして――」