回想138における「持てる者こそ与えなくては」考

さすがに3日たってようやく孫六兼元のキャラの大外の枠ぐらいは入ってきたので昨日の呟きより回想138に突っ込もう。
兼元スタイル=長義スタイルという判定を下してるのは御前なので、御前の認識を一度振り返るのが大事だな。

さて御前の認識とは? 今やってるだろう? 復刻慶応甲府。

「愛こそ力だ」

兼元は水心子くんや人間無骨、他の男士との回想でずっと「後継」「後を継ぐ者」の存在を気にしていて、御前との会話で「後に継がれる物、紡がれる物語については知らないことのほうが多い」と言っているんだよね。

それを知りたいという兼元のスタンスに関して御前は沖田くんの話をしてやろうかと笑うけど、兼元は他に適任がいる、つまりそれは清光と安定とやれと辞退する。

一文字則宗「ほう、それは枝葉への慮りかい?」
孫六兼元「そんな大層なもんじゃない。知ることで、己の持っているものを知る。そんなところだ」
一文字則宗「どっかの誰かさんの言葉を借りるなら、持てる者こそ与えなくては、……な」

枝葉への慮り……物語の語り手、この場合は新選組の一員として御前と清光、安定の物語を作った沖田くんへの配慮かと。

そしてここで一度、兼元は御前の解釈を否定する。そんな大層なもんじゃない、と。
自分が後継の物語を知ろうとする理由に関し、そのことで己の持っているものを知ることができるからだと。

ここで沖田くんの話はきちんと沖田刀とやれと兼元が見せた配慮を御前は「枝葉(ここでは使い手)への慮り」と一度は解釈した
それを否定してむしろ自分自身のためだと「己の持っているもの」のことを口にした兼元のスタンスにもう一度御前があてた言葉こそが長義の口癖。

「持てる者こそ与えなくては」

だと。つまりここの読み方は長義と兼元をつなぐ御前の視点、御前の解釈こそが重要。
その御前曰く

知ることで、己の持っているものを知る=持てる者こそ与えなくては
≒枝葉への慮り

兼元自身が否定したけど、兼元の沖田刀への配慮を御前自身の言葉では「枝葉への慮り」と表現した。

御前の目から見て、兼元の台詞はその物語を生み出した人への愛情、気配りといったものに程近い。

それに対する兼元の否定は、御前の解釈ではなく、その対象の方ですね。

沖田くんとその刀への思いやりか?

いいや。自分が持っているものを知るために他者の物語も知ろうする、「自分自身のため」だと。

そしてこれを再度御前に評させた結果こそが「持てる者こそ与えなくては」。

つまり、御前は割とストレートに「愛」という言葉を口にして、自分も相手もそのように行動すべきだと考えているから直接的な表現になるけれど、兼元・長義の方は「愛」という言葉を使わず別の表現に置き換えるという性格上の相似が見られるという話です。

相手のためではなく、あくまでも自分のため。

それが、自分が「持っている」ということだから。

そして両者にもまた差はあって、兼元はまだ素直に「相手のためじゃなく俺のため」と口にするが、長義くんはもっと捻くれていて「俺が持てるものだから与えてあげるんだよ」と嘯く、と。長義くんがいかに素直じゃねーかって話だなこれ。

口にした二振り自身は理由をつけてストレートな愛情表現を否定するものの、御前の目からすれば等しく、どちらも己自身を構成する物語のすべてを大切にしているみたいなものだ、と。それが最初に兼元の表現を借りながらも御前自身の語彙から出てきた「枝葉への慮り」だと。

以前からの考察でもさんざん繰り返したんですが、まず御前と長義くんの「監査官」の考えは基本的に同じなのだと思います。

長義が国広に伝えたいことは、御前が清光に伝えたいことと同じだと考えていいんでしょう。

……長義くんの言い分がいかに普段からわかりづらいって話だこれ!

そしてどうやら今回、兼元も監査官二振りに程近い思考回路の持ち主だということが判明しました。

兼元関連で追加された回想のうち、136『関の義兄弟』、137『新々刀の推し事』、138『最強と無敵』を順番で見ていくと確かにこの性格とスタンスは大分長義くんと近いなという印象になりますね。オチとして139の喧嘩っ早さもついてくるけど。

 戦場に出てこずとも、俺たちの後継は立派にやっている。総じてみれば恵まれているんだろう

……後を継ぐ者がここにもか

選べる自由と選べない愛惜、感佩があるだけだ。

そんな大層なもんじゃない。知ることで、己の持っているものを知る。そんなところだ

巡り会ってしまった義理、かな。ははっ

後継、後を継ぐ者、すなわち自分が存在したことで影響を受けたものをすごく気にしている。己自身の積極的な行動でそれを確かめようとしている。

それが、自分自身が持っているものを知ることだと。

その姿勢を見て御前は最初に

「枝葉(物語を作った者)への慮り(愛)」

と判断し、兼元からの訂正を受けて

「持てる者こそ与えなくては(兼元と長義は同じだな)」と言い直した。

後を継ぐ者のその姿の中にこそ、己の持っている物語が、己の存在した証がそこにある。
――それを、自らの目で、確かめたい。

だから出陣先にも関わらず(休憩か何かか)、新選組の出てくる本を読んでいた。自ら彼らの物語を知ろうとした。

回想138の冒頭に戻ると、まず御前は兼元に「だんだらは着ないのか?」と問いかけ、赤穂義士も新選組も選べないという意味の返答を受け、それに対してまた御前が「喜んで浅葱色を着るものだと思ったが?」と言っている。

多分御前の台詞を追うのが一番わかりやすい。

御前から見て兼元は新選組大好きなんだよ。
だから彼は浅葱色のだんだらを、新選組の羽織を着るとばっかり思っていた。

けれど着なかった。

兼元にとっては赤穂義士も、新選組も同じように大切で、どちらかなんて選べるものでこそなかったから。

選べる自由と選べない愛惜、感佩があるだけだ。

刀剣男士として、選べる自由と、選べない愛惜と、そして「感佩」――「心から感謝して忘れないこと」があるだけ。

だから孫六兼元は当たり前のように「枝葉」を「慮り」、それを一文字則宗は山姥切長義の基本姿勢と同じだと判断した。

長義推しとしてそろそろ号泣していいですか?

兼元も長義も、決して誰かのため、誰かへの愛とはそのまま言わないんだよね。感謝しているとは言っても。

自分が持っているものを知りたいだけだと転じ。
俺が持っているから与えてあげられるんだよとただ嘯いて。

この二振りと共通しながら、圧倒的にわかりやすい言葉で素直に伝えてくれてるのは多分御前。加州は抽象的でわかりにくいって言ってたけど、長義くんに比べれば圧倒的にわかりやすいよね御前の話。

特命調査 慶応甲府 其の39 『その力の名は』
そうだな。……坊主、刀剣男士の強さとは何かわかるか
それは愛よ

特命調査 慶応甲府 其の43 『懐旧談 一』
愛こそは、我らを縛る鎖よ

特命調査 慶応甲府 其の46 『懐旧談 二』
坊主。愛されるだけでは、すべてはかなわぬぞ
愛に果てはないが、命も物語も永遠ではないぞ

特命調査 慶応甲府 其の56 『人の与えし』
だがそれでも。作り話であろうと、その話を付け加えたかった者がいたのだ

刀剣男士は愛によって強くなる。しかし同時に、愛によって縛られる。
そして愛されるだけではすべてはかなわないと、ただ待つだけの受け身を否定する。
だから慶応甲府の回想46の意味は自分から愛しに行けという意味であり、それは今回自分から新選組の話を知ろうと行動している兼元のスタンスと同じであり、長義とも同じである。

原作回想だけでなく派生の世界まで、何故毎回長義は自ら国広を探すのか、その答なんでしょうねこれ。

知ることで自分が持っているものを知る。

後世に作られた物語を知ることで、己を構成するもの、己を強くするもの、すなわち人の愛を知る。

そのためには誰かが結果を持ってきてくれるのをただ待つだけではいけない。自ら行動しなければ。

「山姥切」の号には一つの問題がある。

本歌と写し、どちらが本物の山姥切か?

突き進めばその答を知らねばならない。それでも突き進む。
知ることが御前曰くの「枝葉への慮り」によく似た

「持てる者こそ与えなくては」

の精神に通じるからだと。

……長義くんの情報を整理してると、多分あの子、自分の研究史は知ってるでしょ普通にって思います。これまで本当に何十万文字語る気だってレベルで語ったけど。

長義くんが知らないことがあるとしたら自分よりむしろ「国広側」の研究史。
山姥切の号の問題はそこに端を発しているから、国広を知らねば、自分が何故「山姥切長義」と呼ばれるのか本当の意味では理解できない。

だからこそ、それを知るために国広と向き合わねばならない。

そしておそらく御前が慶応甲府で清光を諭したのと同じように、国広にもちゃんと思ってもらいたいんでしょう。

「山姥切国広」を形作る物語、その「枝葉」がいかに美しく愛おしいものであるかを。国広自身に自覚してもらいたい。

なおそこまで考えておいてそれを促す方法が開口一番の「偽物くん」呼びで喧嘩を売っていくのこそ山姥切長義のスタイルだと思われる。

一文字則宗は柔軟。作り話も己の愛すべき物語と捉え、それを清光にも諭していく。歪な物語の何もかもを、それ故に愛するものだと思っている。

孫六兼元は真摯。相手のためだとか、誰かのためだとか、そのように他人を理由にすることなくただ全て自分のためだという態度で己の物語も、他者の物語もただ深く見つめる。

そして山姥切長義は……上二振りに比べて圧倒的に頑固すぎるな??

決して意志を曲げず、どんな結末が待ち構えていようと、自分はすでに持てる者なのだからただ与える側であると上から目線で何者も怖れずただ突き進む矜持と意志。

離れ灯篭の歌詞辺りからすると長義くんのこのスタイルって否定されるどころかむしろ長義くんに関してはこのまま臆することなく自分を信じて突っ走れという方向ですよね。

たぶん自分で自分を「持てる者」と言うこの高慢姿勢こそが、己に与えられた物語を、己の歴史を、己に与えられた人の愛を疑わないから、それが刀剣男士としては一番まっすぐな道筋ってことでいいんじゃないでしょうかね。
まっすぐだからと言って別に行きやすいというわけでもなく、むしろ本当にこの道を進んでいいのかと誰もが迷う道であるけれど、長義はそれすら表に出さず、この道は絶対に正しいと突き進む性格。

御前はそういうまったく素直じゃないところを含めて長義くんを完全に理解している側の発言だと思いますこれ。

兼元と長義くんをイコールで結びつけるには、両方をまず理解できる必要がありますからね。

御前は長義くんの基本スタンスも、だんだらを着ない兼元が、それでもどれほど新選組の斎藤一の刀としての物語を愛しているのか、どちらも深く理解しているからこその回想138だと思われます。

愛されていると知っているから。当然のようにたくさん持っているから。だから与えることなんて当たり前だと行動する刀と、

自分が持っていることを知りたいから、配慮だってするのは結局そのためなんだと言う刀、

確かに酷く近しく、似ている。
というか兼元をすごく極端に、かつ、まったく揺らがない性格にすると長義くんになると思う。

兼元が人間無骨と話し合った関鍛冶の行末、彼らの後継(包丁)たちの話。
己を感激の目で見る水心子を見てここにも後を継ぐ者がいるんだなと感慨を覚える話。
そして己と立場が似ていて、己より何百歳も年上の御前にこそ零せる本音。

己がすでに「持っている」ことを確信し、改めて確かめるために後継に関して酷く気にしていることを考えると長義推しとしてはあああああってなります。

原作ゲームだと長義くん割と隙なさすぎてとっかかり少なすぎるけど兼元さんと大体言ってること同じです、と言われるとめちゃわかりやすくなるぜー。

まあ刀工の活動期から判明する年齢的には

則宗 1208年頃、御番鍛冶になる
長義 1343~1380年ごろが主な活動期
兼元 1510年頃

監査官コンビに比べると兼元さん古刀と言っても末期の刀工だから圧倒的に若く、むしろ国広(1590年頃)の方に近いんで。

若いぶん長義くんよりはずっと素直なんでしょう(推しをじじい扱いしていくスタイル)。

しかし長義くん実装以来5年越しに「もてあた」の意味がはっきり示される日が来るとは。

回想の話の傾向としては、131の石田・蜂須賀の正宗と虎徹の真贋談義にも近いと思います。

彼らは真作と贋作を何故それほどまではっきりと区別しなければならないのか、それは贋作に埋もれた真作の価値を研究し実証してくれた人々の想いに応えたいからだというような話をしている。

刀剣男士たちが己を形作る物語、人の愛に対し抱いている想いをはっきりさせていくタイプの回想だなと。この辺はいずれもっと突っ込んで考察する必要がありそうですね。