刀の事情

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松井江

まついごう概要「刀 朱銘義弘(名物松井郷)本阿(花押)」『享保名物帳』所載、南北朝時代の刀工・越中郷義弘極めの刀。「松井江」とも「松井郷」とも書く。『享保名物帳』によると、細川幽斎・忠興の重臣で、豊後杵築城主・松井康之所持。その後、徳川将軍...
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前田藤四郎

まえだとうしろう概要「短刀 銘吉光(名物前田藤四郎)」、「短刀 銘吉光」まえだとうしろう【まえだとうしろう】『享保名物帳』所載、鎌倉時代の粟田口吉光作の短刀。初め前田孫四郎利政所持で、その嫡子・三左衛門直之から前田家本家に献上された。以後、...
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堀川国広

ほりかわくにひろ概要1 土方歳三の堀川国広新選組副長・土方歳三佩刀の堀川国広について。新選組副長・土方歳三の脇差近藤勇が佐藤彦五郎(土方歳三の義兄・姉の夫)に送った手紙に登場する近藤勇が文久3年(1863)10月20日付けで土方歳三の義兄・...
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骨喰藤四郎

ほねばみとうしろう概要「薙刀直シ刀 無銘伝粟田口吉光(名物骨喰藤四郎)」いわゆる薙刀直しの脇差で、無銘だが粟田口藤四郎の作と極められている。『大友興廃記』によると、1336年(建武3)、足利尊氏が九州落ちしたときに大友家から献上した刀である...
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蛍丸

ほたるまる概要「太刀 銘来国俊 永仁五年三月一日」安蘇惟澄の太刀。鎌倉時代の刀工・来国俊の作。銘文によれば作刀時期は1297年(永仁5)3月1日。同じ年号を刻まれた短刀が存在する。1336年(延元1)、多々良浜の合戦において、安蘇惟澄は、こ...
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包丁藤四郎

ほうちょうとうしろう概要『享保名物帳』焼失之部所載、「包丁藤四郎」『享保名物帳』、焼失之部所載。粟田口吉光藤四郎作の短刀。「包丁藤四郎」「庖丁藤四郎」、両方の表記が使われる。もと江州多賀城主・多賀豊後守高忠の所持。ある時、多賀高忠が鶴を料理...
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へし切長谷部

へしきりはせべ概要「刀 金象嵌銘長谷部国重本阿花押 黒田筑前守(名物へし切)」『享保名物帳】所載、本阿弥光徳によって南北朝時代の刀工・長谷部国重と極められた刀。無銘の刀を本阿弥光徳が極めたため金象嵌で「長谷部国重本阿(花押)」「黒田筑前守」...
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不動行光

ふどうゆきみつ概要「短刀 銘行光(名物不動行光)」『日本刀大百科事典』によると、豊前小倉藩主・小笠原家伝来で、由緒は不詳。伝来については、小笠原貞慶が天正3年(1575)、長篠の役の功により、織田信長より拝領、という伝承があるが、貞慶がこれ...
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豊前江

ぶぜんごう概要「刀 無銘 伝 江(豊前江)」「刀 無銘義弘(名物豊前江)」大磨上げ無銘。無銘ではあるが、越中の郷義弘の作と伝えられている打刀。号のいわれは明らかではない。昭和12年の重要美術品認定の名義が小笠原忠春伯爵(旧蔵も小笠原長幹伯爵...
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福島光忠

ふくしまみつただ概要1 「福島光忠」について『享保名物帳』所載、備前長船光忠作の太刀、「福島光忠」『享保名物帳』所載、備前長船光忠作の太刀。もと福島正則佩刀。その後、経緯ははっきりしないが『享保名物帳』の編纂時には常州茨城郡宍戸(茨城県西茨...