いまのつるぎ
概要
『義経記』のえがく源義経の守り刀、「今剣」
『義経記』に平安時代の刀工・三条小鍛治宗近が宿願あって鞍馬寺に奉納した短刀を、源義経が守り刀としたとされる。
しかし、『義経記』そのものの成立は南北朝時代から室町時代とされ、その描写の信憑性は薄い。
現在に「今剣」として伝わる刀剣もないことから、この刀は『義経記』の中にだけ存在する創作上の刀と考えられる。
源義経が自害に用いた小鍛治宗近作の短刀(『義経記』)
三条小鍛冶宗近が宿願あって、鞍馬寺に奉納した六寸五分(約19.7センチ)の短刀。
別当(東光坊阿闍梨蓮忍)が申しおろして“今の剣”と名付け秘蔵していたが、義経が鞍馬にいた少年の頃、守刀として与えた。
義経はその後、平家討伐にも肌身離さず所持していた。
平泉で自害するときも、この今剣で乳の下に突き通し、腸をえぐり出した。
これらの基本的な内容は南北朝時代から室町時代に成立した『義経記』を出典とする。
『義経記』に関しては国立国会図書館デジタルコレクションのインターネット公開分はもちろん、当然著作権切れ作品なのでWikiソースなどにも全文が載せられている。
目次では主に衣川合戦、判官御自害という辺りにある短い文章なので直接原文を読んだ本がいいだろう。
『義経記』
著者:正宗敦夫 編 発行年:1929年(昭和4) 出版者:日本古典全集刊行會
目次:(義経記巻第八)判官御自害の事
ページ数:260 コマ数:137
三条小鍛冶が宿願有つて鞍馬へ打つて参らせたる刀の六寸五分ありけるを別当申下して今の剣と名付けて秘蔵しけるを判官幼くて鞍馬へ御出の時守刀に奉りしぞかし、義経幼少より秘蔵して身を放さずして、西国の合戦にも鎧の下にさされける、彼の刀をもつて左の乳の下より刀を立て、後ろへとほれとかき切つて、疵の口を三方へかき破り、腹わたを繰出し、刀を衣の袖にて押拭ひ、衣ひきかけ、脇息してぞおはしましける。
拵えの話
『義経記』の原典とされる資料はいくつかあるらしいが、その中の「田中本」と呼ばれる本に拵えの話が載っているらしい。
『田中本義経記と研究 下 (未刊国文資料 ; 第3期 第6冊) 』(データ送信)
著者:高橋貞一 編著 発行年:1965年(昭和40) 出版者:未刊国文資料刊行会
目次:稲垣本判官物語巻第八
ページ数:240 コマ数:127
上記の本ではほとんどひらがなで表記されている。
このひらがなにどうやって漢字を当てるかの訳の問題によりデザインが変わるようだ。
ちなみに『新編日本古典文学全集62 義経記』の発行は2000年と新しいが中身は以前に梶原正昭氏が訳したものを更に再版する形であり、『赤木文庫本 義経物語』の方でも梶原正昭氏の訳には触れられている。
『新編日本古典文学全集62 義経記』(紙本)
著者:梶原正昭校注・訳 発行年:2000年(平成12) 出版者:小学館
目次:巻第八 判官御自害の事
ページ数:461
柄には紫檀を合はせて、沓は唐草藤に竹の輪違へをぞしたりける。
『赤木文庫本 義経物語』(紙本)
著者:角川源義、村上学ぶ編 発行年:1974年(昭和49) 出版者:角川書店(貴重古典籍叢刊10)
目次:義経物語 巻第八
ページ数:209
柄には、紫檀を合はせて、轡唐草、虎に竹の輪違へをぞしたりける。
大太刀サイズの話
『義経記』において今剣は「六寸五分」(約19.7センチ)と記されている。
これがおそらく訳し間違いによって「六尺五寸」(約195センチ)になってしまっている本がある。
下記の本に載っていた……はずなのだが、私が以前(2022年頃)データ送信で検索かけた時は読めたはずなのだが、今(2024年)は国立国会図書館限定公開になっているのでデータ送信では読めなくなっている。
実はこの手の以前は読めたはずなのに現在国立国会図書館限定公開になっている本はデジタルコレクションには何冊かある。
『古典日本文学全集.第17』(データ送信)
発行年:1966年(昭和41) 出版者:筑摩書房
目次:巻八 コマ数:114
間違いから更に作られていく物語?
「六寸五分」(約19.7センチ)を「六尺五寸」(約195センチ)と訳し間違えた資料は上記の通り存在する。
そこから更に、ではこの六尺五寸の大太刀を磨り上げて短刀サイズにしたのだろうという新たな説が発生してしまっている。
『古典日本文学全集.第17』の今剣の「六尺五寸」という記述は他の本に収録されている『義経記』で「六寸五分」とされている箇所と同じである。
素直に読み間違い、訳し間違いと解釈すべきところだと思うが、まず『聖剣伝説2』で佐藤俊之氏が大太刀を磨り上げたものとの説を出し、それを読んだ牧秀彦氏の著書でもこれを踏襲している。
『聖剣伝説2』(紙本)
著者:佐藤俊之、F.E.A.R 発行年:1998年(平成10) 出版者:新紀元社
目次:薄緑
ページ数:127
『剣技・剣術三 名刀伝』(紙本)
著者:牧秀彦 発行年:2002年(平成14) 出版者:新紀元社
目次:第二章 中世武士 今剣 源義経
ページ数:86~90
『名刀伝説』(紙本)
著者:牧秀彦 発行年:2004年(平成16) 出版者:新紀元社
目次:第二章 中世・戦国 今剣・薄緑――九郎判官義経――
ページ数:62
牧秀彦氏の著書だと以上の二冊では『聖剣伝説2』の大太刀磨り上げ説に着目しているが、これより後の『名刀 その由来と伝説』ではこの磨り上げ説を削除して代わりに拵えの話が載っている。
牧秀彦氏は『剣技・剣術三 名刀伝』『名刀伝説』の時点では参考文献に『義経記』の名がないが、『名刀 その由来と伝説』では梶原正昭氏校注の『義経記』(上記で拵えについて引用した『新編日本古典文学全集62 義経記』と考えられる)を挙げているので、この時点で原作たる『義経記』を読んで間違いに気づいたものと考えられる。
調査所感
・創作の刀
「今剣」が創作の刀であることに関しては、刀剣書にそう書いてあるというよりも、『義経記』そのものが同時代の資料ではなく後世に作られたものであることから、当然この刀も実在しないだろうと結論づけられている、という感じです。
刀剣研究に関しては現存刀の来歴を遡ることもあれば、有名な伝承の刀を文献を漁って探そうとするも、どうもその伝承自体が最初から創作らしいという結果になることも、両方あります。
それどころか、平安やそれ以前の伝承に関しては刀剣関係なく人物やその他の伝承もほとんど後世の創作であると考えられるものがあちこちにあります。
・いまつるちゃん195センチ説
『義経記』みたいな軍記物はどこの図書館にもほぼ確実に置いてある資料なので商品として金を取って販売する本を書くならしっかりチェックして間違えないでほしいところだが間違えちまったものはしょうがない。
こうして195センチの高身長イケメンいまつるちゃんが爆誕するのであった。
この件に関してはすでに詳しく研究されているサイトがあるので正直かなり参考にさせていただきました。
(個人サイトなのでサイト名を載せていいのかどうかもわからないんですが……)
佐藤俊之氏の『聖剣伝説2』は新紀元社のTruth In Fantasyシリーズのうちの一冊です。
実際にこの本を読んでみるとなるほど、文章は明快で初めてこれら聖剣・名刀等のエピソードに触れる素人が理解しやすいよう簡易でありながら、その知識は巻末の膨大な参考文献一覧が示す通り多数の資料を読み込み、理解し、斟酌した上で更に魅力的に物語を伝えるよう練り上げられたものであり、著者の佐藤俊之氏はかなり頭のいい人物とお見受けします。
牧秀彦氏が佐藤俊之氏の語り口とその考察に魅力を感じてそれを信じ込んだ気持ちはわからんでもない。
でも最終チェックはちゃんとして☆
まぁ正直言うとよくあることです。本当によくあることです。細かいことは気にするな。
どちらの著者も巻末にちゃんと参考文献を掲げているタイプなのでこうして内容に疑問を覚えた場合該当の書籍から検証しなおすことができます。
そういう意味ではこの手の間違い自体はたいした問題ではないと言えばない。
『義経記』諸本の詳細や成立年代の話は難易度高いとわかりきっているものをやり始めると終わらなくなるので割愛します。
興味のある方は自分で図書館に行って古典文学の棚に入っている『義経記』を読めば大体そういった研究の話も載っていますよ。
参考文献
『義経記』
著者:正宗敦夫 編 発行年:1929年(昭和4) 出版者:日本古典全集刊行會
目次:(義経記巻第八)判官御自害の事
ページ数:260 コマ数:137
『田中本義経記と研究 下 (未刊国文資料 ; 第3期 第6冊) 』(データ送信)
著者:高橋貞一 編著 発行年:1965年(昭和40) 出版者:未刊国文資料刊行会
目次:稲垣本判官物語巻第八
ページ数:240 コマ数:127
『古典日本文学全集.第17』(データ送信)(2024年現在データ送信では読めなくなっている?)
発行年:1966年(昭和41) 出版者:筑摩書房
目次:巻八 コマ数:114
『赤木文庫本 義経物語』(紙本)
著者:角川源義、村上学ぶ編 発行年:1974年(昭和49) 出版者:角川書店(貴重古典籍叢刊10)
目次:義経物語 巻第八
ページ数:209
『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:いまのつるぎ【今の剣】
ページ数:1巻P110
『新編日本古典文学全集62 義経記』(紙本)
著者:梶原正昭校注・訳 発行年:2000年(平成12) 出版者:小学館
目次:巻第八 判官御自害の事
ページ数:461
概説書
『剣技・剣術三 名刀伝』(紙本)
著者:牧秀彦 発行年:2002年(平成14) 出版者:新紀元社
目次:第二章 中世武士 今剣 源義経
ページ数:86~90
『名刀伝説』(紙本)
著者:牧秀彦 発行年:2004年(平成16) 出版者:新紀元社
目次:第二章 中世・戦国 今剣・薄緑――九郎判官義経――
ページ数:62
『名刀 その由来と伝説』(紙本)
著者:牧秀彦 発行年:2005年(平成17) 出版者:光文社
目次:源平の名刀 薄緑と今剣
ページ数:68、69
『図解 武将・剣豪と日本刀 新装版』(紙本)
著者:日本武具研究界 発行年:2011年(平成23) 出版者:笠倉出版社
目次:第四章 名匠伝 宗近
ページ数:198~201
『刀剣目録』(紙本)
著者:小和田康経 発行年:2015年(平成27) 出版者:新紀元社
目次:≪第一章 平安時代≫ 山城国三条 宗近 今剣
ページ数:36
『物語で読む日本の刀剣150』(紙本)
著者:かゆみ歴史編集部(イースト新書) 発行年:2015年(平成27) 出版者:イースト・プレス
目次:第7章 短刀 今剣
ページ数:156、157
『図解日本刀 英姿颯爽日本刀の来歴』(紙本)
著者:東由士 編 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:消えた名刀たちの名鑑 今剣
ページ数:92
『刀剣物語』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:三条宗近作の刀 今剣
ページ数:74、75
『刀剣説話』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2020年(令和2) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
(『刀剣物語』発行年:2015年を加筆修正して新たに発行しなおしたもの)
目次:武家社会と刀 今剣
ページ数:64、65
『刀剣聖地めぐり』(紙本)
発行年:2016年(平成28) 出版者:一迅社
目次:今剣
ページ数:75