「刀剣乱舞」における逆輸入関係の一考

否定派の一考察

今回、刀剣乱舞ではリアルイベント「大本丸博」において、どう考えてもメディアミックスから原作ゲームへの「逆輸入」としか思えない形で「面影」「倶利伽羅江」という二振りの刀剣男士が実装されることが発表されました。

逆輸入はどんなジャンルでも一歩間違えば荒れる繊細なネタなのですが、正直今回の運営の発表の仕方はその辺りの配慮が大きく欠けたものだったと思います。

しかしそのせいで、多くの本丸で面影や倶利伽羅江が受け入れられなかったり、

逆に「逆輸入」自体に関して何も知らないのに逆輸入否定派を勝手に刀剣男士を否定する人非人扱いして煽ってくる輩が蔓延るという事態は個人的に腹が立ちますね。
そういうやつがいるから逆輸入否定派が生まれるんだわ全ての人間がどんな状況でも全てのキャラを大事にするなら大半の人間は逆輸入だろうがなんだろうがどうだってええわ!

と、言うことで、今回の逆輸入に関して我々はそれぞれ「逆輸入否定派」「逆輸入肯定派」の立場からどう受け止めればいいのか、まず一から考えてみませんか?

ただし私の主張はあくまでも「雑な逆輸入は嫌」「そもそも否定派の言う雑な逆輸入が何かわからない……」と言う方にはまだしも、逆輸入を一切認めない方までを説得できるものではありません。

誰に何を言われても逆輸入を最初から認めない方はここでお帰り下さい。

下記の文章は、今回の逆輸入に対してあらゆる側面から真剣に考えたい人向けのものです。

 

1.創作における逆輸入とは?

創作、特に商業作品における「逆輸入」とは、本来「原作」に対する「派生作品(メディアミックスを指す場合が多い)」独自に展開された設定やキャラクターが、原作の設定に後から組み込まれることを言います。

ただし、いきなり前提を覆しますが、こと「刀剣乱舞」においてはそもそも原作とは何か、派生とは何か、メディアミックスを単に派生扱いしていいのか、に関しては結構面倒な問題です。

まずブラウザゲームの「刀剣乱舞ONLINE」自体がニトロプラスとDMM GAMESの共同制作となるようで、プレイヤーの立場から純粋な原作・原案を指すものを区別するのは困難です。

逆に言えば我々プレイヤーの立場からすれば、「刀剣乱舞」の世界をプレイヤーが触れられる形で最初に世に出したのがブラウザゲームの「刀剣乱舞ONLINE」である以上、一般的な感覚から言えばこれを原作とし、またメディアミックスに「刀剣乱舞無双」というゲーム作品もある以上、普通は「刀剣乱舞ONLINE」を指して「原作ゲーム」、あるいは単に「原作」と認識する方が多いでしょう。

「刀剣乱舞」に関しては、もともと「原案」と「原作」の使い方のイメージが世間の一般常識と違ってちょっとややこしいという問題があります。

しかし今はその細かい定義に関して言葉を弄する必要はありません。今回ばかりは言葉遊びより本質優先。

最初に世に出された以上、やはり「原作ゲーム(あるいはそれを通して知る原作)」の尊重は重要だと思われます。

一方で、その他のメディアミックスに関してはじゃあ全て原作ゲームのネタを借りることしかできない実質完全二次創作状態かと言うと、それもまた少し違います。

特にメディアミックスの発表時期が早いものは、原作ゲームと同じようにニトロプラスから直接原案の方を聞いて原作ゲームのシナリオ制作の労力とほぼ変わりないものを各脚本家方々を費やして作られていると考えられます。ミュージカルの戯曲本などを読むと当初は今のような本丸の設定すらなく各々の作品作りにかなり苦労された様子が伺えます。

そして、だからこそ、逆輸入がダメと言うよりも、原作ゲームも他のメディアミックスも蔑ろにする「雑な逆輸入」が起きた時、問題がこじれるということになります。

 

2.逆輸入って悪いこと?(そんなことはない)

そもそも逆輸入って悪いことなの? 駄目なことなの、否定派が多くて当然なの? と言われると、そんなことはありません。

私なんてむしろ別のソシャゲで別ゲームに登場したキャラの本家逆輸入めっちゃ待ってるし(堂々)。

逆輸入という展開自体は別に良くも悪くもないんですよ。

人によっては逆輸入絶対許さない! という方ももちろんいるんですが、それはあくまで個人的な主義の問題であり、そういう方とは議論の余地がないのでここではお帰りいただくしかありません。

この文章の対象は、逆輸入の受け入れにきちんと議論の余地を持つ方だけです。

ジャンルによっては逆輸入をむしろ大多数のファンが待望する界隈も多いと思います。

そういうジャンルは、そもそも逆輸入の受け入れ態勢がきちんと整っている場合が多く、運営が原作も派生も大切にしていることをファンやプレイヤーが信頼しているからそういう空気が育まれるのです。

しかし、「刀剣乱舞」に関しては公式が作り上げた界隈の空気が、そもそもそういう逆輸入を大多数が手放しで賞賛できるようなものではなかったようです。

 

3.「刀剣乱舞」特有の事情(刀本体と男士の物語の関係)

刀本体と男士の関係

逆輸入に批判があるのは、いくつもの理由がありますが、まず客観的に見て「刀剣乱舞」というジャンル独自の特徴の一つが問題を難しくしている面があります。

刀剣乱舞に出てくるキャラクターはただのオリジナルキャラクターではなく、様々な刀剣の物語を基に顕現した刀剣男士という存在です。

では「刀そのもの」の扱いと「刀剣男士」の存在をどう切り離すか、あるいは一緒にするかと考えた時、初出作品と別の本丸に顕現した刀剣男士の同一性保持の問題と、そちらを重視ししすぎるあまりメディアミックス作品にすでに登場した男士がいる刀は逆にこの先ずっと原作ゲームに登場できないのか、という構造上の問題が発生してしまいます。

これに関する意見はそれぞれの審神者で異なりましょうが、まず一つだけ間違いなく全員で言えることがあります。

そんな状態になってる時点ですでにややこしいわ。

ただし、この問題に関してはそれこそが「刀剣乱舞」の醍醐味でもあるので、元より避けられないテーマではあります。

 

過去にメディアミックス独自の刀剣男士は実装しないという発言があったらしい

私もその頃はまだプレイしていなかったのであくまで先輩審神者からの伝聞ですが、他の似たような存在に関してはともかく、「倶利伽羅江」に関してはどうやら明確に原作ゲームには実装しないと言われていたようです。

実装してほしくない勢も実装してほしい勢も、どちらにしろその情報で「とうらぶはそういうもの」と受け入れて自分なりに刀剣乱舞の物語に長年向き合っていたことになります。

今回はそれを覆した形になるので、ろくな説明もなしにそういうことをされるのは正直ちょっと……という人が多いのは自然な状況です。

伝聞なので具体的にどこがその情報を出したのかも申し訳ありませんがよくわかっていないんですが、とにかく公式側がそういうデリケートな問題をころころ覆したら、やはりファン・プレイヤー側からするとこの作品はその場その場の気分で適当に設定を作って、その刀剣の歴史や物語を都合よく利用するだけして実際には軽んじているのではないかと疑心暗鬼になるでしょう。

 

4.逆輸入肯定派への反論2説

今回、逆輸入肯定派が否定派に対してこう考えればいいのではないか、と訴えかけるツイートなどもいくつか目にしました。

逆輸入を単に批判せず、それもまた「刀剣乱舞」全体から見た時の大切な物語の一つとして積極的に融和と統合を考える姿勢は素直に善良で好ましいと思います。

しかし、

常に原作ゲーム及びそれぞれのメディアミックスの独自性と相関性について多角的に考察している立場からすると、逆輸入肯定派のそれらの訴えは考察と言うには稚拙だと思います。
それらの理屈では、逆輸入の何が問題かを真に理解し、逆輸入否定派を説得することは不可能だと思われます。

以下、逆輸入肯定派の意見としてむしろしっかり考えられたと言えるものに、批判派の立場としてあえて反駁いたします。

 

知名度の捉え方について

メディアミックスからの逆輸入男士に関して、メディアミックスの物語があったればこそ、顕現に対する人の想いが集まって原作ゲームにも参加できたのではないか、というような意見を目にしました。

相手の方と直接喧嘩をする気はないので、あえてうろ覚えの文脈を使います。おそらくこういう趣旨だったと思われます。

この意見に関しては、相手の方の発想に悪意はないと信じますが、名刀の知名度の問題に関して、知識がない故に無意識に軽んじてしまっていないでしょうか。

倶利伽羅江
面影(の太刀)

この二振りは、どちらも刀剣界隈ではもともと「有名」な作品でしょう。

私の手元には倶利伽羅江はともかく面影の資料がまったくないのですが、これまでに実装された男士の研究史を調べた要領で国立国会図書館のデジタルコレクションを調べるとどちらもそこそこ資料が出てくるタイプですね。

(今まで実装された男士の中にはお前の資料はマジどこにあるんだってくらい資料が少ないタイプもそれなりにいます)

倶利伽羅江は『日本刀大百科事典』(近所の図書館でコピーを取りました、この本はデジコレにはまだありません)によると刃長など刀剣そのものの特徴に関する話の出典が「長谷川忠右衛門刀絵図」でした。
この長谷川忠右衛門さんと言う人というか家は戦国・江戸時代辺りの刀剣の大家らしく刀剣研究の世界でよく名が挙がる人です。私の知識と説明もめっちゃ曖昧ですいませんが。よって、刀剣研究の世界では倶利伽羅江はすでにそれらの情報を知られているはずです。
また、国立国会図書館デジタルコレクションで表記揺れを考慮していくつか検索をかけたところ、刀剣書で「明智光秀の倶利迦羅郷」の話題もすぐに見つかったので、現存こそしないものの普通に有名な刀枠です。

面影についてはまず名が挙がるのが『太平記』の長崎勘解由左衞門爲基の佩刀だと思いますが、豊臣秀次の刀の情報も『真書太閤記』ですから、どっちも歴史家がよく読んで知っている本ではないでしょうか。
現存こそしなくても知名度自体は鬼丸さんのように『太平記』に載っている刀と同等クラスと言えるでしょう。

……これほど有名な刀たちを指して、これまでは人から向けられる想いが足りなかったので、みたいな解釈は正直、元の刀剣に対して失礼な言い分ではないでしょうか……。

それは、単純に我々が知らないから有名だと思わない、というだけです。

小さな子どもが現在の総理大臣や戦国の三英傑を知らなかったとして、それを総理や三英傑が有名ではない、あまり語られないから、と考える人はいるでしょうか?

小さい子はまだそんなことを知らないんだな、そう考えて終わりでしょう。

人の想いが足りないから、今はあの子よりあの子に注目が集まっているから、云々は刀剣乱舞の解釈としてよく持ち出す人を見かけますが、元の刀の知名度をきちんと調べずにそれで済ませようとするのは、やはり無理があると言えます。

 

名刀の候補数について

名刀の数には限りがあるから、せっかくの名刀「倶利伽羅江」や「面影の太刀」という物語をメディアミックスで使い切らずに原作ゲームに逆輸入するのはむしろ歓迎すべきことではないか? という意見も見かけました。こちらは同じような意見を何人か言っていたと思います。

ただこれも、数という点でみれば反駁は容易いです。

現在刀剣乱舞に実装されている刀剣男士は116振り。

刀剣の価値と知名度がトップクラスである享保名物(江戸時代の『享保名物帳』に載っている刀)は、本によって多少違いがあるとはいえ、270振り前後。

ネットで調べた数字をそのままざっくり書きますが、現在国宝指定されている刀剣は120以上、重要文化財が790件、つまり合わせて1000件近く(ちょっと古い情報だと多少の変動あり)。

刀工の数は2万人程度。

現存の刀剣そのものの数は250万とも言われる。
(まあこれは本当に価値が低い刀なんかも含む可能性あり)

細かい数字は置いといて。

名物だけでなく明治以降有名化した現存の重要文化財や、新選組や維新志士の愛刀などの号のない刀、刀工由来の刀、特定の一振りではない同じ形の薙刀の集合体まで、

あらゆる条件の刀を刀剣男士として顕現する刀剣乱舞において、実装する名刀候補が足りなくなるという事態は数十年先までありません。むしろ実装候補は常に大渋滞しています。

これが一年間に40~50キャラ実装する他のソシャゲなら10年で1000人近く実装したので候補が足りねー! という事態もありえますが、とうらぶに関してはいや当分安泰でしょこれ……。名物帳の消化だけであと20年近くイケます。

その理由も、逆輸入の肯定には弱すぎると言えるでしょう。

 

5.逆輸入肯定派はどうすればいいのか

Twitter(現X)で逆輸入肯定派にも関わらず、逆輸入を受け入れられない人もいるなら否定すべき? という意見の方を見かけました。

かなりレアな意見であまりそういう考えの方はいないような気がしますが、逆輸入反対派としてはっきり申し上げます。

いえ、我々逆輸入反対派に対するそういう無意味な忖度はまったく必要ありません。
面影、倶利伽羅江。二振りの逆輸入を最初から肯定し迎え入れることを喜んだ方は、どうぞそのまま彼らを心から歓迎してあげてください。

逆輸入反対派も一枚岩ではないので全力で拒絶したまま終わる人もいるかもしれませんが、今回ただの逆輸入ではなく「雑な逆輸入」に関して運営に対して憤っている人の大半は、私のように本音を言えば、新しく本丸に来る刀剣男士を、他の子と同じように何の問題もなく受け入れてあげたかった、だと思います。

むしろ、そうさせてくれなかったことを悲しんでいるからこそ公式に対して怒っている。

逆輸入反対派に忖度して誰も二振りを歓迎しない、歓迎する人の数が減った、という事態は最も避けたいことです。

むしろ、逆輸入肯定派がしっかりと論拠のある考察で「今回の逆輸入はあらゆる観点から肯定できるものである」とスパっとこちらを納得させる結論を出してくれたらそれが一番いいはずなのです。

ただ、上で反駁したように、普段から原作ゲームとメディアミックスの共通性や相関性を史実や刀剣の研究史の観点からしっかり考察してきた勢力は、なまなかな意見には論破されないということはお心に留め置きください。

 

6.逆輸入反対派の危惧すること

今は面影や倶利伽羅江の実装を喜んでいる方も、多分状況によって我々否定派と同じ立場になった時に、逆輸入という事象そのものの残酷さに気づかざるを得ないと思います。
――無双の続編が出ない? ああ、そんなのどうでもいいでしょ?

――だって原作ゲームにすでに「面影」は実装されているんだから。

――無双で漂流本丸のみんなを助けるために、自らを犠牲にして一振り夢に残されることを選んだ「無双の面影」が永遠に救われなくても。

――「同じ顔の刀」さえ「うちの本丸」にいれば、そんなことどうだっていいじゃない!

……逆輸入によって生じる問題というのは、構造上どうしてもこういう主張を含みます。

同じ刀ですよ、同じ存在ですよ、どれも同じ面影さんですよ。

でも、無双で我々が出会ったあの子はたった一振り。

「顔」だけ同じならいいんじゃないんです。

「面影」という刀剣男士を魅力的に想い愛した人たちが本当に大切にしたいのは、「あの」面影さんではないのですか?

そういう人は本丸にくる面影ももちろん大切にするでしょうが、他でもない「無双の面影」の存在あればこそ、本丸に来る面影も愛すると言えるのではないですか。

「うちの本丸」に面影と同じ顔と名の刀がいれば、「無双の面影」が蔑ろにされても許せますか?

ここが最初から公式の説明によってしっかり区別されているのなら、なんら問題はありません。

けれどその区別が存在しないのなら、逆輸入を歓迎する人は「同じ顔の刀さえいればいい」ということになります。

だから逆輸入反対派には、元のメディアミックス側を愛するからこそ、この問題を解決しない安易な逆輸入を嫌う方もいます。それは当然の危惧だと言えます。

手元に、「うちの本丸」に来た面影ももちろん大切にするけれど、それでも何より、最初に出会った「無双の面影」が救われて欲しい。

雑な逆輸入で個々の作品ごとの特性を無視することは、そういう想いもまた踏みにじるものです。

今回の逆輸入の仕方は我々に作品ごとの男士の事情が守られる保証と安心を与えてくれるものではなかった。

この先の展開を明かせというわけではありません。
原作ゲームは原作ゲーム、無双は無双、どちらの物語も別物としてそれぞれが前に進んでいく保証こそが欲しかった。

これは立場を逆にすれば、原作ゲーム中心勢がいつもメディアミックスの本当に「顔だけ同じならそれでいい」勢力にいつも言われていることです。

――原作ゲームの進展がない? だったらメディアミックスを見ればいいじゃない!

そうじゃないんだわ。

別にメディアミックスだっていいんだよ。舞台だってミュージカルだって魅力的だったわ。きっと私がまだ見たことのない作品もきっとそれぞれの製作に関わった人々の力で良い作品であることは期待できるんだわ。

それでも、「うちの本丸」でなければ意味がない。

逆輸入による作品ごとの境界の破壊は、個々の作品ごとの価値、独立性があるからこその魅力などの破壊と同義です。

だからこそ普通は逆輸入を行う時はそれ相応の理由の説明がある方が大半だと思うんですが、とうらぶは逆輸入に完全に不向きな性質のゲームであるにも関わらずそれをやろうとした辺り、今回はちょっと公式の無神経が酷いと思います。

 

7.今回は本来しっかりした説明が必要な案件

というかこれまでも運営側は色々やらかしてはきたんだけど、「大本丸博」絡みではなんかいつも以上に色々酷かったような。

……前々から思ってたんですけどね、サプライズに必要以上に注力しすぎじゃないか。

大本丸博のスケジュール関連の愚痴が目立ってたけど、今回は公式が、客であるファン側が情報を耳にしてから対応する時間を考慮してない、客側の都合を一切考えていない部分がいつも以上に目立ちました。

公式というか運営側にもいろいろと都合があって、魅力的な演出を考えてくれているのはわかりますよ。

でも、だからって絶対に見落として無視しちゃいけない部分もあるだろう。

とうらぶ運営は経験値順といい疲労度といい、その辺の普通見落とさない部分をたまにごっそり見落とすからそういう意味では信用ないんですよ……。

この原因を考えた時、正直サプライズ、制作側の事情を「隠す」方に注力しすぎて、逆に絶対に出さなきゃいけない部分を忘れてるんじゃないかと思います。

私が経験したものは今まではぎりぎりしょうがねーなーもー。で済む範囲だったようですが(とはいえ経験値順とか抗議のお手紙送ったけど)、さすがに今回は普通に無神経だったと思いますよ……。逆輸入そのものというより、そこにろくな説明がなかった件ね。

悪意はないだろうけど、ただただ無神経……。

一時期流行った「わざと言っているのなら人が悪いしわざとでないなら気遣いがなさすぎます」という名言がぴったりと言うか……(鎌倉殿の13人)。

 

8.自分の感情を誤魔化すのには限界があります

上で知名度の問題に触れた時も軽く話しましたが、自分が知らないから、考えたことなかったからという理由で悪気なく軽んじるのはどうかと思います。

まあこれ多分感情の仕組み的に、絶対にやらないでいられる人はいないんだろうけど。

今回他に気になった肯定派の意見ですが、「メディアミックスで登場したら本家のゲームに実装されないというのは~~」という方向性のもの。

いや別に良くない? 原作ゲームに実装されなくても。

すでにそのオリジナル男士が登場した派生作品、映画なり無双なりが存在するんだから。

そっちを宣伝して、もし何かあったらすでに完成したその作品を推していけばいい。

舞台はただの刀剣乱舞派生作品の一つで終わらず、舞台そのものを原作とするアニメにまでなったでしょ。派生の派生が生まれたってのは物凄いことですよ。

そして9周年配信でその時説明された理由だって、「末満さんの脚本が本当に魅力的だったから」でしょう。どうして今回はそういう理由がろくにないのか。

私は基本的にグラブル民ですが、そういえばグラブルと刀剣乱舞のコラボも原作ゲームじゃなくて実は活撃とのコラボです。

だからやはりその理由は、逆輸入を肯定する理由にはなりません。

何故その形式ではなく、一度実装しないと宣言したものを覆してまで逆輸入したかったかの理由の方を説明してもらわないと。

いいんですよ。派生作品の派生作品を無限に生み出していったって。

派生という「写し」が、いつか別の作品の「本歌」になる。素晴らしいことじゃないですか。

それとも、「メディアミックスは、所詮派生なので原作ゲームほど価値がない」とでも?

……それはやはり、逆輸入を肯定したい理由に、無意識に原作ゲームの方が価値があると思っている自分自身の価値観を反映してメディアミックスを軽んじていませんか?

本当に原作ゲームもメディアミックスも、両方が素晴らしいと思っていれば、むしろ逆輸入の理由はなくなるんです。倶利伽羅江と面影にとっては「本歌」であるメディアミックスの方を推して行けばいいだけの話ですから。

「本歌」である原作ゲームはもちろん尊重してもらいたいですよ。
でもそれは「写し」にコピーたるお前は永遠に本歌様の下風に立てと言っているわけではない。

先に在った物事、その歴史を大事にしてほしいだけ。

そんでもって、こういう理屈の混線が起きて無意識に軽んじている内容が出来てしまう時は、やはり人間誰しもあまり納得しがたい出来事に無理に理屈を当てはめようとしてしまっている時だと思います。

自分の頑丈を誤魔化すのには限界があります。その方向で無理してもいいことないと思います。

 

9.考察勢として今回の逆輸入に対して言えること

私が一考察人として今回の逆輸入に肯定的な意見を言えるかどうか? に関しては。

「倶利伽羅江」と「面影」が原作ゲームに実装されることに関しては、この二振りへの思い入れなどは特になくとも、客観的にシナリオの価値はなんら損なわれず妥当なものであるとして肯定することができます。

私の考察も大分長いので初見の人に気軽に読んでくれとは言えない代物になりましたが、メタファー中心、論理構造が原作ゲームからメディアミックスまで全て共通するという主張を持つ人間なので、メタファーから言えば別に「このタイミング」で「面影」と「倶利伽羅江」は来てもおかしくないと言えます。

もともと無双の考察をメタファーの観点からしていた時の主旨は、舞台の「朧」こと山姥切国広の扱いと比較して、

「山姥切国広の影」「朧なる山姥切国広」

「朧」と「影」が並列した以上、この要素は同一のはずですから、「影」=「朧」です。

つまり「面影」はほぼほぼ「朧」です。

と、いうものでした。

対大侵寇以後の現在を便宜上第二節と呼んでいますが、第二節は対百鬼夜行で朧月が登場した通り「朧」のターンのようですから、ここで面影が実装されることに何ら問題はありません。

倶利伽羅江も似たようなもので、「倶利伽羅竜」に歴史という大河のメタファーとして多用される「江」がくっついていますから、もともと月に龍と書いて「朧」寄りの名の刀だと言えます。

メタファーだけ見れば両方とも、今このタイミングで来てもおかしくないです。
逆輸入であっても意味とタイミングをしっかり計算されての実装ですから、それ自体には何も問題はありませんし、そのことによって原作ゲームの価値をなんら損なうものでもありません。

先輩審神者から倶利伽羅江は原作ゲームには実装されない、つまりメディアミックスで誕生した刀剣男士は原作ゲームに逆輸入されないという話を聞いていなければ、いつものようにもともとこのタイミングで実装する予定だったんじゃ? と言っていたと思います。

逆輸入に関しては対大侵寇の後の稲葉江が当時これは逆輸入ではないかと言われていたような記憶がありますが(その頃は私自身がまだ新米だったのでうろ覚え)、稲葉江に関しては考察の結果、今でもぎりぎり「先出し」であって逆輸入ではないと言えると思っています。

ミュージカル「葵咲本紀」で登場した稲葉江は姿がはっきりしていないということを差し引いても、抱える感情が原作ゲームに実装された稲葉江の根幹、元主の結城秀康由来でミュージカル固有の事情ではないと言えるからです。稲葉江は多分もともとどこの本丸に顕現してもあんな感じでしょう。

一方で、倶利伽羅江に関してはまだ該当のメディアミックスを見ていないので何も言えないんですが、無双の面影の事情に関しては無双固有のストーリーに左右されている部分が大きいと思いますので、面影さんに関しては今回の告知だと完全に逆輸入形態だと思います。

と言うか、単純に製作者だけ考えても、今回は倶利伽羅江は映画、面影は無双の関係者が作ったキャラ、刀剣男士としての特性を完成させた状態で出したのが原作ゲームではなく派生作品の方なのですから、まあこれは逆輸入ですね。

最初に形を完成させた人たちの立場は非常に大事。

ニトロの原案をゲームという形で完成させた原作ゲームを普段の扱いで尊重するように、その子をその作品オリジナルの刀剣男士として最初に完成させた方々の立場は、やはり同じように敬わなければ。

つまり、「面影と倶利伽羅江の実装自体に問題は何もない」が、「今回の『雑な逆輸入』は肯定できない」という結論になります。

この件の否定先は刀剣男士ではなく、雑な逆輸入をかました公式の態度の方ですね。

 

10.彼らとうちの本丸

逆輸入はやはり、事象そのものが色々な問題を誘発し、本来表に浮かべなくても済むような思想や価値観を浮き彫りにさせる性質を持っています。どんなジャンルでも物議を醸しだすものです。

だから嫌なんだよー。絶対面倒なことになるに決まってんじゃーん。

そしてこの複雑さを理解できない奴ほど面倒な喧嘩を吹っ掛けてくるんだろ。すでに逆輸入嫌がるとか面影や倶利伽羅江を否定するなんて酷い人たちもいるよねーとか言ってるやつらいるじゃねえかオイ。絞めるぞ。

ろくな説明がないせいで考察じゃなく妄想を都合よく押し付ける勢が無限に調子に乗って煽りやがる。そういうやつらと棲み分けしたいんだよこっちは……。

この辺のプレイヤー間憎悪というか愚痴の話は正直キリがないのでこの辺で適当に切り上げますが。

結局のところ――我々はどうすればいいのか?

最終的にはこのろくな説明もないままの状態でも、自分で決めるしかないのでしょうね。

なんだかんだと理屈をつけて自分の感情を誤魔化すには限界がある。
それでも、自分で決めるしかない。答は自分自身しか持っていない。

我々は――私は――二振りを、どうしたい?

その子自身が抱える物語の中には当然、誰に作られどこで活躍したかという歴史も含まれている。今までのキャラとは生みの親が確実に違う。その違いは明白だ。

けれど、逆に言えばそれだけとも言える。

「面影の太刀」の物語も、「倶利伽羅江」の物語も。

――物語自体は、いつだって、どんなものだって、当たり前のように愛されるべきではないのか。

そういう意味での本質は、今までの男士たちと、なんら変わりないのではないか?

……今回は寄越し方がめちゃくちゃ納得いかないけれど。
ちゃんと説明しろって今でも思っていますけれど。

結局のところ、それを知っても知らなくても本当は変わりないのかもしれない。

タイトル忘れてしまったんですけど昔読んだ漫画の中で、「愛そうとすることは、すでに愛していることと同じ」というような内容がありました。

自分を誤魔化すためでも、なんだかんだ受け入れる理由を探しているタイプの人は、愛せないと思っていても、本当はもう相手を愛していることと同じなのではないですか?

だから誰かにその子を愛しても何も問題ないと言ってもらいたくて、こういう考察を巡ってしまうのではないですか。

そういう人は本当は、よくわからないもの、なんだか納得いかないものを自分は受け入れることはできないと思っているけれど、

本当は、そういったものにきちんと向き合って、自分の意志で愛することを選べる力を、最初から持っているのではないですか?

……まぁ逆に言えば絶対愛さない人と、愛さないための理由を探している人も無理はできないけれど。

自分が受け入れられないものを、自分の意志でしっかりと拒絶するのも大事なことではないかと思います。棲み分けのための線をここで引き直しましょう。

逆輸入男士を、受け入れるか、拒絶するか。

全員を納得させる理屈を運営が用意してくれない以上、我々が自分で決めるしかないのでしょうね。

それとも最初から、全員を納得させる理屈などないという前提でこういう出し方なのか……。

不完全燃焼な気はしますが、仕方がない。

ここで自分自身の選択を持って、話を終わるとしましょう。

EX.しかしやはり気になる状況の類似

うーん。3年半、3年半か。私のプレイ歴がちょうど今それくらいですが。

聚楽第実装も当初8月の予定だったから当時の審神者たちもそれぐらいだよね。
そして逆輸入論争で最初に揉めてた大侵寇は7年目だからやはり3年半で、今はやっぱりそこから3年半くらいなのよね。

……物語の性質が変わるこのスパン(3年半)鬼門なんです?

というか、なんか状況の類似が気になるような……。

6年前にやはり聚楽第の監査官として山姥切長義がやって来た時、当時の審神者にとっては同じように、ほとんど何の説明もなく正体のわからぬ男士が放り込まれたはず。

そのせいで何の罪もない長義くんが折られたという結果に、当時の他の審神者たちが折った審神者の心情を自分の中で消化するための、「愛せない理由」として掲げたものこそ「政府がいきなり怪しい男士を寄越してきたから」。

今回私が上で書いたことと同じじゃないの?

なんか状況の類似が本当に気になってきた……。

ろくな説明がないのはただの無神経でなく、そこまで計算?

いやでもな……経験値順は何らかの意図があった可能性を考えるけど、疲労困憊でこれまともにプレイできねーだろってなったのはさすがにただの調整不足だと思うんだよな。疲労困憊自体に意味はあるとはいえ。

(天然無神経と計算が絶妙に噛み合っている可能性)

……正直、どこまでが本気かはわからないけれど、プレイヤーたる審神者の価値観を揺さぶる状況の構築と難しい状況に置かれている男士の定期的な実装自体は意図的にやっていると思うのよね。

そしてその意図も、実装される男士の元々の立ち位置を考えれば理由に推測はつくだろう。

葵咲本紀の稲葉江も、無双の面影も。(ごめん倶利伽羅江の立場はノーチェック)

彼らは本来、我々の敵――だった。

本丸にただ受け入れるのに違和感があるというのは別におかしなことではない。

長義くんの時みたいに即殺しに行くのはおかしいけど!!

そして長義くんも、国広と存在を食い合う立場である以上、もともと剥落している部分が本質的に敵性存在である可能性は否めない。
対である国広自身に山姥を斬った記憶がないんだから。山姥斬った方の国広はどこに行ってんのさ、今。
なくても問題ないものが欠けている場合、その欠落や喪失に気づけるはずがない。
あるべきはずのものがないからこそ、ようやく気づける。

これまでの考察の成果としても、単純に実装時期によって一定スパンで刀剣男士の性質が入れ替わっているんでしょうね。

今回、ついに「童子切安綱 剥落」という目に見えた異質を備えた男士が実装されるように。

だから人によってはその状況に強い違和感を覚える。けれどそれを言語化して整理できる人が少ないのは。

味方であると告げられてやってきたものの中身が敵である。

異質があることを上手く言語化し、それをどう受け止めればいいのかまで答を出せた審神者は残れるけれど、そうでないものは?
言語化はこの際飛ばしてでも、相手を受け入れることを選択できなければ残れない……?

実際、今回だろうと稲葉江の時だろうと、本当に運営に嫌気がさした人たちの一部はゲームを離れることを考えただろうし。私自身がそうであるように。

でもそれすらも、本当は全部掌の上?

いやー、さすがにそれは……う~~~ん。

どこからどこまでが計算か。どこからどこまでが天然か。どこからどこまでがブラフか。

疑り深い私としましては、倶利伽羅江の実装しないよ自体が嘘の可能性も一応考えはしたからな。

まあ倶利伽羅江に関しては本気で実装しないつもりで、今回の本命が無双の面影さんだった可能性もあるけど。

……メタファー「外」。舞台やあやかし譚に使われた「外伝」の「外」の可能性。

外で独立行動をとるものの受容。「朧」の帰還と統合。

いやでも運営がちょこちょこ本当にどうでもいいタイプのポカするせいで微妙なところや……。

袋小路にはまりそうなので今回はこの辺で。

この感覚を証明するには私自身がまた3年半後の状況を見る必要があるからな。これの証明はさすがに気が長すぎる話だわ。