祝、山姥切長義・極実装!

ついにこの日がやってきた

審判の日は来たれり。今日がわたくしの命日です(死来てる)。

私が原作ゲームを始めた2021年の6月から、約3年半をかけて出した考察の答え合わせと行きましょう。

原作ゲーム、舞台、花丸、ミュージカル、その他のさまざまな派生作品から。

読み取り、整理し、分析し、解釈してきた「山姥切長義像」は正しかったか。
「刀剣乱舞」という物語そのものの解釈は正しかったか。

あらかじめ予想を出し、それが当たるかどうかという一人時間差証明によって、これまでの考察の成否を自ら評定いたします。

そして改めて、「山姥切長義」という一振りの刀剣男士がどういう存在か、その本心の考察を。

例えどのような結果になろうと、これでようやく、私にとっての「刀剣乱舞」を、終われる。

全力で全てネタバレしていくので、当たり前ですがネタバレ気にする人は見ちゃダメですからねここ!!

ついでメディアミックスの話題もちょこちょこ出るので原作ゲームの話だけしたい人も注意な!!

出来ればこの辺の考察を読んでからの方がいいと思います。
刀派の束縛
メタファー「愛」の考察

1.山姥切長義の極修行手紙

ここまで考察してきた感じ、刀剣男士の修行手紙はある程度話の流れが決まっています。

一通目で本刃の基本思考、本音、抱える悩みや課題の吐露。
二通目で実際に修行先で直面、理解した己の物語の中核についての情報。
三通目でその結果、自分はどうするかの意思を固めた結論報告。

たまに謎めいた手紙をくれる子もいますが、大体の刀剣男士の修行手紙は上記のようなフォーマットです。

これを踏まえて、まずは長義くんのお手紙を全文引用して確認してから考察を始めます。

 

……え?

 

(山姥切長義 修行手紙一通目)

送り出されてしまったのだから、致し方ない。
この際、山姥でも斬りに行こうか。
君はどう思う?

山姥切長義 修行手紙二通目

どこに行っても正当な評価を得ることができる気がしない。
……いや、一人、心当たりがあるか。

山姥切長義 修行手紙三通目

長義が打った唯一無二の傑作、それが俺だ。
まず傑作の刀があり、それに心を寄せた人間がいて、その傑作を写した。
それだけのこと。

本丸に来て以来、俺は君の動向を観察していた。
君は、果たして歴史の守り手として、
刀剣男士を振るうものとして、足る人間なのかと。
評定は終わった。

主へ
ひとつ頼みがある。
もしも、俺がなまくらになり下がることがあれば、すぐにでも折ってくれ。
君に総てを与える刀は、俺でなくてはならないからね。

……。

………。

…………。

長義くんまさかの手紙が情報量少なくてめっちゃ謎めいてるタイプだ――!! げぇ――!! これは……多分全刀剣男士の中でも最高レベルに解釈難しいやつ!!

というかほとんど情報落としてない。

情報落とすどころかむしろわ、我々の方が監査されてる――!!(ガビーン)

今まで蜂須賀の修行手紙よくわかんないよねとか言っててすみませんでした。
蜂須賀くんは長義くんに比べたら100倍くらい本心を喋ってくれてる。
というか、来歴も研究史もかなり充実してる方の刀である長義くんが、まさかこれだけ内面を語らないという結末とは。

驚いた。いや驚いている場合じゃない。

さぁ!! 戦闘(考察)開始しましょう!!

 

2.まさかの本心を明かさないタイプ

いや今までもそうだったけど、そうだったけど!!

修行手紙ですらまさかほぼほぼ本心を明かさないとはね。

とりあえず一通目の「山姥でも斬りに行こうか」の口ぶりからして、別に本当に山に向かっているわけではなく、何かの比喩、本当の意味でメタファー(比喩)なんだろうなとは思うんですが……。

なんだこれは。この「山姥」は何を意味している?

そしてそれを主である我々にわざわざ「君はどう思う?」と居場所も年代も明かさない、いつどこから送ってきているかもわからない手紙で問う意味は……?

この既視感さぁ……朧月と「月」のやりとりの本丸バージョンじゃないの?

異去 百鬼夜行 其の14 『月よ』

三日月宗近 朧「さて、月よ。参ろうか」
三日月宗近 朧「……何をみて何を思う?」

ひょえー。そう来たかぁああああ。

月は何なのか。それとも「月」が「山姥」なのか。
主たる私たちが「月」なのか、私たちが「山姥」なのか。

何故聞いた。何を聞いた?

試されているのは長義くんじゃない、私だ、主である私が君に試されている。

「送り出されてしまったのだから、致し方ない」

修行の切り出し方が「話がある」って随分シンプルだなと思ったけど、なんかこう、別に行きたくもなかったみたいな修行に執着心をまったく見せないスタンスなんですけど。

それってつまり、修行で何かを解決するような悩みや欲を、本当にまったく一切持っていなかったことじゃないの。ふえええええ。

一通目だけならそれでいいんですけど、二通目で普通なら悩みと判断されそうなことを書いているのと合わせると一瞬余計に混乱するな。

 

3.彼は何を求めるか

どこに行っても正当な評価を得ることができる気がしない。
……いや、一人、心当たりがあるか。

 

公式の自信家なのに、「どこに行っても正当な評価を得ることができる気がしない」?

そしてそれなのに、別にそれを解決したいと願っている焦燥感みたいなものをまったく感じられない文章だよね。

ただただ本心を明かさない。隠している。

だから次の「……いや、一人、心当たりがあるか。」の意味もわからない。

来歴から判断しようにもこの情報量だとアラートが鳴るな。判断要素がないのにそれをしたら来歴の印象に引きずられる可能性が高い。

例えば山姥切国広を打った刀工・堀川国広だと仮定しよう。
しかし、その仮定にはまず無理がないか。

実際に切付銘を刻んだのは堀川国広だとしても、それを頼んだのは長尾顕長。写し作成の依頼自体も長尾顕長であることは国広の銘からほぼ断定できる。

ならば、長義くんの目から見て堀川国広と長尾顕長の価値に差をつけるのはおかしい。

写し作成を依頼した所持者と、依頼されて写しを打った刀工に本当に差はあるのか。

かといって、他にこれといった誰かも思い浮かばない。

元の所持者である北条氏もその後所蔵した尾張徳川家でもないだろう。山姥切の逸話を与えた研究者たちでもない。

なんだ。この一人は誰だ。

そもそも、長義くんにとって「正当な評価」って何?

それ自体がまず、刀としての実力(長義の傑作)でも、逸話(山姥を斬った)のことでもなさそうだ……。

手強い……手強すぎる……。

これまでの考察の全てが吹き飛ぶような難易度の高さだ。

修行手紙の二通目は大体みんな修行先で見てきた自分の歴史の中の問題を見ながら色々考えているんですが。

長義くんは考えるというより、もう結果を出している。

それが、発展性がほぼないという諦観も抱いている。

自分に一人正当な評価を下せそうな人間に心当たりはあるらしいが、その一人に会いに行った気配があるかと言えばなさそうだ。

……もし、あるとしたら。

それこそ三通目の展開がああなるのを踏まえて、正当な評価を下せるのは私……つまり、主である我々、本丸の審神者という、この辺りは他の子の修行手紙でもやっぱり自分を一番使ってくれるのは主だよね的理論と同じことを言っていると考えるのが今この段階の情報量では一番自然かと思われます。

まだボイス関連全然聞いてませんが、そこに答がある気もしないからなぁ。

しかし、理屈的には他の子と同じであっても、出した結論の意味は三通目から帰還台詞の流れを考えると、他の子の言うそれとはまったく違う意味を持つと考えられます。

 

4.山姥切長義の中核

長義くんの中核って何よ、の答は「監査官」。

「山姥切」でも「本作長義(以下、58字略)」でもなく。

むしろ、山姥切長義は本質的にそういう刀剣男士だからこそ最初に監査官として本丸に降り立ったのではないか。

最初に出会った仮面の監査官。
その素顔も名も何一つ明かさないまま我々をただ観察し評定を下す。

あれが彼の真実。そのまま。何一つ変わってなどいない。

これは……! さすがにこれは予想できなかったし、こんな予想出してる人もいなかったと思う。

これ考えた奴は神の頭脳を持つ悪魔だよ!

ファンの様々な予想程度は鎧袖一触の圧倒的なセンスと破壊力!

公式の本気を見せてもらったわ。ひえええええ。我々は所詮写しどころか、その辺の贋作程度にすら本歌を真似られない……!! 実力が違い過ぎる……!!

長義くんは山姥切の名や逸話で右往左往する我々とはまったく別の次元からものを見ていて、むしろ我々を監査している。

君ニーチェか何か?

(深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ)

審神者として長義くんの言葉を聞き逃さないよう、何一つ聞き漏らさずガン見するぜ! と思って修行手紙開いたらむしろこっちが問われ、こっちが試され、こっちが監査されてたとか予想できる??? できた人います???

私は!!! 無理です!!!! 千回ぐらい生まれ変わってもこんな真似できる気がしません!!!!!

三通目をもう一度見直しましょう。

長義が打った唯一無二の傑作、それが俺だ。
まず傑作の刀があり、それに心を寄せた人間がいて、その傑作を写した。
それだけのこと。

本丸に来て以来、俺は君の動向を観察していた。
君は、果たして歴史の守り手として、
刀剣男士を振るうものとして、足る人間なのかと。
評定は終わった。

主へ
ひとつ頼みがある。
もしも、俺がなまくらになり下がることがあれば、すぐにでも折ってくれ。
君に総てを与える刀は、俺でなくてはならないからね。

長義くんは時系列をきちんと整理した話し方をする以上、自分の来歴はこちらが思うより正確に把握している気がします。

そして「それだけのこと」と言う通り、把握はしているが、それにあまり思い入れることを良しとしていない。

「それだけ」という口振りはメディアミックスでちょこちょこ出てる、かな。花影だけかもしれないけど。

内心で思うところは実はあるのかもしれないけれど、それを表に出して議論することに意味を置いてはいない性格だと考えられます。

本題は中盤からですね。

本丸に来て以来、俺は君の動向を観察していた。
君は、果たして歴史の守り手として、
刀剣男士を振るうものとして、足る人間なのかと。

根っから監査官すぎる台詞です。こっちが本質。

監査官になったんじゃなく、最初から監査官気質で、政府から来ようが本丸で顕現しようが、修行に出せばどの個体もこの答を引っ提げて帰ってくる以上、根が「監査と評定を行うもの」なんでしょう。

そう言えばうちの長義くんシール産だからそもそも監査官じゃなかったわ(どうでもいい情報)。

山姥切長義とは、本丸を、審神者を、我々「主」を観察するものである。

次元の穴から覗く目一つの鬼もびっくりなくらい君の方がこっちを観察してるのかよ。予想外だわ。私は自分が見てるつもりだったよ。見られてた。めっちゃ監査されてた。やべえ。

そしてここから、最後にこの流れになる意味。

主へ
ひとつ頼みがある。
もしも、俺がなまくらになり下がることがあれば、すぐにでも折ってくれ。

突然の物騒なお願いに「!?」となりますが、これ、帰還台詞と対になっている奴ですね。

そういえばあまり取り上げたことないけれど、帰還台詞は三通目の手紙の結論からそのまま繋がっている文脈のものが多いと思います。

ではここで、長義くんの帰還台詞の方を確認しましょう。

 

打刀 山姥切長義

「俺こそが長義が打った傑作。君が歴史を守ろうとする限り、俺は山姥切を名乗り、実力を以て敵を斬る。俺の主の刀として。さあ、伝説を作りにゆこうか」

 

君が 歴史を 守ろうとする限り

――じゃあ、守ろうとしなかったら?

主へ
ひとつ頼みがある。
もしも、俺がなまくらになり下がることがあれば、すぐにでも折ってくれ。

何故ここで君を殺す権利を私にくれるのか。

……つまり、君も、もぎ取っていったんだろう?

私が歴史を守ろうとしなかったら――私を殺す権利を!!

それこそが平等な契約というものだ!

……。

………え、いやマジで? ひええええ。長義くんマジこえー。怖-っ。

刀剣男士は歴史を守るもの。審神者はそれを振るうもの。
だからどちらも、歴史を守ろうとしなかったらそれはもはや刀でも審神者でもない。つまり、どちらも価値がない。

だから長義くんは、自分がなまくらになり下がれば自分を折れなどと言う。

そしてその代わりに、私が歴史を守るという役目を放棄したら、長義くんも「主の刀」であることを、「山姥切」であることをやめてしまうんだろう。

 

君が歴史を守ろうとする限り、俺は山姥切を名乗り、実力を以て敵を斬る。俺の主の刀として。

――「山姥切」とはなんだ?

改めて、私はそれを知らないことを思い知る。これ自体に何があるんだ。何故、舞台の主人公はゲームの顔である三日月宗近と共に山姥切国広なんだ?

月と恐らく同義の山姥切。でも、その言葉遊び以上の意味がわからない。もっと根本的な何かがある気がする。

それはもうわからないから置いておくしかないとして、

歴史を守ろうとする限り「山姥切を名乗り」ということは、私たち審神者がその役目を放棄したら、長義くんも「山姥切」を名乗ることをやめてしまうということだ。

「山姥切」であることをやめたら――それは「山姥」なのではないか?

斬ったものの呪いにより主格が反転する。心を失った化け物。
南泉を見る限り、主がいる限り猫も南泉を侵食できない。主がいなければ呪いにより猫化が進む。

では山姥に呪われている山姥切の主がいなくなったら、主をやめたら。

主に従う「山姥切」ではなく、主をやめたものを食らう「山姥」になるのではないか?

つまり、我々がなまくらになった長義くんを折ってもいいなどと言うように。

我々が主であることを、歴史を守ることを放棄したら、山姥となった長義くんに食らわれるということでは?

そしてこれが三通目の内容から帰還台詞に続いているのだから、あれだけだと意味不明だった二通目と一通目の意味にも遡らざるを得ない。

 

5.彼を折る権利、彼に殺される義務

どこに行っても正当な評価を得ることができる気がしない。
……いや、一人、心当たりがあるか。

この謎の「一人」は、やはり我々、主である私たち自身なのではないか?

「山姥切長義」の望みは、正当に評価されること。
けれど彼はそれをできる気がしないと言っている。

彼の遡った過去、来歴の中でどんな所有者も刀工も、みなそれができなかったという意味ではないか。

では何故、心当たりたる最後の一人にだけそれができるのか。

それは、その一人である私たちが、彼がなまくらになったら折ることができるからではないか。その頼みを聞き届けられるからではないか。

斬れる刀で在り続けること。

それこそが、山姥切長義の真の望み、「正当な評価」なのではないか。

そして一番最初にして最も謎めいた一通目に戻ろう。

送り出されてしまったのだから、致し方ない。
この際、山姥でも斬りに行こうか。
君はどう思う?

修行申し出はしたとはいえ、どうやら自分が望んで向かったわけではなさそうな修行先で、山姥を斬った逸話を語られるが、それが事実でもない刀が、「山姥でも斬りに行こうか」と、あまりにも気楽に口にする。

これはすでに、逸話が本物かどうかなどという、生温い議論ではない。

修行手紙の第一通目は、大体その子の本心、その子の願いや悩みなんですよね。

……つまり。

何も望むものはない、あるとしたら。

ただ「斬れる刀」としての「山姥切」、歴史を守る刀剣男士としての「山姥切」で在り続けること。

そこに必要なのは主たる私たち審神者の存在、主が彼を「山姥切長義」として扱い続けるならば、歴史を守ろうとし続けるのならば、彼はいつまでも、事実誤認のような実像とは関係なく主の刀としての「山姥切」でいてくれる。

しかし、主である我々が……私が、もしも、歴史を守ることを放棄しようとしたならば。

その時、彼も「山姥切」であることをやめる。

自分を殺す権利を私にくれたように、その時は彼が私を殺す。

ひょええええええええ。

怖ろしいほどに冷酷で、あまりにも深淵すぎる。

これが、これが俺たちの「山姥切長義」。

君に総てを与える刀は、俺でなくてはならないからね。

――お前たちの死が来たぞ!

 

6.この考察の評定結果

長義くんは我々主に対する評定結果をはっきりとは口にしませんでしたが、私はこの考察にケリをつけるためにとりあえず自分で自分に評定結果を下しておきますね。はい、

評定結果:不可

ぎゃ――!!(推しに対する考察を推しに木端微塵にされる審神者の断末魔)

なんかもう比べるまでもなくっていうか想像の斜め上どころじゃなく完全に宇宙猫な極修行結果でした!!

ここまで訳わからんと逆にいやこれ予想できる奴はまずおらんやろ、と安心しました。

みんな一緒一緒、みんな仲良く死亡。
さすがは毎度「俺たちの死」でトレンド入りする男。

いっそ清々しくなりますね!

 

7.幾つもの戒めを望む木々

今回の修行手紙でむしろ今までなんとなく掴んでいたと思われたものがすべて手のひらから滑り落ちていった気分なのですが……

「山姥切」ってなんだ?
「監査官」ってなんだ?
「刀剣男士」ってなんだ?

「歴史を守る」って、本当はどういうことなの?

なんかこう、長義くんこちらの予想以上に色々なものの背景を知り、理解し、総て把握した上で、しかしその総てに達観している印象が加わりましたね。

知らないことを理解して絶望するどころか、むしろ彼は本丸にやってきた最初から、総てを知っている。そしてその上で達観している。

だからあんまり自分のことは心配しないんだろうな。

もともとあまり強い望みはなさそうなんだけど、そもそもそれが叶うとは思っていないからこそ一見無欲に見える。しかし実はそれは達観だろう。

何か、虚無に近い。虚ろではないんだけど充足もしていない。

何も思わないわけではないだろうけど、じゃあ何か悩んでいるかというとそういう感じが全然なさそうで。

安心とか拍子抜けとかじゃなく、ただただ純粋に、何もわからない。

今回の極修行でさすがに1ミリくらいは理解したと確信できると思っていたんですが、むしろ1ミリも! 理解できない! に逆行しそうです。なんてこった。

 

どこに行っても正当な評価を得ることができる気がしない。

ここだけ抜き出すと僻みみたいですが、そうではなさそう。

……もしかして、長義くん自身も、自分を真剣に見つめてくれる人を望んでいる?

長義くんは我々に尋ねる、そして我々を見ている。我々を試し、評価を下している。

……それはそのまま、彼自身もされたいと望んでいることなのではないか?

真剣に見つめ、その実力を正確に理解し、正当な評価を下す。

見つめられたい、試されたい、その上で。

その評価を下すに値しない、なまくらならば、折られたい。

約束してくれるなら、その代わりに長義くんも我々を殺してくれる。

もしも、俺がなまくらになり下がることがあれば、すぐにでも折ってくれ。
君に総てを与える刀は、俺でなくてはならないからね。

ぴょえー。怖んい。

「折ってくれ」と「与える」が繋がっている構造の文章だよね。

なんで???(何もわからない)。

あ、いや、待てよ。もしかして。

もしかして、これが「機械」化か。

道誉叔父と亀甲くんの回想からの考察、大慶と笹貫の回想からの考察。

鬼のような薩摩隼人をも蹴散らす「機械」化。

それは言葉遊びをするなら、「木々に対する幾つもの戒め」と解く。

そして刀剣男士はその戒めを望む。彼らは愛によって縛られることで強くなるから。

回想其の165 『目に見えぬ束縛』

道誉「ハッハァ! 実にドライだ」
亀甲「ぼくは、ぼく自身の世間的な価値というものには興味がないし、無銘のぼくを縛り付けてくれるものは他にある」
亀甲「貞宗は、一振り一振りが思う貞宗であればいいんだよ」
道誉「今の主にはだいぶご執心のようだが」
亀甲「ああ。ぼくは、ぼくが愛するものに縛られることで強くなる」

今回の長義くんの態度は、この亀甲くんの主張と一致するのではないか。

虚無を感じるほどのドライさ。
世間的な価値にも逸話にも何も、本当の意味では興味がない。
今の主への執心。
それは、自分が愛するものに縛られることで強くなるから。

もっと見つめて。もっと試練を課して。もっと強い言葉で発破をかけて。もっと正当に評価して。刀として戦い続けることを望んで。そのための目標は高くていい。だから

なまくらになったら折って。

容赦なく、手加減なく、どこまでも自分を求めて。

幾つもの戒めで、縛り付けて。

縛り付けて(愛して)くれたら、総てを与えてあげる(食ってあげる)。

……と、いう図式になるんじゃないかこれ。

「機械」化と言う名の人間性の排除、しかしその根源は「愛するものに縛られることで強くなる」という刀剣男士の強化原理である。

「機械」化への望み、心を失った化け物になりたいという望みは、一応その戒めを与えてくれる対象を愛しているということには、なる、のではないか。

しかしそうやって戒められれば戒められるほど人間性を排除して化け物になるので、行き着く先は対象を食い殺すということになると考えられる。

そしてそれが

君に総てを与える刀は、俺でなくてはならないからね。

総てを与えると、同義だと言う。

お、おう(引)。

もともと「死」のメタファーは原作ゲームのガラシャ様の時のように救済と結びついている側面があったし、特にメディアミックスの一つである舞台では、国広と戦っている時の長義くんは何故か積極的にぼこぼこにされに行っているように見えるし、こっちのガラシャ様も忠興に斬られたがっていた。

それはこういう、幾つもの戒めを望み、果ては心を失った化け物、「山姥」になることを望む「機械」化という現象からの理屈なのではないか?

愛しているから愛して(縛って)ほしくて、もっともっとときつい戒めを幾つも望み、その果てに殺されることまで約束させるけれど。

――その強い愛を望んだ以上、我々の方にも同じ要求を課すため、

「歴史を守ろうとする限り」という、彼から私たちに課せられた戒めを破る、愛という呪いの制御を手放した瞬間――おそらくこちらが食い殺される。

……怖っ(小声)。

大侵寇の原理これな気がするな。

逆から考えると食らうことが愛なんでしょ、つまり食らい続けると愛の鎖による戒めが増える。増える程に人間性を手放して化け物に近づく。化け物になるから、やがて主を食らう。

……戦鬼はもしかして、手放した人間性の方?

童子切の「剥落」がどうなるのかが気になるな。

戦鬼から剥がれ落ちた肌の方がおそらく「宝物」の断片なんだろうから。それに使い続けて名前をつけることができるんだから、剥がれ落ちるものの方が刀剣男士に性質が近いはず。排除された人間性の側が本体である戦鬼?

戦鬼くんは刀剣男士など生まれなければと恨み言を言うくらいには人間性あるからなあいつ……今回の長義くんとか回想165の亀甲くんの方がドライすぎて人間性ないよ……。どうだろうか……。

あー、うん、構図を整理するとー、

やはり「愛すること」が「食うこと」なんだよね。
では、「愛されること」は「食らわれる」こと。

物語にとって「食う」と「斬る」がイコールなので、明確に夫を愛している綺伝のガラシャ様が忠興に斬られたいと望む理由はこれですっきりした。

愛されたい。ただそれだけ。

そして慈伝で長義くんが普通に挑み続けた意味が重い。

我々になまくらになったら折れと頼む意味も重い(引)。

そういえば亀甲くんも長義くんも下着の拘束性でたびたび話題になるんだよね……(まさか極修行考察で下着の話することになるとは)。

服の下に隠した本心。

縛られたい(愛されたい)。

縛られるほどに、強くなるから。

亀甲くんの修行手紙や回想で言及されてる「支配と被支配」の概念に対する分析が必要だなこれ。

他に「愛」と「食う」の関連性を強く示しているのはごっちんなんだよね。あっちはあっちで愛するものに食わせたい系。

模倣側の理屈も最終的に刀身御供、主との立場の変換が見られそうだから、どちらにせよメタファー「愛」の究極的に行き着く先こそ「なりかわり」、相手の存在そのものを食らってしまうことの気がする……。

 

8.瞳と月、朧と山姥切

むしろ極める前の態度、「山姥切」であることを望む、その名を写しである国広と争う、というこれまでの態度は、どういう意味があったのだろうか。

その理由が今回、改めて「山姥切とは何か?」のメタファー考察的な問いに還元されるのではないだろうか。

長義くんはこっちの想像とはまったく違った方向から「山姥切でありたがる」タイプだということは判明したのだが、その「山姥切で在る」というのが、まずどういうことだろうか。

山姥として相手を食らうことの方が「愛する」に類されるようだから、「山姥切」で在り続けることを望むのは「愛される(縛られたい)」で繋いじゃっていいような気はするが……

その前にこちらを評定する「監査官」の性質に言及したいのと、やはり長義くんの今回の態度が連想させるものは対百鬼夜行のラストなんだよね。

 

異去 百鬼夜行 其の14 『月よ』

三日月宗近 朧「名を持ち、言葉を発するか」
三日月宗近 朧「さて、誰が与えたのやら……」
三日月宗近 朧「しかし、此度の目的は果たせたようだな。よきかな、よきかな」
三日月宗近 朧「……ふむ。しかし、俺が安定しない」
三日月宗近 朧「この足でどこまで行けるかはわからんが」
三日月宗近 朧「行けというのであれば、行けるところまで……」
三日月宗近 朧「さて、月よ。参ろうか」
三日月宗近 朧「……何をみて何を思う?」

 

監査官は本丸を見つめて監査・評定するもの。三日月は主に問う。月を見て何を思うかと。
そして朧月はこの通り誰かに「何をみて何を思う」かを問う。

「名」「与える」ついでに今回の長義くんの修行手紙に「足る」と言う言葉が出てきたので「足」、今までは手が重要視されてたけど今度は多分「足」のメタファー、そしてどこまでも行けるところまで行く性質。

長義くんがとにかくどこまでも突き進む性質であることは、離れ灯篭の歌詞でもそうだと思います。

だからやっぱり長義くんの極修行をとうらぶ全体の物語の中のどの辺と重なっているかと考えると、対百鬼夜行の朧月と「月」の周辺なんだよね。ううううん。

「見つめる」の意味は何かなあと思ったけど、「見」の字の意味が「目」と「人」。
ついでに「瞳」は「日」に「童」。
童子切の「童」ですね……。

メタファーで分類するとやはり特定のポイントに近接するなという感覚がありますし、修行手紙の内容、一見何もわからない感じですが、修行先で何か諦観した刀が今の主に何か期待を見出してくる流れはある程度一般的な刀剣男士とも共通しています。

結論が過激だけど!!

写しである国広に対しては恐ろしいほどにあっさりしておりましたね。

長義くんの国広への態度はメディアミックスの方では一貫性が見られるのでそこを信用して良さそうですが、原作ゲームで更に隠されるとはって感じです。

豊前の極修行手紙の時も感じたけど、これはとうらぶ全体の物語に対する情報としての側面が大きい。長義くんに関しては機械化関連の原理ですね。

豊前は研究史的に語れる資料が少ない方の刀なのでそっちが重要になるのは当然なんですが、長義くんはむしろ来歴・研究史面は国広以上に情報があるので、それらにまったく触れずメタファーに繋がる情報が優先されたと言うことはやはりそこが最重要感があります。

おかげさまで長義くんの知識量とか写しへの本音とか、何一つわからない!!(バアアアアアアアン)

極めて更に謎になってくるとはどういうことなんですか長義くん!

面白いけど! 面白いけど!

一応図式として、もう一度整理してみようか。

もしも、俺がなまくらになり下がることがあれば、すぐにでも折ってくれ。
君に総てを与える刀は、俺でなくてはならないからね。

「折られる(食われる)」ことが「愛される」
それをもって「総てを与える」と言っているのだと思う。

ということはやはり、長義くんの本音は

「与えたい(食われたい)」になるじゃねえか。

ついでにごっちんも上杉に食われたい側ですね。そっちは知ってましたが……。

国広に対しては直接的な言及は最後のあれだけでしたが、二振りの態度の対比でみると、食う側である立場の国広の本音は「食いたくない」だろうに、食われる立場である長義くん側は「食われたい(与えたい)」が基本スタイルみたいなんでやはり業が深いと思います。

「食う」「斬る」「与える」の相関性に関してだと、人斬りの刀で食う専門である肥前くんの極を待ちたいところだなー。さすがに先に祢々さんや白山くん、夏頃はとばして先に北谷かもしれないけど。

その肥前くんと回想のあった孫六兼元も「持てるものこそ与えなくては」で間接的に長義くんとメタファー共通していますからね。
この辺の回想をもっと厳密に解き明かさないとダメな気がしてきた。

 

今回で祝・山姥切長義極! 私の考察もこれで終わり! と大団円する気満々だったのですが。

むしろ推しが歴史を守る限り「山姥切」を名乗り続けるよ(歴史守らなかったら食い殺すね)とこっちの首に刃を突き付けてきている状況なんですが。

あ、あれ? 終わらせる気満々だったのに、なんかむしろ歴史を守るための絶対降りられない戦いが今まさに始まった???(放棄即、死)

 

9.反省会 時期的予想は合っていたか?

と、とりあえずこれまでのまとめとしてとうらぶ全体の物語考察に移ります。

時期に関する考察は……考えるまでもなく大外れだな!(いい笑顔)

誰だよ長義くんの極もうすぐ来るんじゃねとか毎回言ってたの(あんたです)。

いやまさか長義くんの極実装まで6年以上もかかるとか思わないじゃないですかもー。待ち疲れたわ。3年半しかプレイしてないから古参の先輩方に比べれば比較的新人のはずだけどそれでも疲れたわ。

なのに発表から実装までは2日かよ! 今日がもともと休みじゃなかったら突然の有給申請でうっかり上司を過労死させるところでしたよ!(やめてやれ)

じりじりと今日を待ちながら運営の時間感覚について考えていましたが、去年の9周年配信の時点で確信しましたよね。

このゲーム、気が長すぎるわ。9周年来る前に10周年の大本丸博の発表してるんじゃねえよ気がっっっ早いっっっ!! 時間感覚がっっっ非常におかしいっっっ!!

今後も予想関係をするならこの辺注意して、一つのエピソードの区切りを半年単位で気長に考えて1年後2年後の情報も視野に入れていく必要がありますね。

三日月みたいに余程特別なキャラでもない限りそんな何年も極待たされるわけないよなー

待たされたが??(長義くん以降の全男士の台詞)

という希望的観測、むしろ割と常識的な時間感覚はまったく通用しないことを痛感しましたね。
数年で畳む危険性のある普通のソシャゲと全然違ぇ―――!!

 

えー、時間感覚的な予想は全然当たりませんが、その一方で一応メタファーの相関性から見る「タイミング」的な意味での時期予想はある程度成果を得ました。

長義くん極と童子切実装はセットで来るんじゃないか? って予想を自分がいつ出したか過去ログ探したんですが、ごっちん実装された辺り、2023年の12月のようですね。

「無頼の桜梅と後家兼光」 9.酒飲み鬼を斬る子殺し刀

約一年前。慈伝のメタファー読み取りの結果で、慈伝見たのがそもそも2023年5月と割と最近なんで、その辺整理するまでに半年か。で、

これに更に仮面要素がつくんじゃないか、つまりメタファー「面」の刀が来るという要素が付随しています。去年の自分は

予想として、「童子切安綱実装」「山姥切長義・極」「面の薙刀実装」辺りで一セットになるのではないかと

って言ってるな。

で、答え合わせ

「面」は「面影」だわこれ……。

メディミ発生男士は実装しないって言ったじゃないですかーやだー。予想できるはずないよ~~。

……それはともかくとして、部分的に当たっているということは、やはりメタファーの読み取りはある程度できているということであり、そもそも作品内にやはりメタファーの並びの法則性があることを確信できましたので、この方向を突き詰めていく方が予想としては早そうです。

特命調査関係刀が思ったより増えなかったので(国広、むっちゃん、歌仙の縁刀……)、細川家からの面の薙刀の予想は外しましたが、メタファー「面」、「おもて(表)」でもあり、「顔」でもあるものの重要性はやはり突き詰めていった方が良さそう。

ただこれも足りないメタファーを埋めようと既存イベントのみで考察を出そうとすると、特命調査の復刻ど真ん中に対百鬼夜行迎撃作戦をぶち込むぜ! みたいな状況に対応できない弱点が浮き彫りになりました。

特命調査の復刻と関連刀剣の実装の優先度がそれほど高くないという印象を得ましたので。それより優先される部分の整理が必要になります。

長義くんの極と童子切の実装が同時期(夏だと半年開きますが上で言った通りスパンは長めに取る方針で)、と言うのは慈伝で長義くんが「酒は呑まない」と言っていたことを発端とし、他にも酒要素の強い刀のあれこれを考えた結果です。

元の長義くんに存在しない要素を舞台で付け足されているのだから、それは本来別の誰かが持っているはず、けれど互換が出来る程度には近しい要素を持つ存在ということで、酒からストレートに同じ化け物斬りかつ子殺しの名を持つ童子切を想定しました。

そして今回、童子切がただの実装ではなく「童子切安綱 剥落」という謎の存在として紹介されたので、今年の夏に第二節の転機がまたしても来るようですね。

対百鬼夜行迎撃作戦だけでもかなり大掛かりなイベントだった印象なのですが、一体どうなることやら。

第二節の中間地点も一つのイベントだと思ってたら、異去実装・火車切登場からその火車切と九鬼の対百鬼夜行、対百鬼夜行で登場した朧三日月が立てていったフラグと童子切の存在と、思った以上にロングスパンかつ色々盛沢山のようです……。

第二節の考察が本格化するのは童子切の「剥落」の意味判明してからになりそうですね。いや俺その時やってるかわからないけど。

 

10.反省会 メタファー考察は合っているか?

長義くんと童子切、それからメタファー「面」が対象は外しましたが「面」が近接してくること自体は当てたので、メタファーの存在自体はかなり読み取れていると自負していいような気がします。

先日ようやく「メタファー『愛』の考察」で、メタファー「強」とメタファー「愛」の連動性を確認できたのがここ最近で一番大きな収穫ですね。

ただメタファーの相関関係についての思考はまだまだ甘く、関連性がわかってもどういう構造なのかわからない。構造がわかっても何故そうなるのか理由の方がわからない。そんな不完全なものばかりですね……。

メタファー考察の精度はただひたすらどの作品にどの言葉が登場しているか、どの刀剣男士がどういう要素を背負っているか、情報の整理によって分類していくのが重要なので、今後はかなり地味にその辺を続けていく必要があるかなと(クソめんどい)

時期の考察にも関わるメタファーの順番に関しては、あまり厳密にならずにちょっとファジーにとってもいいような気がします。

綺麗に要素が並んでいるのはわりと最近の話で、2018年辺りまでは聚楽第の最初の実装が遅れたように、出来事が多少前後していても問題ないとしている感がありますので。

近接は重視、順番はある程度ひっくり返る可能性を視野に入れて、グループ単位で考えていくことになります。

踏襲順の整理をしたいけど、面影から童子切の間に一振りくらい追加の可能性があることを考えると無駄打ちになりそう。やはりそこまで出ないとこの辺の答までは出せないよなと。

 

11.ここまでお読みいただきましてありがとうございました

どのくらいの方がいつ頃から読んでくださっているかわかりませんが、以前から追いかけてくださった方々には感謝いたします。

文章量があるので出している側も結構大変でしたが、読んで下さった方にもかなりのお時間を費やして頂いたことと思います。

私一人なら正直全部投げ出した方が楽だったのですが、読んでくださる方々が存在することで、やはり同じように長義くんの真実を知り、その幸せを願い、そして「山姥切」の歴史自体も決して軽んじずに正しく考察したいと歩んでいる方がいるのだという思いに支えられて、ここまで続けて来られました。

……まぁ、正直今回の極修行手紙読むと長義くんに関しては本質的になんか全然放っておいてもぴんしゃんしてそうだなこの子! とか思ったりもしましたが。

一応口に出さないだけで本質的には愛されたいとも愛したいとも思っているような気はするので、今までと同じく、歴史を守ることに尽力しながら、我々は我々の山姥切長義を愛すればいいのだと思います。

というか今回の場合、そうしないと長義くんに殺されそうな気がするので。

わたくしの考察は、山姥切長義の極、その実装の瞬間に今度こそ居合わせることを目標にしておりました。

いたからと言って今回正直特に何もしていないとかいうやりようもないし多分これもうみんなわかんねー! って言うんじゃね? って感じで本当に色々と杞憂の面もあったなあと思います。

中途半端に意味が解らなかったら大変だと思いましたが安心してくれ自分。

中途半端どころか、むしろ何一つわからないので誰も彼を本当の意味では理解できません! むしろ否定が出来る程に理解できるような奴は考察班として大金星だろ。俺はもう投げるぜ?

これで本当にようやく一区切りです。

これからも細々と続けていくとは思いますが、これまでのようなペースでは書かないと思います。長義くん関係の結論だけ参考程度に持って行って、このまま存在を忘れてくださってかまいません。

それではどなたさまも、ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

 

12.全ての物語に祝福を

愛(うつく)しい物語をありがとう、山姥切長義。

あなたの極修行の実装を、心よりお祝い申し上げます。

そしてこれからもあなたの道行に、どうか光あらんことを。

全ての物語が今日も、誰かの祝福を受けていることを願って。

 

2025.01.21 輝血鬼灯