同田貫正国

どうだぬきまさくに

概要

刀工・同田貫正国の略伝

古刀末期の永禄、天文頃に活躍した肥後同田貫系の刀工。
同田貫派は清国と正国を双璧とする。

姓は小山、諱は初め信賀、通称を上野介という。

『日本刀大百科事典』によると、子孫の説によれば、発祥地は肥後国菊池郡菊鹿町稗方にある「同田貫どんの跡」という。

刀銘にも「肥州菊池住信賀」、「菊池住同田貫上野介」と切ったものがある。
肥後国球磨郡にも駐槌し、「肥後国求麻住同田貫信賀」とも切っている。

定住したのは、同じく肥後国玉名市亀甲だった。
それで亀甲を、俗に同田貫村と呼ぶようになった。

『藤公遺業記』によると、熊本城主・加藤清正から「正」の字を与えられ、信賀を正国と改めたという。

しかし、同田貫正国の名作「鍋割り正国」の存在を考えると、加藤清正の庇護入国以前から「正国」と名乗っていたことになるらしい。

同田貫派の刀工は加藤清正に従って朝鮮役に参加し、朝鮮でも盛んに鍛刀して切れ味の良さで名を挙げた。
作品は実用刀であって、美術刀剣とは言い難い。

正国の没年は後裔の家の墓碑や位牌によれば、慶長18年(1613)11月19日という。享年は不明。

同田貫派の刀工たちはいずれも加藤清正の刀工として活躍したが、加藤家の没落とともに刀工たちも、業を廃した。

幕末になると、正国の直系の子孫に、大和守正勝・宗広父子、同族・同田貫正次らが、先祖の業を再興したという。

 

同田貫派について

『日本刀大百科事典』によると、

同田貫派は古刀末期に起こったもので、普通、清国と正国を双璧として挙げるが、清国は刀銘に「同田貫」を切らない。
そのほかに「同田貫」と切るものに、兵部・又八・右衛門などと、俗名のみを切るものを切るものがいた。
いずれも加藤清正の刀工として活躍したが、加藤家の没落とともに刀工たちも、業を廃したようである。

幕末になると、正国の直系の子孫に、大和守正勝・宗広父子、同族・同田貫正次らが、先祖の業を再興した。

 

古刀末期の永禄、天文頃を中心として同田貫某と称して栄えた一門で、元は延寿系

古刀末期の永禄、天文頃を中心として同田貫と称して栄えた一門。肥後居住。元は延寿系。

「同田貫」の語源

『日本刀大百科事典』によると、「同田貫」の語源については数説ある。

出典は「刀苑」や「熊本史学(3号)」となっているが、国立国会デジタルコレクションにもない雑誌。
(なので出典から自力で調べたい人は頑張って)

1.切れ味説

同田貫派直系の子孫・故小山束氏によれば、死体を田の畦にのせ、胴を斬ったところ、田圃まで貫いたので、胴田貫と呼ぶようになった、ともいうが伝説に過ぎない。
同家にも定説は伝承されていないという。

胴太貫とも書く。(出典は窪田清音の『剣法略記』となっているが載ってないような気がする。)

2.延寿鍛冶の別称説

菊池氏没落後、延寿鍛冶は離散し、玉名郡亀ノ甲に行ったのは小山同田貫、玉名郡伊倉に行ったのは木下同田貫、阿蘇郡内牧に行ったのは、洞田貫または道田貫と称したともいう。
しかし、小山同田貫以外に、「同田貫」と銘を切る刀工はいない。

3.道田郷説

鹿島神宮を尊崇するあまり、鹿島神宮の摂社である道田郷(茨城県行方郡麻生町)の鉾明神に因み、道田貫と称したという。
しかし、道田郷は肥後と離れすぎている上、道田郷はミチタ郷とよむので、それがドウダ貫になったとは考えにくい。

4.村名説

同田貫の嫡流・小山家所蔵の系図は、小山同田貫正国の子・秀朝が書いたもので、それには「肥州同田貫住」(『彫金美芸』)とあるから地名ということになる。

郷土史(『肥後国志』『藤公遺業記』『新撰事蹟通考』)でも、正国のいた玉名郡亀ノ甲を、俗に「同田貫村」という、としたものが多い。
『彫金美芸』は国立国会図書館デジタルコレクションにもないようである。

5.稗方説

同田貫の正系、故小山束氏によれば、同田貫鍛冶の発祥地は、菊池氏稗方だったという。
現在も同田貫の屋敷跡と伝えられるところがある(熊本市玉名郡亀ノ甲)。

正国の刀銘にも、「菊池住同田貫上野介」、または「肥州菊池住信賀」と初期銘を切ったものがある。
すると、玉名郡同田貫村に移住する前から、同田貫と名乗っていた、という矛盾を生じる。
しかし、同田貫派は発祥地の菊池を出た後も、「菊池住」と切ることがある、という古説に従えば、矛盾ではないことになる。

正国と同族の清国は、伊倉同田貫とも呼ばれるが、刀銘に「同田貫清国」と切ったものはない。
それを、菊池を出た後、同田貫村に居住した事実がないから、と解釈すれば、亀ノ甲、俗に同田貫村、とする村名説の傍証にもなる。

 

作品は実用刀であって、美術刀剣とは言い難い

『日本刀の歴史 古刀編』によると、

同田貫派は加藤清正に従って朝鮮役に参加し、朝鮮でも盛んに鍛刀して切れ味の良さで名を挙げた。
作品は実用刀であって、美術刀剣とは言い難い。

 

熊本城内には同田貫派の刀剣が非常時用の備品として数百本以上収蔵されていた

『日本刀の歴史 古刀編』によると、

熊本城内には非常時用の備品として、一門の作品が数百本以上収蔵されていたという。

『日本刀の歴史 古刀編』(紙本)
著者:常石英明 発行年:2016年(平成28) 出版者:金園社
目次:肥後国(熊本県) 同田貫一門
ページ数:462、463

 

同田貫派の作風

古刀期の同田貫派は、加藤清正好みの豪壮な実戦刀を造った。
野戦用の槍や薙刀もかなり造っている。

新々刀期になると、大和守正勝は薩摩の新々刀、宗広は備前刀、正次は水心子正秀流の刀を造り、先祖の面影は全くない。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:どうだぬきは【同田貫派】
ページ数:4巻P8、9

 

発祥地は肥後国菊池郡菊鹿町稗方にある「同田貫どんの跡」

姓名

姓は小山、諱は初め信賀、通称を上野介という。

 

発祥地は肥後国菊池郡

『日本刀大百科事典』によると、

子孫の説によれば、発祥地は肥後国菊池郡菊鹿町稗方にある「同田貫どんの跡」という。

「肥州菊池住信賀」、「菊池住同田貫上野介」と銘を切ったものがあるという。

 

肥後国球磨郡にも駐槌した

肥後国球磨郡にも駐槌し、「肥後国求麻住同田貫信賀」とも切っているという。

 

定住したのは肥後国玉名市亀甲

定住したのは、肥後国玉名市亀甲だった。それで亀甲を、俗に同田貫村と呼ぶようになった。

『肥後国志 巻之9 増補校訂』
著者:森本一瑞 著, 水島貫之 校補 発行年:1884、1885(明治17、18) 出版者:熊本活版舎
目次:亀甲村 高九十三石四斗餘里俗同田貫村ト云
ページ数:50 コマ数:52

鍛冶天正文禄ノ此菊池延寿カ末流此所ニ住レ専ラ刀脇差ヲ製ス兄弟アリ清正候名ヲ賜リテ清国正国と銘ヲ書ク又上野介又介杯ト号スル者精錬多レ今世間ニ同田貫ト称スル剣刀ハ是等ノ類ヲ云

『肥後文献叢書 第3巻』(データ送信)
著者:古城貞吉 等編 発行年:1910年(明治43) 出版者:隆文館
目次:新撰事蹟通考
ページ数:33 コマ数:20

亀甲村俗曰同田貫村

 

熊本城主・加藤清正(1562~1611)との関わり

『藤公遺業記』によると、

熊本城主・加藤清正から「正」の字を与えられ、信賀を正国と改めたという。

『肥後文献叢書 第2巻』
著者:武藤厳男 等編 発行年:1909、1910年(明治42、43) 出版者:隆文館
目次:藤公遺業記一巻
ページ数:145 コマ数:78

清正公御國中の鍛冶を撰給ふ時菊池家の末裔上野介信賀と云者玉名郡同田貫村に居住し菊池延壽太郞國村の傳を受數代鍛冶職鍛煉の者にて被召出御諱の一字を賜て小山上野介正國と名乘御城內御用被 仰付忍通鉄障子鎗刀釘等に至まて差上候に付炭鉄料として左之通奉書を下し給ふ
藏米之內千石 炭鉄料に可計渡者也
慶長九年八月廿日 清正御判
肥後國御一統且御城經營之事

 

肥後入国の年紀を切った刀があるが

清正の肥後入国の年紀を切った刀があるが、銘に疑問があると『日本刀大百科事典』で述べられている。

『古今鍛冶備考』所載の「鍋割り正国」という刀の異名の由来が正しいならば、それは一言坂の戦い(1572年)の時のことだから、清正の肥後入国の前からすでに「正国」と改名していたことになる。

 

炭鉄料蔵米千石を支給するという子文書があるが

また、『日本刀大百科事典』によると、

清正が熊本城築城のさい、正国に城の忍び返し・鉄障子・槍・刀・釘などを造らせたので、炭鉄料として蔵米千石を支給する、という古文書が『藤公遺業記』に載っているが、清正の花押が違っているため、偽書と見るべきだという。

『肥後文献叢書 第2巻』
著者:武藤厳男 等編 発行年:1909、1910年(明治42、43) 出版者:隆文館
目次:藤公遺業記一巻
ページ数:145 コマ数:78

 

1613年(慶長18)11月19日没

『日本刀大百科事典』によると、

正国の没年は後裔の家の墓碑や位牌によれば、慶長18年(1613)11月19日という。
享年は不明。

正国の後裔の話の出典は「刀苑」や「熊本史学(3号)」となっているが、国立国会デジタルコレクションにもない雑誌で、簡単には読めない。

 

作風

身幅広く、重ね厚く、切先の延びた豪壮な剣形。
槍や薙刀もかなり多い。
地鉄は杢目肌立つ。
刃文は五の目乱れ。
彎(のた)れに乱れまじり、直刃などをやく。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:まさくに【正国】
ページ数:5巻P76、77

 

銘文例

「肥州菊池住信賀」
「菊池住同田貫上野介」
「肥後国求麻住同田貫信賀」

「同田貫正国」と銘を切ると言われているが、多くは「同田貫上野介」と切ると言う。

 

名作 「鍋割り正国」について

一言坂の戦い(元亀3年、1572年)に、鍋の如き兜を頂いた甲斐の一兵士が憤然挺進して来るのを、永田政吉が迎え撃って、真っ向から快斫した。

故に「鍋割正国」と名付けたという。

『大日本刀剣新考』(データ送信)
著者:内田疎天 発行年:昭和8 出版者:岡本三郎
目次:第八章 古刀略志(第七) 西海道
ページ数:679、700 コマ数:759、760

『古今鍛冶備考』は国立国会図書館デジタルコレクションにはないが、国文学研究資料館が画像を公開してくれている。
『古今鍛冶備考』七巻(372コマ)の押形の隣に鍋割正国の解説が載っている。

右刀長二尺三寸九分重三分永田太郎右馬政吉所持也一言坂役有甲斐兵被玄冑如鍋先登者永田斬居以郤敵因名刀曰鍋割今其後大草氏蔵為

 

明治の天覧兜割りについて(同田貫だが正国ではなく別の刀工の話らしい)

明治20年11月11日伏見宮殿下の邸に行幸があった際に余興として兜割が行われた。
明珍鍛えの南蛮鉄桃形の兜を真剣で割れるかどうか試された。
警視庁の逸見宗助、上田馬之助など当時一流の剣術家であった二人は失敗したが、かつて江戸幕府の幕臣でもあった榊原健吉が出入りの刀剣商から取り寄せた同田貫の刀で成功させた。

『日本剣道史』(データ送信)
著者:山田次朗吉 発行年:1960年(昭和35) 出版者:再建社
目次:第十章 維新の世變と劒道の衰退
ページ数:376、377 コマ数:200

ただし、この時榊原健吉が使用した刀は書籍では単に「同田貫」とだけ書かれていることが多い。
ネット検索するとこの時の刀は「正国」ではなく江戸時代の「正次」または「業次」とされていることが多い。

同田貫派の刀工の話はその中で最も有名な正国のエピソードとして伝わっているものがあるのかもしれない。

 

調査所感

第一稿を出したのが大分前で、後で見直したらだいぶ雑な説明! ってなので出し直しました。

大幅に構成を変えて加筆修正しています。

 

参考サイト

「国文学研究資料館」 国書データベース 『古今鍛冶備考』

 

参考文献

『肥後国志 巻之9 増補校訂』
著者:森本一瑞 著, 水島貫之 校補 発行年:1884、1885(明治17、18) 出版者:熊本活版舎
目次:亀甲村 高九十三石四斗餘里俗同田貫村ト云
ページ数:50 コマ数:52

『肥後文献叢書 第2巻』
著者:武藤厳男 等編 発行年:1909、1910年(明治42、43) 出版者:隆文館
目次:藤公遺業記一巻
ページ数:145 コマ数:78

『肥後文献叢書 第3巻』(データ送信)
著者:古城貞吉 等編 発行年:1910年(明治43) 出版者:隆文館
目次:新撰事蹟通考
ページ数:33 コマ数:20

『剣話録.上』
著者:剣話会 編(別役成義) 発行年:1912年(明治45) 出版者:昭文堂
目次:九州物下
ページ数:82、83 コマ数:51

『大日本刀剣新考』(データ送信)
著者:内田疎天 発行年:昭和8 出版者:岡本三郎
目次:第八章 古刀略志(第七) 西海道
ページ数:679、700 コマ数:759、760

『日本刀物語』
著者:前田稔靖 発行年:1935年(昭和10) 出版者:九大日本刀研究会
目次:二一 肥後と劍工
ページ数:168、169 コマ数:94

『日本剣道史』(データ送信)
著者:山田次朗吉 発行年:1960年(昭和35) 出版者:再建社
目次:第十章 維新の世變と劒道の衰退
ページ数:376、377 コマ数:200

『名刀と名将(名将シリーズ)』(データ送信)
著者:福永酔剣 発行年:1966年(昭和41) 出版者:雄山閣
目次:加藤清正の槍と刀
ページ数:226~230 コマ数:120~122

『日本刀物語 続』(データ送信)
著者:福永酔剣 発行年:1969年(昭和44) 出版者:雄山閣
目次:加藤清正の槍と刀
ページ数:226~230 コマ数:125~127

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5) 出版者:雄山閣
目次:どうだぬきは【同田貫派】 ページ数:4巻P8、9
目次:まさくに【正国】 ページ数:5巻P76、77

『日本刀の歴史 古刀編』(紙本)
著者:常石英明 発行年:2016年(平成28) 出版者:金園社
目次:肥後国(熊本県) 同田貫一門
ページ数:462、463

 

概説書

『物語で読む日本の刀剣150』(紙本)
著者:かみゆ歴史編集部(イースト新書) 発行年:2015年(平成27) 出版者:イースト・プレス
目次:第3章 太刀 同田貫正国
ページ数:68、69

『日本刀図鑑: 世界に誇る日本の名刀270振り』(紙本)
発行年:2015年(平成27) 出版者:宝島社
目次:同田貫
ページ数:20

『刀剣目録』(紙本)
著者:小和田康経 発行年:2015年(平成27) 出版者:新紀元社
目次:≪第四章 安土桃山・江戸時代≫ 肥後国菊池 正国 同田貫正国
ページ数:323

『図解日本刀 英姿颯爽日本刀の来歴』(紙本)
著者:東由士 編 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:古今東西天下の名刀 同田貫正国
ページ数:79

『刀剣物語』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:大名・将軍が所持した刀 同田貫正国
ページ数:174、175

『刀剣説話』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2020年(令和2) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
(『刀剣物語』発行年:2015年を加筆修正して新たに発行しなおしたもの)
目次:戦国大名が所有した刀 同田貫正国
ページ数:172、173

『刀剣聖地めぐり』(紙本)
発行年:2016年(平成28) 出版者:一迅社
目次:同田貫正国
ページ数:60、61