鯰尾藤四郎

なまずおとうしろう

概要

「脇指 吉光(名物鯰尾藤四郎)」

『享保名物帳』焼失の部所載、粟田口吉光作の脇差。
『享保名物帳』では焼失之部に載っているというだけで、その後焼き直し(再刃)されて現存している。

『日本刀大百科事典』によると、『文禄三年押形』では鯰藤四郎とも呼ばれているらしい。

『享保名物帳』などによると、号の由来は鯰の尾に似た形による。

『小牧陣始末記』によると、はじめ織田信雄所持。

天正12年(1584)、小牧の戦いの際、信雄の重臣・岡田重孝ら三将が、豊臣秀吉に内通したとして、信雄は鯰尾藤四郎を土方勘兵衛雄久に与え、この刀で重孝を斬らせたという。

その後、豊臣家の御腰物帳によると豊臣秀吉の所有になったらしく、豊臣家の「一之箱」に納められていた。

本阿弥光徳の押形によると、豊臣秀頼が差料にしていたので、埋忠寿斎に合い口拵えを二度も作らせたという。

1615年(慶長20)、大阪落城の際に焼身になる。
その後、徳川家康が越前康継に焼き直させた。

家康の死後、その形見である「駿府御分物」の一つとして尾張徳川家に伝来したらしい。

現在は「徳川美術館」蔵。

尾張徳川家は1935年(昭和10)に「徳川美術館」を開設したため、実質的に江戸時代からずっと同じ家に所蔵されていると言える。

号の由来は鯰の尾に似た形から

『刀剣名物牒』(データ送信)
著者:中央刀剣会 編 発行年:1926年(大正15) 出版者:中央刀剣会
目次:(下) 同右〔燒失の部〕
ページ数:65 コマ数:35

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:名物「燒失之部」 鯰尾藤四郎
ページ数:223 コマ数:126

鯰尾藤四郎 裏に銘有、長さ一尺二寸八分 無代
長刀直し鵜の首造り、鯰尾に似たる故名付、長刀樋添樋有之、打のけ多し大阪の御物也。

織田信雄所持、1584年(天正12)、小牧の戦いにて土方雄久に与えられる

はじめ織田信雄所持。
天正12年(1584)、小牧の役の際、信雄の重臣・岡田重孝ら三将が、豊臣秀吉に内通したとして、信雄は鯰尾藤四郎を土方勘兵衛雄久に与え、この刀で重孝を斬らせた。

『日本刀大百科事典』での出典は『小牧戦話』となっているが単体で読める資料がないかもしれないので『菰野町史』引用している『小牧陣始末記』を紹介しておく。

『菰野町史』
発行年:1941年(昭和16) 出版者:菰野町史刊行会
目次:第四編 舊記類雜録 尾州德川家の鯰尾吉光短刀の由緖
ページ数:591~594 コマ数:331~333

『小牧陣始末記 [記] (日本戦史材料 ; 第1巻) 』
著者:神谷存心 著 発行年:1889年(明治22) 出版者:武蔵吉彰
ページ数:44、45 コマ数:28

然ラバ其方ニ任スベシ大ニ悅ヒ其方脇指ハ寸カ延ビテ見ユ此脇指サスベシ迚鯰尾作リノ藤四郞一尺二寸是ハ某秘藏ノ小脇指也迚賜ハルト

小牧・長久手の戦いはこの織田信雄が土方雄久に命じて親秀吉派の三家老を殺害したことに激怒した秀吉が出兵を決断したので、鯰尾藤四郎はその一件に直接的に関わっていたことになる。

豊臣秀吉の手に渡る

豊臣家の「一之箱」に納められていた。

『日本刀大百科事典』では、土方雄久はのち豊臣秀吉に仕えたので、これを秀吉に献上したのであろうとしている。

『光徳刀絵図集成』(データ送信)
著者:本阿弥光徳 画, 本間順治 編 発行年:1943年(昭和18) 出版者:便利堂
目次:御太刀御腰物御脇指 太閤様御時ゟ有之分之帳 コマ数:115

豊臣秀頼の差料になる

秀頼が差料にしていたので、埋忠寿斎に合い口拵えを二度も作らせた。
『光徳押形』に「御さし用、秀頼様相口拵、両度寿斎仕候」とあるという。

『黎明会名刀図録』(データ送信)
著者:近藤周平、吉川賢太郎 共編 発行年:1960年(昭和35) 出版者:日本刀剣保存会本部
目次:一一 脇指 吉光 名物鯰尾藤四郎
ページ数:20、21 コマ数:36、27

『光徳刀絵図集成』(データ送信)
著者:本阿弥光徳 画, 本間順治 編 発行年:1943年(昭和18) 出版者:便利堂
目次:三四 鯰尾藤四郎 ページ数:18 コマ数:32

1615年(慶長20)、大阪落城の際に焼身に

大阪落城の際に焼けたと考えられている。

『菰野町史』
発行年:1941年(昭和16) 出版者:菰野町史刊行会
目次:第四編 舊記類雜録 尾州德川家の鯰尾吉光短刀の由緖
ページ数:591~594 コマ数:331~333

一、鞘書 名物 鯰尾吉光御中脇指 銘有 長一尺二寸八分
一、由緒 旧原簿第一號仁二の四十一御天守物の内元大阪焼物の由下阪康継焼き直し候旨慶安古帳にありと記す
(備考)御天守物とは大阪城にありし物を尾州に運び天守閣に納めたるよりかく言ひ習はせり

徳川家康が越前康継に焼き直させる

越前康継が徳川家の命で豊臣家の名刀を再刃したことを記録する文献は『駿府政事録』と言われる。

『駿府政事録』は簡単に読めるものがなさそうなのでほぼ同一の内容だという『駿府記』で、康継が焼けた刀の再刃を命じられているのが確認できる。

『史籍雑纂 第2』
発行年:1911年(明治44) 出版者:国書刊行会
目次:駿府記 慶長廿年 閏六月十六日
ページ数:307 コマ数:157

その後、尾州徳川家伝来

尾州徳川家に伝来、今日に至る。
史料内容までは見ることができないが、尾州徳川家への伝来は「駿府御分物」(家康の遺産)の一つとしてであると説明されている。

『日本美術協会報告 第47輯(昭和13年1月)』(データ送信)
著者:日本美術協会 編 発行年:1918~1942(大正7~昭和17) 出版者:日本美術協会
目次:鯰尾吉光の脇差と加藤清正の兜に就きて 徳川義知
ページ数:1~3 コマ数:7、8

『徳川美術館の名宝』(紙本)
著者:徳川美術館 編 発行年:1985年(昭和60) 出版者:徳川美術館
目次:一章 勇壮 武家の象徴 25 脇差 銘 吉光 名物鯰尾吉光
ページ数:17

1893年(明治26)3月以降、尾張徳川家の世襲財産として登録?

官報に名前が載っているのを発見したが具体的にどういう扱いかよくわからないので誰か明治の法律に詳しい方調べてみてほしい。

『官報 1893年03月07日』
著者:大蔵省印刷局 [編] 発行年:1893年(明治26) 出版者:日本マイクロ写真
ページ数:108 コマ数:17

華族従四位侯爵徳川義禮所有左ノ物品ヲ以テ世襲財産附属物ト為シ度旨願出タルニ附該物品ニ對シ故障アルモノハ本年四月十三日マデニ當局ヘ申出ツヘシ 但物質形状等承知セントスルモノハ當局世襲財産課へ申出ツヘシ 明治二十六年三月七日

徳川義礼侯爵は尾張徳川家第18代当主。尾張徳川家の世襲財産としてこの頃何か登録があったらしい。
上の文面からすると正式な認定はこの年の4月以降のようだ。

1937年(昭和12年)、皇太后陛下がご覧になる

この頃皇太后陛下と呼ばれている方なので大正天皇の皇后、貞明皇后だと考えられる。
皇太后陛下が徳川美術館を視察された際に尾張徳川家19代当主・徳川義親侯爵が美術品の説明を行っている。

『皇太后陛下関西地方行啓愛知県記録』(データ送信)
著者:愛知県 編 発行年:1938年(昭和13) 出版者:愛知県
目次:御駐輿第五日
ページ数:329 コマ数:249

現在も「徳川美術館」蔵

尾州徳川家は1935年(昭和10)に尾張徳川黎明会として「徳川美術館」を開館。
鯰尾藤四郎は尾州徳川家に伝来してから以後現代まで同じ家が所有し続けていることになる。

『黎明会名刀図録』(データ送信)
著者:近藤周平、吉川賢太郎 共編 発行年:1960年(昭和35) 出版者:日本刀剣保存会本部
目次:一一 脇指 吉光 名物鯰尾藤四郎
ページ数:20、21 コマ数:36、27

「徳川美術館」のWEBページでも確認できる。

作風

刃長は『文禄三年押形』によれば一尺二寸九分(約39.1センチ)、『享保名物帳』によると一尺二寸八分(約38.8センチ)。
焼き直した現在は一尺二寸七分(約38.5センチ)。

薙刀直しで、上は菖蒲造り、下には薙刀樋と添え樋がある。
真の棟。
地鉄は板目肌詰まり。
刃文は匂い出来、直刃調に小乱れ・小足まじる。
鋩子は小丸。
茎は磨り上げ、茎先を一文字に切る。
目釘孔は二個。

差し表に「吉光」と二字銘。

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:なまずおとうしろう【鯰尾藤四郎】
ページ数:4巻P86

拵え 「蝋色塗脇指拵」

『徳川美術館所蔵 刀剣・刀装具』で拵えの写真が見れる。

「秋草図赤銅鐔 銘 顕乗作 光美(花押)」
「獅子図小柄 無銘 徳乗」
「小刀 銘 埋忠」

『徳川美術館所蔵 刀剣・刀装具』(紙本)
著者:徳川美術館 編 発行年:2018年(平成30) 出版者:徳川美術館
目次:12 脇指 銘 吉光 名物鯰尾藤四郎 ページ数:17
目次:116 蝋色塗脇指拵(12 脇指 名物鯰尾藤四郎) ページ数:118

越前康継の写し物

越前康継は焼身となった名刀を再刃することで模造の腕を磨いたらしく、名刀の写しを多数打っている。

下記の本に鯰尾藤四郎の写しの押形が載っている。

『日本刀の近代的研究』(データ送信)
著者:小泉久雄 著 発行年:1933年(昭和8) 出版者:小泉久雄
目次:新刀の部 東海道
コマ数:299

下記の本では鯰尾藤四郎写しの写真も見れる。

『新刀古刀大鑑 下卷』(データ送信)
著者:川口陟 発行年:1930年(昭和5) 出版者:日本刀剣学会
目次:新刀之部
ページ数:142 コマ数:86

下記の本では本歌である鯰尾藤四郎とその写しの押形を比較している。

『康継大鑑』(データ送信)
著者:佐藤貫一 発行年:1960年(昭和35) 出版者:日本美術刀剣保存協会
目次:(二) 本科と康継作摸
ページ数:106~108 コマ数:132~134

異説

『続撰清正記』だと二条城の会見で南泉一文字と共に秀頼から家康へ鯰尾藤四郎が贈られたことになっているが、これに関しては誤りで二条城の会見で南泉一文字と共に贈られたのは正しくは太閤左文字であると考えられる。

『将軍記 続撰清正記 2 (国史叢書)』
著者:黒川真道 編, [古橋又玄 著] ; 黒川真道 編 発行年:1916年(大正5) 出版者:国史研究会
目次:卷第六
ページ数:409 コマ数:215

調査所感

・小牧・長久手の戦いで使われた刀

使われたというか、そもそも小牧の戦いの発端となる、織田信雄による親秀吉派の三家老殺害に関わった刀です。
この殺害事件により激怒した秀吉が、信雄に対して出兵を決断した……らしいっす。

刀剣というものの歴史を感じさせる内容ですごく重要な話だと思いますが、ゲームのとうらぶだと今のところあまり話題にはされていない。

そのうちこの件に触れる日がくるんですかね?

・重文指定はないが、享保名物として価値は確立されている

焼き直し物であるためか重文指定がないんですが、鯰尾に関しては尾張徳川家20代当主の徳川義知氏が話題に挙げていますし、皇太后陛下にご紹介したこともあるし、と、尾張徳川家の大量の名刀の中でも特に注目されていた一振りだと思われます。

『日本美術協会報告 第47輯(昭和13年1月)』(データ送信)
著者:日本美術協会 編 発行年:1918~1942(大正7~昭和17) 出版者:日本美術協会
目次:鯰尾吉光の脇差と加藤清正の兜に就きて 徳川義知
ページ数:1~3 コマ数:7、8

・焼身になった時期と写し制作時期と『光徳押形』の関係図

鯰尾藤四郎写しである越前康継の打った刀は、再刃された後の鯰尾藤四郎に合致して、それ以前に採られた光徳の押形とはかなり相違点があるようです。

このことから、鯰尾藤四郎は越前康継が写しを打つ以前、大阪落城の際にすでに焼身になっていたことが明白だと言われています。

「Museum (72)」(雑誌・データ送信)
著者:東京国立博物館 編 発行年:1957年3月(昭和32) 出版者:東京国立博物館
目次:粟田口藤四郎吉光と越前康継 / 佐藤貫一
ページ数:17 コマ数:10

・語れる内容の多さとゲーム設定の落差

徳美の刀は所蔵元がしっかりしているからこそ徳美が出している情報が割と多いんですが、鯰尾に関してはその上で小牧の戦いのこととか越前康継の写し周りの話とか、割と徳美から離れた情報もあるタイプだなって。

一方でゲームの鯰尾がその辺のことをあまり語らないという描写上の落差があります。
とうらぶ本編の考察した感じ、情報の出し方はものすごく計算してやっているみたいなんで、初期キャラにもかかわらず鯰尾の情報を記憶喪失を理由にほとんど明かしてないことは後で効いてくる予感しかしない。

その時に備えてとりあえず判明している研究史を頭に叩き込んでおいた方がよいかも。

サイト

「徳川美術館」

参考文献

『諸家名剣集』(東京国立博物館デジタルライブラリー)
時代:享保4年(1719) 写本
コマ数:48

『官報 1893年03月07日』
著者:大蔵省印刷局 [編] 発行年:1893年(明治26) 出版者:日本マイクロ写真
ページ数:108 コマ数:17

『剣話録 上』
著者:剣話会 編(別役成義) 発行年:1912年(明治45) 出版者:昭文堂
目次:一 京物(上)
ページ数:6 コマ数:13

『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形 増補』
著者:羽皐隠史 発行年:1919年(大正8) 出版者:嵩山堂
目次:名物「燒失之部」 鯰尾藤四郎
ページ数:223 コマ数:126

『刀剣名物牒』(データ送信)
著者:中央刀剣会 編 発行年:1926年(大正15) 出版者:中央刀剣会
目次:(下) 同右〔燒失の部〕
ページ数:65 コマ数:35

『新刀古刀大鑑 上卷』(データ送信)
著者:川口陟 発行年:1930年(昭和5) 出版者:日本刀剣学会
目次:古刀之部 第一編 畿内 第一章 山城國
ページ数:37 コマ数:185

『秋霜雑纂 前編』
著者:秋霜松平頼平 編 発行年:1932年(昭和7) 出版者:中央刀剣会本部
目次:図書十五條 三百五十 大阪御物押形
ページ数:214 コマ数:133

『埋忠銘鑑』
著者:中央刀剣会本部 編 発行年:1932年(昭和7) 出版者:中央刀剣会本部
コマ数:39

『日本刀の近代的研究』(データ送信)
著者:小泉久雄 著 発行年:1933年(昭和8) 出版者:小泉久雄
目次:古刀の部 畿内
ページ数:83 コマ数:62

『槍・薙刀及び鐔の新研究』(データ送信)
著者:清水孝教 発行年:1934年(昭和9) 出版者:太陽堂書店
目次:第二章 中期篇(薙刀) 一〇 元慶、延喜の槍桙
ページ数:88、89 コマ数:67

『刀剣刀装鑑定辞典』(データ送信)
著者:清水孝教 発行年:1936年(昭和11) 出版者:太陽堂
目次:ナマヅヲトウシラウ【鯰尾藤四郎】
ページ数:358、359 コマ数:190

『国史大観 第3巻』(データ送信)
著者:桜井時太郎 編 発行年:1936~1939年(昭和11~14) 出版者:研究社
目次:鎌倉時代第三期(後期)
ページ数:758 コマ数:432

「公園緑地 = Parks and open space 1(5)」(雑誌・データ送信)
発行年:1937年5月(昭和12) 出版者:日本公園緑地協会
目次:徳川美術館
ページ数:10 コマ数:16

『皇太后陛下関西地方行啓愛知県記録』(データ送信)
著者:愛知県 編 発行年:1938年(昭和13) 出版者:愛知県
目次:御駐輿第五日
ページ数:329 コマ数:249

『大日本刀剣史 中卷』(データ送信)
著者:原田道寛 著 発行年:1940年(昭和15) 出版者:春秋社
目次:粟田口吉光の一期一振と鯰尾吉光
ページ数:266~269 コマ数:143~144

『大日本刀剣史 下巻』(データ送信)
著者:原田道寛 著 発行年:1941年(昭和16) 出版者:春秋社
目次:尾張德川の名劍名刀
ページ数:421、422 コマ数:221、222

『菰野町史』
発行年:1941年(昭和16) 出版者:菰野町史刊行会
目次:第四編 舊記類雜録 尾州德川家の鯰尾吉光短刀の由緖
ページ数:591~594 コマ数:331~333

『日本刀と無敵魂』
著者:武富邦茂 発行年:1943年(昭和18) 出版者:彰文館
目次:名刀の名
ページ数:155 コマ数:92

『日本刀襍記』(データ送信)
著者:川口陟 発行年:1943年(昭和18) 発行年:照文閣
目次:池畔雜記 模造の上手な刀工
ページ数:281 コマ数:143

『光徳刀絵図集成』(データ送信)
著者:本阿弥光徳 画, 本間順治 編 発行年:1943年(昭和18) 出版者:便利堂
目次:三四 鯰尾藤四郎 ページ数:18 コマ数:32
目次:御太刀御腰物御脇指 太閤様御時ゟ有之分之帳 コマ数:115

『近代戦と日本刀 2版』(データ送信)
著者:本阿弥光遜 発行年:1943年(昭和18) 出版者:玄光社
目次:五 名物に就いて
ページ数:224、225 コマ数:131

『史話南と北』
著者:幸田成友 発行年:1948年(昭和23) 出版者:慶応出版社
目次:南蠻鐵
ページ数:275 コマ数:146

「博物館研究 28(6)」(雑誌・データ送信)
発行年:1955年6月(昭和30) 出版者:日本博物館協会
目次:四・五月の舘園行事一覧 催しもの
ページ数:25 コマ数:14

「Museum (72)」(雑誌・データ送信)
著者:東京国立博物館 編 発行年:1957年3月(昭和32) 出版者:東京国立博物館
目次:粟田口藤四郎吉光と越前康継 / 佐藤貫一
ページ数:17 コマ数:10

「博物館研究 34(9)」(雑誌・データ送信)
発行年:1961年9月(昭和36) 出版者:日本博物館協会
目次:8月・9月の行事予定,5月・6月の行事報告,編集後記,受贈図書,事務局往来 Museum Activities during May to June,and Projected Programmes in August and September,1961 / 亨
ページ数:24 コマ数:14

『徳川美術館』(データ送信)
著者:徳川美術館図録刊行会 編 発行年:1962年(昭和37) 出版者:東京中日新聞出版部
コマ数:305

『徳川美術館 別巻』(データ送信)
著者:徳川美術館図録刊行会 編 発行年:1962年(昭和37) 出版者:東京中日新聞出版部
コマ数:76、77

「刀剣と歴史 (50)(408)」(雑誌・データ送信)
発行年:1962年7月(昭和37) 出版者:日本刀剣保存会
目次:黎明会名宝鑑賞記 / 吉川皎園
ページ数:30 コマ数:18

「刀剣史料 (52)」(雑誌・データ送信)
発行年:1963年4月(昭和38) 出版者:南人社
目次:武将武人の愛刀熱――(四) / 向井敏彦
ページ数:8~16 コマ数:7~11

『埋忠銘鑑』(データ送信)
著者:本阿弥光博 解説 発行年:1968年(昭和43) 出版者:雄山閣
目次:埋忠銘鑑 全
ページ数:19 コマ数:95

『黎明会名刀図録』(データ送信)
著者:近藤周平、吉川賢太郎 共編 発行年:1960年(昭和35) 出版者:日本刀剣保存会本部
目次:一一 脇指 吉光 名物鯰尾藤四郎
ページ数:20、21 コマ数:36、27

『日本刀全集 第2巻』(データ送信)
発行年:1966年(昭和41) 出版者:徳間書店
目次:上古刀 古刀 石井昌国
ページ数:102 コマ数:55

「刀剣と歴史 (432)」(雑誌・データ送信)
発行年:1966年7月(昭和41) 出版者:日本刀剣保存会
目次:黎明会名宝鑑賞記 / 恩田繁
ページ数:49 コマ数:29

『趣味の日本刀』(データ送信)
著者:大河内常平, 柴田光男 共著 発行年:1963年(昭和38) 出版者:雄山閣出版
目次:一、 日本刀の歩み 新刀篇
ページ数:61 コマ数:33

『日本刀の鑑定と鑑賞 (実用百科選書) 』(データ送信)
著者:常石英明 発行年:1967年(昭和42) 出版者:金園社
目次:名物の刀剣
ページ数:250 コマ数:154

「刀剣と歴史 (457)」(雑誌・データ送信)
発行年:1970年9月(昭和45) 出版者:日本刀剣保存会
目次:盛夏雑録 / 吉川皎園
ページ数:18 コマ数:16

「刀剣と歴史 (494)」(雑誌・データ送信)
発行年:1976年11月(昭和51) 出版者:日本刀剣保存会
目次:古剣書の話(8) / 福永酔剣
ページ数:30 コマ数:20

「大日光 (50)」(雑誌・データ送信)
発行年:1979年3月(昭和54) 出版者:日光東照宮
目次:名物帳から見た家康公の愛刀/辻本直男
ページ数:24 コマ数:15

「刀剣と歴史 (520)」(雑誌・データ送信)
発行年:1981年3月(昭和56) 出版者:日本刀剣保存会
目次:再刃物について / 三嶋青山
ページ数:37 コマ数:23

「刀剣と歴史 (538)」(雑誌・データ送信)
発行年:1984年3月(昭和59) 出版者:日本刀剣保存会
目次:享保焼身のこと / 村山汎悠
ページ数:38 コマ数:24

「刀剣と歴史 (569)」(雑誌・データ送信)
発行年:1989年5月(平成1) 出版者:日本刀剣保存会
目次:鑑刀随感 / 片岡銀作
ページ数:7 コマ数:8

『日本刀大百科事典』(紙本)
著者:福永酔剣 発行年:1993年(平成5年) 出版者:雄山閣
目次:なまずおとうしろう【鯰尾藤四郎】
ページ数:4巻P86

『日本刀を嗜む』(紙本)
著者:刀剣春秋編集部監修 発行年:2016年(平成28) 出版社:ナツメ社
目次:名刀図譜7 鯰尾藤四郎 ページ数:34、35

『徳川美術館の名宝』(紙本)
著者:徳川美術館 編 発行年:1985年(昭和60) 出版者:徳川美術館
目次:一章 勇壮 武家の象徴 25 脇差 銘 吉光 名物鯰尾吉光
ページ数:17

『徳川美術館所蔵 刀剣・刀装具』(紙本)
著者:徳川美術館 編 発行年:2018年(平成30) 出版者:徳川美術館
目次:12 脇指 銘 吉光 名物鯰尾藤四郎 ページ数:17
目次:116 蝋色塗脇指拵(12 脇指 名物鯰尾藤四郎) ページ数:118

概説書

『図解 武将・剣豪と日本刀 新装版』(紙本)
著者:日本武具研究界 発行年:2011年(平成23) 出版者:笠倉出版社
目次:第3章 武将・剣豪たちと名刀 豊臣秀吉と一期一振
ページ数:168~171

『日本刀図鑑: 世界に誇る日本の名刀270振り』(紙本)
発行年:2015年(平成27) 出版者:宝島社
目次:鯰尾藤四郎
ページ数:17

『図解日本刀 英姿颯爽日本刀の来歴』(紙本)
著者:東由士 編 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:大名家が所有した名刀たち 鯰尾藤四郎
ページ数:26

『刀剣目録』
著者:小和田康経 発行年:2015年(平成27) 出版者:新紀元社
目次:≪第二章 鎌倉時代≫ 山城国粟田口 吉光 鯰尾藤四郎
ページ数:90

『物語で読む日本の刀剣150』
著者:かゆみ歴史編集部(イースト新書) 発行年:2015年(平成27) 出版者:イースト・プレス
目次:第6章 脇差 鯰尾藤四郎
ページ数:146、147

『刀剣物語』
著者:編集人・東由士 発行年:2015年(平成27) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
目次:粟田口吉光作の刀 鯰尾藤四郎
ページ数:86、87

『刀剣説話』
著者:編集人・東由士 発行年:2020年(令和2) 出版者:英和出版社(英和MOOK)
(『刀剣物語』発行年:2015年を加筆修正して新たに発行しなおしたもの)
目次:三英傑と名刀 鯰尾藤四郎
ページ数:126、127

『刀剣聖地めぐり』(紙本)
発行年:2016年(平成28) 出版者:一迅社
目次:鯰尾藤四郎
ページ数:89