だいはんにゃながみつ
- 概要
- 「太刀 銘長光(大般若長光)」
- 号の由来は室町期に六百貫の代付けとなったので、大般若経六百巻に因むと言うが
- もと室町幕府13代将軍・足利義輝の所持
- のちに1565年(永禄8)5月、永禄の変で足利義輝を殺害した三好下野守政生入道謙斎(三好宗渭、釣竿斎)の手にわたる
- のち、織田信長所持
- 1570年(元亀1)6月、姉川合戦の際、織田信長から徳川家康に救援の礼として贈られる
- 1576年(天正4)7月、長篠合戦における奥平信昌の功を賞して与えられる
- 奥平信昌の四男・忠明が継承し、その直系である武州忍松平藩伝来
- 大正初年、忍松平家を出る
- 1931年(昭和6)12月14日、国宝(旧国宝)指定
- 1941年(昭和16)、帝室博物館購入
- 1951年(昭和26)6月9日、国宝指定
- 現在「東京国立博物館」蔵
- 作風
- 拵え
- 調査所感
- 参考サイト
- 参考文献
- 概説書
概要
「太刀 銘長光(大般若長光)」
備前長船長光の刀。
『享保名物帳』には載っていないが、長光の傑作として大変有名な刀であり、刀剣書では「名物よりも有名」「名物よりも傑作」などと褒めちぎられている。
もとは足利義輝の所持だったが、死後に三好下野守政生入道謙斎となったという。
その後は織田信長の所持となり、姉川の戦いにおける救援の謝礼として徳川家康へ贈られる。
更に長篠の戦いの際、奥平信昌の籠城戦が大功となったため、徳川家康から奥平信昌へ贈られる。
奥平信昌の四男・忠明の忍松平家に伝来した。
現在は国宝として東京国立博物館蔵。
号の由来は室町期に六百貫の代付けとなったので、大般若経六百巻に因むと言うが
室町期、永楽銭で六百貫と評価されたので、大般若経六百巻に因み、大般若の異名を得た備前長光の太刀。
刀剣本では大体このように号の由来を説明されるが、この説の正確な出典となる文献が不明。
文献名を挙げている研究者がいない。
考えられる可能性としては、下記の雑誌に「大般若長光」「足利家重代」「永楽銭」「子爵松平忠敬史氏蔵」と断片的な単語が読み取れる説明の付記された押形が掲載されているので、『西垣押形』あたりが出典だろうか?
「刀剣史料 (26)」(雑誌・データ送信)
発行年:1961年2月(昭和36) 出版者:南人社
目次:名刀と珍刀 / 岸本貫之助
ページ数:15、16 コマ数:9、10
『西垣押形』は2023年現在は国立国会図書館デジタルコレクションでも読む手段がない。
画像を拡大しても文字の読み取りに限界がある上にこれが西垣押形と決まったわけでもないので以上はあくまでも個人の推測である。
もと室町幕府13代将軍・足利義輝の所持
『織田軍記』『改正三河後風土記』などによると、もと足利義輝所持。
『日本刀大百科事典』によると『奥平家刀剣録』では「小虎之太刀」とも呼ばれていたらしい。
『奥平家刀剣録』は国立国会図書館のデジタルコレクションでは読む手段がない。
のちに1565年(永禄8)5月、永禄の変で足利義輝を殺害した三好下野守政生入道謙斎(三好宗渭、釣竿斎)の手にわたる
『織田軍記』『改正三河後風土記』によると、足利義輝が永禄8年(1565)5月19日、松永久秀と三好三人衆に襲われ、敗死したさい、三好三人衆の一人で、刀剣の大家だった三好下野守政生入道謙斎の有に帰した。
『通俗日本全史 第7巻』
著者:早稲田大学編輯部 編 発行年:1912~1913年(明治45~大正2) 出版者:早稲田大学出版部
目次:織田軍記 巻第十 三好一党蜂起摂州出張事
ページ数:147 コマ数:179
誠にすぐれたる御文言、其上御褒美のしるしとして、長光の御刀を遣さる、抑も此刀は光源院殿御秘藏の第一の物也しを、亂後に三好故下野入道謙齋が、所持しける處に、近年信長公の御道具と成りし、隠なき名物なり、其後数年経て天正の比、三州の長篠の合戦勝利の時、徳川殿より又軍功の褒美として、聟の奥平久八郎信昌に賜りけるとぞ聞えし、
『改正三河後風土記 上』
著者:成島司直 撰 発行年:1886年(明治19) 出版者:金松堂
目次:第十二 ページ数:484 コマ数:274
今日討取敵の首を計ふるに三千百七十級多くハ徳川勢に討留し所なり信長神君の大功を感ぜられ今日 大功不可勝言前代無倫後世誰爭雄可謂當家綱紀武門棟梁 也其感狀に長光の刀を添て進上せらる此刀ハ光源院將軍(義輝)の秘蔵にて其後三好下野入道謙斎所持し世に勝れたる名物なり
目次:第十五 ページ数:619 コマ数:341
神君よも大般若長光の刀を九八郞に下さる是は姉川の戦功を感ぜられ其時信長卿進ぜられ給ひし御刀なり
のち、織田信長所持
『織田軍記』『改正三河後風土記』によると足利義輝、三好下野守政生入道謙斎ののちに織田信長が入手している。
『日本刀大百科事典』で福永酔剣氏はこの時期を、
信長の援助で京都に帰還した将軍義昭を、永禄12年(1569)正月、謙斎ら三好一族が攻撃し、かえって撃破された以後のことのはずである
と、している。
1570年(元亀1)6月、姉川合戦の際、織田信長から徳川家康に救援の礼として贈られる
同じく『織田軍記』『改正三河後風土記』によると、織田信長は元亀元年(1570)6月、姉川合戦のさい、徳川家康の来援を謝して、大般若長光を家康に贈った。
1576年(天正4)7月、長篠合戦における奥平信昌の功を賞して与えられる
徳川家康は長篠合戦における奥平信昌の功を賞して、天正4年(1576)7月、娘の亀姫を入輿させるとともに、領地および大般若長光を信昌に与えた。
『寛政重脩諸家譜 第3輯』
発行年:1923年(大正12) 出版者:国民図書
目次:巻第五百四十六 平氏(良文流) 奥平 信昌
ページ数:968 コマ数:493
『徳川実紀 第1編』
著者:経済雑誌社 校 発行年:1904~1907(明治37~40) 出版者:経済雑誌社
目次:東照宮御実紀 巻二 (弘治二年−天正五年) ページ数:41 コマ数:26
目次:東照宮御実紀附録 巻三 (信玄との合戦より長篠戦利に至る) ページ数:158 コマ数:85
『参河志』
著者:渡辺政香 輯録 発行年:1921年(大正10) 出版者:愛知県幡豆郡教育会
目次:参河志第二十五巻城部
ページ数:1169 コマ数:597
奥平信昌の四男・忠明が継承し、その直系である武州忍松平藩伝来
信昌の三男・忠政が継承、その子・忠隆に伝わったが、早世したため、四男・忠明が継承することになった。
その直系である武州忍藩主の松平家に、永く伝来した。
『日本刀大百科事典』によればこの情報は『西垣押形』が出典となっている。
『西垣押形』自体は現在国立国会図書館のデジタルコレクションでは読む手段がない。
大正初年、忍松平家を出る
大正初年、忍松平家を出て、山下汽船の社長・山下亀三郎氏の手に渡った。
本阿弥光遜氏によると、忍の松平家から松平頼平子爵に処分方を頼んだところ、松平頼平子爵を通じて八万円(附物あり)で山下亀三郎氏の手に納まったという。
『刀談片々』(データ送信)
著者:本阿弥光遜 発行年:1936年(昭和11) 出版者:何光社
目次:古名刀を語る
ページ数:248~250 コマ数:133、134
下記の本では山下亀三郎氏が大般若長光を購入した額は4万円になっている。
『日本刀の尊重と軍刀の選択に就て 改訂増補』(データ送信)
著者:真尾源一郎 発行年:1934年(昭和9) 出版者:桐生印刷所
目次:五、日本刀の價格
ページ数:11、12 コマ数:19、20
下記の雑誌によると、忍松平家から山下亀三郎氏が購入したのは大般若長光のほかには庖丁正宗と一文字の刀だったらしい。
「刀剣と歴史 (490)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年3月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:青木郷の由来 / 寅川孝
ページ数:14 コマ数:12
大正12年の関東大震災のさい、倉庫がつぶれ、下敷きになったため、曲がってしまったが、砥師・吉川恒次郎の手によって、曲がりはなおされた。
吉川恒次郎氏にとっても生涯中第一の仕事だったようだ。
「刀剣史料 (34)」(雑誌・データ送信)
発行年:1961年10月(昭和36) 出版者:南人社
目次:名人を訪ねて――(四) / 吉川恒次郎
ページ数:20 コマ数:12
「刀剣史料 (26)」(雑誌・データ送信)
発行年:1961年2月(昭和36) 出版者:南人社
目次:名刀と珍刀 / 岸本貫之助
ページ数:15、16 コマ数:9、10
1931年(昭和6)12月14日、国宝(旧国宝)指定
上の項目と同じく本阿弥光遜氏談では、山下亀三郎氏ののち、伊東巳代治伯爵の手に移った。
『伯爵伊東巳代治 下』(データ送信)
著者:晨亭会 編 発行年:1938年(昭和13) 出版者:晨亭会
目次:第二十一章 伯の性格と趣味
ページ数:180 コマ数:116
昭和6年12月14日、旧国宝に指定された。
この評価は現在の重要文化財と同等であるが、大般若長光の場合はここから後に新国宝にも指定される。
『官報 1931年12月14日』
著者:大蔵省印刷局 [編] 発行年:1931年(昭和6) 出版者:日本マイクロ写真
目次:文部省告示第三百三十二号 昭和六年十二月十四日
ページ数:380 コマ数:3
(ここでは大般若の号は書いていないが時期的に伊東巳代治伯爵所有のはずなのでおそらくこの3コマ目。
この日時に旧国宝指定されていること自体は国指定文化財等データベースや、新国宝時に大般若長光と号付きで掲載されている官報から判明している)
1941年(昭和16)、帝室博物館購入
「Museum (262)」(雑誌・データ送信)
著者:東京国立博物館 編 発行年:1973年1月(昭和48) 出版者:東京国立博物館
目次:帝室博物館時代の陳列品収集(歴史関係) / 尾崎元春
ページ数:17 コマ数:10
目次:年表 東京国立博物館陳列品収集の歩み
ページ数:31 コマ数:17
1951年(昭和26)6月9日、国宝指定
官報の年月日と指定の年月日がずれていますが、この年月日であっています。
昭和26年6月9日に重要文化財から国宝指定された工芸品は昭和27年1月12日に告示が出されたという話です。
官報の告示が第何号でどういう法律によるかは5コマ目に説明が載っています。
ここでの所蔵は「国(国立博物館保管)」になっています。
『官報 1952年01月12日』
著者:大蔵省印刷局 [編] 発行年:1952年(昭和27) 出版者:日本マイクロ写真
目次:文化財保護委員会告示第二号 昭和二十七年一月十二日
ページ数:140 コマ数:7
現在「東京国立博物館」蔵
東京国立博物館蔵。
「国指定文化財等データベース」
作風
刃長二尺四寸三分(約73.6センチ)。
表裏に棒樋。
地鉄は小板目肌、乱れ映り見事。
刃文は大丁子乱れ、光忠の大出来に酷似する傑作。
茎は先を詰め、目釘孔二個。
「長光」と二字銘。
『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:だいはんにゃながみつ【大般若長光】
ページ数:3巻P179
拵え
柄は黒の塗り鮫。
目貫は舞楽の図。
縁は赤銅。
鞘は黒呂色塗り。
『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:だいはんにゃながみつ【大般若長光】
ページ数:3巻P179
調査所感
・号の由来に関する文献がない?
『西垣押形』の話っていうか、西垣四郎作氏が忍松平家の刀手入れしたよーという話は別の雑誌記事にも載っていたし、松平忠敬子爵は最後の忍松平藩最後の藩主らしいので、多分これだと思うんですが断定はできないんですよね。
何かの機会に『西垣押形』見れる人がいたらぜひ確認してきてください(他力本願)。
・来歴の謎 足利義輝と織田信長の間の三好氏は誰か?
私が書いているここの文章は基本的に、福永酔剣先生の『日本刀大百科事典』の記述を基にしています。
なので足利義輝から織田信長へ伝わるまでの来歴は、
・足利義輝が殺されたときに「三好宗渭」が分捕った
説を前提に説明しています。
ところがどっこい、この部分の来歴に関してはもう一つ説があって、
・足利義輝から「三好長慶」に下賜された
と書いてある刀剣書が多いです。
国指定文化財等データベースなんかも下賜とは言っていないですが義輝の次の所有者を「三好長慶」としているのでこの説です。
ただこの件、三好長慶に下賜説を載せている本はほぼすべてと言っていいほど出典を書いていないのと、『織田軍記』などにはっきりと「三好故下野入道謙齋」の所持だと書いてあるので普通に考えれば酔剣先生の説明通りだよなと。
プレゼントされたのと殺して奪い取っただとまったく意味が逆になるので割と大事なところだと思いますし刀剣関係のしっかりしたサイトだと大体分捕り説を基準にしていると思いますが、いつも通り寒山先生や薫山先生が説明しているルートだとプレゼント説です。しかし出典がない。
これに関しては、多分「三好氏」の取り違えからくる誤伝の気がします。
出典を書いていないということは原文をチェックしていないということで、「三好下野守政生入道謙斎(三好宗渭、三好政康、三好下野守政生、釣竿斎宗渭)」と呼ばれる人物と、「三好長慶」を取り違えたのだと思われます。この時期マジで三好氏がいっぱいいる!
・「三好長慶」と足利義輝
最終的に和睦した。
三好長慶の息子が義輝の名から一字もらって改名したりしている。
この三好長慶の弟が三好実休と言って、実休光忠の元主。
・「三好宗渭」と足利義輝
三好宗渭は足利義輝を殺した三好三人衆の一人。
刀剣の大家で『三好下野入道口伝』の「三好下野守」。
この三好宗渭の父親が三好宗三で、宗三左文字の元主。
ちなみに「三好宗渭」が一時期「三好長慶」に仕えていたりもするようです(ややこしい)。
長慶説の支持者の多くは、出典を載せていないので義輝の次誰? 「三好」! ってなったときに義輝と友好関係にあった「長慶」を思い浮かべちゃったのが三好長慶説の始まりではないかと思います。
義輝の次の所持者が他でもないその義輝を殺した人、と聞いたら普通想定するのは「分捕り」ではないかと。
珍しい例だと『大日本刀剣史』の原田道寛先生は『織田軍記』を引用しながらも将軍義輝の所持で、その前に三好下野守が持っていて、三好から義輝に献上したものを、義輝が三好松長に殺されたときに松永がこれを奪って信長に献上したものであろう、という推測を披露しています。
ただこれに関しては原田先生の読み違えじゃないかなと思います。
原田先生は多分、大般若長光の号が600貫という方から考えて購入者がいるんだと想定してるから刀剣の大家の「三好宗渭」が買ったものを義輝に献上して、永禄の変で義輝から数々の名刀を奪って後に織田信長に献上している松永久秀から信長へ、と考えたのではないかと思います。
ただそもそも大般若の号に関しては、号自体は室町時代からありそうなんですが、その号の由来が大般若経の巻数と同じ六百貫だったという話はその時期の史料がない話なんで、これを前提に考えるより『織田軍記』をシンプルに読んだ方がいいと思います。
『通俗日本全史 第7巻』
著者:早稲田大学編輯部 編 発行年:1912~1913年(明治45~大正2) 出版者:早稲田大学出版部
目次:織田軍記 巻第十 三好一党蜂起摂州出張事
ページ数:147 コマ数:179
誠にすぐれたる御文言、其上御褒美のしるしとして、長光の御刀を遣さる、抑も此刀は光源院殿御秘藏の第一の物也しを、亂後に三好故下野入道謙齋が、所持しける處に、近年信長公の御道具と成りし、隠なき名物なり、其後数年経て天正の比、三州の長篠の合戦勝利の時、徳川殿より又軍功の褒美として、聟の奥平久八郎信昌に賜りけるとぞ聞えし、
この文章を素直に読めば、足利義輝の死後に「三好宗渭」が持っていた、ということだけが確かなことです。
これが確かならば想定されるのは「分捕り」であって、『日本刀大百科事典』の記述が一番合理的な説明だと考えられます。
松永久秀はもちろん、「三好長慶」もこの来歴には介在しません。
なんだかんだで最も説得力のある研究結果を出しているのは『日本刀大百科事典』の酔剣先生だと思います。
三好長慶が登場する資料を明らかにした本がない以上、義輝から信長までの来歴に関しては
足利義輝→「三好宗渭」→織田信長
とするのが現時点では一番自然だと思います。
不確定な分捕り説を記述したくないとしても、所有者に関しては足利義輝の後に三好宗渭としている文献があるのでこの記述を否定する要素がない場合は優先されるかなと。
「三好長慶」説を支持するならこれを明示した資料名が必要になります。
そのあとは上でまとめた通りに織田信長→徳川家康→奥平信昌→信昌の四男・忠明から忍松平家まで伝来になります。
参考サイト
「国指定文化財等データベース」
参考文献
『改正三河後風土記 上』
著者:成島司直 撰 発行年:1886年(明治19) 出版者:金松堂
目次:第十二 ページ数:484 コマ数:274
目次:第十五 ページ数:619 コマ数:341
『真書太閤記 : 今古実録 自第4編至第6編』
発行年:1886年(明治19) 出版者:栄泉社
目次:真書太閤記第五編 (第三) 長篠合戦武田勢敗北の事 幷奥平久八郎抽賞の事
ページ数:19 コマ数:117
『真書太閤記 : 重修』
著者:著者不明 発行年:1889年(明治22) 出版者:文事堂
目次:巻之五 長篠合戦武田勢敗北の事 幷奥平久八郎抽賞の事
ページ数: コマ数:230
『皇朝編年史 巻之9』
著者:岡谷繁実 著 発行年:1900~1909年(明治33~42) 出版者:金沢文庫[ほか]
目次:正親町天皇
ページ数:5312 コマ数:240
『徳川実紀 第1編』
著者:経済雑誌社 校 発行年:1904~1907(明治37~40) 出版者:経済雑誌社
目次:東照宮御実紀 巻二 (弘治二年−天正五年) ページ数:41 コマ数:26
目次:東照宮御実紀附録 巻三 (信玄との合戦より長篠戦利に至る) ページ数:158 コマ数:85
『刀剣談』
著者:高瀬真卿 発行年:1910年(明治43) 出版者:日報社
目次:第四門 武将の愛刀 忍松平の大般若
ページ数:64、65 コマ数:57
『剣話録.下』
著者:剣話会 編(今村長賀) 発行年:1912年(明治45) 出版者:昭文堂
目次:七 備前物 コマ数:29
目次:十 畠田物及長船一派 コマ数:46
『通俗日本全史 第7巻』
著者:早稲田大学編輯部 編 発行年:1912~1913年(明治45~大正2) 出版者:早稲田大学出版部
目次:織田軍記 巻第十 三好一党蜂起摂州出張事
ページ数:147 コマ数:179
『古今武家盛衰記 1 (国史叢書) 』
著者:黒川真道 編 発行年:1914年(大正3) 出版者:国史研究会
目次:十一万石余 奥平大膳大夫昌能
ページ数:325 コマ数:172
『刀剣一夕話』
著者:羽皐隠史 発行年:1915年(大正4) 出版者:嵩山房
目次:一 大般若長光を見て
ページ数:102~108 コマ数:57~61
『三十輻 第1』
著者:大田南畝 編 発行年:1917年(大正6) 出版者:国書刊行会
目次:春湊浪話 中
ページ数:224 コマ数:131
『長篠実戦記』
著者:皆川登一郎 著 発行年:1919年(大正8) 出版者:豊文堂出版部
目次:一 大般若長光の刀に就て
ページ数:180~185 コマ数:105~107
『寛政重脩諸家譜 第3輯』
発行年:1923年(大正12) 出版者:国民図書
目次:巻第五百四十六 平氏(良文流) 奥平 信昌
ページ数:968 コマ数:493
『日本趣味十種 国学院大學叢書第壹篇』(データ送信)
著者:芳賀矢一 編 発行年:1924年(大正13年) 出版者:文教書院
目次:八 刀剣の話 杉原祥造
ページ数:346 コマ数:194
(2冊あるので1コマずれる可能性有)
『刀剣雑話』
著者: 室津鯨太郎(川口陟) 発行年:1925年(大正14) 出版者:南人社
目次:四 名物帳と行状記の價値
ページ数:103 コマ数:75
『刀剣談 再版』(データ送信)
著者:羽皐隠史 著, 高瀬魁介 訂 発行年:1927年(昭和2) 出版者:嵩山房
目次:第四、武将の愛刀 忍松平の大般若
ページ数:130 コマ数:77
『岳南史 第4巻』
著者:鈴木覚馬 編 発行年:1933年(昭和8) 出版者:岳南史刊行会
目次:二 事蹟
ページ数:1058 コマ数:547
『大日本刀剣新考』(データ送信)
著者:内田疎天 発行年:1933年(昭和8) 出版者:岡本三郎
目次:第七章 古刀略志(第六) 山陽道
ページ数:605 コマ数:685
『日本刀講座 第6巻 (刀剣鑑定・古刀)』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
コマ数:433
『日本刀講座 第8巻 (歴史及説話・実用及鑑賞)』(データ送信)
著者:雄山閣 編 発行年:1934年(昭和9) 出版者:雄山閣
目次:(歷史及說話三)本朝名刀傳 大般若長光
ページ数:16~20 コマ数:245~247
『日本刀研究便覧』(データ送信)
著者:内田疎天 発行年:1934年(昭和9) 出版者:岡本偉業館
目次:古刀第二期の鍛冶と刀 ページ数:34 コマ数:60
目次:第五章 流派と作風一覽 古刀の部 山陽道 ページ数:129 コマ数:107
『名刀図譜』
著者:本間順治 発行年:1935年(昭和10) 出版者:大塚工芸社
目次::六一 太刀 銘 長光 名物大般若長光 コマ数:73
目次:名刀図譜 解説 ページ数:17 コマ数:141
『刀談片々』(データ送信)
著者:本阿弥光遜 発行年:1936年(昭和11) 出版者:何光社
目次:古名刀を語る
ページ数:248~250 コマ数:133、134
『伯爵伊東巳代治 下』(データ送信)
著者:晨亭会 編 発行年:1938年(昭和13) 出版者:晨亭会
目次:第二十一章 伯の性格と趣味
ページ数:180 コマ数:116
『国宝刀剣図譜 古刀の部 備前2』(データ送信)
著者:本間順治 編 発行年:1938年(昭和13) 出版者:岩波書店
目次:〔古刀の部〕 備前
コマ数:43、45
『東京帝室博物館復興開館陳列目録 第6』
著者:東京帝室博物館 編
発行年:1938年(昭和13) 出版者:東京帝室博物館
ページ数:121 コマ数:64
『犬養木堂伝 下巻』
著者:木堂先生伝記刊行会 編 発行年:1939年(昭和14) 出版者:東洋経済新報社
目次:第三 聽劍篇
ページ数:167 コマ数:117
『大日本刀剣史 中巻』(データ送信)
著者:原田道寛 発行年:1940年(昭和15) 出版者:春秋社
目次:奥平の名寶大般若長光と白鳥の槍
ページ数:493~497 コマ数:256~258
『刀剣鑑定秘話 2版』
著者:本阿弥光遜 発行年:1942年(昭和17) 出版者:金竜堂
目次:古名刀を語る
ページ数:248~250 コマ数:130、131
『日本刀 : 各時代の様相 (美術懇話会叢書 ; 第3) 』(データ送信)
著者:三矢宮松 著 発行年:1943年(昭和18) 出版者:清閑舎
目次:第三 鎌倉時代
ページ数:26 コマ数:25
『名刀集美』(データ送信)
著者:本間順治 編 発行年:1948年(昭和23) 出版者:日本美術刀剣保存協会
目次:圖譜目次 コマ数:103
目次:古刀の部 コマ数:198
『国宝図録 第1集 解説』(データ送信)
著者:文化財協会 編 発行年:1952年(昭和27) 出版者:文化財協会
目次:工芸の部
ページ数:59、60 コマ数:37、38
『銘刀押形 : 御物東博』(データ送信)
著者:佐藤貫一, 沼田鎌次 編 発行年1958年(昭和33) 出版者:日本美術刀剣保存協会
コマ数:158、159
『紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜』
著者:遊就館編 発行年:1940年(昭和15) 出版者:遊就館
目次:古刀の部 一〇二 太刀 銘長光(国宝・名物大般若長光) 東京 伯爵 伊東治正
ページ数:92 コマ数:192、193
『国宝と史跡』(データ送信)
著者:関忠夫 等編 発行年:1953年(昭和28) 出版者:誠文堂新光社
目次:名刀探訪 佐藤貫一
ページ数:16 コマ数:14コマ
『日本古刀史』(データ送信)
著者:本間順治 発行年:1958年(昭和33) 出版者:日本美術刀剣保存協会
目次:本文 目次
コマ数:29
『東京国立博物館名品百選』(データ送信)
発行年:1959年(昭和34) 出版者:東京国立博物館
コマ数:91、146
「刀剣史料 (26)」(雑誌・データ送信)
発行年:1961年2月(昭和36) 出版者:南人社
目次:名刀と珍刀 / 岸本貫之助
ページ数:15、16 コマ数:9、10
『武将と名刀』(データ送信)
著者:佐藤寒山 発行年:1964年(昭和39) 出版者:人物往来社
目次:奥平信昌の大般若長光と一文字の太刀
ページ数:263~268 コマ数:135~139
『国宝 第5 (鎌倉時代 下) 解説』(データ送信)
著者:毎日新聞社国宝委員会 編 発行年:1966年(昭和41) 出版者:毎日新聞社
目次:工芸品
ページ数:87 コマ数:103
『日本刀全集 第1巻』(データ送信)
発行年:1966年(昭和41) 出版者:徳間書店
目次:名物と国宝 辻本直男
ページ数:142、143 コマ数:75
『日本刀全集 第3巻』(データ送信)
発行年:1967年(昭和42) 出版者:徳間書店
目次:古刀(山陽道・南海道・山陰道・北陸道)加島進
ページ数:185、188 コマ数:96、98
『日本刀全集 第4巻』(データ送信)
発行年:1967年(昭和42) 出版者:徳間書店
目次:折紙の話 佐藤貫一
ページ数:207 コマ数:107
「刀剣と歴史 (435)」(雑誌・データ送信)
発行年:1967年1月(昭和42) 出版者:日本刀剣保存会
目次:鳥取の刀狩りと武用刀 / 山本俊忠坊
ページ数:48 コマ数:29
『日本刀講座 第9巻 新版』(データ送信)
発行年:1968年(昭和43) 出版者:雄山閣出版
目次:口絵 ページ数:78、79 コマ数:52
目次:長船物 作風 ページ数:220 コマ数:183
『国宝 : 原色版 第9 (鎌倉 第3)』(データ送信)
著者:毎日新聞社「国宝」委員会事務局 編 発行年:1969(昭和44) 出版者:毎日新聞社
目次:工芸品 コマ数:81
目次:解説 コマ数:151
『原色日本の美術.21』(データ送信)
著者:尾崎元春、佐藤寒山 発行年:1970年(昭和45) 出版者:小学館
目次:刀剣 ページ数:96 コマ数:102
目次:図版解説Ⅲ ページ数:107 コマ数:113
目次:一、日本刀概説 ページ数:228 コマ数:234
「Museum (262)」(雑誌・データ送信)
著者:東京国立博物館 編 発行年:1973年1月(昭和48) 出版者:東京国立博物館
目次:帝室博物館時代の陳列品収集(歴史関係) / 尾崎元春
ページ数:17 コマ数:10
目次:年表 東京国立博物館陳列品収集の歩み
ページ数:31 コマ数:17
「刀剣と歴史 (488)」(雑誌・データ送信)
発行年:1975年11月(昭和50) 出版者:日本刀剣保存会
目次:西垣四郎作文書について(上) / 星田一剣
ページ数:13 コマ数:11
「刀剣と歴史 (490)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年3月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:青木郷の由来 / 寅川孝
ページ数:14 コマ数:12
『新・日本名刀100選』(紙本)
著者:佐藤寒山 発行年:1990年(平成2) 出版社:秋田書店
(中身はほぼ『日本名刀100選』 著者:佐藤寒山 発行年:1971年(昭和46) 出版社:秋田書店)
目次:33 大般若長光
ページ数:160
『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:だいはんにゃながみつ【大般若長光】
ページ数:3巻P179
『日本刀の歴史 古刀編』(紙本)
著者:常石英明 発行年:2016年(平成28) 出版者:金園社
目次:備前国(岡山県) 長船初期物 長光系 初代長光
ページ数:336、337
概説書
『剣技・剣術三 名刀伝』(紙本)
著者:牧秀彦 発行年:2002年(平成14) 出版者:新紀元社
目次:第三章 戦国武将 大般若長光 足利義輝
ページ数:150~155
『名刀 その由来と伝説』(紙本)
著者:牧秀彦 発行年:2005年(平成17) 出版者:光文社
目次:足利将軍家の名刀 大般若長光
ページ数:100~102
『図解 武将・剣豪と日本刀 新装版』(紙本)
著者:日本武具研究界 発行年:2011年(平成23年) 出版者:笠倉出版社
目次:第3章 武将・剣豪たちと名刀 足利義輝と大般若長光
ページ数:118~121
『日本刀図鑑: 世界に誇る日本の名刀270振り』(紙本)
発行年:2015年(平成27) 出版者:宝島社
目次:大般若長光
ページ数:58
『刀剣目録』(紙本)
著者:小和田康経 発行年:2015年(平成27) 出版者:新紀元社
目次:≪第二章 鎌倉時代≫ 備前国長船 長光 大般若長光
ページ数:136、137
『物語で読む日本の刀剣150』(紙本)
著者:かゆみ歴史編集部(イースト新書) 発行年:2015年(平成27) 出版者:イースト・プレス
目次:第3章 太刀 大般若長光
ページ数:75
『刀剣物語』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:大名・将軍が所持した刀 大般若長光
ページ数:146、147
『刀剣説話』(紙本)
著者:編集人・東由士 発行年:2020年(令和2) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
(『刀剣物語』発行年:2015年を加筆修正して新たに発行しなおしたもの)
目次:戦国大名が所有した刀 大般若長光
ページ数:140、141