信房実装と北谷極からの童子切剥落について考える
1.信ボーのややこしい研究史
信ボー!! お前研究史の調査が面倒くさい!!(バァアアアアン)
いきなり正直な叫びから入ってしまいましたが、この面倒さ、もしかして研究史からの考察勢的には待ち望んでいた奴か?
刀剣男士・古備前信房に関してはさらっと概要を確認しようとした時点でなんか研究史の調査面倒そうだなとは思ったんですが、実際にやってみたところ想像以上に面倒だった。
そして同時に、このタイミング(童子切実装直前)で、この研究史の男士が実装されたことにはやはり意味があると思います。
えー、問題の「古備前信房」の研究史に関してはいつも通り「刀の事情」のページを参照してもらうこととして……
と、言いたいんですがこれに関しては多分、私がまとめたものを見ただけだと理解が追い付かないと思います。
「古備前信房」という刀工は近い時代の同名の刀工「一文字信房」と昔から混同されているらしく、古剣書の記述なども他の刀工以上にあてにならないようです。
「古備前信房」と一緒に語られる「一文字信房」を含めた周辺事情をある程度理解する必要があるので、直接刀剣の研究書を何冊も読み比べてみないとどういう話なのかよくわからないと思います。
それでもなんとか頑張ってあくまで「刀剣乱舞」考察用に話をまとめてみると、大事なことはだいたいこの2点です。
1.今回実装された刀剣男士は「酒井信房」の号を持つ刀である
2.「古備前信房」と「一文字信房」の話は切り離せない
順に見ていきましょう。
1-1.今回実装された刀剣男士は「酒井信房」の号を持つ刀である
端的に言って、今回実装された男士は「酒井信房」という名で呼ばれている刀です。
「古備前信房」の刀工名で来ていますが、酒井忠次の刀という公式の説明からすれば、集合体でもなく、号がないから刀工名を名乗っている刀でもないようです。
明確に一振りの刀であることが示され、さらにその刀にはすでに号と言っていい通称もついています。
「酒井信房」の名は確かに結構新しい呼び方のようですが、今まで実装された男士には本当にどの本にその呼び名が書いてあるのかわからないくらいおそらく最近そう呼ばれ出した男士(大千鳥)もいるため、これまでのとうらぶのスタイルならばこの刀は「酒井信房」の名で実装したほうが自然だったのではないかなと思います。
なので、信ボーに関しては、「酒井信房の名では顕現しなかった」ということを前提に考えたいと思います。
1-2.「古備前信房」と「一文字信房」の話は切り離せない
「古備前信房」を調べようとすると、「一文字信房」との混同問題に突き当たります。
とはいえ刀工同士の混同問題なんて今までもあったし、この二人に関しても整理できるんじゃないの? と思われる方もいるでしょう。
ところがどっこい。
「古備前信房」と「一文字信房」
この二人に関しては、同じ備前の「古備前」と「古一文字」という作風が近すぎて、研究者・鑑定家でもほとんど区別がつけられないそうです。
「古一文字」というのは、一文字派の開祖である福岡一文字派がその作風を確立までの最初期の刀工たちのことで、つまり福岡一文字派の祖の一文字則宗と同年代の刀工ということになります。
福岡一文字派自体が備前伝、つまり古備前の流れを継いで発展してきたわけですから、その福岡一文字派の作風がまだ確立されていない黎明期の古一文字の作品で同名の刀工となると、作風が似すぎてて古備前との見分けが一流の鑑定家でもつけられないそうです。
「古備前信房」の話をする際に、「一文字信房」の存在は切り離せません。
それどころか、信ボーこと「酒井信房」に関しては新資料の発見により再検討が行われて、「古備前信房」の国宝として扱われていたものがやっぱり「一文字信房」ではないかとの見方が強くなったそうです。
私は「古備前信房」という名の刀剣男士が実装されたので刀工名ということは号のない刀なんだな、じゃあ刀工中心に調べるか! と思っていたら肝心の刀には号があるし刀工は古備前じゃなくて一文字でした。
ややこしすぎるぞ古備前信房!
(しかしとうらぶにはたまにある事態)
2.「酒」を名乗らぬ刀たち
それでは信ボーの研究史を簡単に調べ終わったところで、その辺を踏まえてここ最近の流れ、とくにもう数日後に迫った「対百鬼夜行迎撃作戦(2年目)」と、そこで実装されることが発表された「童子切安綱 剥落」について考えたいと思います。
「古備前信房」が実は「酒井信房」で、その名を名乗らない(あえてなのかできないのかはわからないが)となると、童子切とのある共通点が気にかかります。
両方とも、「酒」を名乗らない刀である。
信ボーに関しては上記の通り。
そして童子切に関しては、名前の由来が創作とはいえ「大江山の酒呑童子を斬った」ということになっているので、その由来から正確に名づけるならば「酒呑童子切」と言えますが、語呂の問題かどうかはともかく刀の名前としては「童子切」です。
民俗学的には「童子」は「鬼」と密接な関係のある概念なので「童子切」でも「鬼斬り」として通じますが、「童子」とは字面だけ見れば「子ども」です。
名前の字面だけで判断すると子どもを斬った刀のようにも見えます。
そして7月に信ボーこと「古備前信房」の実装と同時に何があったのかと思い返せば、「北谷菜切・極」です。
北谷菜切の逸話はそれこそ「子どもの首を触れもせずに斬った」というものです。
名前に「酒」を名乗らない刀。
「子どもを斬った」逸話の刀。
「古備前信房」と「北谷菜切・極」を合わせることで、「童子切安綱」と対、あるいは表裏の存在になると言えるのではないか?
Twitterでは以前ちろっと呟いた気もしますが、信ボーこと「古備前信房」を名乗る刀剣男士が実質「酒井信房」であると研究史を調べて知った後だと、ますますそう思えてならない。
「酒井信房」を名乗れない「古備前信房」
「酒呑童子」の「酒呑」の部分を省略されている「童子切」
これまでも重視してきた名前により言葉遊び要素を踏まえるならば、除かれたのは
――「酒」。「酒を飲むこと」。
ここが重要ではないかと思います。
3.酒を呑むことは「分離」か?
では、何故「酒」を拒んだのか、除いたのか、「酒」に何があるのか。
……「酒」の持つ要素は、おそらく「分離」なのでは?
より厳密に言うとおそらく「離別を前提とした統合、すなわち分離」。
いや「統合」なのか「分離」なのかどっちなんだよ、と突っ込まれそうですが。
これまでの考察をベースに原作ゲームの回想とメディアミックスの要素との合わせ技で考えます。
これまでの考察でもさんざん「酒を呑む」ことは「統合」と「分離」どっちだろうなと頭を悩ませましたが、
今回の信ボーが「酒」の付く名を避け、
酒呑童子を斬った童子切が「剥落」という要素を持って実装されることが判明し、
さらに「対大侵寇防人作戦」の直前、福島光忠の日本号の回想113
などを合わせて考えると、「酒を吞む」という要素が意味するものはおそらく「分離」あるいは「離別」の意味が強いと思われます。
今回「対百鬼夜行迎撃作戦」の直前にクソややこしい研究史の古備前信房が実装されたわけですが、この感じなんか前にもあったなと考えると「対大侵寇防人作戦」の前の福島光忠実装ですね。
福ちゃんもお前の研究史めんどいよ大賞ノミネート勢(独断と偏見)。
福島光忠の研究史はどういうものかと言うと、名物の「福島光忠」としては消息不明扱いですが、実は現在そう呼ばれていない国宝の光忠の刀が福島光忠ではないのか? と言われているというものですね。
つまり、「福島光忠」という名を失って現存している。
この福島光忠の実装の次に展開された大きなイベントが、七星剣という同じ名を繋いだ敵「混」が登場する「対大侵寇防人作戦」なわけで。
名を失って現存する刀。
名が同じだからこそ統合して強大になった敵。
名の重要性が対極になっています。
大規模イベントとその直前に実装される刀剣男士の研究史には密接な関わりがあると考えていいと思います。
そして福島光忠と日本号の回想。
二振りの元主・福島正則が日本号を失ったのは、酒の失敗故です。
日本号が吞み取りの槍と呼ばれる所以ですね。
元主が酒吞みだったから、福島光忠と日本号は離れ離れになってしまった。
日本号自身も酒吞み槍。
この部分の構造が、そのまま童子切と酒呑童子に当てはまるってことじゃないですかね。
酒を呑んで離れる。酒を吞むものと。
「対大侵寇防人作戦」と、「対百鬼夜行迎撃作戦」で対になっている。
古備前信房が「酒」のつく「酒井信房」の名での実装を避けた(あえてなのかそもそもできないのかは不明)のは、「信房」という刀工が「古備前信房」と「一文字信房」を分離することができないタイプの研究史だからでは?
同じ信房作の十万束要素かと思われた信ボーの台詞の「結束」はここからかもしれない。
「信房」の話題は決して、「古備前信房」と「一文字信房」の混同問題を切り離すことはできない。両者はなまなかな区別もできないくらい似ていて交じり合っている。
逆に童子切が「剥落」なのは、酒呑童子を斬って統合した故に、そのうち「酒呑」を分離してしまったからでは?
「童子」には民俗学的な「鬼」要素があるけれど、「酒呑童子切」ならまだしも「童子切」では、「斬った鬼の名」が失われてしまっている。
鬼にとっての「個」を示すその名。
異去の名前なき「戦鬼」たち。
……童子切の「剥落」要素、彼が失ったものは鬼の「酒呑(童子)」なのでは?
南泉が猫に呪われているように、青江が女幽霊を連れているように。
斬ったという逸話を持つ刀のいくらかはその斬った対象を身の内に抱えている。
それが童子切の場合は相手の名が分離を意味する「酒呑」故に失われてしまった。だからこその「剥落」要素なのではないかと思います。
これに関してはそもそも斬った奴連れてない系の男士は? という問題がありますが。
いや燭台とか蜻蛉とかどうすんだよっていうか。
4.「酒」と「古」
「俺は酒は呑まない」
というのは舞台の長義くんの台詞ですが、今年長義くん主役の短編連作集のタイトルは「十口伝」で、色々な意味が考えられますが一番大きいのは作中で言及されていた「古きを伝える」の「古」だと思われます。
「慈伝」から謎だった舞台長義くんの下戸要素、ここに繋がって来るんじゃないのか?
「酒井信房」という「酒」のつく名を拒んだ物語の裏側が「古備前信房」。
重要なのは「古」では?
「酒を吞まない(分離しない)」ことの裏側は「古きを備えて斬る」なのかもしれない。
言葉遊び的に「古備前」ってどこまで分解するんだろうなーと思いますが、漢字の「前」は刀で斬って進むという要素があると考えればこんな感じ?
……「酒を吞む」ことが統合前提の分離だとすると、舞台の「慈伝」やミュージカルの「花影ゆれる研水」で酒にまつわるシーンの意味がだんだんつかめてくるような気がします。
「花影ゆれる研水」は一期一振とカゲの統合と、それ故の離別の物語ではないのか。
「一期一振」の物語として完成されるためには己の空白を受け入れながら影打を統合しなければならないけれど、一方で影打のカゲは己の兄弟でもある。
その兄弟刀との別離と餞こそが、最後刀剣男士たちが酒を吞みながら花見をして「よみびとしらず」の歌を歌うシーンで締める構成なのではないでしょうか。
そして舞台、「慈伝」の長義くんは多分、政府に帰っても良かった。
次郎太刀たちが政府に帰っちゃったんじゃないのかと心配したように、おそらく彼にはその選択肢もあったのではないか。
けれど本丸に残った。
たぶん――写しの国広のために。
鶯丸から国広がもう仲間を失わないように強くなろうとしていると聞かされた長義くんが考えた、自分にできることがそれだったからではないか?
「俺は酒は呑まない」と言った舞台長義の姿勢は結局、ここに繋がるのではないか。
統合前提の分離、その拒否。
相手を「斬る」ことは統合みたいなので、手合せできっちりどちらかがどちらかを折る結末こそ統合だったのではないか。
そしてある意味長義くんはそれを望んでいるようにも見える。
けれど結局のところ、「慈伝」で彼が選んだ答は、国広のために本丸に残るというものだと思うんですよね。だからこそあのラストと、「綺伝」での台詞、「お前が帰るまであの本丸は俺が守ってやる」に繋がるのではないのか。
「酒を吞む」と言う要素と「分離」に関する結末。
童子切剥落関連でここの意味が解明されることを期待してもいいんでしょうかね。
5.「酒」は「水」の「酉(鳥)」
でも、そもそもなんで「酒を吞む」と分離なんだっていう。
ここまで来たら「酒」の字も分解してみっか!
さんずいに酉ということで、「水」の「鳥」でしょうかね。
「酉」の字で調べたら本来は動物の鳥の意味はなく「作物が完全に熟した状態」であるとかいう興味深い情報が入ってきました。
十二支の感じは本来植物の様子を表していて、動物とは関係ないとか。
その一方で、十二支の「酉」は普通に動物の「鳥」ですよね。これがあるから両者が繋がる。
となるとやはり酒は「水の鳥」。
この前、小烏丸極からの大典太極の考察で「鳥は救いたいと思ったものを救えずに地に落ちた存在ではないか?」とやったばかりだとこの解釈も意味深なのですが……。
「混」は水の中の日日。
「酒」は水の鳥。
どうもなんかこの辺に重要要素が集中してきたような。
「酒を吞む」ことは「水の鳥」との統合であり、それが意味するものが分離?
この辺はちょっと頭に置いておきつつ続報を待ちたいと思います。
6.個のないものを斬る
童子切と酒呑童子の関係が、相手を斬ったからこそ相手の個を示す名を奪った関係かもしれないというのは興味深い。
これ、ある意味それこそ長義・国広にもあてはまるんじゃないかなと。
山姥切の逸話の場合は、長義が斬ったとされれば国広は斬っていないことにされ、国広が斬ったと判明すれば長義が斬ったことは否定されと。
本歌と写しの間でどちらかが斬ればどちらかは斬っていないという扱いになる。
国広の修行手紙で言うようにお互いの存在を食い合っていて、相手を殺したからこそその名が自分のものになるが、その反面その時はその時でまた何かを失っている。
この関係性に童子切の「剥落」の意味次第で解釈が進むかもしれないのか。
あと、斬った相手の素性がよくわからないという話で気にかかることがもう一つ。
2028年実装組ラストでそろそろ極が来てもおかしくない祢々切丸ですが、「祢々」という怪獣を斬ったとされるものの、その「祢々」が何かはよくわからないという刀です。
斬ったという逸話はあるのに、その斬った対象が定かではない。
これも斬った対象から個としての情報が失われている例なのかなと。
今年は一気に話が進みそうで色々と楽しみになってきました。
とりあえず今回はこの辺で。