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天上女装談義

 やはり麗らかな光射しこむ天界。
 屋外庭園風の一角にてお茶をする一行に、一人の少年が愛らしい顔で訴える。
「だからあのね。これはタルティアンの伝統的な巫覡の装束であって、そもそも俺は別に女装をしてるわけじゃねーんだってば」
 麦穂色の髪に榛色の瞳を持つ天下無敵の女顔少年ルゥは、自らの衣装の胸元をつまみながらそう言った。
 発端は「どうしてルゥはいつも女装なの?」という一言だった。「ああそれ俺も気になってた」と別の人間が乗ったその瞬間、たまたまその場に居合わせたいつもの面子の興味が一斉にルゥへと向けられる。
 それに対しての返答が先程の言葉だ。
「あ、そうなんだ」
 元々この話題を出した少年、見た目だけなら十四歳のルゥと同い年ぐらいに見えるだろう辰砂の弟子の一人、紅焔が頷いた。
「えー! いやいやでもさ、その服で髪の長さだろ? 絶対女の子に見えるって。それ前提で作られてる服なんじゃないの?」
 食い下がるのは、話題に積極的に乗ったザッハール。彼は某ベラルーダ国王――というかラウルフィカ一筋だが、他の可愛い子も当然鑑賞用として好きである。
「えー! そうでもないだろ。あと髪の長さは見た目よりも『髪には霊力が宿る』って呪いの意味が大きいよ」
「ここにいる世界最強魔術師とその弟子みんな短髪だけど魔力には不足しておりませんが……」
 自らの短い銀髪を撫でながらザッハールが言うと、ルゥがぷくりと頬を膨らませる。
「魔力じゃなくて霊力だもん! 俺女装なんかしてないもん! 女の振りは神子生活中しばらくしてたけど!」
「振りだけで納得されるレベルならやはりその服装は女の子っぽいんじゃないかなぁ? ねぇシファ」
「だよな」
 これまで興味なさげだったアリオスまでもが話に乗ってきた。最初に話題を持ち出したシファと顔を見合わせて頷き合う。
「もう!」
 ぷんぷんと怒るルゥを後目に、女装談義は次第に芽が出て葉が出て蕾がつき花を咲かす。
「でもまぁ……ルゥ君みたいな可愛い子の女装はいいよね」
「アリオスお前いつからそんな趣味が」
「白蝋殿……よもやルゥ様を邪な目で見るようなことは」
「見てません! 見てません! ただの一般論! だからその剣をしまってくださいティーグさん!」
 ルゥ命の元聖騎士が怖い顔で腰の剣に手をかけた辺りでアリオスが平謝りとなった。だてに彼も界律師白蝋と呼ばれてはいないが、近接戦闘では剣士の方が有利だ。ティーグ程の腕前の相手だと術を発動する前に斬られる可能性が高い。
「女装と言えば、我が陛下ですよ。ねー、ラウルフィカ様」
「あ?」
 ハートマークを飛ばしそうな勢いでザッハールが話を振った途端、それまで礼儀作法の見本のような上品さで紅茶を啜っていたラウルフィカが片眉を上げドスの利いた声を上げる。どうやら触れられたくない話題だったようだ。
「ザッハール、貴様うるさい」
「そうだよザッハールさんの変態」←ルゥ
「ロリコン犯罪者」←シファ
「ストーカー体質」←シェイ
「なんで俺そこまで罵倒されてんの?!」
 いじけたいい年の男が隅でのの字を書きはじめたのには誰も構わず話が進む。
「それでラウルフィカ陛下が女装してたってのは本当なんですか?」
「あと実際効果の程はどうだったんですか? 銀月さんの反応は抜きで」
 ルゥとシェイの素朴な疑問といった風情の顔つきにラウルフィカは嘆息して事実を述べた。
「国で有数の大貴族たる既婚男性を掌の上で転がす程度の威力だ」
「「ま、魔性の男……!」」
 趣味だの興味本位だのを超越したまさかの結果に、純粋な少年組が手を取り合って驚きを口にする。
「誰が魔性だ。実際あの頃十八だった私よりも、まだ第二次性徴前と言った容姿のルゥや紅焔の方が完璧に女になりきれるという意味では似合うと思うぞ。あと辰砂」
「「「お師様まで?!」」」
 伝説的魔術師まで容赦なく女装談義の生贄にした元国王の発言に、今度は辰砂の弟子三人が声を揃えた。他の顔ぶれにも衝撃が走る。
 ザッハールとアリオスは素早く視線を交わし合った。
「うわっ」
「ひゃっ」
 アリオスが辰砂を押さえ、ザッハールがシファを抱え込む。目を丸くする二人に男たちは欲望を口走った。
「すまんシファ。だが俺たちは」
「すみませんお師様。可愛い子の女装が見たい!」
 分割で欲望を口にした二人への返答は同じく辰砂・紅焔の師弟組で分割されたこの台詞だった。
「やれるもんなら」
「やってみやがれ!」
「「ぎゃー!!」」
 過去から未来において最強の魔術師と、その魔術師に現在最も近い弟子は容赦なく最高位の魔術で馬鹿二人を瞬殺する。同じ弟子でも第七感の魔術師たるシファとザッハール・アリオスの実力は天と地ほどの差があるのだ。辰砂に至っては何をか言わんや。
 吹っ飛ばされた二人が空を飛んでいく。ピンクの煙がもうもうと舞う中で、一同は深い溜息をついた。
「ところでラウズフィール殿。貴殿は今まで一言も発言していないがシェイ殿に女物の衣装を着せてみたいと思ったことはあるのですか?」
「ぶっ! ちょ、ティーグさん?!」
 仕切り直し第一声のティーグの台詞内容にシェイが思わずむせる。その隣で名前を出されたラウズフィールは特に興味はないと言った様子で口を開いた。
「シェイの女装だと、顔が同じだから単にシェルシィラ姫になると思うんですよね。だからあんまり興味はありません。今のままで十分可愛いですから。シェイがドレス着たいんなら止めないけどね」
「着るかバカ!」
 シェイがラウズフィールの胸ぐらを掴んでがくがくと揺さぶる。半分は可愛いと言う言葉に対する照れ隠しのようで、顔が真っ赤に染まっている。
「そういうティーグはルゥの格好についてはどう考えているんだ?」
「私も最初は女性だと勘違いしていたので……。ですが、ルゥ様は何を着ても似合うのでお好きな格好をしてくださればと思います。どんな衣装を着ても、そのたびに私はルゥ様の新たな魅力に気づかされるはずです」
「ティーグ様……」
 惚気全開のティーグの台詞に、ルゥがぽーっと頬を染める。そのまま見つめ合って二人の世界に突入。
 その頃、先程辰砂とシファに魔術で吹っ飛ばされたザッハールとアリオスがようやく足を引きずりながらここまで戻ってきた。
「おかえり、二人とも。ところでお前らの服のサイズは?」
 辰砂が二人の顔を見ず、いつの間にか手元に用意したらしい紙に何事か描き込みながら尋ねる。
「ただいまですよこんちくしょう。服のサイズなら成人男性一般通りで、手とか足とかの裾をちょっと長めにしてもらう感じですね」
「僕は裾そのまま一般サイズですが、いきなりなんですか」
「好きな色は?」
「寒色系。青とか紺とか」
「暖色系。赤とかオレンジとか黄色とか」
「ねー、紅焔、ラウルフィカ王。これデザインどれとどれがいいと思う?」
「ザッハールはこれですね。阿呆みたいに背高いですから。アリオスならこっちです」
「私もザッハールに着せるならこれがいい。色は勿論青で。いやいっそ死ぬほど可愛らしい色でもアリか……」
「――ちょっと待てオイ! 何故服のサイズだ! 何故サイズを聞いた?! まさか……」
「仕返しに僕らに女装させる気ですか?! やめてくれ二十代男子の女装なんて誰得なんだ?!」
 アリオスの叫びに、畳みかけるかのように全員が順番で声を上げた。
「僕得」
「僕得」
「私得」
「じゃー俺も得」
「僕も便乗」
「二人とも美形ですからそれなりに笑……似合うと思いますよ」
「世の中にはゲテモノ趣味とか、蓼食う虫も好き好きという言葉があってさー」
「「いやだー!!」」
 カオス極まる天界の一角に、男二人の悲痛な叫びが響き渡る。その時。
「貴様らさっきから騒がしいが一体何をしているんだ? 銀月と白蝋が羽もなしに空を飛んでいたようだが」
「あ、破壊神様」
 バサリと鳥の翼を畳むような音がして、彼らと縁深い神の一人、破壊神が降り立った。魔術師の杖を普通の老人のように身を支えるのに使っているザッハールとアリオスを見て変な顔をする。
「破壊神様! いいところに! お師様の女装とか見たくないですか?!」
 一発逆転と言わんばかりに目を輝かせたザッハールが、勢い込んで尋ねた。
「じょそう? 助走? 除草? ああ、女装か。え? 何故?」
「なんでとかそんなことどうでもいいんです! 辰砂の女装見たくないですか?!」
「え……そ、それはその……見たい」
 ザッハールの勢いに押されたか、思わず破壊神は本音をぽろりと口にする。
「見たいですよね?! 是非とも見たいですよね?! ついでにシファとシェイ君ルゥ君とラウルフィカ様の女装も見たいですよね?!」
「「僕・俺・私たちまで巻き込むな!」」
「いや、別にあとの連中に関しては知らんが」
 ザッハールに続いてアリオスまでもが、死なば諸共と言わんばかりの質問を重ねる。
「じゃあこの際ラウズフィール君やティーグさんの女装でもいいですよね?! 僕たちがそんなことになる以上二人もやってくださいよ僕らと共に死ね!」
「ふざけんなオイ」
「お二方悪ふざけが過ぎます」
「むしろ遠慮被りたいんだが。と言うか先程からお前たちが何を求めているのかさっぱりわからないのだが……」
 困惑した様子の破壊神に、呆れ顔の辰砂がいい加減この場に収集をつけるべく口を開いた。
「はいはい。馬鹿な豚共の話はそこまでにする。破壊神、お前が僕の女装がどうしても見たいってんなら、その時はお前も女装だぞ」
「え? じゃあ女装したら辰砂もしてくれるのか?」
 断らせるための辰砂の言葉に、意外や意外、破壊神は思いがけず前向きな反応を見せた。空色の瞳がぱっと輝いて頬が年頃の少女のように紅潮する。
「……なら、我も女装する」
「「「「マジで?!」」」」
 その場の全員が心を一つにして叫んだ。
「~~っ、は、破壊神……」
「我も女装する……そうしたら辰砂も着てくれるか?」
 そうして指先をもじもじと擦り合わせ若干上目遣いで見つめてくる少年神は、何を壊す前に目の前の最強魔術師の理性を破壊する。
「ああああああ、もぉおおおおお!!」
 ひっくり返った辰砂の手元で、ドレスのデザイン画が紙吹雪のごとくに舞った。
「銀月! 白蝋! 地上からありったけ布持って来い! 二着分だ!」
「やるんですかお師様?!」
「破壊神様には激甘ですねお師様!!」
「そして布だけ持って来たらお前らはさっさと出ていけ! 世界の裏側で待機!!」
「「酷ぇ!!」」

「……高位魔術師って奴は、馬鹿しかいないのか?」
「あれと他の魔術師を一緒にしないでください」
 騒ぐ間に冷めてしまったお茶を淹れ直しながらシファが訂正する。ラウルフィカの溜息だけが、風に乗った花弁のように水面に静かに落ちたのだった。