岩融

いわとおし

概要

三条小鍛治宗近作の、武蔵坊弁慶の薙刀

平安時代の刀工・三条小鍛治宗近が打った薙刀で、武蔵坊弁慶所持。
古剣書の一つ、『長享銘盡』にその旨が書かれている。

しかし、武蔵坊弁慶の薙刀の伝承は全国各地にあると言われ、他に詳細な史料もなければ、古剣書の記述はかなり信憑性に乏しいものも含まれる。

また『義経記』に登場する武蔵坊弁慶の刀は「太刀」や「小太刀」「脇差」とみられるものであり、名称も「岩通し」「巌通し」「いわつき」と要は「岩融」と同じ意味の名である。

源義経・武蔵坊弁慶に限らず歴史的な著名人の伝承は後世に盛んに軍記物や能や歌舞伎などの創作で人気を博し、現代に伝わるイメージもそうした創作を下敷きとしたものが多い。

「武蔵坊弁慶の薙刀・岩融」も創作中で弁慶の武器が「薙刀」であるという話と『義経記』に弁慶が「いわとおし」という名の刀剣を持つという話が混ざって一つの伝承となったものと考えられる。

武蔵坊弁慶の薙刀「岩融」(『長享銘盡』)

刃長、三尺五寸(約106.0センチ)。
三条宗近作。

『長享銘盡』の三条小鍛冶宗近に関する文章の中に弁慶の長刀として岩融の名が出てくる。
『日本刀大百科事典』によると『長享銘盡』の発行年は長享2年(1488)。

『長享銘尽』
写本
コマ数:12

弁慶長刀岩融三尺五寸

武蔵坊弁慶の太刀や脇差の名も「岩通し」(『義経記』)

『義経記』では弁慶の得物は薙刀ではなく小太刀や四尺二寸(約127.3センチ)の太刀になっている。
その刀の表記は「岩通し」「巌通し」「いわつき」など様々だが基本的に同じ「いわとおし」である。
試しに『義経記』を3冊ほど確認してみると本によって随分表記が違うのがわかる。

『義経記』
著者:正宗敦夫 編 発行年:1929年(昭和4) 出版者:日本古典全集刊行會

目次:巻第四 六 住吉大物二ヶ所合戦の事 ページ数:111 コマ数:62

岩通しと云ふ刀をさし

目次:巻第七 一 判官北国落の事 ページ数:199 コマ数:106

岩通と云ふ太刀あひちかにさしなして

目次:巻第七 一 判官北国落の事 ページ数:203 コマ数:108

いはつきと云ふ刀を抜きて

『義経記・曽我物語』
著者:武笠三 校 発行年:1927年(昭和2) 出版者:有朋堂書店(有朋堂文庫)

目次:巻第四 六 住吉大物二ヶ所合戦の事 ページ数:154 コマ数:88

巌通しと云ふ刀をさし

目次:巻第七 一 判官北国落の事 ページ数:269 コマ数:145

岩通しと言ふ太刀あひちかにさしなして

目次:巻第七 一 判官北国落の事 ページ数:274 コマ数:148

いはつきといふ刀をぬきて

(下記は現在読めなくなっているらしき本ですが、一応コマ数のメモは残しておきます)

『古典日本文学全集.第17』(データ送信)
発行年:1966年(昭和41) 出版者:筑摩書房

目次:巻四 六 住吉と大物の二ヵ所の合戦 コマ数:54
“岩透しという名の小太刀をさしそえ”

目次:巻七 義経の北国おち コマ数:88
“岩透という太刀をぴたりとさして”

目次:巻七 義経の北国おち コマ数:90
“岩透という刀をぬいて”

最後の『古典日本文学全集.第17』からすると「岩透」を小太刀としている箇所があるが、小太刀の定義は太刀と同義か、実質脇差と同じとして扱うか、時代や場面で結構変わるのでかなり面倒である。

弁慶の薙刀に関する諸説

岩融とは呼ばれていないようだが、「弁慶の薙刀」として伝えられているものはいくつか存在するらしい。

1.田束山

奥州本吉郡(宮城県)の田束山に安元(1175)年中、藤原秀衡が七十余坊を建立した巨刹に弁慶の薙刀と称するものが伝来していたので、天和3年(1683)の冬、伊達家で召し上げた。

『奥羽観蹟聞老志 : 第20巻 11』
著者:佐久間義和 発行年:1883年(明治16) 出版者:宮城県
目次:(巻之九 田束嶺)
ページ数:17裏 コマ数:19

2.伊達家には、昔から伝来する刃長二尺六寸一分(約79.1センチ)の薙刀があった

「国重」と在銘のほかに、「昔者武蔵坊弁慶之所持也 我伊達伯世々伝為重器者也」と朱銘があった。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:べんけいのなぎなた【べんけいのなぎなた】
ページ数:4巻P325

3.平泉から召し上げた、という大薙刀

刃長三尺二寸六分(約98.9センチ)で、藩主重村が、「伝言武蔵坊者之眉尖刀也 蔵于武庫也亦久矣因記 三尺晴雪 利用防君子身(花押)」と銘をいれさせた。(『伊達家御刀剣記』)

柄は黒漆塗りだったが、鞘は白鞘のままだった(『伊達家御腰物本帳』)

伊達家関連の出典にはあたれず、その薙刀が仙台市博物館に寄贈された時のデータはこの本で。

『伊達家寄贈文化財目録.美術・工芸』(データ送信)
発行年:1965年(昭和40) 出版者:仙台市博物館
目次:刀剣
ページ数:31 コマ数:26

あとは正直文字が全然読めないけど「弁慶」「長刀」部分が『長享銘尽』と同じで刃長三尺二寸六分のこのページが伊達家に弁慶の薙刀が伝わっていたと書いてあるページだと思われる(間違ってたらすんません)。

『御宝物之部仙台家御腰物之帳』(東京国立博物館デジタルライブラリー)
(仙台家御腰物元帳;伊達家御宝物御太刀由緒書)
時代:江戸末 写本
52コマ

調査所感

岩融が三条小鍛冶宗近の作で弁慶の薙刀であるという情報は、『長享銘盡』に載っている。

が、古剣書の記述は結構怪しいものが多くて、研究者たちは逐一疑い検討を加えながらようやく整理しているものです。

岩融に関しては持ち主の武蔵坊弁慶自体の実在が疑わしい(Wikipediaによると義経を庇護した複数の僧侶のイメージが集まって構成された創作説がある)とも言われていますし、『長享銘盡』のこれは創作だとみなされているようです。

三条小鍛冶宗近があまりにも伝説的な存在なので、色々な場面で色々な人や物が「俺は宗近に関係がある!」(付会)した結果のようです。

弁慶の薙刀が「岩融」だというのは、『義経記』の太刀の名前、『長享銘盡』の記述、実際に伊達家のような奥州の地に「弁慶の薙刀」と呼ばれるものがいくつか伝わっているという様々な情報の断片が寄り合わさって形成された伝説に見えます。

設定やら刀帳やらでわざわざ「集合体」であることを明言しなくとも、そもそも伝承の成り立ちがそうした構造である刀は岩融に限らず多いと思われます。

参考文献

武蔵坊弁慶の薙刀「岩融」

『長享銘尽』
写本
コマ数:12

それ以外の伝承(『義経記』の太刀、あるいは単に弁慶の薙刀)

『御宝物之部仙台家御腰物之帳』(東京国立博物館デジタルライブラリー)
(仙台家御腰物元帳;伊達家御宝物御太刀由緒書)
時代:江戸末 写本
52コマ

『奥羽観蹟聞老志 : 第20巻 11』
著者:佐久間義和 発行年:1883年(明治16) 出版者:宮城県
目次:(巻之九 田束嶺)
ページ数:17裏 コマ数:19

『義経記・曽我物語 (有朋堂文庫) 』
著者:武笠三 校 発行年:1927年(昭和2) 出版者:有朋堂書店
目次:巻第四 六 住吉大物二ヶ所合戦の事 ページ数:154 コマ数:88
目次:巻第七 一 判官北国落の事 ページ数:269 コマ数:145
目次:巻第七 一 判官北国落の事 ページ数:274 コマ数:148

『義経記』
著者:正宗敦夫 編 発行年:1929年(昭和4) 出版者:日本古典全集刊行會
目次:巻第四 六 住吉大物二ヶ所合戦の事 ページ数:111 コマ数:62
目次:巻第七 一 判官北国落の事 ページ数:199 コマ数:106
目次:巻第七 一 判官北国落の事 ページ数:203 コマ数:108

『日本刀剣の研究 第1輯』(データ送信)
著者:雄山閣編集局 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
目次:文献に表はれた名剣名刀譚 源秋水編
ページ数:111 コマ数:65

『日本刀講座 第1巻 (日本刀剣概論)』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
目次:第五 「ホコ」と薙鎌
ページ数:37 コマ数:175

『日本刀講座 第4巻 (外装篇)』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
目次:第六 頭槌大刀の行途
ページ数:24 コマ数:214

『日本刀講座 第8巻 (歴史及説話・実用及鑑賞)』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
目次:(歷史及說話三)本朝名刀傳
ページ数:326 コマ数:172

『刀剣刀装鑑定辞典』(データ送信)
著者:清水孝教 発行年:1936年(昭和11) 出版者:太陽堂
目次:イハトオシ【岩通し】
ページ数:30 コマ数:26

「好古 2(2)(10)」(雑誌・データ送信)
発行年:1939年2月(昭和14) 出版者:日本美術社
目次:古名物の刀槍 / 漆山又四郞
ページ数:61 コマ数:32

「警察新報 25(9);9月號」(雑誌・データ送信)
発行年:1940年8月(昭和15) 出版者:警察新報社
目次:日本刀と日本精神/前田稔靖
ページ数:61 コマ数:36

『伊達家寄贈文化財目録.美術・工芸』(データ送信)
発行年:1965年(昭和40) 出版者:仙台市博物館
目次:刀剣
ページ数:31 コマ数:26

『古典日本文学全集.第17』(データ送信)(現在データ送信では読めなくなっている模様)
発行年:1966年(昭和41) 出版者:筑摩書房
目次:巻四 六 住吉と大物の二ヵ所の合戦 コマ数:54
目次:巻七 義経の北国おち コマ数:88
目次:巻七 義経の北国おち コマ数:90

「刀剣と歴史 (508)」(データ送信)
発行年:1979年3月(昭和54) 出版者:日本刀剣保存会
目次:雑題迷話余聞 / 吉川皎園
ページ数:8 コマ数:9

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:いわとおし【岩融し】 ページ数:1巻P121
目次:べんけいのなぎなた【べんけいのなぎなた】 ページ数:4巻P325

概説書

『名刀伝説』(紙本)
著者:牧秀彦 発行年:2004年(平成16) 出版者:新紀元社
目次:第二章 中世・戦国 岩融――武蔵坊弁慶――
ページ数:68

『刀剣目録』(紙本)
著者:小和田康経 発行年:2015年(平成27) 出版者:新紀元社
目次:≪第一章 平安時代≫ 山城国三条 宗近 岩融
ページ数:37

『物語で読む日本の刀剣150』(紙本)
著者:かゆみ歴史編集部(イースト新書) 発行年:2015年(平成27) 出版者:イースト・プレス
目次:第8章 神代の剣・槍・薙刀ほか 岩融
ページ数:192、193

『図解日本刀 英姿颯爽日本刀の来歴』(紙本)
著者:東由士 編 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:消えた名刀たちの名鑑 岩融
ページ数:92

『刀剣物語』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:三条宗近作の刀 岩融
ページ数:72、73

『刀剣説話』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2020年(令和2) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
(『刀剣物語』発行年:2015年を加筆修正して新たに発行しなおしたもの)
目次:武家社会と刀 岩融
ページ数:62、63

『刀剣聖地めぐり』(紙本)
発行年:2016年(平成28) 出版者:一迅社
目次:岩融
ページ数:49