乱藤四郎

みだれとうしろう

概要

名物 乱藤四郎

『享保名物帳』所載、鎌倉時代の刀工・粟田口吉光作の短刀。

直刃の多い粟田口吉光の作の中では珍しい乱刃であることから乱藤四郎と呼ばれるようになったという。

『享保名物帳』によると、初めは「細川の乱藤四郎」と呼ばれていたらしい。

『詳註刀剣名物帳』によると、「八幡閑談」に「細川勝元の乱吉光」とあるらしいのだが、この「八幡閑談」を実際に読んだり引用した研究書が他に見当たらず、『詳註刀剣名物帳』ぐらいでしか言及されていない。

足利時代の刀剣書では「公方様御重代」となっていたらしく足利将軍家の所有にもなった。

『日本刀大百科事典』によると、本圀寺の変で足利将軍家から朽木元綱へ与えられたとされる。

その後、『享保名物帳』成立時の1720年頃は武州忍の城主・阿部正喬所蔵。
しかし、阿部家に入った経緯は不明。

昭和7年頃に阿部家を出て、昭和10年頃には細川子爵家の所有となっている。

その後、いつ頃かは不明だが個人蔵となる。

現在は「重要刀剣」として「一般財団法人 日本刀剣博物技術研究財団」が関与・管理しているという。
「重要刀剣」とは、次の国宝・重要文化財指定の際に、これらの中から選択される貴重な美術刀剣のことだという。

号の由来は乱刃から

『享保名物帳』によると、
(直刃の多い粟田口吉光の作品にしては珍しい)乱刃だったことから乱藤四郎という異名を得た。

初めは「細川の乱藤四郎」と呼ばれていた

『享保名物帳』によると、
初め“細川の乱藤四郎”と呼ばれていた。

『日本刀大百科事典』では
もと管領・細川家伝来だったからであろう、としている。

『詳註刀剣名物帳』では、
“細川勝元の乱吉光と「八幡閑談」にありと春村筆記に記したるはこの藤四郎なるべし”とあるので、京兆細川家(細川宗家)の細川勝元(応仁の乱の東軍総大将)の所有だとしている。

『刀剣名物牒』(データ送信)
著者:中央刀剣会 編 発行年:1926年(大正15) 出版者:中央刀剣会
目次:(上) 名物牒 乱藤四郎
ページ数:13、14 コマ数:9、10

阿部豊後守殿 白川
乱藤四郎 有銘長さ七寸四分半代金六拾枚

昔は細川殿之乱藤四郎と云出来替る故異名也元禄十四極

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:粟田口藤四郎の部 乱藤四郎
ページ数:23、24 コマ数:26、27

阿部豊後守(奥州白河阿部子爵家)
乱藤四郎 在銘七寸四分半 代金六拾枚

昔は細川殿の乱藤四郎云出来替り故の異名なり元禄十四年極め。

細川勝元の乱吉光と「八幡閑談」にありと春村筆記に記したるはこの藤四郎なるべし藤四郎は多く直刃なるに此刀乱れ刃なる故有名なり。
阿部豊後守は三代将軍の老職を勤めたる豊後守忠秋の家なり、此家に伝りし名刀少なからず。

足利将軍家の所有

『日本刀大百科事典』では、
細川家から足利将軍家に献上してあったとする。

これに関して憶測かどうか判断するために他の資料を探したところ、古剣書の話題を取り上げている『日本刀剣の研究 第2輯』で乱藤四郎が足利時代の刀剣書の時点で「公方様御重代」とされていたようなので、足利将軍家に渡ったところまでは確かだと考えていいように思われる。

『日本刀剣の研究 第2輯』(データ送信)
著者:雄山閣編輯局 編 発行年:1935年(昭和10) 出版者:雄山閣
目次:隱れたる愛刀家の刀劍文學 源定正
ページ数:180 コマ数:343

乱藤四郎、今ニ公方様御重代トシテ御蔵ニアリ。乱タルハ希也。

1569年(永禄12)、本圀寺の変で足利将軍家から朽木元綱へ与えられる

『日本刀大百科事典』によると、
永禄12年(1569)10月、将軍義昭が本圀寺において、三好一族に囲まれた時、江州朽木(滋賀県高島郡朽木村)の領主・朽木元綱が、急遽かけつけ急を救った。

その功を賞して、これを元綱に与えた、という。

出典は『寛政重修諸家譜』となっている。
朽木元綱の項目で吉光の短刀を拝領していることは確かに確認できるが、号やその他の情報がないため現物の乱藤四郎と同一物かは判断できない。他の資料はどこかにないだろうか?

『寛政重脩諸家譜 第3輯』
発行年:1923年(大正12) 出版者:国民図書
目次:巻第四百十五 宇多源氏(佐々木庶流) 朽木 元綱
ページ数:142、143 コマ数:80

永禄十一年四月霊陽院義昭六條本國寺に止宿あるのとき、三好が一族これをせむるのきこえあるにより、元綱すみやかにはせのぼり、本國寺にいたり、一方を守りて防戦す。織田右府も岐阜より参向ありしかば、味方力を得、敵千餘人を討とる。故に三好が軍兵悉く退散す。義昭これを賞して、勝定院義持書したまふところの自畫讃の一軸、をよび吉光の短刀をたまふ。

1701年(元禄14)、極

『享保名物帳』によると、
元禄14年(1701)の極め。代付けは金60枚。

『享保名物帳』では、武州忍の城主・阿部正喬所蔵

1720年ごろの『享保名物帳』では、武州忍(埼玉県行田市)の城主・阿部豊後守正喬所蔵となっている。

『日本刀大百科事典』によると、阿部家に入った事情は不明。

昭和7年頃、当麻国行(国宝)とともに、阿部家を出る

『日本刀大百科事典』によると、
昭和7年頃、当麻国行(国宝)とともに、阿部家を出た。

昭和10年頃は細川子爵家の所有

『刀談片々』や『国宝刀剣図譜』によると、この頃は細川子爵家の所有として知られているようである。

細川利文子爵は、細川家と言っても肥後熊本の細川家から3代藩主・綱利の弟・利重が立藩した肥後新田藩(熊本新田藩、高瀬藩)の最期の藩主に娘の婿養子となった人物。

「維新 2(3)」(データ送信)
発行年:1935年(昭和10)3月 出版者:維新社
目次:古名刀を語る/本阿弥光遜
ページ数:233 コマ数:124

『刀談片々』(データ送信)
著者:本阿弥光遜 発行年:1936年(昭和11) 出版者:何光社
目次:古名刀を語る
ページ数:252 コマ数:135

『国宝刀剣図譜 古刀の部 山城』(データ送信)
著者:本間順治 編 発行年:1938年(昭和13) 出版者:岩波書店
目次:〔古刀の部〕 山城
コマ数:65

『刀剣鑑定秘話 2版』
著者:本阿弥光遜 発行年:1942年(昭和17) 出版者:金竜堂
目次:古名刀を語る
ページ数:252 コマ数:132

その後、個人蔵

いつの頃からかは不明だが、細川子爵家も出たらしく1972年時点では個人蔵。
下記の雑誌の時点では飯田稔氏所持。

「刀剣と歴史 (466)」(雑誌・データ送信)
発行年:1972年(昭和47)3月 出版者: 日本刀剣保存会
目次:口絵 珍刀押形集
ページ数:1 コマ数:5

現在

「一般財団法人 日本刀剣博物技術研究財団」のサイトによると、重要刀剣として財団が関与・管理する刀剣の一部として紹介されている。
日本刀剣博物技術研究財団が紹介する刀剣は、財団が関与・管理はするが所有者自体は様々だと言う。
乱藤四郎は刀剣研究家の個人蔵。

「一般財団法人 日本刀剣博物技術研究財団」はもともと株式会社ブレストシーブ内にあった研究所が2015年に分離・独立して設立された財団。
そのため、設立年に対して実質的な活動年数は長いという。

財団が関与・管理する刀剣としてブレストシーブ所有の刀剣も扱うため、ブレストシーブ所有の小夜左文字や愛染国俊、日本刀剣博物技術研究財団が管理に関与する大倶利伽羅広光と同じく「一般財団法人 日本刀剣博物技術研究財団」のサイトで紹介されている。

作風

刃長七寸四分五厘(約22.6センチ)。
平造り、真の棟。

地鉄は小杢目肌詰まり、地沸えつく。
刃文は五の目乱れ。
鋩子小丸。返りも乱れて、ハバキもと近くまで焼き下げる。

茎はうぶ。
「吉光」と二字銘。

金60枚の折紙付き。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:みだれとうしろう【乱れ藤四郎】
ページ数:5巻P125

調査所感

・応仁の乱と乱藤四郎

内田疎天先生、さらっとなんか大変なこと言っていません?

『日本刀研究便覧』(データ送信)
著者:内田疎天 発行年:1934年(昭和9) 出版者:岡本偉業館
目次:第四章 日本刀の沿革 古刀第二期の鍛冶と刀
ページ数:31、32 コマ数:58、59

その中に乱藤四郎と名くる七寸四分半のものがある。乱とは乱刃なるが故に此名を得たと云ふことになつてゐるが、其実此短刀の紛糾から応仁の乱が起されたのであるとの一説もある、実際吉光の作刀には、乱刃は極く稀れである、

まさかの応仁の乱を引き起こしたのが乱ちゃんだよ☆ 説。

ただしこの「一説に」と前置きして実際にそんなことを書いた資料を誰も紹介していないところから察するに、今まで死ぬほどあったパターンとして当時の研究者、愛刀家の憶測なんでしょうね。他の出典にうるさいタイプの研究者が全員スルーですしこの話。

・「八幡閑談」って何?

上で紹介した『詳註刀剣名物帳』に

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:粟田口藤四郎の部 乱藤四郎
ページ数:23、24 コマ数:26、27

細川勝元の乱吉光と「八幡閑談」にありと春村筆記に記したるはこの藤四郎なるべし藤四郎は多く直刃なるに此刀乱れ刃なる故有名なり。
阿部豊後守は三代将軍の老職を勤めたる豊後守忠秋の家なり、此家に伝りし名刀少なからず。

とありましたが、この「八幡閑談」がそもそもよくわからないぜ! と。

「春村筆記」と言うと羽皐隠史こと高瀬羽皐氏がたまに名前を出す水戸学の庄司春村先生が書いた何かだと思われますが、その詳細も不明。

他の刀剣書でも高瀬羽皐氏がこう言っていたという伝聞はあっても、この「八幡閑談」を直接読んだという研究者は今のところ見当たらず、一番肝心なところが結構曖昧です。

・来歴が一見曖昧なところが多いように見える

憶測が生まれる経緯もこれまでにさんざんやりましたが、来歴の空白部分に左右されます。
応仁の乱を引き起こしたという話は、高瀬羽皐氏が『詳註刀剣名物帳』で「細川勝元の乱吉光」と書いたのが有名になってそんな想像も生まれた、ということではないかと思います。

そしてこの話、おそらく知っているか否かで肝心の『享保名物帳』の「細川の乱藤四郎」の解釈変わると思います。

『大日本刀剣史 下巻』
著者:原田道寛 発行年:1941年(昭和16) 出版者:春秋社
目次:享保の名物牒
ページ数:543、544 コマ数:282、283

原田先生に関しては細川家を細川藤孝・忠興親子の肥後細川家で判断しています。

刀剣書の記載は簡素でそれだけだと誰だかわからないことがよくあるので他に補足する情報を持っていないとそういう判断も生まれると思います。

他で足利将軍家の刀と紹介されているのは足利時代の刀剣書の記述「公方様御重代」からの判断だと思うんですよね。『日本刀大百科事典』でも出典なしでさらっと流されたんですが。

『日本刀剣の研究 第2輯』で言及されているこの刀剣書、大森彦七の包丁藤四郎の逸話と同じ流れで書かれているので能阿弥本、『能阿弥本銘尽』の一種じゃないかと思うんですが断定はできない。

そんでもって、刀剣の来歴を考える時は『享保名物帳』と「明治時点での伝来先」が重要視されることが多いと思うんですが、昭和まで阿部家伝来にも関わらず『日本刀大百科事典』で阿部家に入った経緯が不明になっていることから、伝来先である阿部家が全然情報出してないタイプなのかなと思います。

刀剣の情報は残さなくても現物は重要美術品認定している家もあるんですが、乱藤四郎に関してはそれもないですね。

・現在は重要美術品等ではない

乱藤四郎に関しては、現在管理している日本刀剣博物技術研究財団はあくまでも重要美術品認定されていない「重要刀剣」扱いです。

ただ、価値的には「重要刀剣」というのはこれから重要文化財指定されるときの候補らしいので、将来的に何らかの指定がされる可能性はあるようです。

あくまで現在(2024年時点)は重要美術品でも重要文化財でもないので、そう思って探しても情報ないぞ、ということで。

・贋物ちゃんがいる?

種々のネット記事によると、2019年に乱藤四郎を騙ってオークションで贋作を売りつけようとする詐欺事件が発生していたようです。

オークションについて知った審神者が所有者にメールで報告したとかであらスゴい。

そして、その贋物ちゃん、今は本物の乱藤四郎を管理している日本刀剣博物技術研究財団が入手している。

なんで???

サイトでは本物と偽物を肉眼で比べてねという旨の色々勉強したい方にはありがたいお言葉がありましたが、一体どういう経緯で買い取ったのだろう……?

まぁ、使えない贋作として適当に廃棄されたり悪用されたりするより、きちんとした施設で教材としてお手入れされる方が刀のためではあるので、これでいいのかもしれません。

参考サイト

「一般財団法人 日本刀剣博物技術研究財団」

参考文献

『剣話録 上』
著者:剣話会 編(別役成義) 発行年:1912年(明治45) 出版者:昭文堂
目次:一 京物(上)
ページ数:5 コマ数:12

『日本刀』(データ送信)
著者:本阿弥光遜 発行年:1914年(大正3) 出版者:日本刀研究会
目次:第七章 刀匠の掟と其特徴
ページ数:219 コマ数:143

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:粟田口藤四郎の部 乱藤四郎
ページ数:23、24 コマ数:26、27

『寛政重脩諸家譜 第3輯』
発行年:1923年(大正12) 出版者:国民図書
目次:巻第四百十五 宇多源氏(佐々木庶流) 朽木 元綱
ページ数:142、143 コマ数:80

『日本趣味十種 国学院大學叢書第壹篇』(データ送信)
著者:芳賀矢一 編 発行年:1924年(大正13) 出版者:文教書院
目次:八 刀剣の話 杉原祥造
ページ数:338 コマ数:190

『刀剣名物牒』(データ送信)
著者:中央刀剣会 編 発行年:1926年(大正15) 出版者:中央刀剣会
目次:(上) 名物牒 乱藤四郎
ページ数:13、14 コマ数:9、10

『新刀古刀大鑑 上卷』(データ送信)
著者:川口陟 発行年:1930年(昭和5) 出版者:日本刀剣学会
目次:古刀之部 第一編 畿内 第一章 山城國
ページ数:38 コマ数:186

『日本刀講座 第6巻 (刀剣鑑定・古刀)』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
目次:(古刀鑑定)山城・攝津・和泉・河內 二 各流の系統と作風
ページ数:25 コマ数:259

『日本刀研究便覧』(データ送信)
著者:内田疎天 発行年:1934年(昭和9) 出版者:岡本偉業館
目次:第四章 日本刀の沿革 古刀第二期の鍛冶と刀
ページ数:31、32 コマ数:58、59

『大日本刀剣新考 訂』(データ送信)
著者:内田疎天 発行年:1934年(昭和9) 出版者:岡本偉業館
目次:第二章 古刀略志(第一) 五畿内
ページ数:388 コマ数:468

「維新 2(3)」(データ送信)
発行年:1935年(昭和10)3月 出版者:維新社
目次:古名刀を語る/本阿弥光遜
ページ数:233 コマ数:124

『日本刀剣の研究 第2輯』(データ送信)
著者:雄山閣編輯局 編 発行年:1935年(昭和10) 出版者:雄山閣
目次:隱れたる愛刀家の刀劍文學 源定正
ページ数:180 コマ数:343

「維新 2(3)」(データ送信)
発行年:1935年(昭和10)3月 出版者:維新社
目次:古名刀を語る/本阿弥光遜
ページ数:233 コマ数:124

『刀剣刀装鑑定辞典』(データ送信)
著者:清水孝教 発行年:1936年(昭和11) 出版者:太陽堂
目次:ミダレトウシラウ【乱藤四郎】
ページ数:458、459 コマ数:240

『刀談片々』(データ送信)
著者:本阿弥光遜 発行年:1936年(昭和11) 出版者:何光社
目次:古名刀を語る
ページ数:252 コマ数:135

『国宝刀剣図譜 古刀の部 山城』(データ送信)
著者:本間順治 編 発行年:1938年(昭和13) 出版者:岩波書店
目次:〔古刀の部〕 山城
コマ数:65

『大日本刀剣史 下巻』
著者:原田道寛 発行年:1941年(昭和16) 出版者:春秋社
目次:名物牒記載の名物 ページ数:67 コマ数:44
目次:享保の名物牒 ページ数:543、544 コマ数:282、283

『刀剣鑑定秘話 2版』
著者:本阿弥光遜 発行年:1942年(昭和17) 出版者:金竜堂
目次:古名刀を語る
ページ数:252 コマ数:132

『近代戦と日本刀 2版』(データ送信)
著者:本阿弥光遜 発行年:1943年(昭和18) 出版者:玄光社
目次:五 名物に就いて
ページ数:225 コマ数:131

『刀華会講話 : 名刀のみどころ極めどころ 第1集』(データ送信)
著者:本間順治 講述 発行年:1964年(昭和39) 出版者:刀華会
目次:第四講 山城国粟田口派 1 概説
ページ数:30 コマ数:23

『日本刀の鑑定と鑑賞 (実用百科選書) 』(データ送信)
著者:常石英明 発行年:1967年(昭和42) 出版者:金園社
目次:名物の刀剣
ページ数:250 コマ数:154

「刀剣と歴史 (430)」(雑誌・データ送信)
発行年:1966年(昭和41)3月 出版者: 日本刀剣保存会
目次:名物帳に記された山城の名刀(二) / 辻本直男
ページ数:5~9 コマ数:9~11

「刀剣と歴史 (466)」(雑誌・データ送信)
発行年:1972年(昭和47)3月 出版者: 日本刀剣保存会
目次:口絵 珍刀押形集
ページ数:1 コマ数:5

「刀剣と歴史 (574)」(雑誌・データ送信)
発行年:1990年3月(平成2) 出版者:日本刀剣保存会
目次:好古庵刀話(一一七) / 今野繁雄
ページ数:26 コマ数:18

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:みだれとうしろう【乱れ藤四郎】
ページ数:5巻P125

概説書

『刀剣目録』(紙本)
著者:小和田康経 発行年:2015年(平成27) 出版者:新紀元社
目次:≪第二章 鎌倉時代≫ 山城国粟田口 吉光 乱藤四郎
ページ数:113

『物語で読む日本の刀剣150』(紙本)
著者:かゆみ歴史編集部(イースト新書) 発行年:2015年(平成27) 出版者:イースト・プレス
目次:第7章 短刀 乱藤四郎
ページ数:167

『刀剣物語』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:粟田口吉光作の刀 乱藤四郎
ページ数:98、99

『刀剣説話』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2020年(令和2) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
(『刀剣物語』発行年:2015年を加筆修正して新たに発行しなおしたもの)
目次:戦国大名が所有した刀 乱藤四郎
ページ数:152、153

『刀剣聖地めぐり』(紙本)
発行年:2016年(平成28) 出版者:一迅社
目次:乱藤四郎
ページ数:86